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13.温かいと冷たい

 艦内を歩く梓。左手にはお粥を持っている。

「一応出来たけど…、ちゃんと食べれるのかなぁ。」

料理の経験皆無の梓、お粥ひとつの出来に納得いかない自分に悔しい…。

“コンコン”

「入るよー。」

ひと声かけ、ドアを体で押し開ける。

「ああ梓さん。…お粥、ですか?」

「うん。初めて作ってみたんだけど…。」

照れくさそうに笑う梓。視線の先には、起き上がる三咲がいた。

「わあー!梓のお粥ー!?」

「いや…、全然…。」

笑顔を見せながらお粥を受け取る三咲。

 すでに峠は越えたらしく、熱も下がって起き上がれるようになっていた。まだ動き回るには体力が戻っていないが…。

「でもよかったです、ちゃんと回復してくれて。」

「一時は死んじゃうかと思ったよ~。こんなに熱出たの初めてだし。」

久々に見る、三咲の笑顔。口に含んだお粥で、頬が膨らんでいる。

「でも、私いなくても大丈夫なんだよね…、この艦。」

ボソッと三咲が寂しそうに言った。

「梓の声、ずっと聞こえてたし。結局こうやって…」

「そんなことないよ!」

思わず口調を強める梓。

「だって私…、CICでひとりぼっちだったし…。隣から声…、聞こえないし…。」

ついさっきまでの戦闘、そこでの不安が溢れ出てくる。

「…三咲さんは、梓さんに必要とされてるのですよ。それに、三咲さんの明るさが必要だからこそ、みんな心配してたんですから。」

理沙が微笑みながら言った。

「優希さんだって、つきっきりで看病してくれてたんだよ。」

「え、優希が?…あー、でもいてくれたような気もする。」

そう、優希。いつも素っ気ない優希が、あんなに他人を気遣うのは初めて見た。

「不思議な方ですよね。いつもは冷たい、といいますか気にも留めないのに…。」

「とっとにかく!ちゃんと三咲さんは必要だから!」

うーん…、なんか強引にまとめてしまった。私こそ、みんなの役に立てているのだろうか…。


 その日の夜―

艦隊はレミリア港へと入港していた。割と規模の大きな港だったらしい。

 らしい、というのは…

「上陸って言われても。…ねぇ。」

「うん、何にもないよね。」

コンクリートの埠頭で固まる二人の海士、三滝と赤牧。以前寄った港同様、大きさこそ違うが建物はもぬけの空だった。

 後ろでは、他の海士が忙しそうに作業をしている。据付のクレーンで運び込まれる魚雷。

「…オーライ!…オーライ!」

前回までの戦闘で使い切ってしまった短魚雷の補充だ。華奢な女性海士と太い魚雷のコントラストは、いまだに見慣れなかった。

「そんなところで何やってんの?」

ふとした声に、振り向く二人。

「…恭子じゃん。」

「機械室の仕事はもう終わったの?」

「とっくに終わったよ。二人こそ、何をたそがれてるのさ?」

「あんたみたいに無神経じゃないんだから、こんな閑散としたところでリラックスできないって。」

何をー!と三滝へと突っかかる入谷。


 さて、こちらは幹部三人。艦隊旗艦であるタイタンのブリーフィング室へと招かれ、指揮官レベルでの会議真っ最中だった。

「…ですので、我々は夜明けをもって出港。アインシアへの最短ルートを取ります。」

「危険ではないのか?敵もそう読んでいるのは想像に難くない。」

「三日もあれば、アインシアの影響下へと到達できます。後方からの追っ手も考慮しなければなりませんので、リスクを犯してでも迅速に…」

飛び交う男性士官の声。梓は縮こまったままだ。理沙もボーっと前を向いているだけ。優希だけが無表情な目でホワイトボードを見つめていた。

 目的地であるアインシアまで、あと僅かということもあってか熱を帯びる会議。

「…とにかく、皆の迅速な行動に期待するとしよう。シル少佐、陣形の確認を。」

