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第二話

※いきなり主人公以外の視点から入ります。

ひんやりと肌寒い灰色の小さな石室に、皮羊紙を引掻く小さな音が響く。

壁一面に備え付けられた書棚には、所々空間を開けて高度な魔術書が並んでいる。

騎士が五人も入れば狭く感じるほどの小さい部屋だ。

静謐な石造りの空間に開けられた明り取りの窓から、一条の光が射す。

スポットライトの当たったかのように浮かび上がった場所には樫の頑丈な造りの机が一つあった。

オズは玩んでいた羽ペンをペン立てに立てて溜息を吐いた。

触れれば指紋も浮き上がって来そうなくらい磨き上げられた一枚板の重厚な造りの机に、理論や魔法陣がすべて途中まで書かれてぐちゃぐちゃと塗りつぶされて散らかっている。

机の端や、椅子の足元には魔術入門書から、召喚術、精霊術、魔法陣の解説書、上級魔術書や法術の理論書まで様々な魔法書があふれていた。

それらは、身長に合っていない椅子や机のせいでぶらぶらと揺れる少年の足の踏み台になるためにあるのではない。

この城の魔術師たちに特別に与えられた書庫の中からオズが読む度に積み上げていったものだ。

「もう、そのくらいにしませんか?」

背後からかけられた笑含みの柔らかな声に、オズは幼さの残る顔に精一杯渋面をつくって唸る。

「もうちょっと」

「そう言って、もう半刻は経ちましたよ。それにもうすぐ、勉強の時間です。一人で考えてわからない事を教えるために家庭教師や神官がいるのでは?」

呆れた口調でそう言いながら、椅子の下や机の上の本をまとめる茶色い髪の子供が視界に入る。

柔らかな金茶の巻き毛、若葉色の優しげな瞳、清潔な白シャツと濃茶のパンツに芥子色のベストを着た少年の乳兄弟、ウィルだ。

年はオズより少し上の八歳だが、その年に似合わぬ落ち着いたたたずまいの少年だった。

「馬鹿にされるから、いやだ」

オズがふてくされて頬を膨らませるが、ウィルは本を書棚に戻しながら笑う。

「わからないから聞いているのに」

「殿下の質問が難しいんですよ」

「教師は教えるためにいるんだろう?たかが六つの子供の質問をこたえられないのはおかしい」

オズの抗議にウィルは苦笑する。

十歳の誕生日の際社交界デビューを果たす貴族の子弟のために附けられる家庭教師など、礼儀作法やダンス、簡単な文字の読み書きと算術までできればよい筈だ。

それなのにオズときたら、上級魔術書や法術の理論書を持ち出して、「ここがわからない」「これはどういう法則なんだ」と聞くのだからたまらない。

それでも、幼くともオズが上級魔術を使いこなせるほどの魔術師であれば問題ない。

母親は上級神官で、既婚者で子持ちであるにもかかわらずこの国最高位の女司祭の地位に未だ引き留められ続けるほどの魔術師だ。

父親である国王もまた神代の魔法具を扱う事の出来る魔法剣士であり、古代の勇者とすら比肩できるほどの武勇と魔力の持ち主だ。

この二人の血を受け継いでいるオズは、生まれながらにして膨大な魔力を保有している。

特に神聖魔法のスキルに関しては高い特性を有しており、様々な神の加護を生誕の折に最高司祭により付与されていた。

だがしかし。

