九 まなざし
(―大姫)
遠くの方で、誰かが呼んでいる。
(大姫)
ささやくような。
そしてどこか、泣きそうな声で。
(大姫)
オ・オ・ヒ・メ。
誰の名を呼んでいるのだろう?ぼんやりと、そう思った。
(大姫)
―あなたは誰?誰を呼んでいるの?
(俺を忘れたのか?大姫)
切なげに、ささやかれる声。口元に、熱い感触を感じた。
―……!
この熱さを、自分は知っている。昔、同じ熱さを感じていた。
唇ではなく、つながれた手のひらで。
まだ、小さかったあの手のひらで。
確かに、感じていた。そして、大好きだった。
この熱さを持つ人が。
その人の名は―
「……義高様?」
自然に、その名は口から出てきた。
「大姫……」
ぼんやりとした視界に、一条高能とよく似た青年の、ほっとした表情がある。
最初、それが誰なのか、大姫にはわからなかった。
だがすぐに、一条高能とよく似た面影の、二十代半ばの青年が誰なのかを悟った。
「義高様!?」
がばっと義高の腕の中にいた半身を起こし、彼を見上げる。
そして、ぐいっと義高の顔を、両手で自分の顔に近づけた。
「いた、痛いぞ、大姫!」
そうされた義高は、悲鳴をあげる。
「……本当に、義高様なの!?」
だが、大姫はそれに構わず、呆然と呟いた。
「―大姫」
「夢織姫が見せている『夢』じゃなくて……?」
「―ああ」
信じられなそうに、どこか夢見るような目つきで、自分を見つめる大姫の手を握りしめながら、義高は頷いてみせた。
「俺は、お前が知っている、木曾義高だよ」
「嘘」
しかし、大姫はどうしても信じられず、即答する。
「嘘じゃないって」
微苦笑し、義高は言った。
「俺は、正真正銘の木曾義高だ」
「だって、大きくなっている」
大姫の知っている義高は、十二歳の少年だった。
亡くなった時も、十二歳。
それなのに、目の前にいる義高は、二十歳もとうの昔に過ぎている、大人の青年の姿だ。
「成長したんだ」
「死んだ人も、成長するの?」
「夢織姫に言わせれば、有り得ないことじゃないそうだ」
今の義高は、(大姫もそうなのだが)魂のみの存在だ。
肉体に縛られているのならば己の姿は変えようもないが、魂のみの場合、その姿形は本人の意思のみで決定できるのだ。
ゆえに、死んだ時と同じ姿の者もいれば、義高のように成長する者もいる。 もっとも、夢織姫によれば、義高のような者はまれらしい。
大概は、自分が一番幸せだった頃の姿になるようなのだ。
しかし、そういったことまで説明する時間は、義高にはもうない。
だから、手短な説明ですませたのだが、夢織姫の不可思議さを知る大姫は、納得したようだった。
「義高様は、ずっとここにいたの?」
「いや、ここは、俺のいた場所じゃない」
ちなみに、今二人がいる場所は、義高が夢織姫から預かった、武者の霊達を切っていたあの刀が変形し、築いたものである。
義高は、己の心の闇に落ちかけ、半ば悪鬼達と同化しようとしていた大姫の精神を、いちかばちかで刀を変形させ、己と共に結界に取り込んだのだ。
大姫の精神世界を通る夢織姫が発する浄化の光から、大姫の「魂」を守るには、それしか手がなかったのだ。
あの刀は、夢織姫の「気」から作り出されたもの。ゆえに彼女の浄化の光から、「魂」を守ることができたのだ。
もっとも、悪鬼と同化しかけた大姫と、結界の中、二人っきりになるのも危険だった。大姫が完全に悪鬼と同化すれば、義高も彼らに取り込まれ、彼の魂は消滅するおそれもあったのだ。
だが、必死に呼びかけた結果、大姫は悪鬼達と同化せず、無事己を取り戻すことができた。
それは奇跡であり―義高が、ぎりぎりの線まで力を出し切って、得た結果でもあった。
「私……ここにいてもいいの?」
「いや。ここは、俺達がいるべき場所じゃない」
今だ夢心地でそう聞く大姫に、義高は彼女の手を掴んだまま、小さく首を振った。
「俺達は、戻らなければならない。俺達が、それぞれいるべき場所へ」
