鉄の道
珍しく、タケシとルークが座敷で一杯やっている。
この日、ユリウスはアルネシアに向かっていた。迎えの馬車が来て、書類の束を抱えて出て行った。
「どう?」
ルークがグビッとジョッキを傾ける。
「カツミさん、おでん美味しいねー」
「ええ感じに練り物出来てるやろ。ポルトスからレシピと魚、来たからさ」
「グラニオスにもレシピ送ったろ。缶詰工房の隣にクレスの工房作ったらしいし」
「ギルベルト、頑張ってるね」
グラニオス州長ギルベルトが新しく始めた施策は、1領1品。
鉱山自体が国営化されたことにより、元貴族たちの収入が激減した。鉱山で働く領民には国から給与が支給されるが、自分達には何の手当もない。税収よりも鉱山収入で肥えていた貴族にとっては相当の痛手である。
そこでギルベルトは、領主が率先して、特産品を1つ作る事を課した。
文化の違うアルネアに持ち込めば、活路はある。
その上、元アルカディウス王国の元貴族達が、実績を上げることで爵位を復活させていることも、グラニオスの元貴族達を刺激したようだ。
「上手いこと考えたよな」
「まあ貴族ってさ、上前はねるのが仕事みたいなもんだから、そうは言っても難しいと思うけど」
「そんでも、やる気出させただけええ」
「爵位がぶら下がってるから、頑張るかもね」
「ほんまそれな」
「ユリウスも刺激受けてたね」
「まあ、何か色々思うとこはあるみたいやけどな」
「でも彼は一生平民だよ」
「わかっとるわ。別にアイツはもう身分は気にせんと思うで。平民として、何ができるかを考えとるんやろ」
「そうだね」
「アイツはもううちの重要スタッフや。キカンシャも卒業させんとな」
「彼はさ、王族として教育されてるから、相手が貴族でも物怖じすることもない。所作も美しいし、タケシとは別の意味で貴重だよ」
「そうやねん、失敗した分扱いもわかってるしな」
「こないだの父の手紙ではさ、駅設置の領主との交渉が上手いって。餌をちらつかせて条件のませるんだって」
「ハハッ」
「ま、タケシ見てるとそうなるよねー」
「おい、何か失礼な言い方やな」
「褒めてるんじゃん」
「ほんまかいや」
「ねえタケシ」
「ん?」
「お酒減らない」
「あ。オモジイのフエルジョッキやから」
「........どうりで何か薄い気がした........」
その頃、アルネシアの街道沿いには馬トロッコが走っていた。
一部開通式を終え、飾られた客車が貴族達を乗せて進んでいる。
御者を務めるユリウスは少しゆっくりと、レールを目視確認しながら手綱を握っていた。
「こうやって景色を眺めるのもいいもんだ」
後ろからカイルが声を掛ける。
チラッと振り向いたユリウス。
「陛下、危ないのでお座りください」
「はいはい」
ざわざわと貴族達の話し声。皆初めてのトロッコを楽しんでいるようだ。
小さな隣駅に着くと、地元民から貴族達にお茶が振る舞われる。その間にユリウスは馬を付け替える。
カイルはお茶を飲みながら、その姿を目で追っていた。
「この先は、もうコチラの方だけでできると思います」
「そうか、ご苦労だったね」
「それでは失礼致します」
礼をすると、ユリウスは送りの馬車に向かった。
「ユリウス」
カイルが呼び止める。
「はい」
ユリウスがくるりと振り向くと、ピチッと気を付けをする。
「次に君を呼ぶときは、コチラから送り迎えは出さない」
「は?」
「一人での国内移動を許可する」
「えっ」
「わかった?」
「は、はい。ありがとうございます」
カイルの姿が消えるまで、ユリウスは、深く頭を下げ続けた。
「タケシさん、サラディアの開通式、日程決まりましたよ」
「もう出来たんか」
「道が広かったんで。最初の街づくりが効いてますね。さすがタケシさんの領です」
「俺はちょっと旗振っただけや」
「で、もちろん出席で」
「はいはい。カツミも行こかー」
「うん、行くー」
「領主さまー」
民衆に手を振るタケシ。
ーーうわーやっぱり人気あるんだ、タケシさんって。
