009 王領の森は近寄るべからず
魔王を倒して少女に変化していた元男勇者のドタバタときどきラブコメディー
ーーー勇者ハルキの、バカバカバカバカッ!! 大バカヤロウ!!
ぐあああああぁぁぁ、、、、、、なんで、俺はこの世界に、銭湯なんか作っちゃったんだ!
俺がどこにいても満足したいために、世界各地に増やしてきたこのサービスが、まさか今の俺の首を絞めることになろうとは!
あああああっ!
勇者なのに!
それが犯罪者になったなんて!
うおおおおおおおっっっ!!
ドタンッバタンッバタンッバタンッ
朝起きてから俺は、昨日の銭湯での一件を思い出して、全身に渡る身悶えが起きる度に、ベッドの上を転がることをしていた。
「騒がしいわねぇ。、、、ふあっ。、、、あんたは朝からなにしてんのよ」
起きたばかりのエンリカが、眠たそうな目をこすりながら俺にそう注意してきた。エンリカはそれから三人目の同居人を見た。
「朝は誰よりも早く起きているはずの、あのシエルの寝顔が見られるなんて珍しいこともあるのね。これがひょっとしたら、おかしなことが起こる前触れにならなきゃいいけど」
そう言われて視線をそちらへ向けると、シエルは小さな寝息を立てながら、くーくーとまだよく寝ていた。
昨日俺が迷子になったときに、一生懸命に探してくれた疲労がまだたまっていたのだろうか。もしもそうだとしたら、本当にごめんなさい。
しかし思えば、昨日は子供服店の着せ替えショーと、酒場の給仕人に間違えられた騒動と、1日でおかしなことが2回もあったのだ。これ以上のおかしなことは遠慮させていただきたい。
エンリカは再びハルカのほうに向きを直すと、ハルカのベッドの上が、ひどい惨状になっているのに、思わずため息をついた。
「もうこんなひどいことにして。女の子の自覚が足りないわよ。あんたもそろそろ年頃の女の子になっていくんだから、いつまでも男の子がするようなことはしちゃいけないの。わかった?」
「そうだっ! それで悩んで! 銭湯で犯罪者で! え、、、? 、、、私に女の子の自覚?」
「犯罪者って一体なんの話なの? 、、、ってもしかして、昨日の銭湯の脱衣場で、あんたがあたしに質問していたこと? お兄ちゃんもアルも関係がなかったから忘れてたわ。そんなことよりもあんた、、、自分が一体何だと思っていたわけ? もう一度いってあげるわ。自分が女の子という自覚を持ちなさい!」
昨日の俺は銭湯の脱衣場にいた。そこは男の湯ではなかった。だからあのときの俺は、こんなにも悶絶をすることになっていたのだ。
でもそれは、、、自分に女の子の自覚がなかったということの問題だったのか、、、
勇者だったかつての男はもういない。代わりにここにいるのは平民となっている少女だ。たしかに自覚が足りていなかった。俺が女の子といったことにだ。気持ちを切り替えよう、俺はもう大丈夫だ。
「エンリカさん、気遣いをありがとう」
「あたしは単に注意をしただけよ。あと名前に敬語はつけないで。あんたは小さいけどパーティーの仲間よ。そこに年齢とか関係ないから」
「わかった、エンリカ」
俺は落ち着きを取り戻せたおかげもあって、今更ながらに自分のベッドの惨状に気づいて、メイキングをし始めた。
エンリカは俺の行動を見ていた間に、ひらめいたことを思いついたようで、
「ところで、今日は何も予定がなくて暇なら、冒険者ギルドへいってさっさと冒険者カードを作ってもらっておきなさい。私たちは冒険者なんだし、遅かれ早かれそれがないと困るわよ」
☆
というわけでやってきました、ここは冒険者ギルドの中の新規冒険者の申込み受付の前です。
「お名前はハルカさんですね。現在のお歳は10歳で出身地はデイルード。この情報にお間違いはございませんか?」
はい間違いありませんと答えると、冒険者ギルドの受付のお姉さんは一枚のカードをこちらへ差し出してきた。
「こちらがあなたの冒険者カードになります。お受け取りください。大事にして失くさないようにしてくださいね」
お姉さんは子供に接するように、にこにことして冒険者カードをこちらへ差し出してきた。
「ありがとうございます、お姉さん」
俺もにっこりと笑顔でお返しをすると、なぜかお姉さんの顔が緩み始めて、ちょっとだけ身悶えているように見えた。
「真っ白い肌色に綺麗な造形美の顔立ちで、それもとても可愛いくて。これはまるで生きて動くビスクドールじゃないの。ううっ、だ、抱きしめたぁいわぁ、ハァハァ」
なにやらお姉さんがつぶやいていたが、俺には聞こえてこなかった。
「ハッ、いけないわ今は勤務中、、、ス~ハ~、コホン。、、、ええと、カードに書いてある内容にお間違いがないかご確認をよろしくお願いします」