「そういうのは、《ファイア》で蝋燭に火を点せるようになってからでも遅くないでしょう」

六歳、もうすぐ七歳になるというのに、魔術に対する高い特性を持ちながらオズは、初級魔術すら会得できていなかった。

オズの顔に朱が差して、柳眉が上がる。

「お前まで、そんな事を言うのか…!」

そんな事は、言われるまでもなくわかっている。

女官たちがひそひそと話していたし、うっかり家庭教師が漏らしたのも聞いた。

それでも、無条件で味方だと思っているウィルにだけは言われたくなかった。

「すみません。失言でした」

深々と頭を下げるウィルに酷い言葉をぶつけてしまいそうになって、顔をそむける。

「もういい。出て行け」

「殿下…」

ウィルの申し訳なさそうな、弱い声が聞こえる。

きっとほんのちょっとした軽口のつもりだったのだろう。

だが、その言葉はオズの心の柔らかい所を抉った。

「あとは自分で片づける。時間には勉強部屋に行く」

机に突っ伏して、熱くなる目頭と喉の奥からせり出してくる熱くてドロドロの塊を押さえむ。

一緒にいたら、本当にひどい言葉で詰ってしまいそうだった。

「殿下はまだ六歳なのですから、そんなに急がれずとも…」

「うるさい」

しばらくたっても顔を上げないオズに、小さくため息を吐いてウィルは小さく「失礼します」と声をかけて書庫を出て行った。

扉の締まる音と、躊躇いがちにゆっくりと離れていく足音が聞こえなくなってようやくオズは顔を上げた。

鼻の奥がつんとして、頭はガンガン痛い。

歯を食いしばったせいで顎は痛いし、目と言わず顔と言わず、腹の奥から熱い。

今自分がどんなにひどい顔をしているか、自覚していた。

両手で顔を覆って魔力を込める。

魔力のこもった小さな手のひらが淡く輝く。

「******《治癒》」

ひどい顔を覆った掌から、結局何も発動せずに光が散った。

オズはもう一度鼻をすすった。

詠唱も完璧。魔力量も資質も適正も十分すぎるほどにある。それなのに。

「“まだ”六歳?“もう”六歳だ」

来月には七歳になる。

普通の子どもだったら、ウィルの言葉だって受け止められただろう。

だが、オズは英雄王と最高女司祭の息子だった。

さらに、異母兄姉の悉くが優秀過ぎた。

一番上の兄は五歳で剣を与えられ、十歳のお披露目式では近衛騎士と互角の勝負をしてのけた。

十五歳で魔術師長を唸らせるほどの魔方陣を描き、十六歳の現在では国策事業にもかかわっている。

二番目の兄は、一番目の兄のように文武に優れるわけではないが、武勇に置いては比肩しうるものは少ない。

五歳で兄同様剣を与えられ、七歳で槍を覚え、十歳のお披露目式では騎士が三人がかりでようやく倒すというサラマンダーを狩ってきた。

つい先日十五歳になった彼は、下級竜の討伐に成功したという報告があったばかりだ。

五つ上の姉は、水魔法に優れ、六歳で初級魔法を会得し、十歳のお披露目式では中級魔法で小さいながらも虹を作ってみせた。

「それに比べてうちの殿下は…」と、使用人たちが陰で溜息を吐いていることを知っている。

魔術の師である神官や乳母や乳兄弟はオズの焦りを苦笑気味に否定するが、彼にとっては深刻な問題だった。

彼らが言うように、時が解決してくれるという保証が何処にあるのだろう?

