40 怒って当然です
鬼か悪魔か。
髪を振り乱したルーヴァス様は両手はもとより、全身が血だらけだった。
ルーヴァス様はどんな時でも、いや、戦闘の時は特に冷静なんだそうだ。普段の戦い方は動きに無駄がなく、返り血をかぶることはほぼないらしい。
だと言うのに今の姿はあまりにも鬼気迫っていた。
まだ遥か彼方だと言うのに、私にさえそれがわかるほどだ。
「あれさぁ、なんか怒ってないか?」
「は? 私のせい?」
「聞かれても俺たちにはわかりません」
私は今、熊騎士の肩に座っている状態で彼の頭に腕を回している。
ルーヴァス様を見たかった私が、無理を言って運びかたを変えてもらったからだ。
「さっきからこっちを睨んでないか」
「それってまさか……」
三人の視線が私に向いた。
「だから、私がこんなところまで押しかけてきて、足手まといになってるからですってば」
褒められたくておとり役を受けたのに、結局おとりの効果が強すぎて、こんなことになってしまった。
「そうじゃありませんよ。ああ、俺どうなっちまうんだろ」
「それより、早く王妃様を降ろせ」
「これは不可抗力だよな? な? 誰かそうだと言ってくれ」
「王妃様をお守りしてたんだから大丈夫じゃないのか……」
「言いながら目をそらすなぁ」
逞しく頼りがいのある熊騎士がなぜか震えだす。今まで飛竜に囲まれていてもそんなことはなかったのに不思議だ。
「王妃様、とにかくルーヴァス王と合流しましょう。と言うかルーヴァス王がこちらへやってくると思いますから、あとは頼みます」
私を地面に降ろした熊騎士は私に手を合わせる。
意味はわからないけど、たぶんルーヴァス様に、皆を助けてもらうようにお願いすればいいのだろう。
「そうね、ビアンカやディスターさんも心配だし」
その後、私たちもこちらへ近づいてきた飛竜を私が墜落させて、熊騎士たちが止めを刺した。
そうやって、この辺にいた飛竜の討伐がある程度終了。
そして、やっとルーヴァス様と合流できたその時。
「申し訳ございません」
突然、熊騎士とあとの二人がその場に土下座した。
「あ、私も」
私も真似をして膝をつこうとする。
「やめてください。俺を殺すつもりですか?」
「え? どう言うこと?」
一番の原因である私が謝らないでどうする。
「アルティナ、どうしてお主がここにいるのだ」
私に問うルーヴァス様のその声は、今まで聞いたこともないような恐ろしい声色だ。
激怒されていることは疑いようもない。どうしよう。
「も、申し訳ありません。私がおとりをかって出たんです。そうしたら飛竜が集まりすぎてしまって……」
「誰が連れてきた」
そう言いながらルーヴァス様は熊騎士たちを睨みつける。
「公爵家の者どもだな。ディスターか。奴はいったい何を考えている」
「みんなが安心して暮らせるように、早く解決したかったみたいなんです。こうなってしまったのは、すべては私のせいで、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
私が至らないため、ディスターさんに矛先が向かっては困る。
「それで、なぜ四人だけがここにいる。しかもなぜアルティナは担がれていたのだ」
「それは、ルーヴァス様たちと合流して加勢してもらおうと思ったからです。私の足が遅いから、騎士様が運んで守ってくださいました」
「それは本当か」
「本当ですよ。ねえそうですよね」
私から話をふられた熊騎士たちはすごい勢いで頭を縦に振る。
「ならよい」
その言葉を聞いて胸をなでおろす三人。
ルーヴァス様の視線が彼らから私に移る前に、今まで震えていた熊騎士が口を開いた。
「恐れながら、ルーヴァス王」
「なんだ」
「我々は飛竜の討伐に戻りたいと思います。この先でまだ仲間たちが戦っていますので」
「うむ。もうすぐ他の者たちも追いつくだろう。助勢に向かわせるから無理はするな。公爵家の者たちにそう伝えろ」
「はっ!」
そう言葉を交わしてからすぐに公爵家の騎士三人は立ち上がった。そしてあっという間に踵を返して、山の中へ消えて行く。
残されて二人きりになった私とルーヴァス様。
「私も向かわねばならん。しばし我慢してくれ」
「はい?」
そして私は再び荷物のように、今度はルーヴァス様の肩に担がれてしまった。
いつかのようにお姫様だっこの方がいいだなんて、我儘を言えるわけがない。
手が塞がってしまったらルーヴァス様は戦うことができないし、こんな状況でそれが言えるほど私は空気が読めないわけではないのだから。




