表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蹄煮込み、経験を喰らう――牛好きの少年は「死」を食べて強くなる  作者: メイ
第二章:言葉を探す少年

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/83

第80話:開演前の鉄と、火を待つ命

 土曜の朝。

 バイソン討伐から、一夜が明けた。


 一睡もしていないはずなのに、空が白んでいくと同時に、頭がクリアになっていく気がする。


 徹夜明け特有の、あの感覚だ。

 体は――重い。けれど、頭の奥の“やりたい”だけが異様に冴えていた。


 なんてたって、今日と明日はまだ土日。

 待望の休日。連休だ。


 学園が休みのときは、エレナさんの気遣いで、バイトも同時に休日にしてもらっている。


 僕としては、むしろ牛さんたちと戯れることができる機会なので、正直、毎日バイトでもいいんだけど、学生の身分でそんなことはさせられないと気を遣ってくれている。


 ……今日だけは、正直そっちのほうがありがたかった。


 ロイさんに、あれだけ行くなと言われた竜息山に行ってしまったから、正直に言えばバツが悪い。

 バツが悪い、なんてもんじゃない。


 声に出さなくても、自分の行動が“褒められたものじゃない”ってことくらいは分かっている。

 僕は約束を破ったんだ。事実、そうだ。


 ――ケジメはつけないと、な。


 ロイさんに会う前に、少しだけ頭の整理と心の準備が必要だ。

 心はじわじわと痛む気もするが、それは自業自得だ。いつまでも誤魔化してもいられない。今は、そう思えてきている。


 僕は「見ないフリ」が得意だけど、ここ最近は、それが下手になってきている気もする。

 いいことなのか、わるいことなのか、僕にはよくわからない。


 ただ、結果的に行ってよかったとは思うし、後悔はしていない。


 ――ほんとうに短い時間に、いろいろなことがあった。


 冷夏さんのこと。

 メロウって子どものこと。

 ジェーンさんのこと。

 バイソンたちのこと。


 濃くて、深くて、長い夜だった。


 何より、竜息茸ドラゴン・マッシュと、黒い統率者(ジェネラル・バイソン)の素材、バイソンのミルク。

 数々の戦利品が手に入ったことは、素直にうれしい。


 さっそくそれを活かすために、僕は休日返上で、学園の端にある「第3実習棟」の工作室を借りていた。


 「休日はゆっくり休めよ」と橙馬に言われたことを思いだすけど、やるべきことがあるから仕方ない。

 この作業は、僕にとっての癒しだから、ある意味、休んでいるようなものだし。


 工作室を借りる名目は――

 『破損した調理器具の修繕』。


 真っ当だと思う。

 調理器具は命だ。壊れたら直す。


 ……ただし、作業台の上に鎮座しているのは、ひしゃげた鍋なんかじゃない。


 黒光りする、巨大な装甲板。

 B級素材――

 『漆黒鉄の皮膚ジェットメタル・スキン』だ。


 昨夜、裏山の主である『黒い統率者(ジェネラル・バイソン)』から剥ぎ取った、最高級の戦利品。

 それが今、学園の工作室で、堂々と存在感を放っている。


 これをここに持ち込んだのには、訳がある。


 来週から始まる「調理実習」。

 そこで使うための、最強のステーキプレートを用意するためだ。


 ……だが、どうやら一筋縄ではいかなさそうだった。


「……やっぱり硬いなあ」


 試しに、学園備え付けのハンマーで適当に叩いてみる。

 返ってきたのは、『キンッ!』という軽い音だけ。

 軽いのに、妙に澄んでいて、耳に残る。


 傷一つ、つかない。


 手で、黒光りする素材をあらためて撫でるように触る。

 冷たさはあるのに、温度を持たないような不気味さがある。

 多少でこぼこした凹凸があっても、皮膚というより、鋼鉄に近い質感をしている。表面はなめらかだ。


 ガンテツが言うには、どんな素材であれ、『呼吸』が存在するらしい。

 言っていることは、なんとなくわかる気がする。


 僕も料理をするときは、素材の呼吸をさぐるところから始める。

 性質を確かめて、尊重するところからスタートする。


 だから、この呼吸を探るということも、そこまで不得手には思えなかった。


 手で黒い皮膚の構造をまさぐる。

 結合してカチカチになっていたとしても、どこかにひずみがあるはず。

 目ではなく、指先の違和感だけを頼りに、面をなぞっていく。


 そうやって数分間、弱点を探し求めていると――


(おっ! ここ、なんだか不安定に感じるぞっ!)