「……私、義高様と同じ場所にいれないの?」
「―大姫」
「一緒にいちゃ、いけないの?」
「―」
「やっと、会えたのに」
大姫は泣きそうな瞳で、義高を見ながら言った。
「大姫」
義高は、困ったような顔になり、右手で大姫の頬をそっと触れる。
できることはなら、義高もそうしたかった。
だが、それはできないのだ。
大姫は、生きていく者。
そして、自分は死んでしまった者。
共に在ることは許されない。
「―あまり、義高を困らせるな、大姫」
と、その時だった。ふわりと広くない結界の空間に、もう一人の人物が現れた。
長い髪に、朱色の着物。
十代の若者が決して持たぬ光を宿す瞳を、彼女は大姫に向ける。
「夢織姫……」
そして、大姫は彼女の名を呼んだ。
十年間、自分に優しくて―でも、哀しい「夢」を見せ続けた、少女の名を。
「生き人と死人が共に在ることは許されぬ。それは―お前も、わかっておるだろう?」
たった六歳で、逝った者の「願い」を理解したお前なら。
それが通らぬわがままだと、わかっているはずだ。
「……」
夢織姫の言葉に、大姫は唇を噛み締めた。
「大姫」
そんな大姫に、義高が気遣うように声をかける。
「……だって、せっかく会えたのに」
本当は、夢織姫の言うように、わかっているのだ、大姫にも。
夢織姫が、十年間自分に偽りの夢を見続けたのも、結局、その鉄則があるからなのだ。
生者の自分に、死者の義高を会わせることはできない。
だが、あの時の自分には、そのことがわかっていた。
否―たとえ、そのことがわかっていても、納得はせず、現の世界に戻ろうとはしなかっただろう。
自分を現に戻すために、夢織姫が「夢」を織り―自分が、現の世界で生きていけるように、あの世界を訪れることを、許してくれたのだ。
本来ならば、禁じられているであろうにも、かかわらず。
そのことがわかるから、大姫は、夢織姫を責めることはできない。
だけど―。
理屈はわかるけど、感情が納得しないのだ。
だって今、目の前には義高がいる。
ずっと会いたくて―話したかった、夢幻ではない、本物の義高が。
なのに、自分は戻らねばならないのだろうか?
義高のいない、哀しくて寂しい、あの現に。たった一人きりで。
「……っ!」
そう思ったとたん、言い知れぬ恐怖が大姫を襲った。
一度見た、己の絶望の深さを思い出したのだ。
「大姫!?」
己の腕の中で、震え始めた大姫に、義高は、はっとなった。
「いや……」
ここから戻ったら、あの絶望を抱え、自分は生きていかねばならないのだ。
今度こそ、たった一人っきりで。
「嫌よ、私は戻らない!」
「大姫」
義高の腕を握りしめそう叫んだ大姫に、夢織姫は哀しげな表情で、彼女の名を呼んだ。
「だって……だって、ここから戻ったら、私、夢織姫とも会えなくなるんでしょ!?」
「―大姫」
断定の言葉を言わず、自分の名を呼ぶだけの夢織姫の態度に、大姫は、自分の考えが正しかったことを確信する。
誰が言ったわけでもない。
だが、大姫にはわかっていた。
これを最後に、もう二度と、義高にも夢織姫にも会えなくなるのだ、と。
「私を、一人にしないで……!」
お願いだから。
つらくて寂しい現に、一人取り残さないで。
この十年間、生きてこられたのは、あの世界に行けば義高に会えると、信じていたからだ。
そして何よりも、この目の前にいる異界の少女が、優しく時に厳しく、自分を見守ってくれたからなのだ。
「大姫」
だが自分の名を呼ぶ、異界の少女の表情は、変わらなかった。
揺るぎのない、静かな眼差しを向けてくる。
その眼差しを見たとたん、大姫は返される言葉を悟る。
「―無茶を言わないでくれ、大姫」
そしてその答えは、愛しい人も同じだった。
「人は、与えられた時間を、生きなければならないんだ」
静かな声で、義高はそう告げる。
「義高様……!」
「―大姫。そなたはまこと、一人きりであったのか?」