高い適正と魔力があるにもかかわらず、初級の神聖魔法《治癒》ですら発動できないのに。




狭い塀の隙間を抜けると、木漏れ日の輝く森だった。

いつも寝起きしている城のすぐ裏にこんな所があるなんて知らなかった。

木々のさわやかな深い匂いに混じって、何だか上品な花のいい香りもする。

ドキドキする鼓動のまま五歩ほど駈け出して、あっと気付いて立ち止まる。

今し方潜ってきた塀の隙間を一度だけ振り返った。

白い塀がずっと続いていて、少年が潜ってきた細い隙間だけがぽっかりと空いている空間。

両側にはまるで鏡袷のように同じような枝ぶりの木が二本、すっくとならんで生えている。

一見枯れ木の様だが、よくよく見ると薄紅色の小さい花が両側の木に一輪ずつ咲いていた。

木や花なんてみんな似たようなものだけど、鏡袷のようになっているのは見たことがないから、きっと目印になる。

そう思って少年はにっこり笑った。

勉強の時間が終わって家庭教師が見つけるのをあきらめるまで遊んでいよう。

狭い部屋に押し込められてちょっとした間違いだけでがみがみ言う家庭教師との勉強の時間より、広大な迷路のような森を歩く方がずっと面白い。

初めて抜け出してきたから、不安と期待に胸がドキドキしている。

きっと帰ったらひどく叱責されるだろうとは思うが、今は期待の方が強かった。

ふふん。

少年は気分よく鼻歌を歌いながら手近にあった草の穂を摘んでステッキにした。

父の魔法使いが振り回すあれだ。

あれは一振りするだけですっごく不思議なことが起きるけれど、麦の穂に似たこれは、木漏れ日の当たる草を軽く揺らしただけだった。

それでも、気分のいい少年には満足だった。

木々の切れ間に小さな池が出来ている。歓声を上げて駆け寄ると、複雑な模様の大きな魚が悠々と泳いでいた。

奇妙な斑模様の魚の泳ぐ湖面を草の穂でなでれば、魚たちは優雅にくるりと方向を変え、湖面にはキラキラと波紋が広がる。

反対側の手に持ち替えて草葉を揺らせば、ざわざわと音を立て、鳥が数羽飛び立った。

少年は笑って駆け出す。

魔法使いののあれ程ではないが、これだって、立派な魔法のステッキだ。

大声を上げて笑っても、多少無茶な冒険をしても、ここは広くて、誰も彼を叱りに飛んできたりしない。

とってもいいところだ。

乳母にも乳兄弟にも秘密の場所が出来たようで嬉しかった。

しばらく走ると、いきなり、森が変わった。

びっくりして立ち止まる。

一面のピンク。

見上げる木々を彩るのは白にも見えるくらい薄いピンクの小さな花。

それは目印にした合わせ鏡の一対のような木に咲いていた花と同じものだと、茫然と見上げてから気が付いた。

子供の掌にも軽く収まるくらい小さな花が、叢雲のように灰色の木々を覆っている。

花の中に緑の影も見えない。

音もなく降り注ぐ花弁は暖かな雪のようですらあった。

少年はとっさに理解した。

ここは宝物の隠し場所なのだ。

だから、ここは普段自分たちが暮らす建物たちからずっと離れた場所にある。

少年は、自分の直感が正しいと信じる人間だったし、今までにその直感に裏切られたこともなかった。

胸いっぱいに吸い込んだ花に匂いは母や高位貴族の女性たちの付ける上品な香水のようで、どこか懐かしい。

はいって来た時に嗅いだのはこの花の匂いなんだと気付く。

新しい発見をしたみたいにうれしくて、軽い足取りでどこまで続くともしれない木々の中に足を踏み入れた。

まるで雲の中を歩いているみたいだ。

見渡す限りに並んだ灰色の木々に、足元を覆うほどの薄紅色の花弁。上を見上げれば空が霞んで見えるほどの花々。

夢の様に美しい光景だった。

しばらくぼんやりと歩くと、一本の大きな木が生えていた。

きっと、あそこには何かがある。

駆けてしまえばすぐのはずの距離を、近づくのがもったいない気がして、足元のきれいな花弁をなるべく踏まないように慎重に近づいて行った。

近づいてみれば見るほど、大きな木だった。

節くれ立った巨木は、腰の曲がった老婆を思わせる。

見上げれば、老人の骨と皮だけの指をうんと伸ばしたような不気味な枝を覆い隠すように無数の花が暖かな春の日差しを受けて咲き誇っていた。

風に揺れて揺れる花弁を踏まないように気を付けて歩くのは案外難しく、踊っているみたいでなかなか面白い。

