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「カイルさん? なんかこの世の終わりかってくらい緊張してますよ? いつも私に、偉そうに、高飛車気味に言ってますよね? バックリお腹が開いた患者を前に『こんな位の治療でオタオタするな!』とか、『こんな治療は朝飯前だ!』ってボキボキに手足の骨が折れた患者を前に……これってカイルさんがそんな顔する位に、難しい治療ですか?」
こんな緊迫した空気なのに、彼女の声を聴くとなぜか緊張している自分がバカらしくなり、苦笑が漏れてしまう。
ああ! ほんとにもう!
「ああそうだな。これぐらいで緊張している暇はないよな」
俺はグッと拳を握り気合を入れ直し、アルデラの状態を確認しようとして……。
つうぅぅぅぅぅぅ。
俺は彼女の頬から流れる、一筋の涙を見てしまった。
泥だらけ、己のとも魔物のものともつかない、頬にこびりついた血の跡を通っても、その一筋は、清らかで汚されることのないものだと思った。
「アルデラ……」
俺の呟きのような呼び声に反応し、彼女の瞼がわずかに開く。
「ああ。君か……。私はまだ、生きているのだな。でも……」
ぼんやりした彼女は視線を、無くなった右腕があった場所に移す。
「……止血してくれたのか、ありがとう。でも、もう……」
いくら俺の心がいろんなもので汚れてようと、、彼女の涙の理由は分かった。
彼女は自分の腕が無くなったのを、悲しんでいるのではない。
自分の腕で、誰かを助けられないのが悲しくて泣いているのだ。
バキッ!
「君は……なにをしているんだ?」
いきなり自分を殴り飛ばす俺に、思わず目を見開くアルデラ。
さらに、
「あああああ! バカ! ホント俺のバカ! こんなに真っ直ぐで、一途で、可愛い女の子を、なんで泣かせたままなんだよ!」
「可愛い? 女の……子?」
早口の俺の言葉に困惑する。
なぜか戸惑う彼女に、説明も言い訳も後回し、今は指先に神経を集中させる。
代りに安心させうるよう、強気に口の端を吊り上げ、
「あんたの体は俺がシミ一つなく、完璧に治してやる! だから今は、安心していい夢を見てな!」
「……はい。よろしくお願いします」
「分かった。睡眠、麻痺」
柄にもなくカッコ良くて、自信過剰な台詞で赤面する俺を見て、なぜか安堵するように瞳を閉じるアルデラ。
ひょっとして、生きることを諦めたんじゃないかと思うほどの潔さだ。
でも…………。
「ここでやらなきゃ、俺がすたる!」
突然の大声に、ティンがビクリッと体を震わすが、俺はそんなことどうでも良いと指先に魔力を集中させた。
「良し、これより腕の接合手術を行う」
「はい!」
他の勇者や兵士により、魔物の攻撃が幾分和らいだとはいえ、地響きが止まないここで、俺はやったことのない腕の接合手術を実行した。
「本で何度も見た。理屈は分かっている」
口の中で繰り返す呪文のような呟きが聞こえたのか? 隣のティンがゴクリッと喉を鳴らした。
「浄化、浄化、浄化。治癒、治癒、治癒!」
子供が持っていた腕と、彼女の二の腕を、浄化しながら慎重に、切断された骨の切断面を合わせ、指でなぞる様に範囲限定の回復呪文を連発する。
まるで熱した鉄をくっつける様に、つながっていく骨。
「よし、これで軸はできた」
きっと斬られる前より強固に接続で来たはずだ。
だが、これはまだ治療の始まりでしかない。
俺はじっくりと、でも素早く視線を巡らす。
どの血管がどこに合うか?
どの神経がどの位置か?
「多少間違っても、文句言わないでくれよ!」
「あ……あう……」
アルデラの返事は、患部を麻痺させ脳の方も睡眠でぼやけさせているのであいまいだ。
だからこれは俺の自己満足でしかない。
それでも、緊張で押しつぶされそうな俺のノミの心臓には有効だった。
「さて、これから血管、神経、筋肉組織の順につなげていく」
斬られた断面のそれらの組織を見て、気の遠くなる想いを無視し、俺は指先に魔力を込めた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
最近、どうも小出し感ある更新をしていると、作者も感じているのですが、
怒涛のラスト(になるのか?)のため、もうしばらくお待ちください。
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