 脆そうな部分を発見。

 ほんの僅かな“引っかかり”を見つけた瞬間、胸の奥が跳ねた。

 嬉々とした逸る気持ちを抑えながら、右手を振り上げる。


 そして――


「そこだァッ!」


 力を込め、全力で振り下ろした。

 加速していく金槌は、見据えた部位に一直線に衝突する。


(いただいたっ!)


 と、思った瞬間だった。


 衝撃は素材に伝わり、そして――


 ガキィイイインッ!


 跳ね返った。


「っ! いづぁあああっ!?」


 言葉にならない声が出る。

 衝撃が腕を逆流する。手首から肘、肩まで、一本の芯に貫かれたみたいに痛い。


「おー、いだっ! アウチチチチッ! 痺れが……うぅっ……」


 痺れのような痛みが、じんわりと右手に集中した。

 不意の痛みに、涙が出た。


 ……さすがはBランク。

 生半可な熱や衝撃では、変形すら許さないらしい。


『当たり前じゃ、あほう。素人が闇雲に叩いて、どうにかなる素材じゃないわい』


 いつものガンテツの優しくも厳しい声が、脳内で低く響いた。


「うーん、闇雲に叩いてるつもりなんかないんだけどなぁ。ガンテツが前に教えてくれたとおり、鉄の呼吸を探りながら打ってる。一応、柔らかそうな部分を選んでるつもりなんだけど……」


『狙いはいい。打ち方の筋も悪くない。だが、それだけじゃ届かん。相手が悪すぎる』


 脳内で、ガンテツが呆れたように言う。

 その声音は厳しいくせに、どこか楽しそうでもあった。


 ――面倒な素材ほど、職人は燃える。

 “無理だ”と言いながら、すでに攻略の地図を描き始めている声だ。


『お前は料理と酪農に関しては、甘く見積もってもSクラスすら余裕で凌駕しとる。だが、鍛冶の才能は……まあ、Aってところじゃな』


「え~。Aなら十分でしょ。上位だし。でもさ、ガンテツはSをぶち抜いてるよね?」


『当然じゃ』


 間を置かず、即答。

 そこに一切の照れも迷いもないのが、逆に清々しい。


『SだのSS(ダブルエス)だのという物差しで測るなら、ワイらはSSS(トリプルエス)じゃが――』


 一拍。

 言葉の切れ目に、当たり前の前提が挟まる。


『腐っても英雄なんじゃから、その程度は前提条件じゃ』


「……ああ、そっか。そもそも一般的な枠組みで推し量れるものじゃないんだ」


『ようやく分かったか。英雄っちゅうのはな、評価される側じゃなく、評価軸そのものじゃ』


「……脳内にそんなのが何人もいる時点で、普通なわけないよね」


『その通りじゃ。小僧の脳内が平和なわけがなかろう。安寧は訪れないと思っとった方がええな』


「それは否定しづらいけど……」


『とにかく。こいつは入手ランクこそBじゃが、加工難度はSS(ダブルエス)。手に入れるより、手を加えるほうが鬼難度ってわけじゃな』


「うわ……。じゃあ僕には、さすがに無理じゃない?」


『だから言っとるじゃろ。一朝一夕で簡単にいかんこともある。鍛冶は丁寧な対話じゃからな』


 ガンテツの声が、少しだけ真面目になる。

 さっきまでの茶化しが消え、職人が“仕事の顔”に切り替わる。


『素材の呼吸を聞き、熱の通り道を見極め、そこに魂を打ち込む。だがこれは、数と気合だけでは越えられん』


「精神論はいいから、具体的に教えてよ」


『簡単じゃ。ワシに体を貸せ』


「……やっぱりそうなるのね」


『近いうちにモノづくりをさせてくれる約束じゃったろう』


「そりゃあそうだけど……」


『安心せい。英雄再演(リキャスト)はやらん。英傑貸出(レジェンダリング)じゃ。右手だけで十分じゃし、バレやせん。今の小僧の身体でも、そこまで負担にはならん』


(……全部、渡す必要はない)


