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VRMMOでリアル恋愛を模索してみる。  作者: 棗 御月
最終章 やがて二人は
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いつか思い出になるところを歩いて



 ブティックを出てから、歩くこと十数分。

 今、目の前には大きな店名と、それを照らす豪華絢爛な装飾に、過剰な程にアピールしてくるバナー広告の数々。たくさんの音が交じった大音声は、店に入っていない今でも聞こえてくる。

 ここまで言えば大体の人がわかるだろう。そう、ここは――()()()()である。


「おっきいですね……」


「ここら辺では最大で、東京の方で最新の物とかもすぐ入るところらしいよ」


 そう言いながら、内心では写真でイメージするのよりだいぶでかい、と驚いているのは同じだったりする。

 さて、なんで付き合っていないとはいえ初デートでゲームセンターに来たのか。いわゆる一般的な女子高生とのデートで連れて来ようものならその場で見限られても仕方ないが、このペアに限っては例外だったりする。

 学校の登下校やお昼、部活と多くの時間を一緒に過ごす二人だが、連続で一緒にいる時間が一番長いのは当然ゲームの中なのだ。しかも平日以外でも会えるという点で言えば勝ってさえいる。つまり、この二人で共通する物や話題といった場合に、ゲームは不可欠な部分さえあるのだ。

 二人を繋げてくれたゲームに感謝、というのが理由の一つ。

 そして、AWLで培われたコンビ―ネーションがどれほど他のゲームで通じるのか気になった、というのも一つ。

 そして何より、この二人でならとても楽しそう、という意見が重なったからである。

 とまあ、かなり行き当たりばったりで打算的な理由で選んだため、お互いの顔には不安の光が揺れている。過剰に感じる装飾と大音声が壁にしか感じられないのだ。

 それでもここまで来てしまったし、ということでいを決して中に入る。


「わぁ……!」


「意外と広いんだな」


 想像では、もっと雑然と筐体が並んでいて狭いというのがイメージだった。というか、むしろそれ以外の光景を考えていなかったのだが、目の前の光景はその予想を大きく裏切っている。

 視界を埋め尽くすのは、たくさんのモニターと案内のポップ、そして店の奥まで見える()()()()。¨沢山の筐体¨というのが程遠い、きれいに並べられた多くの部屋とシアタールーム。近くにあるカウンターには、ドリンクバーの値段が表示されている。

 そう、言うのであれば……店の奥にゲーム画面が映るスクリーンの部屋のある、バカでかいカラオケボックスだ。


「いらっしゃいませ。新規のお客様ですか?」


「は、はい。……その、思っていたゲーセンとだいぶ様相が違うんですけど、もしかしてここカラオケボックスじゃないですよね?」


「もちろん違いますよ。簡単に説明させていただきますね?」


 その説明によると、こちらのイメージしていたゲームセンターというのは今でも各地で主流らしい。だが、この最新設備のゲームセンターでは、多くのゲームがVRでできるようになっているのだ。部屋には、格ゲー、レーシングゲー、リズムゲーム等々が最新の状態で用意されたVR装置がある。高性能の代わりに動かすことを想定していないその大型機器は、家庭用を遥かに凌ぐ精度でプレイできるのだ。

 しかもその機器にインストールされているゲームは大概がゲームセンター専用だったり、ゲームセンターように大幅改変や調整を施されているのだ。

 しかし、とうぜんVRゲームにログインしている間は体が無防備になる。よって、多くの個室が用意されているのだ。ドリンクバーとかもその一環だろう。

 奥のモニタールームは、今プレイされているゲームや過去のゲームのリプレイが流されている。ソファーなどが設置された休むための部屋、という事らしい。事前に申請したらあの大画面でテレビゲームやコントローラーを使ったレトロゲームもできるのだとか。


 では、いわゆる筐体の物は全くないのかというとそういう事ではないらしい。それもそうだ、格ゲーとかなら個室のスクリーンやVRでできても、UFOキャッチャーとかはVRでできない。ゲーム自体はいくらでも再現できても、目の前で実際に景品を受け取るということはできないからだ。

