023 殺戮
シュゴフ教の偵察によると、頭のスーザンは就寝中もシャワーもトイレも常に『双頭の竜』といるのが確認された。このキューブは素早く頑丈で毒も効かないしモート家自慢の体術も軽くあしらわれたらしい。
幹部のササはチャッツウッドの根城に常に陣取っていて、飯時以外はガスマスクを着用している。彼の身体は硬く、物理攻撃を通さない。睡眠ガスは効果があったので体内は人並みだと思われるが食事も数人の元ホームレスの信者に毒見させる程に過度な守りを固めている。
彼が死なない限り『双頭の竜』も活動停止しないので、スーザンの防御も世界最高峰レベルだと言えるだろう。自称世界屈指のモート家当主ジョナサンが言うのだから間違いはないはずだ。
そして、新幹部のライアン。『贈与の死人』を得て、身体の傷が再生するようになったという話だが、どの程度の欠損まで再生できるかは不明。昼は仕事、夜は信者十人と格闘技を修練している。他の大きな変化は子どもや妻との生活を蔑ろにするようになったくらい。
最後の幹部ズーイは女子中学生で目立った動きはない。友達はいないものの学校や通学路では単独になる事がないのは時間帯と移動経路のおかげだろう。
家は母子家庭で母とは不仲。与えられたキューブ『贈与の蝙蝠』に大学を飛び回るよう指示し、蔭川と発声する人を探している。蔭川への手がかりが大学と蔭川の名前だけなので、この程度の追跡しかできないのだ。
尚、命令はカードに話しかけて行っているので、モート家の諜報部隊に苦も無く情報が漏れている。
大学で嗅ぎまわられるのは厄介なので事態が大きくならないうちに、具体的には試験が始まる前までの解決を蔭川は目指している。人目のない場所で彼らキューブ使い無力化できれば、カードとキューブ回収も含めた後始末は暗殺一家がやってくれるそうだ。
蔭川の役割は、試験日までにシュゴフ教のキューブ使いを秘密裏に殺害する事のみ。
「こっちの武器は不死身と影ヒコーキ君だけ、か」
どうやってもかすり傷すらつかない蔭川自身の身体とはんぺん型の飛行物体であるキューブが蔭川の手札だ。負傷中のエミリーや戦闘力の低いジョージを危険に晒す気はない。
「正直な話、竜のキューブ持ち以外は殺害は可能なんだよな。問題は人目のない場所にどう誘導するか、それから倒す順番だ」
スーザンを倒した場合、彼女の眷属である新三幹部がどうなるのかはわからない。何ともならないかもしれないし、眷属キューブが機能停止するかもしれない。
想定不可能な事態を避けるなら、三幹部を倒してからスーザンを討つのが最善。しかし、増加中の信者、所謂兵力を削ぐならスーザンから倒す方がいい。
「そうだな。それなら順番は決まりだ。悪く思うだろうが、放っておいたらより大きな危険に発展しかねないから仕方ない。芽は小さいうちに摘ませてもらう」
その数十分後、蔭川はジョナサンに作戦を打ち明け、一つ頼みをしたのである。
「一人にある発言をしてもらいんだ。それからテント一式を借りたい」
蔭川の策略が始まる。
・・・
「ありがと、ズーイ。助かったんよ。それから、皆も緊急招集に駆け付けてくれて嬉しい」
「私は知っています。当然の結果だと」
「某は! 某は早速、同志と共に探索に出かけたいと! 出かけたいと思います!」
シュゴフ教のチャッツウッド本部にはスーザン、三幹部、そして信者の殆どが勢ぞろいしていた。講義室のように席が並べられ、その前面に幹部、そして信者全員を見渡すようにスーザンが座っていた。
「うん。ジョンとサミーを殺した首謀者かそれに繋がると思われる蔭川の居場所がわかったんよ。ブルーマウンテン、そこにいる彼を見つけて犯人への手がかりを得るのが目的じゃね。でも、犯人もそこらへんにいる可能性があるけん、十分注意して」
「某は! いや某たちは! シュゴフ教に牙をむいた奴らを!見つけて見せます!」
「うん。正確な位置は不明なんよ。今、ズーイの蝙蝠が探索中なんじゃけどね」
