第116話 赤の町
イリサの南門は、城壁より先に色で見えた。
赤い石畳が中央を走り、その両側へ青、黄、灰の道が枝分かれしている。市場の屋根には布ではなく薄い鉱板が吊られ、人の腰の光を受けて、通るたび別の色を返した。服を着る者はまだ少ない。裸の肩や背へ直接描かれた線、香油、髪飾りの組み合わせだけで、結人には王都の祭典より賑やかに見えた。
「きれいですね」
荷車から身を乗り出した結人を、リュシアが襟元で引いた。
「赤の道に足を出さないで」
「道も身分で分かれてるんですか」
「見れば分かるでしょ」
結人には分からなかった。腰元に光がないから、石畳が反応しない。門番の前で立ち止まると、赤い道も灰の道も彼を拒まず、同時に受け入れもしなかった。
後ろの荷車が鐘を鳴らす。
結人は空いて見えた中央へ一歩出た。
石の縁から細い光が立ち上がり、膝を弾いた。転びかけたところをミラが背中の箱で支える。
「赤の道は、王家と染料庫の持ち主だけだ」
門番が槍ではなく長い案内棒を向けた。腰の紋を見せろと言われ、結人が困っていると、リュシアが王都発行の仮札を突き出す。
「無色の同行者。滞在四十日。面倒なら責任者を呼んで」
口調が変わった。
王都で客へ話す時より短く、命令が先に出る。門番ではなく、荷台の横にいた青い紋の若者が真っ先に背筋を伸ばした。
「荷を灰区へ運んで。染料は日陰。黄色い箱は横にするな」
若者は反射のように頷き、箱へ手を伸ばす。
リュシア自身が、その手を見て固まった。
「待って」
青年が止まる。
「あなたの仕事じゃない」
「青は赤の荷を持つ決まりです」
「私はもう、ここの赤じゃない」
それでも青年は手を引かなかった。命令を取り消す言い方を、彼女が忘れているように見えた。結人が箱を持とうとすると、今度は門番が棒で止める。
「無色は荷役証がない。物を落としても弁償できん」
ミラがため息をつき、紙を三枚出した。結人が落とした場合、ORIGOが払う。リュシアが命じた場合、リュシアが払う。門が通行を遅らせて荷が傷んだ場合、門が払う。三枚目を見た門番だけが、初めて案内棒を下げた。
結局、青い青年は運ばず、灰区の共同運搬所から二人を雇った。リュシアは青年へ代金を渡そうとしたが、彼は受け取らない。
「命令に従わなかったから」
「私が勝手に命じた」
「赤の人が間違えるはずは」
言い終える前に、彼は自分の言葉を怖がった。
リュシアは財布を閉じ、青年の名だけを聞いた。セレンの学堂で雑務をするトワだという。染め工を目指しているが、青の紋では王家の赤を扱えない。
「昔の私なら、名前も聞かなかった」
荷車が動き出してから、リュシアが呟いた。
結人は聞こえないふりをした。彼女が話すまで待つ、と昨夜約束したばかりだった。
赤い通りには高い炉と広い水路があり、灰の通りへ曲がるほど屋根は低く、染め水を運ぶ桶が道端へ積まれていた。けれど灰区が貧しいだけの場所ではない。廃液を濾す砂庭、色を混ぜない共同井戸、壊れた鉱板を細工へ変える露店が並び、子どもたちは色のない石へ足で模様を描いていた。
宿の女将は結人を見るなり、空いている部屋がないと言った。
ミラが予約札を見せる。
「三部屋、前払い済みです」
「無色を泊めた記録が残る」
「前払いの記録も残ります」
「火事になった時、誰の名で数える」
結人は口を開いたが、リュシアが先に荷箱を床へ置いた。
「私の部屋へ一人追加。寝台はいらない。火事なら私が二人分返事をする」
「子ども扱いしないでください」と結人。
「門の外で凍えるよりまし」
守るためなら本人の返事を待たないのは、エリアーヌだけではなかった。
結人は反論した。女将が困り、ミラが追加料金を計算し、最後には倉庫を片づけて一人部屋を作ることで決まった。窓は小さく、染料桶の匂いが壁へ染みている。それでも自分で選んだ部屋だった。
荷物を下ろすと、夕方の鐘が色ごとに違う音を鳴らした。
赤は三回、青は二回、灰は一度だけ。
結人のための音はなかった。
「明日、母の工房へ行く」
リュシアは廊下で言った。
「今夜は?」
「帰ってきた顔を作る」
彼女は黄色い小瓶を持って浴場へ向かった。赤い故郷で最も似合わない色を、自分の肩へ置くつもりらしい。
結人は倉庫部屋の窓から、四本の色道を見下ろした。どの道も彼を追い出したが、灰の路地だけは子どもの足跡で途中から色が分からなくなっていた。




