第53話「春暁」
(Side:エミリア・ノーヴェ)
あれから、二年たっちゃった。
ミラボーの街を見下ろす丘の上。春の風が、私の髪を優しく揺らしていく。
あの日、私たちがボロボロになって、悔しくて泣いたあの日から、もうそんなに時間が過ぎたんだね。
あの戦いのあと、私たちの壊れた「ヴェリアル」は、調査という名目で王都へ回収されていった。
代わりに送られてきたのは、ピカピカの新品だけど、なんの変哲もない「量産型のヴェリアル」。
周りの人は喜んでいたけれど、私たちにはわかっていた。
あの、機体の声が聞こえるような、手足のように動く特別な感覚は、もうないんだって。
そう何度も、あんな高級品はもらえないよねぇ。
五人の仲間も、それぞれの道を歩き始めた。
ルシア先輩とマルセル先輩は、二年前に一足早く学院を卒業。
ルシア先輩はアルトリーベ領へ戻り、次期領主として、政治や領地経営を死に物狂いで学んでいるらしい。たまに来る手紙には、愚痴がいっぱい書いてあるけど、文字には力がこもってる。
マルセル先輩は、その腕を見込まれて、なんと名門「ベルクト騎士団」にスカウトされた。訓練の日々を送りながら、実家のロシュフォール子爵家のお手伝いもしているみたい。
そして昨日、私たち三人も、無事に学院を卒業した。
クラウディウス君は…本当にすごかった。
卒業式が終わった直後、王都からの使者が来て、彼を連れて行ったの。
行き先は「近衛騎士団」。
国の最精鋭が集まる場所。彼は一度も振り返らず、真っ直ぐな背中で旅立っていった。
私はというと、ミラボー騎士団に入団することになった。
明日から、正式な騎士として勤務することになってる。
少し前までの私なら、きっと逃げ出していたと思う。でも、今は違う。
この二年間、いろんなことがあったから。
三年間の停戦協定のおかげで、大きな戦争はなかった。
でも、私たちの生活はガラリと変わった。
一番変わったのは、学院が終わってから毎日、ミラボー騎士団の駐屯地へ通うようになったこと。
これは、リーシャの影響。
リーシャは、あの敗北のあと、憑かれたように騎士団へ通い詰めた。
ガリアード団長や、他の荒くれ者の団員たちに混ざって、泥だらけになりながら厳しい訓練を受けていた。
最初は知らなかったんだけど、偶然その姿を見かけた時、私は衝撃を受けた。
そして、私も一緒に通うようになった。
だって、もう弱いままじゃいられない。
「守られる側」でいたくない。
あの日、何もできずに倒れた自分が許せなかった。
自分の意志を貫ける強さが欲しかったから。
学院の授業や模擬戦は、学院にあるカデットで行っていたから、私たちに支給された新しいヴェリアルは、ずっと騎士団に置きっぱなし。
二年間、毎日乗り回して、整備して、また乗って。
おかげで、量産機特有のクセにもだいぶ馴染んできた気がする。
「翼」をもがれた私たちは、地を這う足から鍛え直したんだ。
リーシャは、普段は以前と変わらない。
よく笑うし、甘いものも大好きだし、工房特有の匂いにうっとりする変なところもそのまま。
でも、シヴァルリィのことになると、目つきが変わる。
特に騎士団で訓練をしている時の彼女は、正直、ちょっと怖いくらいだ。
殺気というか、執念というか。
相棒のセラフィが「おい、休み休みやれ!死ぬぞ!」って心配してストップをかけるくらいだから、よっぽどだよね。
変わったのは私たちだけじゃない。
ミラボーの街も、この二年間ですごく変わった。
まず、商人がすごくたくさん来るようになった。
なんでも、オウラム連邦のバルドール市が、復興支援という名目でいろいろと協力してくれているらしい。
おかげで、南国の珍しい果物がたくさん市場に並ぶようになった。
私の大好きなベリー系の果物もいっぱい!
おかげで、趣味のジャム作りのレパートリーが増えちゃって、少ないお小遣いのやりくりが大変!
それから、街の東地区に、立派な尖塔を持つ建物ができた。
アストラム教の教会。
ガルドラムとの停戦協定の条件に入っていたのかな?詳しいことはわからないけど、その教会ができてから、教会の人たちの姿もよく見かけるようになった。
人が増えて、お金も回って。
街の活気は、二年前とは比べ物にならない。新しいレンガ造りの建物も増えたし、道ゆく人たちの服も綺麗になった。
これには、もう一つ理由があるみたい。
かつて「海鳴りの村」と呼ばれていた入り江が、バルドール市の出資で大規模に埋め立てられ、「海鳴り岬港」という貿易港に生まれ変わったんだ。
そこからミラボーまでの街道も簡単に整備されて、途中には新しい宿場町までできているらしい。
お金の力って、本当にすごいねぇ。
そんな変化の中で、よく見るようになった「有名人」たちもいる。
まずはドミニクさん。
バルドール市の顔役らしいんだけど、見た目がすごくいかつくて怖い。正直、夜道で会ったら泣く自信がある。
でも、話すとすごく優しくて面倒見がいいんだよね。市場で子供にお菓子を配ってたりするし。絶対、見た目で損してるタイプだ。
もう一人が、ピアナさん。
新しくできた教会のシスターなんだけど、この人がまた変わってる。
「精霊の信仰は自由にこそあり!」とか言って、酒場で豪快に笑っている姿をよく見る。すっごい気さくで良い人なんだけど、シスターとしてそれでいいのかな?
驚いたのは、この二人に、あのクールなエリーゼ・ホッホベルク子爵を加えた三人が、酒場のオープンテラスで一緒に飲んでいる姿を何回か見かけたこと。
貴族と、強面の商人と、破天荒なシスター。
どんな組み合わせなの?って思うけど、意外と仲が良いみたい。
そしてピアナさんは、なぜかリーシャの家に入り浸っている。
ベアトリスさんやセリアさん、そしてリーシャに懐きまくっていて、私がリーシャの家に遊びに行くと、必ずと言っていいほど居座ってお茶を飲んでるんだもん。
「エミリアちゃんのジャム、最高!」なんて言われると、私も悪い気はしなくて、ついつい餌付けしちゃってるんだけどね。
そういえば。
リーシャの進路、まだ聞いてないんだよね。
卒業式でも、彼女はニコニコしてるだけで、自分のことは話さなかった。
ヴァレンティア工房を継ぐのかな?それとも、お父さんのようにお城の整備士になるのかな?
あの実力だもん、騎士団に来てくれたら一番嬉しいんだけど…リーシャは「自由」が好きそうだしなぁ。
「エミリア!早く行こう!」
丘から降りて街を眺めていたら、元気な声が飛んできた。
今日は大市の日。
街の広場には、大陸中から集まった商品が山のように積まれているはずだ。
雑踏をかき分けて走っていく、黒髪の少女。
その背中は、二年前よりも少しだけ大きく、そして逞しく見えた。
「あ、待ってリーシャ!待ってー!」
私はスカートの裾を翻して、彼女の後を追いかけた。
新しい春が、始まる。
きっと、今まで以上に騒がしくて、愛おしい日々が。




