第35話:光る芋は一銀貨
「安いよ安いよ~っ! あの伝説のじゃがいも『ルミタ』がたったの一銀貨! 破格ですよ~~!」
繰り返される呼び込みのための文言を聞いて、僕は最初に聞いた言葉が間違っていなかったのだと確信する。
「たったの一銀貨ですよ~っ! 安いのは今だけですよ~っ!」
やはり「一銀貨」と言っている。
「い、いも一個たったの一銀貨(100ソル)!? 『たったの』って言ってるけど高すぎない!? 普通の芋なら一個一銅貨(1ソル)で売ってるよ!? 百倍じゃん!?」
「ホノジすっげえ食いついてるな!」
「いや、だって芋だよ!? ……芋だよっ!?」
僕は思わず売り台ににじり寄った。
ゴロゴロと山盛りに積まれたそれは、たしかに、ぱっと見はただの土にまみれたじゃがいもだ。
だが、ふとテーブルの端に目をやると、一匹の小綺麗なネズミが落ちた芋くずを無我夢中でハムハムと齧っているのが見えた。人間がこんなに近くにいるのに、びっくりする素振りすら見せないのが少し不思議だ。
おじさんのペットっぽいから、人間慣れしているのだろうか。
僕は視線を、芋に戻す。
じゃがいも一個一銀貨(100ソル)。
おにぎり三個で九銅貨(9ソル)だったのに、その芋は一個で一銀貨(100ソル)。
あれだけうまかったおにぎりを三十個買ってもおつりがくる。
冷静になればなるほど、価格が異常なのがわかる。
僕は自分の知っている『普通のじゃがいも』を頭に浮かべながら、目の前に積まれたそれを、穴があくほどじっと見てみる。
少しだけ身をかがめ、見る角度を変えた、その時だ。
朝日に照らされたゴツゴツした皮に、妙に怪しい青紫色の艶がうっすら差していることに。土色の奥に、夜の色を薄く塗り込んだみたいな光り方だ。
こうして近くで見ると、やっぱり普通の芋とはどこか違う雰囲気がある。
「……あの」
「いらっしゃい、ぼうや。ルミタが気になるのかい?」
「……気になります。これはたしかに僕がよく知ってるじゃがいもに見た目が似てるけど、少し違う部分があるようにも感じます。見た目に薄く青紫色の膜みたいなのがあって、光ってるような……そんなふうに見えます」
「おお、ぼうや。目と筋がいい。こいつは光るんだ」
店主のおじさんは、楽しそうにそう言った。
「光る……?」
「まあ、見てくれ」
そう言ってお店のおじさんは、黒い布をどこからともなく取り出すと、じゃがいも――ルミタに被せた。
その瞬間、ルミタがうす紫色に発光し始めた。
暗闇の中でほわんと光るルミタは、食べ物なのに、どこか幻想的な色をしている。疲れた夜にずっと見ていられるぐらいには。
「おお~~っ!? すげえなホノジこれっ!?」
隣にいた橙馬はわかりやすく興奮していた。
「……う、うん。すごいよ。どうなってるの? ルミタ自体が光ってるってこと……?」
「あはは。だからそう言ったじゃないか、ぼうや。見て、わかってくれたかい」
「はい。だから一銀貨もするんですか? 光るから?」
「うーん、その認識はある意味間違ってないけどね。なにより、とても貴重だからなんだ。貴重なものは高い。原則としてルミタも例に漏れないのさ」
「貴重だから、ですか。となると考えられるのは、コストですかね。ただ、労力的に大変なのか、数があまりとれないからなのか……」
「おお、そう言った視点で見れるんだね。答えは……両方さ」
「両方ってことは……育てる労力が関わる割に、数がとれないと、そういうことですか?」
「ほう。ぼうや、素人じゃないだろう?」
「あはは、一応酪農家の息子なので」
「やっぱりそういう感じかい。なら、いくつかのじゃがいもの品種も見てきただろう? こういったじゃがいもを見聞きしたことは?」
「いえ、初めて見ます。聞いたこともないです」
「そうかい。それは良かった。このルミタはね、育てている間に一切の光を浴びたらいけないんだ。だからこそ栽培方法が難しく、その栽培方法が門外不出のせいで、一般に出回りにくい」
「……なるほど。門外不出ってことはおじさんも栽培方法のことは?」
「知らないよ。俺は仕入れさせてもらってるだけさ。何度聞いても、あやつら連中はそのことを言いやしない。俺が知ってるのは、育てているあいだに光を浴びたら猛毒になるってことだけさ」
おじさんのその説明を聞いて、僕は異常だと思っていた価格が、正当なものであることを理解しつつあった。
栽培方法が謎で、難しそうで、一般的じゃないのなら、量産できないのも頷ける。規模の詳細はわからなくとも、少なくとも普通のじゃがいもと比べたときに、圧倒的に数が少ないことだけはわかる。
しかし、価格は常に需要と供給で成り立っている。
いくら少なくとも、求める人がいなければ価格は跳ね上がらない。
そこには何かしらの、数が少ない上で、多くの人が求める理由がある。
それは光るという珍しい性質のおかげだけではないだろう。
つまり――
「味の方もおいしいってことですか?」
