第8話「やらせるかよ!」
(Side:ロルフ・ガリアード)
ミラボーの東、要衝『双子の渓谷』。
夕闇が迫る荒野に、重苦しい沈黙が張り詰めていた。
「総員、精霊力の消耗を抑えろ。敵影を確認するまで待機状態を維持だ」
俺は部隊内通信を通じて、配下の騎士たちに命じた。
展開しているのは、ミラボー騎士団の全戦力である四十騎。街に残した予備戦力はゼロだ。
これは、この地の領主であるミラボー伯爵夫人カタリナ様の決断。
『ロルフ、出し惜しみは許しません。敵が新鋭機なら、平原でぶつかれば我が軍は紙切れのように引き裂かれるでしょう』
出撃前、通信機越しに響いた彼女の凛とした声を思い出す。夫を亡くして八年、この国境となってしまった街を女手一つで守り抜いてきた「女伯爵」だ。
『敵が、全軍で国境を抜ける可能性は低いでしょうね。リュクスカインの国軍もそこまで弱くはありません。抜けてくるとすれば、なんらかの目的をもった一部隊。今のところ、その目的はわかりませんが到達目標がミラボーであることは間違いないでしょう。ミラボーまでの最短ルートは『双子の渓谷』です。渓谷で迎え撃ちなさい。地の利を活かし、全戦力をもって叩くのです。私の護衛など気になさらず』
『しかし、カタリナ様!それだと、館には護衛のミディが三人しか残りません!』
『三人"も"いるのです。それに、貴方たちが負ければ、どのみち私たちは終わりです。行きなさい、ガリアード団長。吉報を待っていますよ』
退路は断たれた。俺たちは勝たねばならない。
だが、主力は三十年前の傑作機とはいえ、今や完全に旧式となった『ヴェルドル』だ。俺の愛機『グラン・ランパート』も、そのヴェルドルをベースに、亡き親友ギリクが徹底的に強化したカスタム機に過ぎない。
その時だ。
コックピット内の通信機から、けたたましいアラート音が鳴り響いた。
精霊力を利用した、軍拠点間専用の高度な秘匿通信だ。
『——緊急通信!こちら国境監視哨、第三班!敵部隊の一部が国境を抜けた!』
血の気が引くのが分かったが、同時に伯爵夫人の慧眼に驚いた。
「数は!?」
『十八騎!全機、新型の『パンター』と推測される!速い…くそっ、追いつけな——』
通信はそこで途絶えた。ノイズだけが残る。
俺はコンソールを叩きつけた。
「クソッ!」
敵は十八騎。数は俺たちの半分以下だが、相手はガルドラムが誇る最新鋭機『パンター』だ。出力、装甲、そして何より機動力において、我が軍の『ヴェルドル』を凌駕している。
単純な性能差を考えれば、倍の数で囲んでも勝てる保証はない。平地で会敵していれば、今頃全滅していただろう。
「全機聞いたな!?配置につけ!」
俺は通信機に命じた。
「第一小隊、渓谷入り口の左側、岩陰に隠れろ!第二小隊、右側だ!」
『了解!』
『了解しました!』
騎士たちの返答が次々と返ってくる。
「第三小隊、クロスボウ部隊は崖の上だ!敵が全機入ったら一斉射撃、合図は俺が出す!」
『承知!』
団員たちが、それぞれの配置に移動していく。
重い足音。
金属が擦れ合う音。
精霊力の微かな共鳴音。
みんな、緊張している。
当然だ。
相手は最新鋭機。こちらはポンコツの旧式機。
数では勝っているが、性能差は歴然としている。
「いいか、みんな!」
俺は通信機に向かって叫んだ。
「奴らは速い!俺たちの機体より、遥かに速い!」
沈黙。
みんな、分かっている。
それでも、言わなきゃならない。
「だが、俺たちには地の利がある!この狭い渓谷なら、奴らの機動力は封じられる!」
俺は拳を握りしめた。
「接近戦に持ち込め!泥臭く、殴り合え!それなら、俺たちにも分がある!」
『おう!』
『やってやるぜ!』
団員たちの声が、通信機から返ってくる。
その声に、少しだけ力が戻ってきたのが分かった。
「俺たちは、ミラボーを守る精霊騎士だ!後ろには、家族がいる!友人がいる!街がある!」
俺は、拳を握りしめた。
「ここで、奴らを止めるぞ!一騎も通さん!いいな!」
『おおおおっ!』
ミディたちの雄叫びが響いた。
よし。
これなら、戦える。
◇
「…来るぞ、ロルフ」
コックピットの中で、低い声が響いた。
俺の肩に乗っている、茶色の岩肌のような質感を持つ亀の姿をもつ精霊――地の精霊『マグニス』だ。
彼は目を閉じ、地面から伝わる微細な振動を感じ取っている。
「数十八。…足音が軽いな。地面を滑るように走っておる。それに、足音が違うのもいるな」
「上位のパンターブリッツも混ざってるか。やっかいだな」
「団長!正面!」
部下の悲鳴に近い報告。
渓谷の入り口、夜の闇を切り裂くように、そいつらは現れた。
黒と赤の塗装。獣のようにしなやかで攻撃的なフォルム。
