010 王子は年下少女に弟扱いされる
魔王を倒して少女に変化していた元男勇者のドタバタときどきラブコメディー
ーふぅ。
デイルードにある三ツ星ホテル、その最上階にある書斎室には一人の男性がため息をついた。
40台にようやく差し掛かったばかりのその男性は、この歳まで尋常ではない人生を送ってきたと思わせた、その年齢に不相応になる貫禄を覗かせていた。
彼はこの国の国王である、ジュリオ王だ。
政治や外交では、国内の政敵やライバル国を出し抜く傑出した才の持ち主である彼には、ただ一点だけ弱点となるべきものがあった。
それは息子のジュリアン王子のことだった。何を仕出かすかわからない行動は、彼の頭痛の種になっていた。失点が多すぎて廃嫡も妥当だと周囲から公言されるほどに、困った問題になっていた。
そうしたまさに危機的な瀬戸際の中で、この度もジュリアン王子がまた事件を起こしてしまったのだ。
王領の森の外側での出来事で、息子のジュリアン王子が平民の少女を巻き込んだ事故は、他言外聞がなされぬよう、王子に同行していた随行員たちには、いち早く細心の緘口令が引かれていた。
一緒にいた部下からの聞き取りでは、他にこの事故を目撃していた人間はいなかったと確認されている。現時点での、この王室のスキャンダルは、未然に防がれていると思ってみてもよいだろう。
ふと、ある男の事がジュリオ王の記憶から呼び覚まされた。ジュリオ王は、かの男との間にあった過去の出来事を振り返る。
「よう、ジュリアン。元気だったかー? 今回の旅先ではな、北方にいた巨大白熊の群れと戦ったんだが、、、」
勇者ハルキは、王城に来るたびにジュリアン王子の元に訪れては、色々な土産話をしている姿をよく見せていた。
また誰もが手をつけられなかったジュリアン王子を、自分の本当の弟のように扱っていた。
ときには本気で叱っていたり同情して慰めることもよくあった。
やがてはジュリアン王子も、勇者ハルキを本当の兄のように慕うようになり、それまでにあった素行不良も段々と改まっていったのだ。
しかし彼はもういない。百日前の行方不明を切っ掛けにして、ジュリアン王子はまた再び元の問題児へと戻ってしまっていたのだった。
ーーーあいつが今無事に現れてくれたら、俺はどんなに救われることか。
ジュリオ王は、新興の地方都市デイルードにある三ツ星ホテルの一室の中で、夕暮れが差し込んできた窓に近づいて外を眺めながら、今の現状に頭を悩ませるのであった。
コンコン
「入れ」
入ってきたのはジュリオ王の腹心である執事のロイスだった。
「さきほど、ジュリアン王子がお連れになったお嬢様が、お起きになられたご様子にございます」
「そうか、わかった。ではここにジュリアンを呼んでくれ」
「かしこまりました」
執事のロイスが出ていくと、ジュリオ王は悩める親の顔から、再び公務の顔へと戻していた。まずは少女に会って今後のことを話し合わねばなるまい。
しばらくが経ち、再び書斎室の扉が開かれると、三人は打ち揃って部屋を出ていった。
☆
「入るがよろしいか?」
ジュリオ王とジュリアン王子は一緒に、被害者となった少女の部屋の前まで来ていた。
どうぞ、と言う声が中からすると、ドアの横で予め控えていたロイスがその扉を静かに開いた。
少女はベットの中で半身を起こした状態だった。大牡鹿に跳ねられたと報告を受けていたが、奇跡的に外傷もなくこのために痛々しさは感じられなかった。
むしろとても健康そのものに見えて、すぐにでもベッドの中から出たいという様子があった。
ちょうど医師の見立てが終えられたばかりなのか、王と王子が現れると医師はベットのすぐ脇で、直立不動をして緊張した面持ちで出迎えていた。
それとは対照的に、少女の方はこちらを見ても特段に気にする様子は見られない。
「見立てはどうなのか?」
ジュリオ王は医師にそう聞くと、医師は困ったというように、
「それが、、、大牡鹿に跳ねられたと聞いて、くまなくお調べをいたしましたが、体のどこにも異常は見当たりませんでした。いえ問題がないことは良いことですが、状況を聞いた限りですと、普通でしたら全身打撲をしているはずでして、、、」
