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蹄煮込み、経験を喰らう——牛好きの少年は魔獣を捌いて強くなる  作者: メイ


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第2話:窓際最後列と、モブ計画の崩壊

 魔導バスを降り、真新しい教室へ足を踏み入れた僕は、まっすぐ一番奥へ向かった。


 迷わず確保したのは、窓際の最後列。


 僕がこの学園生活で目指す目標は、ただ一つ。


 ——目立たず、騒がず、限りなく平凡な成績で卒業すること。


 変に目をつけられて、貴重な自由時間を奪われでもしたら困る。

 僕の人生の最優先事項である「究極の乳製品づくり」に、深刻な支障が出るからだ。


 そのためには、教官や血の気の多いヤバい生徒たちの視線が集まりやすい中心列なんて、死んでも避けるべき。


 外の景色を眺めるフリをして気配を消せる窓際こそ、僕にとっての最適解。

 絶対の安全地帯(セーフエリア)である。


「よお。隣、いいか?」


 完璧な布陣を敷いたはずの僕の頭上から、不意に声が降ってきた。


 見上げると、そこには無駄に顔の造形がいい、やたら長身の男が立っていた。

 黒に近いネイビーの髪が、窓から差し込む朝の光を鈍く弾いている。


 距離が縮まるだけで、空気がじわりと熱を帯びた気がした。


 基礎体温が異常に高そうなタイプだ。

 ガタイも、制服の上からでもはっきりわかるくらい、めちゃくちゃに仕上がっている。


 ——パン生地の発酵を促すのに、ちょうどよさそうな熱源だ。

 あるいは、よく手入れされた上質な農耕馬のうこうばみたいな……。


 そんなことを無意識に考えつつも、彼の全身から放たれる特有の「チャラそうな陽のオーラ」に、僕は本能的な警戒レベルを一段引き上げた。


「……空いてるよ」


「サンキュー! 俺っち、たちばな橙馬トウマ。よろしくな、地味メガネ君!」


(ん……そもそもメガネって、大体地味じゃない?)


