第6話「ドキン!」
「全員、整列!」
グレゴール教官の鋭い声が、練兵場に響き渡った。
ついに模擬戦の日だ。風が冷たいけど、私の体は熱く燃えている。
教官が組み合わせを発表していく。
そして——。
「ヴァレンティア対エルデンベルク」
私の名前が呼ばれた。
視線を向けると、そこには冷ややかな笑みを浮かべるクラウディウスがいた。
「フン、ようやく決着をつけられるな、ヴァレンティア」
彼が歩み寄ってくる。整えられた銀髪が、風にさらりと揺れた。
「君の『お遊び』がいつまで通用するか、この私が直々に教育してやろう」
「おい、銀髪の小僧!」
私が言い返すより先に、肩の上のセラフィが身を乗り出した。
「口を慎め!わしの契約者を愚弄するなど、百年早いわ!」
「…チッ。相変わらず騒がしい『ハズレ虫』だ」
クラウディウスは不快そうに顔をしかめ、私を見下ろした。
「飼い主なら、ペットの躾くらいしておけ」
「ペット!?ペットじゃと!?」
セラフィが怒りで顔を真っ赤にして叫んだ。
「わしをペット扱いするとは…この無礼者め!覚えておれ!今に見ておれ!後悔させてやるからな!」
だが、クラウディウスは振り向きもせず、そのまま踵を返して去っていった。
完全に無視された形だ。
「ぐぬぬぬぬ…!許せぬ!絶対に許さぬぞ!」
セラフィが私の肩の上で、小さな拳を震わせている。
私も拳を握りしめ、クラウディウスの背中を睨みつけた。
「…セラフィ、行こう。絶対に勝つ!」
「うむ!あのすかした鼻っ柱、へし折ってやるのじゃ!わしがペットなどではないことを思い知らせてやる!」
◇
観覧席には、ロルフのおっちゃんの姿があった。
おっちゃんの近くには、ルシア先輩の姿もある。
先輩は腕を組み、真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
明日が出番のエミリアもいた。「頑張れー!」と手を振っている。
(見ててね、みんな。私、負けないから!)
◇
私の番が来た。
コックピットに乗り込み、座席に座る。
ハッチが閉まる重い音。一瞬の暗闇の後、淡い光が周囲を照らす。
全周囲の視界が開ける。
目の前には、クラウディウスのカデット。訓練用の剣を構え、殺気立っているのが分かる。
私も剣を構えた。訓練用とはいえ、その重さが両手に伝わってくる。
手のひらが、汗で湿っている。
心臓が、早鐘を打っている。
(落ち着いて…深呼吸)
「小娘、準備はよいか?」
「うん。行けるよ、セラフィ」
「では——始め!」
教官の声が響いた。
開始の合図と同時だった。
クラウディウスの機体が、爆発的な加速で突っ込んできた。
(速いっ!)
距離が一瞬で詰まる。
地面を蹴る音。土煙が上がる。
振り上げられた大剣が、私の機体に向かって迫ってくる。
「来るぞ小娘!右じゃ!」
セラフィの叫びと同時に、私は反射的にステップを踏んだ。
視界が右に流れる。
大剣が風を切る音が、すぐ横を通り過ぎた。
地面に剣が浅く突き刺さる。土が跳ね上がる。
(間一髪…!)
しかし、クラウディウスは止まらない。
空振りした勢いを殺さないよう、流れるような動作で回転し、横薙ぎの一撃を放ってきた。
速い。本当に速い。
私は咄嗟に剣を構えて受け止めようとした。
だが——
間に合わない!
「小娘!下じゃ!」
セラフィの声に、私は機体をしゃがませた。
膝が折れ、視界が一気に低くなる。
剣が、頭上を通り過ぎた。
髪の毛を切られるような感覚。
(危なかった…!)
「立て!すぐに立つのじゃ!」
私は機体を立ち上がらせた。
だが、その瞬間——
クラウディウスの機体が、もう目の前にいた。
(え、もう!?)
彼は攻撃の手を緩めない。
上段からの振り下ろし。
私は横に跳んで避ける。
地面に剣が叩きつけられ、大きな音が響いた。
すぐに次の攻撃。
突き。
私は剣で弾く。
金属がぶつかり合う音。手に衝撃が伝わる。
さらに次。
横薙ぎ。
私は後ろに跳んで距離を取る。
(…上手い!)
悔しいけれど認めざるを得ない。
彼の操縦は教科書通りで無駄がない。
一つ一つの動作が洗練されている。
これは三ヵ月の修練でなんとかなるものでもない。
天賦の才という言葉が頭をよぎった。
攻撃の後の体勢も余裕がある。
精霊力も桁違いだ。機体の動きに迷いがない。
名門貴族の英才教育。それが伊達ではないことを肌で感じる。
「小娘、受け身一方では勝てぬぞ!」
「分かってる!でも——」
クラウディウスの攻撃が止まらない。
剣が次々と繰り出される。
私は必死に受け、避け、後退する。
息が上がってきた。
集中力が、削られていく。
(このままじゃ…ジリ貧だ)
その時、クラウディウスの機体が一瞬止まった。
大きく剣を振りかぶる。
渾身の一撃を放つつもりだ。
(チャンス…?)
「違う!罠じゃ!」
セラフィの警告。
だが、遅かった。
私が反撃しようと踏み込んだ瞬間——
クラウディウスの剣が、予想とは違う軌道で飛んできた。
フェイントだ。
大振りに見せかけて、実際には素早い突きに変化させた。
私の胴体に剣先が迫る。
(まずい!)
