十五歳のデビュタントと、永遠の愛の誓い
あの恐ろしい黒い呪いの森を、家族への愛から生まれた「光の魔法」で救ってから……あっという間に、七年の月日が流れました。
私は今日、十五歳になりました。
「リリアお嬢様、おめでとうございます。まぁ……なんて、なんてお美しいのでしょう!」
朝の光が差し込むベッドルームで、すっかりおばあちゃんになったメイド長のアンナさんが、目元をハンカチで押さえながら感極まった声を上げました。
鏡の前に立っているのは、やせっぽちで泥だらけだった、七歳の頃の私ではありません。
背は少し高くなり、月の光のようにサラサラだった銀色の髪は、今では腰のあたりまでゆったりと伸びて、動くたびに星屑のようにキラキラと輝いています。
鏡の中の私は、ほんの少しだけ大人びた紫色の瞳で、幸せそうにふわりと微笑んでいました。
今日は、貴族の女の子が十五歳になって初めて社交界(大人のパーティー)に出る、『デビュタント・ボール(お披露目の舞踏会)』の日なのです。
「ありがとうございます、アンナさん。アンナさんが毎日、優しく髪をとかしてくれたおかげよ」
私が振り返って微笑むと、周りにいたメイドさんたちも「お嬢様ぁぁっ、尊すぎますぅっ!」と大泣きしてしまいました。
二度目の人生では、十五歳の頃の私は、すでに『偽物の聖女』の嘘によって悪い噂を流され、誰からも愛されず、お屋敷の隅で一人ぼっちで震えていました。
でも今は、こんなにもたくさんの人たちから、温かい愛情を注いでもらっているのです。
コンコン、とドアがノックされ、背の高い立派な青年が部屋に入ってきました。
「リリアお嬢様。……お迎えに上がりました」
「ルーク……!」
そこに立っていたのは、十八歳になり、国で一番若くして『近衛騎士団長』に選ばれた、ルークでした。
七年前は私より少し背が高いだけの男の子でしたが、今では見上げるほど背が高くなり、肩幅も広くて、とてもたくましくなりました。深い夜空のような青色の髪と、透き通った水色の瞳。
真っ白な騎士の正装に身を包んだルークは、まるでおとぎ話の王子様のようにかっこよくて、私は思わずドキッとしてしまいました。
ルークは私の姿を見た瞬間、言葉を失ったように立ち尽くし、それから顔を真っ赤にして片膝をつきました。
「……あまりの美しさに、息が止まるかと思いました。リリアお嬢様、あなたは俺の……いや、この世界の奇跡です」
「もぉ、ルークったら大げさなんだから」
私が照れて笑っていると、その後ろから、地響きのようなものすごい足音が近づいてきました。
「リリアァァァァァッ!! 私の可愛い天使ぃぃぃっ!!」
バンッ! とドアを壊す勢いで飛び込んできたのは、もちろん、お父様(オブシディアン公爵)です。
顔に大きな傷跡がある『黒曜石の悪魔』のコワモテは健在ですが、今日の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃでした。
「あああ……っ! こんなに美しく成長してくれて……お父様は感無量だ! お前のお母様が見たら、きっと誇りに思うだろう。だが……だが、ダメだ!!」
お父様は急に真顔になると、私の前に両手を広げて立ちふさがりました。
「こんなに可愛いリリアを、王宮の舞踏会などに行かせられるか! どこの馬の骨とも知らん貴族の男どもが、リリアをジロジロと見るなど絶対に許さん! 舞踏会は欠席だ! お屋敷に鍵をかけろ!!」
「養父上。お気持ちは痛いほどわかりますが、リリアお嬢様の晴れ舞台です。……もし、お嬢様に馴れ馴れしく近づく羽虫がいれば、俺がこの剣で一匹残らず叩き斬りますので、ご安心を」
ルークまで、とんでもなく過保護なことを真顔で言っています。
「ふふっ、あははっ!」
私は、世界で一番強くて、世界で一番私のことを愛してくれている二人のやり取りがおかしくて、お腹を抱えて笑ってしまいました。
私が今日着ているのは、純白のシルクに、青いお花の刺繍がたくさん散りばめられたドレスです。