 英雄再演(リキャスト)は完全憑依。

 十分間、身体の主導権をすべて英雄に明け渡す。

 強力だが、僕の意識が飛ぶリスクや、周囲に違和感を与える危険がある。


 だが、英傑貸出(レジェンダリング)は違う。


 一日最大約六十分間、力の一部だけを借りる。

 基本的な主導権は、あくまで僕のまま。

 でも、一部の主導権を英雄に渡す。

 必要な部位、感覚だけを“共有”する感じ。


 今回は――右手だけ。

 バレることはない。そう自分に言い聞かせる。


「よし、わかった。じゃあいくよ――《英傑貸出(レジェンダリング)》!」


 僕が意識の奥で許諾した瞬間。

 右腕に、熱い血が奔流となって駆け巡った。


 ――ドクンッ。


 腕の重さが変わる。

 握った柄が“道具”に変わる。

 視界が変わる。


 ただの黒い鉄の塊が、熱の脈動を持つ「生き物」に見え始めた。


 どこが急所か。

 どこを撫でれば従うか。

 手に取るようにわかる。


 さっき僕も似たようなことをしていたのに、まるで感触が違う。

 これが、ガンテツの見えている世界なのか。


 “分かる”じゃなく、“読める”。

 そんな感覚だった。


『ほれほれ、お主の弱点はどぉこじゃろな♪』


 鼻歌交じりに、ガンテツはどこか嬉しそうに、皮膚だったモノの感触を確かめる。

 指先が迷わない。

 触れているのに、すでに手順が決まっている。


 あらかた全体を撫でると、そこで僕の金槌をすっと上げた。


『ここか?』


 ビュンッ、と振り下ろす。

 ほどよい脱力からの解放で、金槌をしなやかに素材へ打ち込んだ。


 ドゴッ!


 き、気持ちいい……。


 芯を捉えたような、ぞくりとする感触。

 さっきの“跳ね返り”とは別物だった。

 衝撃が“返る”んじゃなく、“吸い込まれていく”。


 打ち下ろした部分を見ると、少し凹んだことがわかる。

 僕が全力で振り下ろしたときはスンとして、何も変形しなかったのに、さすがはモノづくりの英雄だ。


 同じハンマー、同じ腕なのに――当て方ひとつで世界が変わる。


『ほほう。お主はここがいいのか、そうかそうか』


 まるで赤子をあやすかのような優しい声色。

 こんなガンテツの声、滅多に聞けるもんじゃない。

 何かをクラフトするとき以外は。


 ガンテツは「ふふん♪」と鼻歌を鳴らしながら、またもや僕の右手を上げた。

 そして、ゆらっと力を抜いた瞬間、とんでもないスピードで振り下ろす。


 脱力から加速までが滑らかで、見ていて怖いほど自然だ。


 ボゴォッッ!


 これは……クリティカルに、さらに芯を食ったのが僕にもわかった。

 先ほど振り下ろした場所よりも、大きく穿たれたように歪み、変形している。

 あれだけ硬かったはずの素材を、まるでグミみたいに扱うなんて……。


『なるほどのう……あらかたわかった。まずは熱入れに入るぞい。ここが難度の九割を占める。この素材の成形に必要なのは――ざっと一万度ってところじゃな』


「一万度!? ……いや、無理じゃん」


『……普通ならな。だが、ワシらには都合のええ出力機がおる』


 一拍。

 言外に、別の英雄の気配が立つ。


『――のう、ヴァンデル。火を貸せ』


『……フン。我の高貴な炎を、湯沸かしに使う気か』


 ヴァンデルが不機嫌そうに唸る。

 その声だけで、室温が一度下がった気がする。


『ステーキのためじゃ』


『……チッ。レアを所望する』


 交渉成立。

 要求が俗っぽいのに、言い方だけはやたら偉そうなのが腹立つ。


『そこの小市民、我と英傑貸出(レジェンダリング)しろ。感覚共有など不服だがな』


 余計な一言の多さと、小市民と呼ばれたことにいくらか苛立ちを感じつつも、ヴァンデルに意識を向けた。


 切り替えの瞬間、脳内の騒がしさが一段増す。

 だけど、今はそれでいい。


『一万度でいいんだな?』


『おう、十分じゃ』


容易たやすい――《白炎一極(ホワイトフレイム)》』


 そうつぶやいた瞬間、左手に白い炎が灯る。


 ポォォォォンッ!


