滅びの福音
王国改め、新教国となったフィガロス。かつての王城はルイン教会の管理するところとなり、その統治は派遣された教会側の司教達による合議によって執り行われている。
「各都市の復興状況は如何ですかな」
「コーンロウ、デッカヴァ、ウガルはほとんど元の活況を取り戻しているようで――防衛部隊に加えて、現地の傭兵達もかなりの動員があったようだ。他の都市に関しては、王都も含め壊滅的な状況といえる」
円卓を囲んで話し合う司教達の一人、デリバーは肘をついて腕を組み眉間に皺を寄せる。
「時は成った、ということですね」
デリバーの声には諦念が篭っていた。とはいえそれを咎めようとする者はこの場に居ない。
デリバーはその若さにして司教に上り詰めた逸材で、教会の真なる目的にも同意していた。厳密にいえば同意せざるをえなかったのだが、とまれかくもあれ他の司教達もその実力は認めており、適正という点から見ても、デリバーがこの最後の儀礼に任じられることに異論は無かった。
「黒爪殿が私達に引き継いだ仕事は、何ですか?」
デリバーはすぐ隣に座っている司教へ問う。
この話し方は、ある意味自己暗示だ。才能を買われてこのような立場にいるが、デリバーは生来臆病である自分を自覚しており、自分を偽らねば、人の前に立つ事さえ億劫なのだから。
「大命を果たせ」
「世界の在り様を在るべき姿へ」
司教達は一斉に声を上げる。
デリバーは再び大きくため息をついた。
自分は何と弱い人間なのだろう。
家族に絶望し
友に絶望し
仲間に絶望し
愛する人に絶望し
住んでいた町に、国に、世界に絶望した。
仕方無いではないか。
どれだけ善行を積めど裏切られ
どれだけ愛そうと裏切られ
どれだけ尽くそうと裏切られた
私を唯一救ったのは、あろうことか人々を導く教会の最奥に秘する絶望の真理のみ。
数多の絶望を塗り替えるには、それらを一顧だにしないほどの大いなる絶望だけだった。
「私の代で大願が成るとも思えませんでしたが」
「銀竜の加護が突如消えたのが幸いでしたな、奴は呪われていたにも関わらず、星詠みの占術ですら100年以上は消えぬ輝きを灯していたと言っていたが」
「何者かが滅ぼしたとでも?」
「まさか、腐っても奴は銀竜よ」
「何か、自ら命を燃やす事情があったのやもしれぬ」
「その焚べられた命の矛先が気になる所ではあるが・・・」
「既に詮無き事。それが我でなかったのなら、すべては手遅れよ」
ルイン教会の秘中の秘、"呪杖"
極秘扱いとされる呪砲は、この呪杖の力を解析して作られた模造品だ。
呪砲が町一つを呪えるのなら、呪杖は国一つ落として見せる。
翻って代償も大きい。世界を呪うような代物には莫大な魔素と、途方もない触媒が必要となる。
それが、そろった。
フィガロスを焼いた無数の魂と、
銀竜が封じていた魔素溜まりが解放されたのだ。
デリバーはこの世のあらゆる存在を冷たく憎悪していたが、初めて心から祈った。
銀竜を滅ぼすこととなった正体不明のナニかに対して。
願わくば、其の物に一つ大きな祝福をと
"任されよ"
「えっ?」
突如聞こえた声にデリバーは顔を上げるが、司教達は訝しげな目でこちらを見ている。
幻聴だろうか。頭に響くような声だったのだが。
「デリバー?」
「すまない、気のせいだ」
雑念を振り払い、デリバーはすっくと立ちあがる。
連れて他の司教達も立ち上がり、言葉も無く歩き始めた。
その日、世界中に呪いが降り注ぎ世界は唐突に終わりを迎えることになる。
その最後の時を祝福するかのように、教国の黄金鐘は鳴り続けていた。