「蔭川……蔭川要の位置かい? 確かにブルーマウンテンにいるみたいだね」
三cmほどの髭を生やした萎れたふけの乗った黒いシャツとジーパンの男だ。付近の席は少し距離が離れている。異様な臭いのせいである。
「ん? 場所がわかるん?」
「そうだね。十m程の誤差はあるだろうけど、わかるよ」
パソコンの画面に映る地図をスーザンに向けている。
スーザン達は驚きの表情だった。
「某は! 某はそれを鵜呑みにはできないと!できないと思います!」
「君って結構馬鹿なんだね。どうせ手がかりがないんだから、確かめてみたらいいよ」
馬鹿にした表情を向けられ、ライアンは顔を顰めた。
言っている事は正しい。確かめる価値は十分あった。
「そうじゃね。ところで君は誰?」
「ああ、名乗ってなかったね。僕はサボサ。彼と同じマンションに住んでいるよ。」
一同に驚きと緊張が走る。
蔭川への手がかりがこんな所にあったのだから仕方ない。
「彼は、何者なんよ?」
「良くも悪くも同居人に過ぎないからね。君たちが持つ能力に興味を持っていた、くらいしかわからないよ」
「わかったんよ。とりあえず、ズーイはこのまま蝙蝠で探索を続けて。ライアンはサボサや他の同志と共に蔭川探索じゃね」
「私は知っています! 絶対やり遂げて見せると!」
「某は! 某は必ず首謀者を見つけ! 見つけます!」
燃えるようなやる気と興奮によって士気が広がっていく。
信者は立ち上がって、叫んだり手を上げたりしている。
「悪いけど僕は部屋で休ませてもらうよ。蔭川の居場所は常にわかるようにしてあげるし、質問があれば受け付けるから」
ライアンはサボサを睨んだ。硬く握られた拳はぷるぷると震えている。
ズーイとササもいい気はしていない。冷たい目線を浴びせていた。
「そうじゃね。わかった。それでいいけん、今日は解散」
内部分裂を恐れたスーザンの機転でその日の会合は終了した。
作戦会議は終わっていたので、切りが良かったとも言える。
しばらく食事をして、ライアンは信者の大半を連れてブルーマウンテン遠征の準備へ、サボサとズーイはそれぞれ自分の家へ、ガスマスクを装着したササと部下三人は残って待機。スーザンは寝室へと移動した。
・・・
そして、土曜日午前十時半。
シュゴフ教の崩壊へのカウントダウンが始まる。
ライアン隊が車を降り森の中腹へとぐんぐん歩みを進めていた頃、影ヒコーキ君はズーイの家の遙か上空に待機していた。
平屋の一軒家には彼女と母親の二人しか住んでいない。両親は離婚していて、父親はアフリカに帰ったそうだ。
この母娘仲は壊滅的で、週末になると娘はほっといて彼氏に会いに行っている。前日の夜からズーイを尾行し家を偵察していたのだが、金曜の夜に一度帰宅した母親はすぐさま出かけてしまっていた。
想定外ではあるものの、蔭川の計画に支障はない。
黒い翼で風を切り高速落下し、ぐりんと家の四方を旋回し窓から中を確認する。開いている窓はないが、机にマグカップを置き寛ぐズーイは視認できた。
さらに加速させ空気を分断しながら家を離れ、くるりと方向転換。
どがぁぁあん、がしゃぱりぐちょ。
影ヒコーキ君が窓を破壊し、ズーイの頭を吹っ飛ばしたのだ。
空気が震え、人々が身をかがめた。
何事かと外を見上げる住人の視線の中心はズーイの家から南へ一kmの所だ。そこは影ヒコーキ君が音速を越えて衝撃波が発生した地点である。
ズーイの家には割れたガラスが部屋中に飛散し、顎から上が消え去ったズーイの頭から血が吹きあげていた。
影ヒコーキ君はブルーマウンテンにいる蔭川の左眼を起点に召喚され、キューブを覆っていた血はズーイ家の壁へとぶつかった。ブルーマウンテンのどこかを飛行していたズーイのキューブも地に落ちた。
「ガラスも頭蓋骨も音速を越えて衝突する影ヒコーキ君の前では無力らしいな」
以前、高速移動中に鮫に衝突して殺した事があったので成功するのは予想通りだ。