 小さく、高温の音が響き続けている。

 これが一万度の炎、か……。


 周囲は熱くないのに、そこに尋常じゃないエネルギーが集中しているのがわかる。

 空気が歪むほどでもない。

 ただ、目が“本能的に”逸らしたがる。


 触れれば、身体の部位が一瞬で溶け落ちるだろう。

 うん、普通に怖い。


『もういいぞ、小市民』


 ヴァンデルにそう言われ、ガンテツを探るように意識を集中させた。

 左手の炎を保持したまま、両手に主導権を寄せる――同時進行の綱渡り。


 そして、切り替えるように――《英傑貸出(レジェンダリング)》。


 両手の主導権を預かったガンテツは、それを装甲板に押し当てた。


 並の金属なら一瞬で溶ける熱量。

 だが、漆黒鉄は――ようやく、桜色に染まるだけ。


 なんて素材なんだ。


 “桜色”で止まるのが、むしろ恐ろしい。

 普通の鉄なら、とっくに溶けて流れている。


 さすがはSS(ダブルエス)級の加工難度といったところか。


『ここじゃな! ゆくぞ!』


 右手を振り下ろす。

 魔力を打撃の瞬間に集中させ、衝撃を内部へ浸透させる――


 ――カァァァンッ!!


 澄んだ音が、工作室を震わせた。

 耳の奥がきゅっと締まり、音だけが真っ直ぐに突き刺さる。


 信じられないことに、Bランク素材――加工難度SS(ダブルエス)クラスの素材――が、飴細工のように凹む。


『いいぞ! 鉄が冷める前に形を決めろ!』


 カァンッ!

 カァンッ!

 カァンッ!


 右手が止まらない。

 ガンテツの意思と、僕の感覚が、完全に噛み合っていく。


 ただ叩くんじゃない。

 叩く“理由”が、手のひらに先に降りてくる。


 不純物が弾け、密度が上がる。

 厚みは均一に。

 縁は肉汁を逃がさぬ角度で。

 表面には、あえて微細な凹凸を残すことで、脂の回りを良くする。


 そこに、僕の料理人としての経験が、自然に合流していく。


 ――これは鍛冶じゃない。

 料理の前奏だ。



 ◇



 一時間後。


 無骨な楕円形の鉄板が、そこにあった。

 余った端材で作った、特製のハンドルも添えてある。


 仕上げに熱を落ち着かせ、反りを抑え、表面の機嫌を整えた結果――“道具”としての顔が出来上がっていた。


 夜の湖面のような艶。

 底知れない黒さが、吸い込まれそうなほどの存在感を放っている。


 『無限保温皿(エターナル・プレート)』。


「……できた。カッコいい……」


『悪くないのう。これなら百年は使えるわい』


「百年分、ステーキ食べられるね!」


 まだ、熱を帯びている。

 今すぐ肉を乗せろ、と叫んでいるみたいだ。


 いや、叫んでいるのはプレートじゃなくて――僕の腹かもしれない。


 ――ジュウゥゥゥ。


 脳内で、脂が弾けた。


「……じゅる」


『まだ焼かんのか? 今なら我の繊細にして優雅な火で焼いてやるぞ。早くレアで食わせろ』


 ヴァンデルが、待ちきれない様子で急かしてくる。

 “高貴な炎”のくせに、結局いちばん食い意地が張っている。


「……だめだ。今は、我慢して」


『何故だ』


「――ヴァンデルもわかってるでしょ? 調理実習があるんだよ」


『知るか。早く焼け』


「……そんなこと言うなら、ヴァンデルだけ感覚共有しないよ?」


『チッ! 小市民、貴様……我を待たせる気か』


「とっておきの下拵えをする。その意味、食通のヴァンデルならわかるでしょ?」


『……ほう。小市民なりに、やってくれると? いいだろう。我を満足させろよ?』


 ヴァンデルの傲慢な言葉に、僕はぐっと唾を飲み込んだ。


 ここで一人で食べる肉じゃない。

 完成した道具は、ちゃんと“舞台”で使いたい。


 最高の舞台で、最高の付け合わせと共に。

 それに――苦労して手に入れた竜息茸ドラゴン・マッシュを使ったソースも、試したい。


 そして何より、あのとき一緒に戦ってくれた冷夏さんには、一番に食べてほしい。


「待っててね、プレートちゃん。最高の開演を用意するから」


 僕は愛おしそうに、まだ熱いプレートを布で包んだ。

 布越しにも伝わる熱が、今日の成果を黙って肯定してくる。


 今回の料理の主役は、Bランク・バイソン肉。

 舞台になる器は、無限保温皿(エターナル・プレート)


 でも、役者はまだそろっていない。


 ステーキ皿の熱処理を終え、僕は自宅のキッチンへと向かう。

 工作室の油と鉄の匂いが、まだ指先に残っている気がする。


 鉄の素材の次は……主役と同じぐらい重要な脇役たちの出番だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