咄嗟に、私は剣で受け止めた。
だが——
凄まじい衝撃。
押し込まれる。
足が地面を削る音。
後退を余儀なくされる。
剣と剣が激しくぶつかり合う音が耳をつんざく。
パワーが違う。
フロスティアの力が、機体を強化している。
私の機体が、少しずつ押されていく。
(くっ…このままじゃ、押し負ける!)
手のひらが汗でびっしょりだ。
腕が震えている。
視界の端に、クラウディウスの機体の顔が見える。
その奥で、彼が冷笑しているのが想像できた。
「小娘!力で張り合うな!あやつの力は無駄が多い!」
セラフィが叫ぶ。
「耳を澄ませ!聞こえるはずじゃ!あやつの機体の悲鳴が!」
その言葉に私はハッとした。
そうだ。
力勝負に付き合っちゃダメだ。
私は私らしく戦えばいい!
私は目を閉じた。
視覚を遮断する。
聴覚に全神経を集中する。
相手の音を聞け。
クラウディウスの機体から聞こえてくる音。
氷の精霊の声。冷たく、鋭い。
精霊力が、機体の隅々まで行き渡っている音。
だが——
その奥にある、別の音。
金属の軋み。
フラクタル鉱の悲鳴。
高く、鋭い。
そして——聞こえた。
(…左膝!)
クラウディウスの機体、左膝の関節駆動部。
そこから、苦しげな結晶の軋みが聞こえる。
彼は攻撃に全精霊力を回している。
剣に。腕に。胴体に。
だが、足回りの制御が雑になっている。
特に、今のように押し込む時。
体重を支える左膝への精霊力浸透が一瞬遅れている。
硬直している。
悲鳴を上げている。
(あそこだ!)
私は目を開いた。
視界がクリアになった。
クラウディウスが、トドメとばかりに更に踏み込んでくるに合わせて剣を重ねた。
意地の押し合い。
左足が地面を踏みしめる。
その瞬間——左膝に体重が乗る。
その一瞬を私は見逃さなかった。
「今じゃ!」
「そこおおおおっ!」
私は鍔迫り合いの力をふっと抜いた。
支えを失ったクラウディウスの機体が、前のめりになる。
「なっ!?」
彼の驚愕の声が、外部スピーカーから聞こえた。
彼は慌てて踏ん張ろうとする。
左足に、さらに体重をかける。
だが——
酷使されていた左膝のフラクタル鉱は硬直していた。
その急激な負荷に耐えきれず、一瞬だけ反応が遅れた。
膝が、僅かに折れる。
バランスが、崩れる。
その隙を見逃す私じゃない!
私は機体を左に回転させた。
クラウディウスの機体の横に回り込む。
がら空きになった胴体。
無防備な側面。
私は剣を振り上げた。
「くらえぇぇぇッ!!」
全力で、剣を叩き込んだ。
剣がクラウディウスの胴体に当たる。
鈍い音が響いた。
クラウディウスのカデットが大きく傾く。
バランスを失い——
仰向けに倒れ込んだ。
地面に激突する音。
土煙が上がる。
静寂。
そして——
「一本!勝者、ヴァレンティア!」
教官の声が、青空に響いた。
◇
コックピットから降りると、エミリアが泣きながら抱きついてきた。
「リーシャ!すごかった!すごかったよお!」
ロルフのおっちゃんも、観覧席から笑顔で親指を立ててくれているのが見えた。
そして、ルシア先輩が満足そうに頷き、拍手を送ってくれていた。
そこへ、クラウディウスが歩いてきた。
整えられていた銀髪は乱れ、額には脂汗が滲んでいる。何より、そのプライドはずたずたに引き裂かれていた。
「…まぐれだ」
彼は低い声で唸った。
「まぐれじゃないよ!」
私は彼を見据えて言った。
「あなたの機体、左膝が泣いてたよ!攻撃ばかりに気を取られて、足元のケアがおろそかになってた。機体は正直なんだから!」
「ッ…!」
クラウディウスは何か言い返そうとして、言葉を飲み込んだ。
そして、憎々しげに私を睨みつけると、無言で踵を返して去っていった。
その後ろ姿を見ながら、私は拳を握った。
私の「耳」は武器になる。
父さんがくれたこの力があれば、私はもっと強くなれる!
エミリアと抱き合いながら感慨にふけっていると、練兵場の入り口から、一頭の馬が全速力で駆け込んできた。
乗っているのは騎士?伝令?
彼は観覧席のロルフのおっちゃんの元へ駆け寄ると、転げ落ちるように下馬して何かを叫んだ。
距離があって声は聞こえない。
けれど——
おっちゃんの顔色が一瞬にして変わったのが見えた。
「…え?」
勝利の喜びが、一気に冷えていく。
おっちゃんがグレゴール教官の元へ歩み寄る。二人が深刻な顔で言葉を交わしている。
「リーシャ…あれ…」
エミリアが、不安そうに私の袖を掴む。
周りの生徒たちもざわめき始めた。
そして——
おっちゃんが私の方を見た。
その目は、いつもの優しいおっちゃんの目じゃなかった。
騎士団長としての厳しい目だった。
(何かが起きた)
私の背筋に冷たいものが走った。
勝利の余韻は音もなく消えていってしまった。




