表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ハズレ精霊の飼い主」と馬鹿にされた整備士の娘ですが、機体の悲鳴が聞こえるので、貴族の皆様より上手く操れますよ?  作者: 秋澄しえる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/27

第6話「ドキン!」

「全員、整列!」


 グレゴール教官の鋭い声が、練兵場に響き渡った。


 ついに模擬戦の日だ。風が冷たいけど、私の体は熱く燃えている。


 教官が組み合わせを発表していく。


 そして——。


 「ヴァレンティア対エルデンベルク」


 私の名前が呼ばれた。


 視線を向けると、そこには冷ややかな笑みを浮かべるクラウディウスがいた。


「フン、ようやく決着をつけられるな、ヴァレンティア」


 彼が歩み寄ってくる。整えられた銀髪が、風にさらりと揺れた。


「君の『お遊び』がいつまで通用するか、この私が直々に教育してやろう」


「おい、銀髪の小僧!」


 私が言い返すより先に、肩の上のセラフィが身を乗り出した。


「口を慎め!わしの契約者を愚弄するなど、百年早いわ!」


「…チッ。相変わらず騒がしい『ハズレ虫』だ」


 クラウディウスは不快そうに顔をしかめ、私を見下ろした。


「飼い主なら、ペットの躾くらいしておけ」


「ペット!?ペットじゃと!?」


 セラフィが怒りで顔を真っ赤にして叫んだ。


「わしをペット扱いするとは…この無礼者め!覚えておれ!今に見ておれ!後悔させてやるからな!」


だが、クラウディウスは振り向きもせず、そのまま踵を返して去っていった。


完全に無視された形だ。


「ぐぬぬぬぬ…!許せぬ!絶対に許さぬぞ!」


セラフィが私の肩の上で、小さな拳を震わせている。


私も拳を握りしめ、クラウディウスの背中を睨みつけた。


「…セラフィ、行こう。絶対に勝つ!」


「うむ!あのすかした鼻っ柱、へし折ってやるのじゃ!わしがペットなどではないことを思い知らせてやる!」



 観覧席には、ロルフのおっちゃんの姿があった。


 おっちゃんの近くには、ルシア先輩の姿もある。


 先輩は腕を組み、真剣な眼差しでこちらを見つめていた。


 明日が出番のエミリアもいた。「頑張れー!」と手を振っている。


(見ててね、みんな。私、負けないから!)



 私の番が来た。


 コックピットに乗り込み、座席に座る。


 ハッチが閉まる重い音。一瞬の暗闇の後、淡い光が周囲を照らす。


 全周囲の視界が開ける。


 目の前には、クラウディウスのカデット。訓練用の剣を構え、殺気立っているのが分かる。


 私も剣を構えた。訓練用とはいえ、その重さが両手に伝わってくる。


 手のひらが、汗で湿っている。


 心臓が、早鐘を打っている。


(落ち着いて…深呼吸)


「小娘、準備はよいか?」


「うん。行けるよ、セラフィ」


「では——始め!」


 教官の声が響いた。


 開始の合図と同時だった。


 クラウディウスの機体が、爆発的な加速で突っ込んできた。


(速いっ!)


 距離が一瞬で詰まる。


 地面を蹴る音。土煙が上がる。


 振り上げられた大剣が、私の機体に向かって迫ってくる。


「来るぞ小娘!右じゃ!」


 セラフィの叫びと同時に、私は反射的にステップを踏んだ。


 視界が右に流れる。


 大剣が風を切る音が、すぐ横を通り過ぎた。


 地面に剣が浅く突き刺さる。土が跳ね上がる。


(間一髪…!)


 しかし、クラウディウスは止まらない。


 空振りした勢いを殺さないよう、流れるような動作で回転し、横薙ぎの一撃を放ってきた。


 速い。本当に速い。


 私は咄嗟に剣を構えて受け止めようとした。


 だが——


 間に合わない!


「小娘!下じゃ!」


 セラフィの声に、私は機体をしゃがませた。


 膝が折れ、視界が一気に低くなる。


 剣が、頭上を通り過ぎた。


 髪の毛を切られるような感覚。


(危なかった…!)


「立て!すぐに立つのじゃ!」


 私は機体を立ち上がらせた。


 だが、その瞬間——


 クラウディウスの機体が、もう目の前にいた。


(え、もう!?)


 彼は攻撃の手を緩めない。


 上段からの振り下ろし。


 私は横に跳んで避ける。


 地面に剣が叩きつけられ、大きな音が響いた。


 すぐに次の攻撃。


 突き。


 私は剣で弾く。


 金属がぶつかり合う音。手に衝撃が伝わる。


 さらに次。


 横薙ぎ。


 私は後ろに跳んで距離を取る。


(…上手い!)


 悔しいけれど認めざるを得ない。


 彼の操縦は教科書通りで無駄がない。


 一つ一つの動作が洗練されている。


 これは三ヵ月の修練でなんとかなるものでもない。


 天賦の才という言葉が頭をよぎった。


 攻撃の後の体勢も余裕がある。


 精霊力も桁違いだ。機体の動きに迷いがない。


 名門貴族の英才教育。それが伊達ではないことを肌で感じる。


「小娘、受け身一方では勝てぬぞ!」


「分かってる!でも——」


 クラウディウスの攻撃が止まらない。


 剣が次々と繰り出される。


 私は必死に受け、避け、後退する。


 息が上がってきた。


 集中力が、削られていく。


(このままじゃ…ジリ貧だ)


 その時、クラウディウスの機体が一瞬止まった。


 大きく剣を振りかぶる。


 渾身の一撃を放つつもりだ。


(チャンス…?)