「もちろんさ……味の特徴を言うなら、なめらかでほんのり甘い。しかしその甘さは決してクドくなく、ほかほかにふかしてバターをちょんとつけるだけでも……べらぼうにおいしくなる」
「え? え? じゃがいもなのに甘い……? しかもおじさんその言い方だとその甘さ、えぐいほどちょうどいいってことじゃないですかい!?」
「そういうことになるわな。どうだい、ぼうや、興味は育ってきたかい?」
「バリバリに育っています! もうルミタちゃんのことが気になって仕方がないです! ……あの、手にとってもイイですか?」
「……ああ。品質を確認してもらうのは当然のことだ。どうぞ」
おじさんがルミタをひとつ手に取って僕に手渡す。僕はそれを鼻をスンスンとさせて、土の匂いごと確認する。
「……うん、いい匂いがする。新鮮なじゃがいもなのがよくわかります」
僕がそう言ってルミタを返すと、おじさんは柔らかそうな笑みを浮かべた。
「はは……せっかくだ。ぼうやにはこのルミタを半額で売ってやろう」
「ええっ!? 本当ですかっ!? 貴重なものなんですよね、そもそも原価率とか利益とか大丈夫なんですか……?」
「あっはは、なぁに。赤字にはならないさ。原価ギリギリだが、二つの選択肢をぼうやに提案しようか。俺的にはどっちをえらんでもらってもかまわない」
「なんですか?」
「一個購入するなら、五十銅貨(50ソル)で売る。三個購入するなら、1銀貨(100ソル)で売る。どっちを選んでもぼうやにはお得なことしかない。どうする?」
「おおっ!? ホノジやべえなっ!? めっちゃお得じゃん? ……あ、どっちがお得かとか俺っちに聞くなよ!? わかるわけないからなっ!?」
なぜか横で「自分が役立たないこと」を自信満々に言う橙馬を無視して、僕は落ち着いて考えてみることにした。
「一個購入するなら半額。三個購入するなら、それ以上の割引額。えーとつまりどれぐらいお得かなのは――」
考え始めたタイミングで、冷たい声が落ちてきた。
『シンプルに考えましょうご主人様』
ミネルヴァだ。
『もともとの定価で考えたときに、一個購入時は二倍の価値。三個購入時は三倍の価値。もしご主人様が二個以上買うなら三個で買えばいいですし、元々一個しか買わないのなら、前者がよろしいかと。単純な話ですわ』
確かに一理ある。いや、十理ある。
これはある意味「抱き合わせ商法」みたいなものかもしれない。
従来の抱き合わせ商法は、人気のない商品などと組み合わせられるけど――これはそれよりももっと巧妙だと思った。
『ホノちゃん……なんでこういう時は、そんなに頭が回り始めるの? 酪農愛と食い意地すごすぎない?』
ジュリアの、感心しているのか呆れているのかわからないような声が聞こえた。
僕の脳内住人のくせに、今さらそんなことすらわかっていないだなんて失格だ。その上、シンプルに失礼だ。
僕がポンコツであることを否定することが難しいとは言え、『酪農家』としての矜持はある。それなりに勉強もしてる。
『……酪農変態』
ジュリアの追加の一言で、思わず嬉しくなりそうだったけど、今考えるべきことは別にあるので、その誉め言葉は受け取るだけにしてリアクションすることは控えた。
店主さんに、悪気があるようには思えない。
一個で買うだけでもお得だ。でも店主さんが少しでも売り上げを出したいなら、利益率的に少し不利になってでも三個で「おいしそう」に売るのは商売として当然だとも思う。
つまりこの場合、抱き合わせたのは—―。
(機会損失そのもの)
『コレクト。補足するなら、「機会損失」のようなバイアス。損すると思わせること自体が狙い。そうすることで、ご主人様が二個以上ほしいなら、間違いなく三個一銀貨を選びますし、仮に一個だけだとしても、なんだから損した気分になるので、三個一銀貨を選びやすくなる心理に誘導してる……とも言えます。まとめ買いへの誘導としては中々に優秀で、手拍子程度に拍手をしてあげたいぐらいですわね』
ミネルヴァのその話を聞く前から、僕の心は決まっているようなものだった。
僕一人だったら、一銀貨なんて大金中々出せなくて渋るし、少しでも安く買えた方がいいと考える。
でもそれは「僕一人であったら」の話だ。
隣には、何もよくわかってなさそうな橙馬が、ニッコニコでこちらを見ている。
鬱陶しいことに変わりはないけど、ごはんっていうのは分け合ってこそ意味がある。そもそもこの後、僕の仕事を手伝ってもらう予定もあるし。
なら僕が選ぶべきは――。
「ぼうや。考えてもらうのは構わないが、後ろに客もつっかえてる。今すぐ決めてくれないと、この話自体なしにしちまうけど、それでもいいのかい?」
おじさんがプレッシャーを上乗せしてきた。
商売の常套句としては完璧で、むしろ感心する。
「はい! ならおじさん、三個一銀貨の方でお願い――」
言葉は完成しなかった。
目の前に見知らぬ白い手が不意に視界を遮ったから。
「やめといたほうがええよ」
色気のある声だった。




