5.呪いのパンや
この月曜日の夜、六時半ごろ。
帰って来たお父さんは、髪から胸のあたりまでぬれていた。
玄関までむかえに出た玲奈はびっくりする。
「お父さん、どうしたの?」
「急な雨にふられたんだよ。だけど安心してくれ、玲奈。食材は守ったぞー」
いつもはテレワークのお母さんが料理を作るけど、今日は仕事が終わるのがおそい日なんだって。
それで会社帰りのお父さんがスーパーマーケットによってきたみたい。
「雨がふってきたのは買い物が終わってからだったの?」
「そう。ちょっと歩いたところでザーっとな。あわてて店にもどったところで止んだから、戻り損だったなあ」
玲奈が持ってきたタオルで頭をふきながらお父さんは言う。
「スーパーの前には移動販売の車がいたんだ。ちょうど開店の準備が終わったところで雨がふって来たから、商品がぬれてかわいそうだったよ。たしか『森のパンやさん』って名前だったな」
「そのお店、知ってる。そっか、萌さんはスーパーの前でもお店を出してるんだ」
このとき玲奈はちょっとだけ「ずいぶんおそい時間にも販売するんだな」って思った。
東野公園で森のパンやさんと会ったのはまだ朝だったし、玲奈の後にもお客さんがいて人気だったから、夕方には売り切れてしまいそうに見えたのに。
だけど昨日は日曜日だったし、今日は月曜日。もしかしたら曜日によって売りかたのちがいがあるのかもしれない。
そう考えて三日たった木曜日。
あそびに行っていた弟の晴斗が、玄関で玲奈をよんだ。
「おねえちゃーん! タオルちょうだい!」
何があったのかと思って玲奈が見に行ってみたら、頭から足までぐっしょりぬれてる晴斗がいた。
まるで月曜日のお父さんみたいだけど、お父さんよりもヒドイぬれかただ。
「どうしたの?」
「きゅうに雨がふってきたんだよー」
「雨?」
家にいた玲奈は雨の音をきいていない。今だって、玄関横の窓から見えるのは青い空だ。
「どこで雨がふったの?」
ふしぎに思って聞いてみたら、晴斗は「空き地の横の道」って言う。
友だちの家から帰ろうとして道を歩いていたら、いきなり雨がふってきて、急いで空き地の横を通りぬけたら、ウソみたいに晴れたらしい。
「そんな少しだけふるなんてこと、ある?」
「あるよ。だって『呪いのパンや』がいたんだもん」
「なに、それ」
「森のパンやのこと。あのパンやがいるところには雨がふるんだよ。みんな言ってるのに、お姉ちゃん知らないの?」
「知らない。それに萌さんはいい人なんだから、そんなイヤなこと言わないで」
「えー。『呪いのパンや』なのに!」
「だからやめてってば!」
玲奈はちょっとだけ乱暴に晴斗の頭をバスタオルでふいた。
だけど夜に帰って来たお父さんも、晴斗の話を聞いて同じことを言う。
「しょうがないよ。だって、森のパンやさんは『呪いのパンや』だからな」
玲奈の横で晴斗がドヤ顔をしているのがなんだかくやしい。
「晴斗だけじゃなくて、お父さんまでそんなふうに言うの?」
「いや、お父さんや晴斗だけじゃない。みんな言ってることだぞ。あのパンやのせいで雨がふるんだ、ってな」
「……みんなってだれ」
「んー、まあいろんな人だ」
いきなりこんな話がでてくるなんて、なんだかヘンでコワイ。月曜日のお父さんは森のパンやさんのことを呪いだなんて言ってなかったのに。
玲奈は、ヒスイと話がしたいなって思った。だけどあの日からヒスイは学校に来ないし、夜に星座盤を持って出ても姿を見せてくれない。