少し口元がだらしがなかった顔をしていたお姉さんが、キリリとした営業スマイルにもどった。
なんだかわからないが、身の上の危険が過ぎ去ったかのような気分になっていた俺だった。
受け取った銅色のカードの表面には、口頭で確認された情報が記載されていた。その他には両親指の指紋印が載せられている。指紋印は書類作成や契約で捺印するときに確認されるものだ。
裏面にはポイントカードのようになっていて、印をスタンプしてもらえるようになっていた。この印を一定数満たせば、ランクアップにふさわしいと判断されるシステムなのである。
「ご確認のほうはお済でしょうか? それでは次に、このカードにあります証明機能についての確認をさせていただきます。カードを両手でお持ちになって、両側端にあります左右の指紋印の欄の場所に、ご自分の両親指を重ねてみてください」
言われたとおりにしてみると、カードに備わっていた魔道回路が働き、カードからはハルカの姿見が平面の映像で浮き上がっていた。通行などでの本人確認は、この方法で本人証明をするのが一般的になる。
受付員はそれを確認すると、手元にある書類に最終チェックを入れていた。その後は冒険者ギルドの規約の説明に話は移っていった。
「ーーーです。これで規約の説明は以上になります。ハルカさんの冒険者ランクは現在[F]となっています。ランク[F]の方は初めに、教官が付き添った実地講習を二時間ほど受けていただきます。それからいくつかの座学による講習の単位を取っていただきますと、ランク[E]に昇格が可能です。ランク[F]は仮免許中の冒険者扱いとなりますので、通常の冒険者の活動はお出来にはなりません。予めご注意をしてください。最後になりましたが、あちらに見えています掲示板で実地講習を受けたい日時を選んで、その都合の良い日にお名前を書き込みしてご予約をしてください」
説明は以上です、お疲れ様でした、と受付員は手続きが全て完了したことを教えてくれた。
俺は案内のあった掲示板へ移動すると、今日の午後にもその実地講習があることを知って、早速にそちらへ書き込むことにした。
しかしその掲示板は、身長130cmの人間のことを考えていない高さにあったのだ。しかたがなく、どこかで踏み台を調達しようと思案をし始めたときに、後ろから声が掛けられた。
「ここに書き込みをしたいのなら、ボクが代わりに書き込んであげようか。君のお名前は?」
声がした方を振り返ってみると、そこにはすらりとした、スレンダー体型の綺麗に見える女子がいた。
金髪でサラサラのボブカットが特徴的で、目の色は明るい緋色。胸部に大きなフリルをあしらっているタンクトップを着ていて、おへその辺りの肌色が見え隠れをしていた。ショートパンツの短めになった裾からは、特徴的なすらりと伸びた脚線美を見せている。
「えええ! ちょっと何これぇ! この可愛いらし過ぎて美しい生き物は何なの。イヤァーン」
振り向いていた俺の顔をまじまじと見た彼女は、震えていた両手を自分の頬に当て、そうもらした。
「、、、おっと。いやボクとしたことがボーとしちゃってすまなかったね。ボクが他人を見て可愛いとか美しいとか見惚れるのって、とても大変に珍しいことなんだよ。君にはそれだけの、他人を引きつけるような魅力があるんだね。これからは自分を誰よりも可愛いくて美しいって、堂々と自慢してくれちゃってもいいと思うよ。ただし、ボクの2番目になっちゃうけれどね♪」
いやいや、自慢なんてことは絶対にしませんよ。ってゆうかこのお姉さんって、相当のナルシストさんなのかも?
自分のことを可愛いとか美しいって絶対に思っているよね? 実際にそうはみえるのだけど、なにやらアルに近い、変人の匂いが漂ってきている気がしてならない。
ここは用件だけを頼んだら、さっさとお別れをするほうが賢明だと、俺の心が警鐘を打ち鳴らしていた。
掲示板にある指定の書き込み場所を指さして、ハルカという名前を書き入れてもらえますか、とそのお姉さんにお願いした。
「ここだね、、、はいっと、書き入れたよ。、、、あれ?、 、、、ハルカ?」
「はい書いてもらった名前に間違いはありません。手伝ってもらってありがとうです、それじゃ!」
作戦は終わった。後は撤退するのみで長居は無用。と俺がそう思っていると、彼女はふうんこの子が、などと1人で訳知り顔になっていた。
「ふーん、君がね、、、ふふふっ。、、、ああ、ボクはサミーっていうんだ。覚えておいてよね、ハルカちゃん」
彼女はそれから鼻歌を出しながら、この場からすんなりと退場していった。
☆
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なんでこうなった ?