という返事をしている間にも、医師は額に出た汗をひっきりなしに拭いていた。悪いところをどこにも見つけられないだと、役にも立たないヤブ医者め、と責められはしないかとヒヤヒヤしている様子のようだった。
「体のどこも問題はないって、さっきからそう何度もいっているのに、なのにしつこく診察するなんて!」
少女は腕を組んでいて不平タラタラの様子であった。おかしな場所を探さないといけない医師に、体中を執拗に見立てられたのか、機嫌も相当に悪そうだ。
「それは済まなかった。どうか許してほしい」
そう言っている最中にも、この少女とどう折り合いをつけてスキャンダルを防げばよいのか。ジュリオ王はすでに別の段階に頭を巡らせていた。
「、、、すっ、すまなかった! どうか許してほしい!」
これから交渉に入るはずだったジュリオ王は、ジュリアン王子の突然に過ぎた行動にしばし驚かされた。自分が起こしてしまった事態のことで反省し、ここへくる前から少女に謝る決意を固めていたようだった。
だがしかし、少女のほうからしてみたらその対応は困るだろう、とジュリオ王はそう思っていた。
というのも、不意に話しかけてきたジュリアン王子は、少女からしてみるとかなりの年上で畏怖の念を感じるし、それも自分の身は平民で、かたや相手は高貴な格好をしている人物だとしたら、会話も恐れ憚ると感じ入るはずなのだから。
さらに付け加えれば、ジュリアン王子が王領の森の中から現れたことで、自ずと謝ってきているその相手が、王族と察していてもおかしくはない状況だ。息子のジュリアン王子のこの謝罪が凶に転ばねばよいが、と顔色には出さずにいた。
「あーまあ、自らの行動に落ち度を感じていて反省をしているのなら、もう気に病まなくていいよ、ジュリアン。、、、でもこれはオ、いや私が相手だったから運がよかったんだぞ。まったくそこんとこをだな、よく、、、ププッ、、、、、、しっかしおまえ、大牡鹿を後から追って出てきたときの、私と目が合ったときの、あのとても慌てていた間抜け顔ったらないな! 、、、プププッ。今思い出しても、、、ククククッ。アッハハハハッ!!」
少女は萎縮をするどころか、なんと快活に笑ってみせたではないか。それはこの場を察してわざと取り繕ったものでもなく、ごく自然で屈託のない本当に笑っている顔だった。
ジュリアン王子は、自らの謝罪の場面だったとはいえ、心の中の隅では平民にお声をかけてやったと、驕っていた気持ちも少なからずあった。
ところが、その相手の少女が自分にタメ語で返してきて、こともあろうことか、自分の情けない姿を思い出されて笑われているのだ。
そんな状況に、ジュリアン王子はただ呆気にとられるばかりになっていた。しかしそれも初めのうちで、ハッとして我に返るとくやしさに反撃を始めてしまう。
「お、おいッ、お前は僕よりも年下のくせに、その言い方はなんなのだ! それになんだ、その扱いは。、、、それではまるで、、、僕が年下のようで、、、すごくおかしいぞ!」
「あーそうした態度をここで取るんだ? ふーん、ジュリアン君ってば自分が怪我をさせた相手にそーゆー態度をとっちゃうんだね。ヒドくない? それって絶対に反省が足りないよね。さっきまで謝っていたのに、あれは嘘なの? 泣いちゃおうかなー」
「お、お前っっ、さっきはどこも悪くないっていってたぞ!」
「あー今突然に、すご~く頭が痛くなってきた。ジュリアン君が私をイジメるからだよね。あ! イタァーイ(笑)。ひどく頭痛がして薬が飲みたくなったから、そこにあるポットとコップをここにもってきてよね」
「ふざけるなぁ!! ぼっ、僕は王子なんだぞっ! そんなことは召使いの仕事だろ! 絶対にやらないぞ!」
「そーんなこというんだ。だあーれのせいで、私は今このベットにいるのかな。迷惑をかけられた人のささやかなお願いなんだよ? 私が君にお願いをしているんだ。さあ早くね。あ~頭がイタァーイ。早くぅ~早くぅ~」
「ぐぬぬぬぬっ!」
ジュリアン王子は沸騰したヤカンの顔のようになりながらも、ドスドスと足音をたてながら、少女の希望通りにポットとコップをはこび、水の入ったコップを差し出した。
このやり取りを見ていたジュリオ王は、ひどく驚いてしまった。
人の言うことに従うことを嫌う我儘なジュリアン王子が、いま目の前にいる少女に良いように操縦されているのを。