この青いお花は、本当の娘だとわかったあの『おくるみ』と同じ模様でした。お父様が、国中の一流の職人さんを集めて作らせた、愛の結晶のようなドレスです。
「お父様、ルーク。私、もう一人で泣いていた小さな女の子じゃないよ。お父様たちがずっと守ってくれたから、私は強くなれたの。だから……ちゃんとみんなに、お父様の自慢の娘としてご挨拶がしたいな」
私がまっすぐに目を見て言うと、お父様は「うっ……ううぅっ」とまた泣き出し、ルークは優しく微笑んで「承知いたしました」と頷いてくれました。
***
馬車に乗って、王宮へと向かいます。
王宮の巨大な門が見えてくると、私の胸の奥が、少しだけトクリと高鳴りました。
(人がたくさんいる場所……。貴族たちの集まる、舞踏会)
十五歳の社交界デビュー。それは、二度目の人生で、私がみんなから「孤児上がりのバケモノ」「悪女」と冷たい目を向けられ、処刑台へと続く転落が始まった場所でした。
無意識のうちに、両手がギュッとドレスの裾を握りしめていました。
「……っ」
過去の記憶がフラッシュバックして、少しだけ息が苦しくなりかけたその時。
私の右手を、ごつごつした大きな手が優しく包み込みました。
「リリア。私がついている」
お父様の、低くて安心する声でした。
そして左手には、剣ダコのある温かい手が重ねられました。
「俺もいます。リリアお嬢様の行く道には、もうどんな暗闇もありません」
ルークの、力強い言葉でした。
私はハッとして、二人の顔を見上げました。
そうだ。もう、何も怖くない。私には『最強の盾』になってくれる家族がいるんだから。
「……うんっ!」
私は大きく深呼吸をして、馬車から降りました。
王宮の、きらびやかな大広間。
高い天井からは巨大なクリスタルのシャンデリアが輝き、何百人もの着飾った貴族たちが集まっていました。
重たい扉の前に立ち、案内役の人が大きな声で名前を呼びます。
「オブシディアン公爵閣下、並びに、ご令嬢・リリア様。近衛騎士団長・ルーク様、ご入場です!」
ギィィ……と扉が開き、私たちが大広間に足を踏み入れた瞬間。
ざわめいていた会場が、水を打ったように静まり返りました。
何百人という大人たちの視線が、一斉に私に向けられます。
(怖い……)
ほんの一瞬、過去のトラウマが頭をよぎりました。
石を投げられるのではないかと、体がこわばります。
しかし――。
「おおお……っ! なんてお美しいのだ……!」
「まるで、月明かりから舞い降りた女神様のようだわ」
「あの方が、あの奇跡の聖女様……!」
会場から聞こえてきたのは、罵声でも冷たい笑い声でもありませんでした。
感嘆のため息と、割れるような大きな拍手だったのです。
「リリア様! あの節は、我が領地の病を治していただき、本当にありがとうございました!」
「リリア様、あなたが孤児院に寄付してくださったお金で、たくさんの子どもたちが救われました!」
貴族たちが次々と歩み寄り、私に向かって深く頭を下げて、お礼の言葉を伝えてくれます。
この七年間、私はただお屋敷に守られていただけではありませんでした。自分の持つ不思議な『癒やしの光』を使って、街の怪我人を治す病院を手伝ったり、お父様にお願いして、むかしの私のような孤児たちを助けるための新しい施設を作ったりしていました。
その私の行動は、いつしか国中に広まり、誰もが私を「奇跡の聖女様」「優しき公爵令嬢」と慕ってくれるようになっていたのです。
(誰も、私をバケモノって言わない。……みんな、笑ってくれてる)
私が蒔いた優しさの種が、こんなにもたくさんの笑顔の花になって咲いている。
過去の恐ろしいトラウマは、みんなの温かい拍手の中で、今度こそ完全に、光となって消え去っていきました。
「リリア。どうだ、お前は世界中から愛されているだろう」
お父様が誇らしげに胸を張り、私を優しく見つめました。
「はいっ、お父様!」
私は、今までで一番の、とびきりの笑顔で答えました。
***
舞踏会が中盤に差し掛かった頃。