と、その時だった。
それまであまり口を開かなかった夢織姫が、おもむろにそう尋ねてきた。
「夢織姫……?」
「確かに、お前は義高を失い、不幸であった。だが―現の世界で、お前は不幸なままだったのか?一人きりで、不幸であり続けたのか?」
「……!」
その言葉に、大姫は、はっとなる。
「違うであろう?現には、お前を慕い、またお前を愛し、案じてくれる者達がおったであろう?だから―お前は生きてこられたのではないか? わたくしの世界に来れぬ時も」
「―!」
そして、次の瞬間。
それは、いきなり大姫の意識の中に直接流れ込んできた。
カナカナカナ……
遠くで、ひぐらしの鳴き声が聞こえた。西の空は、朱色に染まっている。
夜の闇と、昼の光が混じり合う、ほんの束の間の時間。
すべてが朱色に染まっているなかで、一人の少女が、空に向かって手を合わせ祈っていた。
彼女のすぐ隣には、井戸がある。
「―泉!」
そんな彼女を、呼ぶ声がした。
少女は目を開け、声がした方に顔を向ける。
「頼家様」
自分の名を呼んだ人物を認めたとたん、少女は笑みを浮かべた。
だがそれは、どこか哀しげな笑みだった。
一方、彼女を呼んだ少年の方も、どこか哀しげな笑みを浮かべ、少女に近寄ってくる。
「ここにいたのか、泉」
「―はい」
「……姉上の熱、まだ下がらないのか」
「……はい」
少女は、少年の言葉にうつむきながら、こくんと頷いた。
「そうか」
少年の方も、それにつられるように、声を落とす。
「じゃあ、チビどもの見舞いは無理だな」
「……頼家様」
「あいつら、いつも『姉上のご気分が良くなってからな』と言えば、納得していたんだ。でも……今回ばかりは、『姉様のお見舞いに行く!』ってきかなくて。侍女達も困っていた」
「……」
切なそうな少年の声に、少女は目を細めた。
「なあ……泉」
「―はい」
「姉上にとって、俺達の存在は、意味がないのかもしれないな」
「頼家様……」
「亡くなった義高殿の代わりになるとは、俺だって思っていない。だけど……その寂しさを、紛らわすことはできるかな、て思っていた」
「―」
「でも……」
そこで言葉を切って、少年は自嘲的な笑みを浮かべた。
「俺の―俺達の、思い上がりだったのかもしれない」
「そんなこと、ありません」
しかし、少女は少年のその言葉を、強く否定する。
「泉」
少年は、びっくりしたように少女を見た。
いつも穏やかな少女が、強い口調で言い切ったのだ。
「大姫様にとって、頼家様達の存在は、とてもお心の救いになっていたと思います。私の父も申しておりました。『人間は、どんな心の痛みを抱えていても、自分を案じている者や、慕ってくれる者がおれば、生きていくことができる』、と」
「泉……」
「今はお心が混乱しておられますが、だいじょうぶです。きっと、戻って来られます」
そう言った少女の手を、少年は、ぎゅっと握りしめた。
『私は、鎌倉の御所に「お前は好きにするがいい」と言われた時、わかったのだよ。この方にとって、私が生きていようが死んでいようが、どうでもいいのだ、と。実際あの時の私に、死んだ仲間達の仇をとろうとしても、単身乗り込んで、御所の身に一太刀浴びせることもできず、殺されてしまうのが関の山だった。ましてや木曾に戻り、兵を集めようにも、その力も、もはや木曾源氏にはなかった。哀しいぐらいに……私は無力だった』
『お父……」
『だが、泉。あの直後に、お前が生まれた。鈴は出産とお前の父親―那智殿を亡くした心労で、死の一歩手前の状態だった。……こんな無力な私でも、力になれるだろうか、と私は思った。生まれたばかりのお前を見ながら。そして―決めたのだ。御所にとって、私の存在が意味のないものならば、生き延びてやろう、と。意地でも、御所の知らない所で幸せになってやろう、と』
遠い意識の底から、懐かしい声がする。
自分がよく知っている、男の声だ。