ジュリオ王は勇者ハルキに続く、自分を救う二回目の光明が今射したように感じたのであった。
☆
☆
☆
「今日ここに、銀髪のストレートで、10歳位の女の子、名前はハルカですが、こちらへは来ていませんでしたか? 冒険者カードを作りにきたと思うのですが」
エンターは受付の女性にそう質問した。定時を過ぎても戻ってこない、帰りの遅いハルカの行方を追ってここにやって来ていたのだ。
シエルとエンリカはすれ違いが起こらないようにと、宿屋で待機してもらっている。アルは自分のツテを頼ってみようといって、別行動で探していた。
「本日の受付の記録にありました! そうですね、、、確かにこちらで冒険者カードが発行されている記録があります。、、、ああこれは。しばらくお待ちください」
そういうと、大きく目立つ付箋のついていた記録書類を持って受付嬢は奥に引っ込んだ。そこには窓口担当の責任者らしき男性がいて、二人で何やら話していた。
その男性は女性受付員から聞き取り終えたらしく、立ち上がるとエンターのほうへとやってきた。
「私はここの窓口担当の責任者です。実はさるお方から、ハルカさんを訪ねてきた人がいたら、こちらのものをお渡しするように、と言付かっています」
それは封書だった。
よくみるとそれはあきらかに貴族のような身分の高い人たちが使用する上質な紙で作られていた封書であった。
エンターはこれを、ハルカの失踪にこの人物が深く関わっていると直ぐ様察したのだった。
☆
エンターは小春日和亭に到着すると、カウンターにいた女将のマーシャに、シエルとエンリカを呼び出してもらい、二人と合流してからアルフレットの待つ酒場へ移動した。到着すると、そこにはアルフレットともう一人の人物がすでに席について待っていた。
皆が席につくと、アルフレットが立ち上がって周囲に頭を下げた。
「とりあえずは先に謝らせてくれ。昨日はみんなに迷惑をかけた。すまん」
ここにいる人はアルの悪癖を昔から知っているし、今日集まった本題には関係がないということですぐに流された。
「今日の議題はハルカちゃんの失踪でしょ。さっき宿屋でエンターさんから聞いたばかりだけど。それで実は、ハルカちゃんとは昼間にあっているんだ」
アルフレットと共に、すでに席に座っていた隣の人物がそう口を開いて話し始めた。
その人物は金髪のボブカットヘアーに緋色の瞳をもち、タンクトップとショートパンツの恰好からは、若く健康的な卑猥さを感じさせた。
「ボクは午前中に冒険者ギルドでハルカちゃんに会っているんだ。実地講習の書き込みを手伝ってあげたよ。あの子ってびっくりするほどの美少女だよね。人間的な美を遥かに超越したかのような、神が手作りで創ったとか思わせられる被造物だったよ」
うっとりとした恍惚感を見せ始めた。そのサミーの言動に悪癖を起こしかけたアルフレットをエンターが先制して留める。
「そのハルカが失踪したことの手掛かりを、ここに集まってもらった皆で、明日から皆で手分けをしてはじめようと予定していたんだが、、、」
エンターは冒険者ギルドから預かってきた封書を、皆が座っているテーブルの前に置いた。
「おれは冒険者ギルドの受付で訪ねたら、こんなものを受け渡された」
皆がその封書に注目してから、再びエンターへ視線が戻ると、エンターはその封書を拾い上げる。
それから封書の蝋の封印を割ってから、スクロール状になった紙を開く。
「恐らくはここに、ハルカが失踪した手がかりがあると思う。読んでみるぞ」
それから紙に書かれた内容を読み上げようとしたエンターだったが、突然驚いた様で口をパクパクとして、言葉を継げない状態になってしまった。
「どうしたのおにいちゃん。読んでくれないとわからないままなんだけど?」
そのじれったさに我慢ができなくなったのか、エンリカは兄のエンターに催促をした。
エンターはもちろんエンリカの言葉通りにしたいのだが、そこに書かれていた最初の文字は、エンターの想像していた予想の相手を斜めいくものだったのだ。
「こっ、国王ジュリオがこれを記す、、、」
エンターのその言葉によって、ここにいた五人が凍りついたように硬直して動かなくなったのは言うまでもなかった。
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