天音、出発する
「天音ーっ」
桜坂美与の声が聞こえる。
そこはロスタリス王国客間の一つ。夜霧天音に割り当てられた部屋である。
一応美与と一緒の部屋なのだが、美与のスキンシップが二人きりだと酷いので、寝る時はパーティーメンバーとなった雲浦兎月を無理矢理引き込んで三人で寝ることにしていた。
御蔭で美与が暴発することが無かった。
別に女性同士でくっついたりすることに抵抗はないのだが、美与の欲望は自分の身体を犯すことのような気がしていて一定以上の信頼を彼女に持つことが躊躇われるのだ。
出来れば一人きりの部屋が欲しかったのだが、流石に無理は言えないだろう。
そもそも一人きりになって誰かが部屋に入ってきたら対処など出来る訳も無い。
だからこそ本当は一人きりになりたいのを無理して美与や兎月と眠っているのだ。
本日はこの王国から出発の日。コーライ村とか言う場所に向かうことになっている。
既に準備を終えている美与が声を掛けて来ているが、まだ天音は準備中だった。
というか、少し時間が開いたのでベッドでウサギのぬいぐるみを抱いたまま寝入ってしまっていたのだ。
美与の声で起きた天音は、ふぁっと可愛く欠伸して起き上がる。
目元を擦りながらぬいぐるみを抱き抱えてベッドから降りる。
ウサギのぬいぐるみを背中に背負い、固定ベルトを締める。
準備? 既に美与が天音の分も終えているのでこのまま外に出るだけでいい。
廊下をゆっくりと歩いていると、丁度曲がり角で男と鉢合わせた。
金髪のサラサラヘア。優しげな外人顔。ヘンドリック・ワイズマンである。
同じパーティーなので出立準備をしていたらしく、大荷物を背負って歩いていた。
「やぁ夜霧さん。何も持ってないみたいだけど準備は大丈夫かい?」
「ん」
こくり、頷くと、ヘンドリックは天音の隣を歩きだす。
先に行くことなく天音の歩調に合わせ始めたのでかなりゆっくりな歩調だ。
ヘンドリックが先に行く気がないと理解した天音はじぃっとヘンドリックを見る。
何か会話をした方がいいだろうか?
でも私の趣味など話して引かれないか?
とはいえ自分の趣味以外の話などよくわからないし、昨日はよく眠れましたか? とか今日は良い天気ですねとか聞いてもあまり会話になりそうにないし、ああ、これから向かう村に付いての話とか? でも一度も向った訳でもない未知の世界に付いて何を話せというのだろう?
「それにしても、今日はちょっと楽しみだね」
「ん?」
何かを話すべきかと思っていると、ヘンドリックの方から話しかけて来た。
内容が理解できず小首を傾げる。
「高藤さんたちは戦闘にでてたけど、僕らはほら、初めてだろう? 初戦闘。異世界に存在するらしい魔物との闘い。仲間たちと協力プレイ。ちょっと、ワクワクしない?」
「……する」
答えてから急に恥ずかしくなって俯いてしまう。
ウサギを手に持っていればぬいぐるみに顔を埋めていたところだ。
「あ、やっぱり天音さんもワクワクしてるんだ。僕はスキルの冷酷なる執行人がどういうものか見てみたくてね。昨日は眠れなかったよ」
「そう……」
「夜霧さんのスキルって確か凍結世界、だっけ?」
「ん」
コクリ、頷いてみせる。
「攻撃系スキルかな? それとも周囲を凍らせて相手の動きを阻害するスキルかな? 楽しみだね」
「そればっかり」
「おっとこれは失礼」
楽しみばっかりだね。と笑おうとした天音だったが、口から出たのは嗜めるような声音だった。
ヘンドリックは頭を掻いて苦笑い。
天音との距離感を掴みかねているようだ。
「あー、その、話しかけるの、迷惑だったかい?」
「……」
ふるふると首を横に振る。
出来ればもうちょっと話してみたくはある。天音はこれでも会話するのは好きなのだ。ただ口下手なだけなのである。
というか自分が喋るのが嫌いなだけである。
「楽しい」
「え? そ、そうかい? それならよかった」
ふむっと顎に手を当て考えるヘンドリック。
どうやら今までこうだと思っていた天音の性格が少し違うことに気付いたようだ。
どういう会話が良いかと考え始める。
「じゃあ、そうだね。何か好きな話題はあるかい? なんでもいいよ?」
「……ゲーム」
「お、ゲームかぁ。何が好き? RPG? シュミレーション?」
「ハザード系」
Oh。と思わず呻くヘンドリック。
まさかこんな小柄な子が好きなゲームがホラー系だとは思わなかったらしい。
「あとバトロワ系」
クラスメイト同士で殺し合い系だ。それはゲームじゃない。
思わず告げたくなたったヘンドリックは必死に言葉を押し込む。
「バイオ系ならやったことあるよ。あの四角い絹だか木綿君がナイフで闘う奴でしょ」
「ん。ナイフだけでクリアできる」
ふふん。と胸を張る天音と共に集合場所へと辿りつく。
ナンパしていると勘違いした美与とヘンドリックが揉めることになるまで、あと10秒……