 また、VRが普及してもあくまで筐体でやりたい人もいれば、体質的にVRが苦手だったり合わない人もいる。そういう人のために、筐体のコーナーは地下にあるらしい。そうすることで、界隈では度々問題になっていた騒音問題も解消したのだとか。


「という感じですね。もし宜しければ二人部屋にご案内しましょうか?」


「お願いします」


 先に利用時間とドリンクバーの申請だけして、鍵を受け取って、店員さんに案内してもらう。数部屋を通り過ぎた先、案内されたのはペア用のルームだった。

 中には物置とロッカー、椅子が二脚に丸机が一つ。そして、何より目を引くのは、部屋の中央に鎮座する二大の大きなVR装置だろう。SFのロボットものに出てくるカプセルコクピットをかっこよくした感じだ。サイズはMRIとかと同じくらい。

 このサイズからして、仲に入りこむのだろう。


「やはり、初めてこれを見たお客様は皆驚いた反応をされますね。見ての通り、これはカプセル状になっていて、中に入り込んでプレイするタイプのものになっています。荷物を物置棚かロッカーに預けたら、楽な恰好になって、靴を脱いで中にお入りください。その後は、ヘッドギアを着けて出てくるヘルプ通りに進めばできるはずですので」


 それだけ言うと、注意書きとかが書かれた紙を置いて店員さんは去っていった。制限時間は一時間、ドリンクバーは自由。一時間の定期と、備え付けの簡易健康監視装置からの臨時の警告で水分補給の時、そしてお花を摘みに行く時以外はダイブしっぱなしでいいらしい。ペア部屋の装置は二台とも繋がっているから、音声会話もほとんどラグがない状態でできるんだとか。

 一通り注意書きに目を通したら、店員さんに言われた通りに上着とかを脱いでハンガーにかけて、靴を脱いで装置の中へ。

 中は意外と空気が良くて、淡い光に満たされている。背中側も柔らかく、体にほとんど負担や無駄な力が要らない。そのうえで最新の機器でプレイできるのであれば、確かに環境としてはこの上ないだろう。


「由梨菜、準備はどう?」


「大丈夫です。いつでもOKですよ」


 少しの緊張と、それよりは多い期待に満ちた声がカプセル内に響く。

 その声に安心して、ヘッドギアを頭にかぶるというよりは置く感じで装着。普段よりも数段スムーズかつ自然に、意識は幻想の世界に落ちていった。


 わずかに白濁した空間を抜けた先は、暗い空間だった。すぐ目の前に操作用らしい文字盤が、そして少し見上げるような位置でたくさんのタイトルのゲームの表紙が並んでいる。有名なものからレトロなもの、コアなものまでが、全てVRナイズされて陳列されていた。

 そのあまりの数に固まっていると、由梨菜からボイスチャットで要望が。


「あの、これやってみませんか?」


 そう言って仮選択状態になったゲームの名前は、『Angel Frontier』。有名なゲーム作成会社――の、子会社が作ったゲームらしい。そして、少しの時間を使ってゲームの説明を読んだ俺は、その魅力に惹かれていた。


「いいね、これにしようか」


「了解ですっ!」


 仮選択状態から選択状態へ。確認の画面で「はい」を選ぶと、視界を埋め尽くしていたゲームのパッケージ群が消えて、わずかなローディングの後、専用画面に移行した。

 簡単な操作や世界観説明をされた後、キャラメイク画面へ。その素体であるモデルの所には、いつの間にスキャンされたのか、ゲーム仕様に調整された自分の姿が。右側にあるツールバーを使って変更するらしい。

 ちなみに、このアバターはゲームセンターの会員になれば、ある程度の要素をもって他のゲームにもコンバートできるようになるんだとか。このゲームセンターにどれくらい来るかの頻度が分からなかったというのもあって、会員登録はしなかったけど。