『どうしてお母は、鎌倉を離れたの?』
次に聞こえてきたのは、そう問いかける、幼い少女の声だった。
『幸せだったからよ。私はね、泉。憎しみのあまり、あの幸せだった日々まで否定したくなかったの』
そして、それに答える声は、やはり自分がよく知っている、懐かしい女の声だ。
誰だったのだろう、この人達は。
あの、夕暮れの井戸で話していた、少年と少女。
姿の見えない、男と女。
『お父もお母も、鎌倉が憎くないの?』
『大事な人達がいるから』
『そうだな』
『それは誰?』
『まずは、大姫様。そして、政子様』
『それから、私達の面倒をよく見てくれた、阿古夜さん達』
穏やかに、話される言葉。憎しみは、欠片も感じられない。
この二人は、自分と同じ痛みを分かち合った人達だった。
そして、少年と少女は、その痛みを知らない者。
でも、自分を案じてくれる者。
「あ、いた。兄様、泉!」
いつのまにか、意識は先ほどの風景に戻っていた。
お互いの手を握り合っている少年と少女を見つけ、幼い女の子と男の子が、彼らに近寄ってきた。
「まあ、三幡様、千幡様」
「お前ら、こんな所まで何しに来たんだ」
二人は慌て手を放し、女の子と男の子に向き直る。
二人とも、微かに頬が赤い。
「あのね、あのね、泉」
しかしそれには構わず、男の子の方がぴょんっと、少女の膝に抱きついた。
「千幡様?」
「ねえさまのね、おみまいをしたいの」
そして、無邪気な声でそう言った。
「千幡様、それは」
「無茶を言うな、千幡。姉上は熱が高いし、意識もない。見舞いは、まだ無理だ」
「う……ん」
だが、少年は厳しい声で男の子を制した。
男の子は、不満そうに少年を見上げる。
「兄様、それはわかっているの。私も、千幡も、ちゃんとわかっている」
そんな男の子の不満を、姉である女の子が、自分の気持ちを交えて代弁した。
「だったら、わがまま言うな。姉上のお加減がよくなるまで、見舞いはだめだ」
「うん。でも、今回だけはだめなの」
「三幡?」
「三幡様?」
女の子の言葉に、少年と少女は、怪訝そうな表情になる。
「なんか、違うような気がするの。うまく言えないけれど、姉様、このままじゃ私達のことを忘れて、違う場所に行っちゃうような気がするの」
「うん、そうなの」
女の子と男の子の言葉に、二人は顔を見合わせた。
「いつもだったらね、兄様の言う通り、姉様のご加減が良くなるまで待てるの。でも、今回だけはだめなの。待てないの」
「まてないの」
「三幡……千幡……」
必死になって言い募る男の子と女の子に、少年は返す言葉がないようだった。
「わかりました」
しかし少女の方は、柔らかく笑いながらそう言った。
「少しの間だけなら、お見舞いをしてもよろしいでしょう」
「本当!?」
「わーい!」
少女の言葉に、女の子と男の子は歓声を上げた。
「いいのか?泉」
それに比べ、少年はためらいがちに、少女に尋ねる。
「ほんの少しの間だけなら、かまわないと思います。それに……」
「泉?」
「三幡様や、千幡様にも呼びかけてもらった方が、大姫様も、戻ろうとなさるかもしれません」
「泉……」
「大姫様は、優しいお方ですから」
少女はまだあどけない顔に、大人びた微笑を浮かべた。
そして、そのまま井戸の方に歩み寄ると、桶を採り、水を汲むべく、井戸の中にそれを放り投げた。
「泉、兄様、早く行こう!」
「はやく―!」
「少し待っていろ。泉が今、水を汲んでいるんだ。姉上の熱を下げるために必要なんだから、待てないのなら、見舞いはなしだぞ」
落ち着きのない少年の弟と妹は、彼らよりも少し離れた場所で、二人を呼んでいる。
それに言葉を返しながら、少年は空を仰ぎ見た。
朱色の空は、半分近くが闇色に変わっている。
少年はしばらくの間、その空を見上げていたが、右手を上げ、目の前に持ってくると、そのまま目を閉じて空に祈った。
誰が、いつも自分の傍にいたのだろう?