「違う!罠じゃ!」


 セラフィの警告。


 だが、遅かった。


 私が反撃しようと踏み込んだ瞬間——


 クラウディウスの剣が、予想とは違う軌道で飛んできた。


 フェイントだ。


 大振りに見せかけて、実際には素早い突きに変化させた。


 私の胴体に剣先が迫る。


(まずい!)


 咄嗟に、私は剣で受け止めた。


 だが——


 凄まじい衝撃。


 押し込まれる。


 足が地面を削る音。


 後退を余儀なくされる。


 剣と剣が激しくぶつかり合う音が耳をつんざく。


 パワーが違う。


 フロスティアの力が、機体を強化している。


 私の機体が、少しずつ押されていく。


(くっ…このままじゃ、押し負ける!)


 手のひらが汗でびっしょりだ。


 腕が震えている。


 視界の端に、クラウディウスの機体の顔が見える。


 その奥で、彼が冷笑しているのが想像できた。


「小娘!力で張り合うな!あやつの力は無駄が多い!」


 セラフィが叫ぶ。


「耳を澄ませ!聞こえるはずじゃ!あやつの機体の悲鳴が!」


 その言葉に私はハッとした。


 そうだ。


 力勝負に付き合っちゃダメだ。


 私は私らしく戦えばいい!


 私は目を閉じた。


 視覚を遮断する。


 聴覚に全神経を集中する。


 相手の音を聞け。


 クラウディウスの機体から聞こえてくる音。


 氷の精霊の声。冷たく、鋭い。


 精霊力が、機体の隅々まで行き渡っている音。


 だが——


 その奥にある、別の音。


 金属の軋み。


 フラクタル鉱の悲鳴。


 高く、鋭い。


 そして——聞こえた。


(…左膝!)


 クラウディウスの機体、左膝の関節駆動部。


 そこから、苦しげな結晶の軋みが聞こえる。


 彼は攻撃に全精霊力を回している。


 剣に。腕に。胴体に。


 だが、足回りの制御が雑になっている。


 特に、今のように押し込む時。


 体重を支える左膝への精霊力浸透が一瞬遅れている。


 硬直している。


 悲鳴を上げている。


(あそこだ!)


 私は目を開いた。


 視界がクリアになった。


 クラウディウスが、トドメとばかりに更に踏み込んでくるに合わせて剣を重ねた。


 意地の押し合い。


 左足が地面を踏みしめる。


 その瞬間——左膝に体重が乗る。


 その一瞬を私は見逃さなかった。


「今じゃ!」


「そこおおおおっ!」


 私は鍔迫り合いの力をふっと抜いた。


 支えを失ったクラウディウスの機体が、前のめりになる。


「なっ!?」


 彼の驚愕の声が、外部スピーカーから聞こえた。


 彼は慌てて踏ん張ろうとする。


 左足に、さらに体重をかける。


 だが——


 酷使されていた左膝のフラクタル鉱は硬直していた。


 その急激な負荷に耐えきれず、一瞬だけ反応が遅れた。


 膝が、僅かに折れる。


 バランスが、崩れる。


 その隙を見逃す私じゃない!


 私は機体を左に回転させた。


 クラウディウスの機体の横に回り込む。


 がら空きになった胴体。


 無防備な側面。


 私は剣を振り上げた。


「くらえぇぇぇッ!!」


 全力で、剣を叩き込んだ。


 剣がクラウディウスの胴体に当たる。


 鈍い音が響いた。


 クラウディウスのカデットが大きく傾く。


 バランスを失い——


 仰向けに倒れ込んだ。


 地面に激突する音。


 土煙が上がる。


 静寂。


 そして——


「一本!勝者、ヴァレンティア!」


 教官の声が、青空に響いた。



 コックピットから降りると、エミリアが泣きながら抱きついてきた。


「リーシャ!すごかった!すごかったよお!」


 ロルフのおっちゃんも、観覧席から笑顔で親指を立ててくれているのが見えた。


 そして、ルシア先輩が満足そうに頷き、拍手を送ってくれていた。


 そこへ、クラウディウスが歩いてきた。


 整えられていた銀髪は乱れ、額には脂汗が滲んでいる。何より、そのプライドはずたずたに引き裂かれていた。


「…まぐれだ」


 彼は低い声で唸った。


「まぐれじゃないよ!」


 私は彼を見据えて言った。


「あなたの機体、左膝が泣いてたよ!攻撃ばかりに気を取られて、足元のケアがおろそかになってた。機体は正直なんだから!」


「ッ…!」


 クラウディウスは何か言い返そうとして、言葉を飲み込んだ。


 そして、憎々しげに私を睨みつけると、無言で踵を返して去っていった。


 その後ろ姿を見ながら、私は拳を握った。


 私の「耳」は武器になる。


 父さんがくれたこの力があれば、私はもっと強くなれる!


 エミリアと抱き合いながら感慨にふけっていると、練兵場の入り口から、一頭の馬が全速力で駆け込んできた。


 乗っているのは騎士?伝令?


 彼は観覧席のロルフのおっちゃんの元へ駆け寄ると、転げ落ちるように下馬して何かを叫んだ。


 距離があって声は聞こえない。


 けれど——


 おっちゃんの顔色が一瞬にして変わったのが見えた。


「…え?」


 勝利の喜びが、一気に冷えていく。


 おっちゃんがグレゴール教官の元へ歩み寄る。二人が深刻な顔で言葉を交わしている。


「リーシャ…あれ…」


 エミリアが、不安そうに私の袖を掴む。


 周りの生徒たちもざわめき始めた。


 そして——


 おっちゃんが私の方を見た。


 その目は、いつもの優しいおっちゃんの目じゃなかった。


 騎士団長としての厳しい目だった。


(何かが起きた)


  私の背筋に冷たいものが走った。


  勝利の余韻は音もなく消えていってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