 簡単にキャラメイクを終わらせて、いざ『Angel Frontier』へ――。



◇ ◇ ◇



 ――カサ、という芝を踏みしめる音に反応して、視界が切り替わる時の光に閉じていた瞼を開ける。

 そして、初めに視界に飛び込んできたのは、世界の果てまで突き抜けるような蒼穹。青々とした芝と、この世のものではない花が一面を埋め尽くしている。さわやかな風は肌をわずかに撫でて、花びらを連れて空へと散っていった。どこか懐かしいような香りと音が、自然と体に染みわたっていく。


 この『Angel Frontier』というゲームは、厳密にはゲームではないのかもしれない。

 なぜなら、このゲームにはクリアという概念が無ければ、目標もない。グラフィック専門の子会社が、社の全力をかけて作ったランドスケープ・ゲームが、『Angel Frontier』。

 本来であればゲームシステムやオブジェクト、AIの挙動や設定、スキルやモーションといった諸々に咲かれていたリソースを全てグラフィックに特化させた。その結果生まれたのは、天上の絵図ですら表せないような圧倒的な景観の暴力。家庭用の機器を一切想定しない、大型機器専門のゲームに相成ったらしい。

 もちろん同じような景観だけではなく、全四万通りを超す中からランダムで生成されている。潤沢に用意された移動手段で移動するたびに、一定の距離ごとに変化する景観が飽きさせない。


 だから、そんな景観の中で白いワンピースをはためかせて、長い黒髪を抑えて振り向く由梨菜は、ありえないほどに美しかった。


「このゲーム、凄いですね……!」


 そう無邪気にはしゃぎ、花や蝶を見ては驚く。景観に目を輝かせてはリアルな感触に感動する。

 そんな、普段見ることのできない一面が見られたのが、とても嬉しかった。


「先輩、もっと他の所も見に行きませんか?」


「OK、行こうか。トロッコでいい?」


「はいっ」


 エリアに置かれた小型のトロッコに乗り込んで、線路の導くままゆっくりと進んでいく。

 それからこの世界が描く景色は、どれも圧巻の一言だった。


 どこまで続くのか、果ての見えない深さの崖。雄大な音と共に、その谷の底へと落ちていく滝。その両端を繋ぐ橋を渡りながら、木漏れ日に目を細める。

 日が沈んでくると、世界は茜色に染まる。綺麗な緑だった山陽は紅葉のように染め上がり、空は緋色から淡い紫のグラデーションに。どこか悲しさを湛えた夕日が、山の陰に消えていくのをじっくりと見守った。

 ついに日が落ちきってみれば、空を埋め尽くすのは満点の星々。山裾から頂上へと続く道は、いつの間にか灯った灯篭の光に照らされている。だいぶ上がってきた山の斜面からは、波一つない大海原に星が写っているのが見えた。風一つない、凪いだ海というありえない大鏡に零れていく星々の雨は、静かな夜に妖精がはしゃいでいるようだ。

 気が付けば山を登り切り、その頂上から浮遊島へと線路は続いている。

 悠々と空を泳ぐ島々から世界を見下ろせば、連れ添うように空を舞う優美な蝶と、時たま潮を吹き上げる鯨がいた。どちらも現実には存在していないサイズと色で、それでいて不自然ではない。

 そして、気が付けば、後ろの浮遊島からゆっくりと日が昇ってくる。時刻を盗み見れば、もうそろそろ一時間だ。思ったよりもこの世界を堪能していたのか、時間がとても早く感じる。


 日が天頂に戻ったところで視界がゆっくりと白濁していく。

 時間が来たからだろう、今回はこれで終わりのようだ。


 白い光のせいで閉じていた目を開けると、カプセルの天井がある。ゆっくりとその蓋を押しのけて、上体を起こしていく。

 同じようにゆっくりと開いた隣のカプセルからは、まだ少し呆けたような表情の由梨菜の姿が見えた。


「……すごかったな。これなら、また来たいかもしれない」


「はい。……是非、また一緒に来ましょう」


 そう言って顔を見合わせて、お互いに少し笑みをこぼす。


 予想よりも数段凄かった景色の感想を言い合いながら、ゲームセンターを後にした。

 時刻はもう、夕方の六時半を回っている。

 であれば、次に行くところは――。




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