遠くなっていく意識の中で、大姫はそう思った。
『姉上』
いつも自分を案じてくれている、心の優しい弟・頼家。
『姉様!』
無邪気な笑顔で、自分を慕ってくれる、幼い弟妹達。
『姫様』
優しい笑顔を浮かべ、自分のためにてきぱき働いてくれる、泉。
『大姫様』
そして、遠く木曾にいながら、それでも自分のことを忘れないでいてくれる、鈴と小太郎。
そうだ……いつだって優しい人達が、自分の傍にはいた。
その人達は、夢織姫と同じように、自分を見守ってくれていた。
「―お前が今、義高と共に逝くことを望むのは、その者達の今までの思いを無にするということじゃ。その者達の願いを、無視するということなのじゃ」
気が付くと、夢織姫が穏やかな眼差しで、自分を見つめていた。
そして先ほどと同じように、自分は義高の腕の中にいる。
「夢織姫……」
呆然となって、大姫は、夢織姫を見上げた。
「お前はもう、あの頃のような幼子ではない」
「え……?」
「自分の幸せがどういうものなのか、自分の頭で考え、その幸せに自分の足で歩み寄り、自分の手で掴むことができるはずじゃ。わたくしは、言うたであろう? 世界は広い、と。さまざまな考えを持つ者がこの世にはおる、と」
「……!」
「幸せに、おなり」
そう言って、夢織姫は優しく微笑んだ。
「お前自身のために。お前の中で、義高と出会ったことが哀しいものにならぬよう、己の力で、幸せにおなり」
今までのように、義高を失った哀しみの世界に閉じこもるのではなく。
その哀しみを抱えて、それでも前を向いて。
お前は、一人ではないのだから。
足音を立てず、夢織姫が近寄ってくる。
そして、そっと大姫の頬に触れた。
「あの幼子が、いつのまにかこんなに大きくなりおった。月日が経つのは、まこと早いのう」
愛しげに、優しく。
いつだって―厳しいことしか、言わない人だった。
優しい言葉など、めったに言うことがなかった。
今だって、とてつもなく厳しいことを言っている。
だけど―その底に流れるものは。
いつだって、優しかった。
今だって、とてつもなく優しい。
だから―自分は、何も言えなくなる。
いつも、そうだった。
今だって、そうだ。
涙があふれて、夢織姫の顔もぼやけて見えなくなる。
「大姫」
そんな大姫の名を、義高が呼んだ。
「俺は、夢織姫の世界に来るお前を、この十年間、ずっと見ていた」
「え……?」
「俺は、幸せだったよ。お前を、この十年間見守ることができて。だから―お前にも、幸せになって欲しい」
「義……高様……」
優しい声が、心に届く。
「誰でも、思い通りの人生など送れぬ。だが―」
それに覆い重なるようにして、りんとした声がした。
「その理不尽な人生の中で、幸せを見つけることはできる」
これは、夢織姫のものだろうか?涙で目がぼやけて、よくわからない。
「父母の与えようとする幸せがいらぬのなら、己の力で幸せを掴み、それを伝えるがよい」
厳しく、でも優しく。
声は、大姫に語りかける。
「彼らもまた、お前を案じる者達なのだから」
たくさんのことを自分に教えてくれた少女の、それが、最後の言葉だった。
だんだんと意識が遠くなるのがわかる。
「大姫」
どこかで、義高の声がした。
「幸せに、大姫」
祈るように、義高は、大姫にそう告げた。
そうして―それを最後に、大姫は意識を完全に失った。