白騎士
公務員回
これは告解である。
無知で愚かな私が犯した罪の告解である。
隣人の未来を奪い、友人の未来を奪い、愛する全ての者達の未来を脅かした罪の告解である。
私は信じていたのだ。
彼らと心が通じ合えていたのだと。
私は信じていたのだ。
彼らの純粋さは、善きモノであると。
私は、信じていたが故に考える事さえしなかったのだ。
例え悪意に晒されようと、きっと彼らは大丈夫だと、心のどこかで――
ガリア大平原の東部、フィガロス王国領のファルク村跡地に、空艇が2艇停泊していた。
フィガロス王国が抱える妖精機部隊、中でも黒獣討伐の為に編成された、通称白騎士隊である。彼らは、黒獣がファルク村へ向かっているという一報を受けて急行したが、既に村は壊滅状態だった。
司令室では部隊長を務めるユズベルトが腕を組み、部下の報告を待っていた。金髪碧眼の美丈夫で、部隊外からの評判も、特に女性からの評判の良い男だった。
民の日常を直接的に脅かす黒獣、それを討伐する白騎士隊は前提として民衆の支持を得やすいが、旗頭となる男の見目が良いのは尚良しという意向で転属させられて早4年、理由はどうあれユズベルトは実直に任務をこなし、皆の期待に答えて来た。
「失礼します」
扉をノックして入って来たのは副官のマードックだった。ユズベルトとは対照的に、白い物の混じった分厚い髭をたくわえ、鎧越しでも分かる恰幅の良さを見せつける巨漢だ。いざ戦いとなれば最前線で武器を振るうが、文才にも明るいという意外な一面を持って副官としてユズベルトを支えている。
「ありましたぜ、ヤバそうな代物が」
ユズベルトが命じていたのは、黒獣発生の原因に繋がるモノが無いかの調査だ。通常、黒獣は魔素の濃い地域で魔素中毒となった魔物が変質すると言われているが、ファルク村での報せはその兆候すら無い突然の出来事だった。
故にこそ、白騎士隊は間に合わなかったのだが、ユズベルトは何としてもこの原因を突き止めておかなければならないと感じていた。
つまり、マードックの報せは手掛かりとなる吉報である。しかしユズベルトは何故か、その言葉に底知れぬ不安を抱いた。
「民家の地下から隠し通路ですわ。今は封鎖しとりますが、中型の黒獣ぐらいなら通ってこれるぐらいデカいのがありましたぜ」
「その家の所有者は?」
「生活の痕跡が見当たらないんで恐らく無人、いつからかは不明、ただあんだけ魔素が漏れてる穴がある家で暮らしてれば、魔物じゃなくてもおかしくなりますぜ」
「大型の黒獣は、そいつらが呼び水となったか」
「恐らく」
黒獣は、新たな黒獣を呼び寄せる。つまり中型以下の黒獣が村を荒らし回り、大型魔獣を呼び寄せた段階で発見されたが故に、手遅れだったということだ。
「コーンロウに戻るぞ」
ユズベルトの判断は速かった。
黒獣討伐に特化した白騎士隊は、当然ながら中型以下の黒獣とも戦える腕利きの騎士達ばかりだ。しかしあくまで妖精機の運用を前提としているが故に、白兵戦用の装備や人員までは十全と言えず、妖精機乗りでない隊員は、整備兵や衛生兵といった非戦闘員が多い。
つまり今回のような場合は、他に協力を要請せざるを得ない。だがコーンロウと聞いたマードックは、驚いた表情を見せる。
「まさか傭兵の手を借りるんで?」
「ああ、これを騎士団の手を借りて処理するのは不味い」
通常なら、王立騎士団の歩兵でも精鋭である聖騎士隊に要請する内容だったが、ユズベルトは傭兵を雇う事にしていた。
聖騎士隊は根強い血統主義を主張する貴族達、所謂"貴族派"によって管理されている。何かにつけて開戦の気運を高めようとする節がある貴族派に、よりにもよって隣国と近いファルク村でこのような報せが届けば、どんな陰謀論をでっち上げられるか分かったものでは無い。
「まぁウチは妖精機の分戦備調達費は余裕ありますがね、傭兵なんてアテになるんですかい」
「君は傭兵が嫌いか?」
「腕前が良い奴も居ますが、如何せん忠義がありませんで」
「大丈夫さ、我らが国に忠誠を捧げるように、彼らも忠誠を捧げているんだ、金にね」
「――まさか妖精機の調達費をゴッソリ使う気ですかい?」
「1機分ぐらいなら安いと思わないとな」
「おっとこいつは、いや…それだけ危険って事ですわな」
何が、なのかは言うまでもなかった。マードックは了承の代わりに敬礼をする。
「本艦アルゴス及び2番艦ピーフォウルはコーンロウへ進路を取ります。遊撃部隊からクー・シーを1機、推進槍装備でコーンロウへ先行し、作戦概要を組合へ連絡させます」
「よろしく頼む」
ユズベルトも立ち上がり、敬礼を返すと、マードックは足早に司令室を去って行った。
「はぁ」
独りになったユズベルトは、椅子に深く腰掛けると、眉間に手をついて俯いた。
隣国フォークリーや、ダルタリア帝国との緊張状態の高まり――それは国民達の噂になるまでに高まっている。白騎士隊として、王都外での活動の多いユズベルトは町の人々達のそういった声をよく耳にしていた。
フィガロス王国の豊富な資源や保有する軍の規模から考えれば、戦争で負ける事は無いと言われる。だが妖精機の開発において先進的な帝国や、魔法技術において独自の研究をを行うフォークリーは単純な物量差で推し量れる相手では無い。もし開戦となれば、王国側の被害も凄まじい事になるだろう。
それを肌感覚で理解するユズベルトから見て、貴族派の開戦に対する強硬姿勢はあまりにも危険だった。
「それでも、向こうから仕掛けて来たらどうしようも無いがね」
誰も居ない天井へ向かって独りごちたユズベルトは、もう一度深いため息をついた。