14.使えると使えない
“ガラガラガラ…”
“ザザァ…”
アンカーが巻き上がる音、艦尾からたつ白波。屈強な海の男たちの、太い声も聞こえてくる。
午前6時20分。早めの夜明けと共に、艦隊はレミリア港を出て行く。アインシアという、自らが生き残るための最後の道へ。朝日を受けるのは6隻の軍艦たち…。
“ザアア…”
その先頭に「つきしお」居座るのは初めての光景だ。本来、先導されるべき者が、まるで後追いの艦たちを導くかのように。
ディーゼルエンジンの微かな音と振動が伝わる、「つきしお」艦内。
「このまま真っ直ぐ…ね。」
今、梓と三咲がチャートテーブルの前でウンウン唸っていた。
「どこにいるって言われてもねー。そんなのわかんないよ?」
「でもほら、ここって深度深いでしょ。ここは逆に浅いし、…そうやって絞りこんでいけばいいかも。」
先頭に立つだけ立ち、機関音と響かせながら航行すれば、あっという間に魚雷の餌食だ。それを防ぐ為に潜水艦のいそうなポイントを絞り込もうとしているのだが、…経験も知識も浅い以上、確信が全く持てないでいた。
「ねえー、もう優希連れてこよ?アレなら知ってそうじゃん。」
我慢ならない、と言わんばかりに艦尾側の扉へとズンズン歩き出す三咲。
“ふらっ”
「あえ?」
“ゴン!”
足がもつれ、すぐ横の太いパイプへと頭をぶつける三咲。
「だ、大丈夫!?」
「アイタタタタ…」
頭をさすりながら、思わず苦笑い。
「やっぱり、病み上がりはヘロヘロだぁ~。」
「無理しなくてもいいからね!?」
大丈夫、大丈夫、と笑いながら機械室方向へと消えていく三咲。
“パタン”
「はぁ…。」
扉が閉まると、ため息が出た梓。
ソナーディスプレイには、先頭を切る「つきしお」と5キロ離れてついてくる艦隊のグリップが映し出されていた。
そのまま、何事もなく一日が過ぎていった。小雨のパラつく夜空の下を、艦隊は単縦陣を維持して進んでいく。
いつも通り、CICのチャートテーブルの前でボーっとしている梓。
「…。」
腕時計を見る。ちょっと早いけど、配食出してもいいかな?
“ガチャ”
不意にCICのドアが開いた。顔を上げると、
「優希さん。」
珍しい。優希が真面目そうな顔をして入ってきた。腕には冊子を抱えている。
「眠く…ないの?」
「さっきまで寝ていたから大丈夫だ。それより…」
抱えていた冊子をチャートテーブルの上に置いた。…ちょっと前に預けていた、“SWCDマニュアル”なるものだった。
「これが何なのか、ハッキリした。説明したいから、理沙さんと三咲さんを呼んで欲しい。」
「あ、わかったんだ。呼んでくるね。」
自分から説明したがるなど、初めて見る優希の行動だ。少々驚きつつ、電話をとった。
数分後、理紗と三咲がCICへと姿を現した。
「えっと…、その“SWCDマニュアル”…って何?」
三咲が不思議そうな顔で訊く。理沙だって、これの存在を知るのは初めてだ。
「艦長室の金庫にあったやつなんだけど…、この艦の装備らしくって…。」
「“音波相殺機器”…日本語訳でそういうらしい。」
抑揚のない優希の声が飛ぶ。
「要点をまとめるとだな、音波を相殺して消してしまう機器だ。…まだ使っていないらしいな。」
CICの隅っこにあるコンソールに視線を移す優希。いつも電源が落とされ、教官には試験用の器具だと説明されていたものだった。
「それで…、どんな時に使うのでしょうか?」
「例えば、この艦が進むと音が出る。スクリューのキャビテーションだとか、電動機の駆動音だとか。」
うんうんと頷く三人。
「この機器を使うと、その音を実質的に消すことができるんだ。…実際には消しているのではなく消したことになるようだが。」
「それは、探知されずに済むということでしょうか?」
「おそらく、詳しく説明しても理解しづらいだろう。そうやって考えてくれればいい。」
ふーんと、一応の納得を見せる理紗。
「ただし、まだ実用性に乏しいみたいだ。扱いが難しいみたいだし、現状は覚える時間もない。」
「えー、結局使えないの~?」
三咲のダメじゃん、という風な顔。
「じゃあ三咲さんが覚えるか?扱えるようになれば、音を自在に扱えるらしいが。」
「じゃあ貸して。これでも成績優秀者なんだから!」
マニュアルを抱え込む三咲。あ、とられた。という風な顔をする優希。
「まあ…、使えれば有効となるのでしたら、覚えてもらうのにマイナスはないのでは?」
「覚えられればいいがな。」
理沙のフォローに平然と返す優希。あはは…、と苦笑いするしかない梓。
「艦長、テレストより入電です。」
唐突の、通信士の高い声が耳に刺さった。サッと振り返る梓。
「内容は何ですか?」
「“北西ヨリ敵艦隊ガ接近中。距離70キロ前後ト認ム。”以上です。」
来ましたね…。と理沙の一言。頷き、
「本艦は潜水艦の潜伏に備えます。そう伝えてください。」
「了解しました。」
返電を打ち始める通信士。
「では、私は魚雷発射管室へ戻りますので。」
「うん、頑張ってね。」
「梓さんこそ。」
ふっと微笑んでドアを閉める理紗。
“パタン”
「では私も…」
「あ、待って。」
長い髪をなびかせ、機械室に戻ろうとする優希。その腕を掴んだ。
「優希さん、残ってくれないかな?優希さんの力をかして欲しいの。」
じっと見つめる梓と、それを見つめ返す優希。双方の視線が重なる。
「…わかった。」
すっと向きを変え、視線を前に向ける優希。
「えー私じゃあ頼りにならないってのー?」
三咲の不満そうな声。
「いや、そうじゃなくって…」
「戦術的な助言が欲しいってこと。そっちはそっちで頑張れ航海長。」
優希のまとめ方に、あはは…と苦笑いをするしかない梓。
「もう。絶対にコレ覚えて見せるんだから。」
そう言って、例のマニュアルに目を落とす三咲。
「…優希さん、あの機器って結局どういうのなの?」
別に耳打ちするようなことでもなかったが、他のクルーに聞かれたくないような気がした。
「発生音波と逆位相の音波を発振し、打ち消すというものだ。ただし発生音波の波長や方向、振幅などを正確に把握しなければならない上、打消し音波の設定のほとんどを人間がやらなければならない。」
「つまりその…、消したい音に合わせる技術が必要ってこと?」
「できないと、最悪の場合音波を増幅させてしまう可能性もある。…フルに使えれば無音で航行できる機器だが。」
優希の淡々とした説明。不安そうな梓をよそに、三咲はマニュアルを必死に読みふけっていた。
同時刻、艦隊はるか前方―
“ドボボ…”
ブロー音。海中に気泡が浮かび上がった。
それは、暗く冷たい海に潜んでいた。二頭の、大きく真っ黒な鉄鯨…。