サラディアのトロッコ観光ライン。一周1時間程を馬トロッコがゆっくり走り、御者がガイドを兼ねている。
開通式で乗り込んだのはタケシ夫妻とレオン一家。
ローデリックとユリウスが最後尾で目を光らせている。
「ユリウスさん、これはよろしいですな」
レオンの子供達が、キャッキャと歓声を上げている。
「そうでしょう。きっとまた観光客が増えますよ」
「観光ラインで収益を上げて、領内周回便の運賃を補填するとは、うまく考えられた」
「みんなに便利に使ってもらいたいですから。元はタケシさんの案ですよ」
「ハッハ。いやー、あの方にはかないませんな」
「はい。とても勉強になります」
ローデリックの目が、優しくユリウスを見る。
「ユリウスさん、それを実現するのにも力が必要です。よくおやりになったと思います」
「あ、ありがとうございます」
ユリウスは少し照れくさそうに笑った。
「……まだまだです」
コンドウ家の座敷。タケシとルーク、ユリウスが座卓の周りに座っている。
カツミがお茶を配ると、腰を下ろした。
「ユリウス、これ、アルネシアからや」
タケシが紙を広げてユリウスの前に置いた。
「グラニオス州もトロッコ始まるんですね」
「あぁ、もう街道整備も済んだらしい。鉱山の方でレールの製造も進んでるんやけどな」
タケシが1枚めくる。
「あ、コンドウ馬車工房で技術支援ですか」
「うん。アルネシアの方、ポルトス側からもやるらしい」
「あー。そしたらちょっと技術者足りないですかね」
タケシがユリウスの顔を見る。
「ほんで、うちからは、お前に行ってもらう」
「えっ、僕は.......」
顔を伏せるユリウス。
タケシがもう1枚紙をめくった。
「あ.......」
「俺が、正式にお前の後見人になった」
書面の下には国王カイルの署名があった。
「お前はコンドウ馬車工房のトロッコ技師として、グラニオスに鉄の道、引いてこい」
「あ......」
言葉も出ないユリウスにルークが優しく声をかける。
「ユリウス、胸を張って行きなさい。君は誰よりグラニオスに貢献できる技術者だよ」
「良いのでしょうか」
「ええも悪いもあるかい。うちの技術者や。文句あったら俺んとこに来いや」
「あ、ありがとうございます」
ユリウスが座卓にガツンと額をぶつけた。
「部屋はそのままにしとく。ええもん作って戻ってこい」
「新しい制服作ったよ」
カツミが黒い制服を出す。
襟に黄色いラインが入った、新しい制服。
「トロッコ部長。頑張って」
「はい!」
ユリウスは制服を引き寄せると、大事そうに抱えた。
グラニオス州都グラス。
州長ギルベルトの前に、黒い制服姿のユリウスが立った。
後ろに3人の技師を連れている。
「コンドウ馬車工房トロッコ技師長、ユリウスです。こちらのトロッコ敷設の為、派遣されました。よろしくお願いします」
ギルベルトの後ろがざわつく。
「おい、ユリウスって殿下と同じ?」
「いやー、あんなにいい体格じゃない。別人だろ」
「ちょっと似てないか」
「あんなに精悍じゃないよ、もっとなよっとしてた」
ユリウスの顔をじっと見つめて、ギルベルトが静かに言った。
「ご苦労さまです。よろしくお願いします」
その目に薄く涙が滲んだ。
「ではまず計画をお聞きします、こちらへ」
州庁舎から、馬車工房グラス支店に入ったユリウスは、その光景に愕然と突っ立っていた。
1人の女が部品整理をしていたのだが......
「エミリア......どうしてここに......」
女がゆっくり振り向いた。
優しい笑みを浮かべて。
「あなた、おかえりなさいませ」
「なぁなぁ、今頃感動のご対面ちゃう?」
「へへっ。カツミよう気がついたな」
「多分実家に帰らされたやろなーって。商会が動いてくれて良かったぁ。間に合った」
「肩身狭かったやろしな」
「部屋、綺麗にしといたろ」
「あぁ、また増えるな」
「来たらまた薪割りや」
「ナターシャに指導任せよ」
「だねっ♪」