 そんな冷静なツッコミを声に出そうかとも思った。

 けれど、初対面の相手との適切な距離感がよくわからない。


 だから無難に、喉の奥へ飲み込んでおいた。


 代わりに出たのは、自分でも情けなくなるほど愛想のない、ひどく弱々しい声だった。


「……鴨葱かもねぎだよ。よろしく」


「チッチッチッ。挨拶ってのはフルネームでするもんだぜ?」


 彼はやたらと白い歯を輝かせ、顔の近くで人差し指をチッチッと振る。


 初対面なのに、パーソナルスペースの距離感が完全にバグっていた。


「えっと……鴨葱かもねぎ……焔乃士ほのじ


 ——これが、僕とこの陽気で騒がしい男との、長きにわたる腐れ縁の始まりだった。


 そして同時に……僕の完璧だったはずの「平凡なモブ計画」が、こいつの存在とともに音を立てて崩壊していくことになる。


「ほのじ……焔乃士……ホノジ! いい名前じゃん! ホノジ〜〜、改めてよっろしくぅ〜〜!」


 パーン! と遠慮なく僕の背中を叩くそのテンションが、すさまじくうざかった。


 彼の無駄にデカい声のせいで、周囲の席にいた何人かの生徒がビクッとこちらを見た。

 そして——絶対に関わり合いになりたくない、とでも言うように、すぐさまスッと視線を逸らした。


 ああ。

 敵は、強大な魔獣や悪意ある英雄だけにあらず。


 無自覚に距離を詰めてくる「陽キャ」の親愛こそ、僕の隠密行動における最大の障壁なのだ。


 僕の尊き「目立たない計画」が、立て付けの悪い机の脚みたいにギギ……と嫌な音を立てて、初日の朝っぱらから大きく傾いた。


 ……そんな気がした。





【入学初日・能力適性試験会場前】


 廊下の先が、異様な熱気でざわついていた。


 人だかりの中心には、ひときわ目立つ豪奢ごうしゃな令嬢がふんぞり返っている。


 手元を覆う黒いあみあみの手袋。

 えんじ色の扇子。

 金ぴかの派手な装飾が、高慢に吊り上がった口元を隠していた。


 嫌でも周囲の目を引く、いかにも高そうな装いだ。


 ——あの装飾を全部引っぺがして換金したら、極上のミルクが一体何リットル買えるだろうか。


 そんな計算が、ほんの一瞬だけ頭をよぎる。

 おいしいミルクが飲みたい。


「皆さま、ご注目あそばせ! 名門・橘家のご令嬢、ヴィオレッタ様ですわ!」


「まあまあ。慌てないの。無闇むやみに祭り上げないでくださるかしら? わたくし、すでに優勝しておりますので」


(……うん、何に?)


「——オーホッホ……! オーホッホッホッホ……げほっ」


 ……高笑いの途中で、むせた。


「げほっ、ごほっ……けほっ! う〜〜、くるし……!」


 高慢そうな顔を真っ赤にして、立て続けに咳き込む。


『アハハッ! ハハハハッ! ホノちゃん見て! バカだ! 清々(すがすが)しいほどのバカがいるよっ!』


 脳内で、伝説のシノビであるジュリアの声が心底楽しそうに跳ねた。


(もう見てるし、バカかもしれないけど、あんまり言わないであげて。彼女だってバカなりに頑張ってここまで来たんだから)


『ホノちゃん……気づいてないかもしれないけれど、それ、フォローどころか致命傷の追撃になってるよ?』


 バチンッ! と、こちらの失礼な思考を威嚇するみたいに、派手な扇子が閉じる音が響く。


「……セイセイセイ! 落ち着いてくださいまし。ふふ、実はこの場の空気も、学園側に“採点”されておりますのよ」


(……いや、何の?)


 令嬢は、先ほどむせたことなど何事もなかったかのように、無理やり優雅な姿勢を立て直した。


 その必死な横顔を、僕はなんとなく見つめる。


 第一印象は、綺麗な人。

 そして、とにかく——うるさい人だった。


 表情も、声も、存在そのものも。


「なあホノジ。見たか……?」


 隣で橙馬が、なぜか額に少し冷や汗を浮かべながら、物理的に肩をぶつけてくる。


「橘家のご令嬢だってさ。やべーな」


「……橘って、君も橘じゃなかった?」


「はぁ!? 他人だ、他人! 俺っちがあんな高飛車なやつと兄妹だと思うか!? 全然似てねえだろがい!」


「見た目は確かに、あんまり似てないね。でも、橘っていう和名が一緒だよ?」


「ば〜〜か。橘なんてなぁ、かつて大量にいたといわれるいにしえの『スズキ』と同じぐらい、そこらへんにごまんといるんだぜ。都会ってのはそういうとこだ!」


「ふーん、そういうもんか」


 僕はもう一度、わざとらしく扇子を揺らす令嬢を見た。


(……やっぱり見た目は似てないけど……なんかノリは似てる気もする? でも、本人が違うって言うなら違うのかな)


「そ、それより能力判定テストだぞ、テスト! 試験官にいっぱいアピっとかねえとな!」


 橙馬はそう言って、ひらひらと手を振った。


「これより、適性能力を見るために、四つの『能力判定試験』を行ったのち、最後に『属性判定』を行う」


 担任教師の冷徹(れいてつ)な宣言とともに、新入生たちにとっての地獄の時間が始まった。


 張り詰めた空気に、背中の奥がじわりと冷える。


 本当はその前に、新入生に向けた『学園長からのありがたい挨拶』という一大イベントがあったらしい。


 だが、あろうことか——

 「学園長が寝坊した」という信じがたい理由によって、その予定はあっさり消滅した。


 教師が言い切るより先に、生徒たちの間にどよめきみたいな小さなざわめきが広がる。


 ——が、次の瞬間には教師の鋭い眼光に射抜かれ、すぐに静寂へと引っ込んだ。


(いや、寝坊って……。子どもじゃないんだから……)


 息苦しい国での、魔法学園の自由の見せ方がこれですか?



 ……先が思いやられる予感しかしない。

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