ここからは時間との戦いである。
寝転がる蔭川のテントの外に十数人の人影がある。
「某は! 某はようやく! ようやく辿り着きました!」
「これで任務完了だな」
「さっさと情報吐かせちまおう」
サボサの地図に助けられて迷う事なくやってきたライアン隊である。地図が見えにくいからとガスマスクを外していたのだが、一人を除いて今さらながらにつけ直している。丁寧にヘルメットまで用意している。
残ったのは対話役だ。
「おい、いるんだろ。出て来いよ」
強い語気に身震いする蔭川だが、端に置いておいた靴を履き、忘れかけていた偏光レンズ眼鏡もつける。少しだけテントの入口を開く。
「……」
蔭川の視界にはガスマスクにヘルメット、だぼついた防護服で個人を識別できない異様な集団が映っていた。
その中の数人が携帯を向けていた。録画かテレビ電話でもしているのだろう。
眉間に皺が寄る。
当初の予定ではズーイを倒したように、キューブ使いだけを狙う予定だったのだが見分けがつかない。
一人一人倒しても問題はないはずだが、何度も見られれば対応されるかもしれない。この後スーザンとササが残っている段階で手の内は明かしたくない。
蔭川はため息を吐き、ジョナサンに渡されていたナイフで出入り口と逆側をすっと切り裂いた。影ヒコーキ君を出すためだ。
幸い裏側までは来ていないらしく安堵し、さっと影ヒコーキ君を飛ばす。
上空から俯瞰すると、死人型キューブと人間の位置関係が一目瞭然だ。一人だけ死人のすぐ側に立っている人がいるのだが、あからさますぎる。その人がキューブ持ちか、囮か、偶然なのかはわかるはずもない。
「焦りすぎだったか」
キューブ使いが見分けられない事も映像を撮られる事も予定外だったのだ。顔が隠れる可能性くらい考慮するべきだったのに、そこまで頭が回っていなかった。
ここでキューブ使いをすぐ始末して、スーザンが気づく前にチャッツウッドの本部を攻め込むはずだったのだが仕方ない。
録画されて影の能力が露わになれば大損害である。
面白半分でメディアに晒されかねない。
「厳しい、か」
籠城するのも苦しい。
スーザンに気づかれる前に全てを終わらせる為に、テントまでやってくるのを待ってからズーイを殺したのが裏目に出た。
テント内にあるのはナイフと枕、ボイスレコーダー、そして不測の事態に知らせる為の煙爆弾である。
困った時に煙を上げるようにとジョナサンに渡されていたのだ。最初は殺傷用の武器だと勘違いして、ガスマスク装備している相手には効果ないと返そうとしたのだが、流石に暗殺一家の長である。
煙爆弾を地面に投げた。
ごふっ。
しゅーーーーー。
煙がどっと吹き出てテント内を充満し、入口と裏口の隙間から煙が出て行く。
「おいおい」
対談役が驚愕の表情になり後ずさる。
ガスマスクの集団も何かを叫んでいるのか、ふごふご聞こえる。
視界が真っ白になって蔭川は思いついた。
「上手くいくかな?」
テントの入口を開いて今だに煙が出続ける煙爆弾を外に投げた。
煙の勢いは凄まじく、煙幕のように周囲に広がって行く。ガスマスクを装備しているからかライアン隊は逃亡する様子を見せない。
思ったより上へと昇って行かない煙は代わりに横へと広がっていく。
不審な事態に対処するのは誰か、当然上の人間である。この場合は幹部でありキューブ持ちのライアンだ。
誰からともなく視線をある一人に向ける。
そして、ゾンビ型キューブの隣に立つその一人に影ヒコーキ君は急速落下した。
どばぁぁん。
幹部だと思われるその人間の頭と胴体はぶっ潰れ、四肢と共に四散した。
衝撃波で側の信者も飛ばされる。一瞬遅れてかき乱された煙が渦巻いて惨事を覆い隠していく。
読んでくれてありがとうございます。
締め切りまであと少し(予約投稿は済んでます)。
もうすぐ決着ですね。
次回、「狂乱」。
22:00頃記載です。