関節部から赤い精霊光の粒子を撒き散らしながら、音もなく滑るように疾走してくる異形のシヴァルリィ。
ガルドラム王国の『パンター』だ。
「…引きつけろ」
俺は息を殺した。
先頭集団が、渓谷の狭い道に入り込む。
十騎、十五騎、十八騎…。
全機がキルゾーンに入った瞬間、俺は叫んだ。
「今だ!撃てぇぇッ!!」
崖の上から、一斉にクロスボウが発射される。
精霊力で強化された太い矢が、雨のように敵部隊へと降り注いだ。
不意を突かれたパンターの数騎が、肩や背部の装甲を貫かれて火花を散らす。
一騎がバランスを崩して転倒し、後続がそれに突っ込んで動きが止まった。
「かかれッ!」
混乱に乗じ、俺は本隊を率いて岩陰から飛び出した。
『グラン・ランパート』の全質量を乗せた盾の一撃を、先頭のパンターに叩き込む。
強烈な衝撃と共に敵が吹き飛ぶ。
「怯むな!接近戦に持ち込んで、性能差を埋めろ!」
ミラボー騎士団のヴェルドルたちが、雄叫びと共に敵になだれ込む。
狭い渓谷での乱戦だ。こうなればパンター自慢の機動力は封じられる。泥臭い殴り合いなら、こちらの古株たちにも分がある。
だが、敵も精鋭だった。
混乱したのは最初の一瞬だけ。すぐに隊列を立て直し、猛烈な反撃を開始する。
「速い…ッ!」
目の前で、部下のヴェルドルが崩れ落ちた。
パンターの振るう長剣が、ヴェルドルの盾の隙間を縫い、正確に首元の関節を貫いたのだ。
赤い残光を残し、敵機が舞うようにステップを踏む。
俺の眼前に、二機のパンターが迫る。
右からの突き。左からの薙ぎ払い。
『グラン・ランパート』の左腕、大型盾を構える。
重い金属音が響く。突きを盾の表面で滑らせ、衝撃を受け流す。
そのまま体を回転させ、薙ぎ払ってきた剣を右手の重槍の柄で弾き返した。
弾かれたパンターがバックステップで距離を取ろうとする。
甘い。
「ギリクが鍛えたこの機体を、ただの重りと思うなよッ!」
俺は踏み込んだ。
精霊力を脚部のフラクタル鉱に一点集中させる。瞬間的な硬化と収縮。
爆発的な加速で距離を詰め、逃げようとしたパンターの胴体に、重槍を深々と突き刺した。
装甲を貫く手応え。槍を引き抜き、機能停止した敵を蹴り倒す。
だが、戦況は厳しい。
一騎倒す間に、味方が二騎やられている。
ヴェルドルの旧式な駆動系では、パンターの三次元的な連続攻撃に反応しきれないのだ。
「団長!右翼が崩れます!これ以上は…!」
「なんとしても持ちこたえろ!」
俺は叫び、次なる敵へと向き直る。
息が上がる。コックピット内の酸素が薄く感じる。
その時だ。
敵部隊の後方にいた三騎が、不可解な動きを見せた。
乱戦を避け、戦場の外縁を大きく迂回して崖を駆け上がり始めたのだ。
崖の急斜面に精霊力を叩きつけ、無理やり足場にして登っていく。
その三機は、他のパンターよりも一回り精霊光が強く、頭部に指揮官用の角を持つ『パンターブリッツ』だ。
「なっ!?」
戦う気がない?いや、違う。
奴らの目的は、部隊の殲滅じゃない。最初から、ここを素通りして街へ向かうことだけを狙っていたのか。
「突破する気か!?」
俺は舌打ちをし、精霊力を一気に解放した。背部排気口から余剰な光が噴き出す。
「逃がすかよォッ!」
目の前のパンターを盾で強引に弾き飛ばし、俺は三機を追おうとした。
だが、残りの敵が一斉に俺に殺到する。
三機、いや四機が壁となって立ち塞がる。
四方向からの同時攻撃。剣と槍の嵐。
俺は大型盾を掲げ、亀のように縮こまって耐えるしかない。
重装甲が悲鳴を上げる。衝撃で視界が揺れ、警告灯が赤く点滅する。
「どけえぇぇッ!!」
俺は咆哮し、槍を振り回して包囲をこじ開けようとする。
だが、そのわずかな時間の間に、三機のパンターブリッツは崖を登りきってしまった。
その先にあるのは、無防備なミラボーの街へと繋がる平原。
「しまっ——」
俺の手が空を掴む。
赤い精霊光の軌跡が、夜の闇に遠ざかっていく。
速い。あまりにも速い。今から追っても、この重装甲機では絶対に追いつけない。
静寂が戻りつつある渓谷を見渡す。
立っているのは、俺を含めたミラボー騎士団十三騎。
対する敵は、包囲を担っていた六騎のみ。
残りは瓦礫の山と化している。
勝った。数字の上では。
四十騎対十八騎で始まり、敵の三分の二を撃破した。作戦としては大戦果だ。
だが――最も危険な三機を逃してしまった。
街に残っているのは、たった三人のミディだけだ。
数も性能も相手が上回っている。
「くそっ…!」
俺は血の味がするほど唇を噛み締め通信機に怒鳴った。
「総員、残敵を掃討しつつ後退!…街へ連絡だ!緊急連絡!敵エース機三機に突破された!至急、民衆を避難させろッ!!」
俺の絶叫は、虚しく夜空に吸い込まれていった。