「ハッ。」

司令官であるライ大佐が、煮詰まってきたと判断したところで話題を変えた。結局、最短ルートを一点突破するという単純明快な方法を採ることとなったらしい。

「残存艦艇は、巡洋艦タイタンおよびディオネ、駆逐艦テレストとエンケラドゥス、フェーべです。…おっと、潜水艦「つきしお」も残っております。」

「タイタンを中心に据え置きたいが…、輪形陣が妥当かね?」

「迅速な対応を求められるのでしたら、単縦陣も考えた方がよろしいかと。」

突破する海域は、島も何もない大洋だ。自由に行動が取れる分、下手に出れば敵の思うツボとなってしまう。

「…?」

ふと隣を見る梓。優希が何か考え込んでいるように見えた。口に手をあて、…何か言いたそう?

「ではまあ、単縦陣にて突破し必要なら陣形を変更するということで…。」

「それでいいでしょう。ところで、潜水艦の方は…」

突然、何かを思い立ったかのように顔を上げる優希。スッと細い腕が上がった。

「?」

シンと静まりかえる場。じっと前を見つめ、というより睨みつけ

「…「つきしお」機関長の時雨です。本艦の位置取りについて意見具申を述べさせていただきたい。」

冷たく、静かな声でそう言った。

「…どうぞ。」

あっけにとられたようなシル少佐の言葉に、立ち上がる優希。もちろん、梓と理紗はびっくりして固まっている。

「これまでの戦闘から推測するに、敵は水上艦艇と潜水艦による連携攻撃を軸にしています。大洋であり潜水艦の隠密性が十分に発揮できるであろう突破予定海域において、待ち伏せが予想されます。」

そう前置きした上で、ライ大佐に視線を向ける優希。

「これに対応する為、本艦は315部隊の前方に展開、対潜哨戒を行いつつ敵性潜水艦の無力化を実施したいと思います。本艦は潜水艦であるゆえ、機動力に劣るという点でも適切かと考えます。」

つまり…、315部隊の前に立って潜水艦を探すってこと?混乱する頭で、必死に優希の言葉を整理する梓。

「我々としては非常にありがたい話だが…、貴艦は…」

「必要以上に巻き込んでしまう、というご心配には及びません。これでも一潜水艦乗りです。」

そう言って、スッと座る優希。優希の不思議なオーラ?で静まりかえったブリーフィング室。

「…「つきしお」が艦隊前方へ展開することに対して、意見のある方は?」

シル少佐の発言に、手は上がらなかった。


 タイタンの舷梯を下りる三人。空はまだ暗かった。

「少し寝れそうだね。」

「そうですね。」

理沙の隣は、今にも倒れて寝てしまいそうな優希の姿。さっきまでの鋭い視線はどこへやら、だ。

「でも優希さん、なんであんなこと言ったんですか?」

理沙が訊いた。

「…私たちが前へ出て、先に潜水艦を見つければ自由にできるだろう。…それだけのことだ。」

まあ確かにそうだけど…。よくあの空気の中、発言できたものだと感心している梓。

「こういう時、優希さんて頼りになるよね。言いたいことしっかりと言ってくれるし。」

「ええ。その分、私たちの責任も重くなりましたが、頑張りましょう。」

「うん!」

理沙の微笑み、暗闇でもしっかりとわかった。

「わ、私はやるべきことをやっただけだ…。」

恥ずかしそうな優希の声。温かみのある優希の声は、どこか可愛らしい。

「優希さん、だんだん女の子らしくなってきましたね。」

「…そ、それでは私が女の子じゃなかったみたいじゃないか。」

「でも、初めて会ったときは冷たい印象でしたよ。」

「…それは、…場合による。」

眠いから先に行く、と見えてきた「つきしお」へ足早に駆けて行く優希。

「素直じゃないですね。」

「でも、ああいうのが優希さんらしいね。」

顔を見合わせ、ふふっと笑う二人。

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