私は少しだけバルコニーに出て、涼しい夜風にあたっていました。
見上げると、初めてお屋敷に引き取られた時と同じような、満天の星空が広がっています。
「リリアお嬢様。冷えますよ」
背中からふわりと温かいマントをかけられました。
ルークでした。
「ありがとう、ルーク。……ねえ、すごく不思議な気持ち。むかしは、あんなに大人たちが怖くて、自分の力も嫌いだったのに。今は、生きていてよかったって、心から思えるの」
私が夜空を見上げながらぽつりと言うと、ルークは私の隣に並び、優しく微笑みました。
「それは、お嬢様ご自身が勇気を出して、世界を信じようとしたからです。俺の呪いを解いてくれたあの日から、あなたは俺にとって……ううん、この国の人々にとっての『光』なんですよ」
ルークの声は、とても甘くて、真剣でした。
ルークは私の前にスッと片膝をつき、私の右手をそっと取りました。
「……リリア。俺はあの日、あなたに『生涯お守りする』と騎士の誓いを立てました」
いつもは『お嬢様』と呼ぶのに、今は私の名前を呼び捨てにしました。そのことにドキッとして、私の心臓が高鳴ります。
「でも、今の俺は、ただの騎士としてだけではなく……一人の男として、あなたのおそばにいたい。あなたの笑顔も、泣いた顔も、すべてを俺の隣で見せてほしいんです」
ルークは、騎士の制服の胸ポケットから、小さなベルベットの箱を取り出しました。
パチン、と開かれた箱の中には、お誕生日にくれたサファイアのヘアピンとお揃いの、大きくて美しいサファイアの指輪がキラキラと輝いていました。
「リリア。俺の残りの人生すべてをかけて、あなたを世界一幸せにします。……俺と、結婚してくれませんか?」
透き通った水色の瞳が、あふれるほどの愛情を込めて私を見つめています。
私は、嬉しさと感動で胸がいっぱいになり、ポロポロと涙があふれ出しました。
「……ルークっ」
孤児院の地下室で、一人で泣いていた私。
ギロチンの前で、誰にも愛されずに死んでいった私。
そんな悲しい記憶は、もうどこにもありません。
「はい……っ。私を、ルークのお嫁さんにしてね。ずっとずっと、一緒にいて……っ」
私が泣き笑いしながら頷くと、ルークはパッと顔を輝かせ、立ち上がって私を力強く、でも壊れ物に触れるように優しく抱きしめました。
「リリア……! ありがとう、絶対に、絶対に幸せにする……っ!」
ルークの腕の中は、お父様とはまた違う、すごく安心する大好きな匂いがしました。私たちが星空の下で、幸せを噛み締めていた、その時です。
「ルゥゥゥゥークゥゥゥゥッ!!!」
バルコニーの扉がバンッ! と吹き飛び、ものすごい形相のお父様が飛び出してきました。
「貴様ァッ! 私の見ていない隙に、私の大切な娘になんてことを言っているんだ!! リリアは一生お父様のそばにいるんだ! 結婚など絶対に許さぁぁぁぁんっ!!」
お父様が涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ルークに飛びかかりました。
「養父上! 俺は本気です! 養父上ごとリリアを守ってみせます!」
「生意気な口を叩くな! お前にリリアは渡さん!!」
世界一強い公爵と、世界一強い天才騎士が、私の前で子どものように取っ組み合いの喧嘩を始めました。
二人とも本気で私のことを愛してくれているからこその、とびきり過保護な喧嘩です。
「ふふっ……あははははっ!」
私は、たまらなくなって、声を出して笑いました。
夜空の下に響く私の笑い声は、どこまでも明るくて、幸せに満ちていました。
『二度目の人生は、こわもて公爵パパに溺愛されています!』
大人は嘘つきだと思っていた孤独な少女は、最高の「お父様」と、最強の「お兄ちゃん(未来の旦那様)」からの、真っ直ぐな愛情に癒やされ……今、世界で一番幸せな女の子として、光輝く未来へと歩き出しました。
これからは、愛する家族と一緒に、笑顔の絶えないキラキラとした毎日が、ずっとずっと続いていくのです。
(おわり)




