空艇にて
竜は神だったり災害だったり概念生命だったりと色々立場の忙しい存在ですが、
本作は狩猟対象で、銀竜のような例外を除いて比較的弱い立場にありますね。
ダンと別れて、船内のキッチンから水をもらって甲板へ出ると、直ぐに踵を返して甲板へと戻る。
目的の人物がまだそこに居るのを確認した。伝説の傭兵ウィッツ――折角だから顔見知りになっておこう。
そっとしておこうとダンに言った舌の根も乾かぬうちの所業、我ながらいい性格をしていると思う。
「いるか?」
仮面を被り、船のヘリにもたれ掛かって座っているその者の前に立つと、腰を落としてジョッキを差し出す。はっとしたように顔を上げて、ウィッツは無貌の仮面越しにこちらを見つめた。
「あ、ああすまない」
若い男の声だった。ウィッツはジョッキを受け取ると、仮面の下を少し上げて水を飲み干していく。
「シュウだ。随分とお疲れのようだが」
「んぐっウィッツ、です。一応有名人ですから」
どうも彼は大勢に囲まれる事が苦手のようだ。
「気持ちは分かる。有名というのはそれだけで面倒なものだ」
良い意味でも、悪い意味でも。
「あなたも経験が?」
「ああ、とんでもない悪評だよ」
ウィッツは、へぇと漏らしながらこちらへ顔を向け続けている。顔を隠していても、滲み出る好奇心がまるで隠せていない。実年齢は知らないが、どうも伝説の傭兵と呼ばれる割には随所に"若さ"を感じる
「悪評、ですか」
顔色は仮面で分からない。だが訝しがるようなトーンが声に滲んでいる所を察するに、心根が素直という事か。
「そう、実に不愉快な話だよ、これが」
ウィッツに俺が遠い故郷から来た事、そこでは妖精機に似た機体に乗った者同士で戦う興行があること、そして俺が作った機体が出場禁止になった事、ロビー活動虚しく悪役にされた事――それから色々あって、戻る事すらできなくなったのだと伝ていく。
「そんな…」
伝説の傭兵は随分と驚いていた。
「シュウさんは人より優れた開発者で、且つ強い乗り手だったのでしょう!?普通ならその国は喜ぶんじゃ…」
「いやぁ平和な証拠だよ」
正直、フェアなスポーツとしての面目を保つ為にイレギュラーを規制するのは理解できる。要するにこれは自分が気に入らないだけなのだ。
「っ確かに、妖精機の為のコロシアムがあるなんて、凄い国力です。他国は侵略する気も起きないぐらいに」
自分なりに解釈した様子のウィッツが少しばかり考え込む。ややあって愚痴を溢すように口を開いた。
「…実は、この依頼を最後に引退を考えているんです」
ぶっちゃけトークである。まさか気を許されたのだろうか、今の話のどこにそんな要素が――
「ふうん、他の奴らは大騒ぎしそうだな?」
動揺はおくびにも出さないで冷静に返す。
「ええ、実は力が衰えていまして」
ウィッツは言う。伝説の傭兵ウィッツに舞い込む仕事は超がつくような高難度依頼が多く。失敗すれば多くの人を危険に晒すようなものまであるのだ。そこで十全な力を発揮できないと、大変な事になるからと。
「あ、でも心配しないで下さい、今回の依頼ぐらいなら問題なく熟せるはずです。他の人には心配させてしまうので秘密にしてくださいね」
そう言ってウィッツは立ち上がった。
「お水ありがとうございました。本当は今日引退の旨を伝える予定だったのですが、それなりの実力者が必要な火急の依頼があるとの事で、最後の仕事として受けたんです。シュウさんも傭兵経験はまだ浅いのでしょう?今回は安心して僕に任せて下さい」
「そうか、それは助かる。頼りにさせてもらうよ」
会話はそこまでだった。ウィッツはそのまま船内へ戻っていく。
甲板の人気が少なくなって、ふとマストを見上げた。そこにはマストに沿って光り輝く魔力帆。その名の通り魔力で生み出すという帆が、普通の帆船のようにメイン、トップ、ジブやスパンカーのような形で配置されている。
ダンが自慢気に話してくれた内容によれば、空艇を空艇たらしめているのは、竜核と呼ぶ希少物質と、この帆を張る為の複雑な術式なのだそうだ。
討伐した竜種によって核は違うので、その品質で空艇のサイズや性能が決まるのだとか。
最初に戦った馬鹿みたいに強い銀竜を思い出す。あれは相当に凄い核を持っていたのでは無いだろうか。超電磁加速砲で木っ端微塵にしたので、今更な話ではあるが。
そして視線を、魔力帆を躱して物見に立つ白銀の巨人、白騎士隊と呼ばれる王国軍の保有する妖精機ディナ・シーへと向けた。確かコーン・ロウへ向かう前に発見した集団もこんな機体だった。
これまた何故か自慢気に話してくれたダン曰く、ディナ・シーは王国軍が誇る量産化に成功した傑作機との事だ。作戦に応じて武器や魔法兵装を適宣変えれる汎用性が売りなのだとか。
だが流石にこいつであの銀竜は倒せないだろう。遠目からしか戦闘は見ていないが、ノロクサ走って剣を振っていたら、銀竜は一瞬でこちらを薙ぎ払うはずだ。
そうこう考えていると、船体がゆっくりと高度を下げ始めているのに気が付いた。どうやら、目的地についたようだ。
船体の下には、焼け落ち、倒壊した家屋や、木っ端微塵になった櫓が見える。そしてこちらを出迎えるように、数機のディナ・シーが旗を振って誘導していた。