実地講習の現地にいったことは覚えているのに。
俺は気づくと、今は四頭建ての白馬が引いている馬車の中で、高級で座り心地が極上になる椅子の上に寝かせられていた。それでもすぐに、意識はまた希薄になっていく。
あー、、、 、、、だめ 、、、、、、
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物語はこれから少し時間を戻すところから始まります。
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「よーし、皆集まったか? これからおまえたちにいくつかの課題を与えていく。それができたらこの実地講習は終了となる。最初の課題は火の起こし方からだ」
教官は火打ち石を講習生たちにそれぞれ配って歩く。
「いいか、火はおまえたち自身を守るものとなる。例えば火を嫌う相手には有効な防衛手段になるし、寒い場所では自分を暖めてくれる手段を与えるものだ。灯りとしても必要になる松明などの種火としても使えるだろう。、、、それでは俺が、火の出し方のお手本を見せるのから、皆よく見ておけよ」
教官は自分の手に石を持つと、手慣れた手付きで木屑の上で石と石を当てていた。すると火花が打ち出して木屑へと当たり、しばらくすると燻った煙を起こした。
このようにこの講習は、冒険者がサバイバルの状況で生き延びる術を教えるものだった。新米の冒険者がトラブルに遭い、知っていたら死ぬこともなかっただろうに、という過去に前例のあった教訓などから、最初にこうした実地講習が取り入れられているそうだ。そうこうしているうちに予定時間の2時間の実地講習は無事に終わった。
その帰路の途中で王領の森という場所に沿った道を通りがかっていた。その名が示す通り、この森は王族が所有しているものだ。当然その中側は庶民などが立ち入ってはならないもので、それが見てもわかるように王領の森の外側は土手で区別されており、土手沿いにあるぶ厚い植樹林の層がその通行を拒んでいた。
俺はさきほどの実地講習で、冒険者カードの裏面に初めてのスタンプが押されたことで少し浮かれていたらしい。
ここがデイルード市からは近場で魔物との遭遇もありえない地域ということも相まって、この時は周囲の警戒を緩めていたことも原因だったのかもしれない。
「・・・・~じ・・・・~王子・・・・そちらはもう、王領の森からは外れてしまいます! お戻りをしてください!」
「ええぃ、この大獲物をここまで追い詰めておいて、今更になってやめられるかっ! これを仕留めれば父上もさぞや驚かれようぞっ!、、、それぃッ!」
ピシッイッ!
かなり遠くの方で馬の尻を叩いた音が聞こえると、俺はようやく周囲に気を配り始めていた。
耳を澄ませてみると、王領の森の中から、大きな地響きが段々とこちらへ向かって、さらに音を増していることを感じ取ることができた。
この大きな地響きのほうは馬のほうではないのだろう。とすると追われているほうの動物、それもかなり大型の動物が追い立てられている音なのだろうか? その大型動物を追っているかに思える馬の蹄の音も、やがてこちらにまで聞こえてくるようになった。
これはもしかしてヤバイかも、と思ったその瞬間には、俺の真横にあった垣根代わりの植樹は騒がしい大きな音を出して、そこから大型の動物がその巨体を飛び出すようにして大きな穴を開けていた。
大型の動物の正体は、小ボスクラスに該当できそうな、とても大きな牡鹿だった。
コンマ数秒の対応で回避と受け身をとっさにとっていた俺だったが、大牡鹿のマトモになる体当たりはどうにか避けられたものの、俺の体は弾け飛ばされる結果となった。
「っ!、、、、、、」
自分も予備動作を上手く使ったことで、相手の力の大部分を削いではいたけれど、この小さく軽い体は意外なほどに遠くへ飛ばされることになってしまった。
着地のときはなんとか最低限になる受け身は取れたものの、その衝撃は殺しきれるものではなく、俺は次第に意識が薄れていくのを感じていた。
意識を手放す寸前に俺の目に映ったものは、大牡鹿に続いて王領の森から現れた、白馬に跨っていた、見知っている少年だった。
何でアイツがここにいるんだ?
、、、ああそうだった。ここは王領の森か、、、
ここで俺の意識は完全にフェードアウトしたのだった。
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