笑い声を上げながら飛んだり跳ねたり、ステップを踏みながら木の反対側まで歩いていくと、木の幹の洞に守られるようにして何かがいた。

よく見えないが、小さな女の子のようだ。

洞の天井には穴が開いているのか、灰色の影の中で少女だけが浮き上がって見える。

楽しかった気分がどこかへ飛んでしまって、期待と不安に胸がドキドキする。

一瞬でも少女の姿を見逃さないように目を見張って、少年は小さな少女に近づいて行った。

こんな所に寝ていては風邪をひいてしまう。

女の子には親切にしなければならないのだと、母にも乳母にも教師にも耳に胼胝が出来るくらい言い聞かせられている。

使用人の子だか知らないけれど、起こして連れて帰ってやらなければならない。

ドキドキしながら近づいて行って、少年はびっくりして目を丸くした。

少女の髪は真っ黒だった。

――口伝も曖昧になるくらいずっと昔、光り輝く金色の神様がこの世を創り給うた時に陰から生まれた黒くて醜い生き物たち。

黒くて醜くあまりに残忍な彼らの所業に心を痛めた神様が、もっとも邪悪なるものを身の内に封じてお隠れになったと神話に聞いた。

彼らの中でも人に近い生き物は長い長い間に人と混じりあって、もう見分けがつかないくらいになっているらしい。

たまにこうして、黒い髪や目や、肌の子が生まれるのだという話は聞いていたので知っている。

だが、光り輝く神の子孫である王族の城には、そんな者達はいないから少年はそんな髪の色を見たのは初めてだった。

少女の小さな頭には、父が被っているような黄金に光り輝く宝冠とそこから垂れ下がった白い糸があった。

それを髪だと勘違いしたのだった。

(―――混じりモノ)

そう兵士たちが言っていた。

それを思い出して、ちょっと眉尻を下げた。

こんなことを思ったなんて知れたら、きっと母に怒られる。

母は、“混じりモノ”と言う言葉自体が嫌いな人だから。

改めて見直すと、少女は案外綺麗な造作をしていた。

真っ黒な睫毛が不思議なミルク色の滑らかな頬に影を落としている。形の良い鼻はちょっと低かったけれど、小さな唇は赤く色づいてかわいらしい。

姉の自慢の陶器人形よりずっとかわいく見えた。

それに、少女は黒くて醜いものが畏れる金の飾りと真っ白の服を着ている。

悪い者のはずがなかった。

「きみ、起きて。風邪ひくよ?」

そっと肩に触れると頼りない手応えしかなくて、ちょっと不安になる。

長い睫毛が降るりと震えて、きらりと濡れたように黒い大きな瞳が開いた。

まるで真っ黒い穴でもあるんじゃないかと思うくらい深いのに、どこかあたたかくて優しい。

目まで真っ黒なんだと感心していたら、少女は長い睫毛を揺らして二度瞬きをして目を細めた。

少女は眠たげに眼をこすって周囲を見渡し、首を傾げる。その眼はまだ眠気にとろりと濡れていた。

「こんな所で寝ていると風邪をひいてしまうよ?」

言ってから気が付いた。いつも自分が乳母や乳兄弟に言われている言葉だ。

言ってみると何だか胸がくすぐったくてちょっとした優越感があった。

自然に口元に笑みが上った。

少女は寝ぼけているのか、ぼんやりとこちらを見て首をかしげた。

おや、と少年はまたびっくりした。

口がきけないのか、はたまた言葉がわからないのか。

教会の子なんだろう、と少年は笑みを深めた。

少女はどうやら自分の居場所がわかっていないらしい。

「トリアの城の裏の森だよ」

正式名称は他にあるけれど、みんなこう呼んでいるので少年がそう答えると少女は首を傾げた。

良く寝ていたみたいだし、小さな女の子だからよく理解できていないのかもしれない。

「どこの子かな?帰り道はわかる?」

少年の言葉に少女はぼんやり辺りを見渡して再び首を傾げた。

「じゃあ、お城に連れて行ってあげる。君のお母さんがいるかもしれないしね」

そう言って手を差し出すと、少女は小さな手を重ねた。

羽みたいに軽い体を引っ張って立たせても、少女の身長は少年の目線の高さまでしかない。

逸れないようにぎゅっと握って歩き出すと、後ろから小さな足音がついてきた。

あったかくて小さな手がきゅっと握り返してくれて、振り返ると一心に自分を追いかけてくる少女と目があった。

「ぼくはオズ。オズワルド・ニゲル・シルワ。君は?」

少女は首をかしげてしまった。

オズはそういえば、と思い直して自分を指してもう一度名を言った。

「ぼくはオズ。君は?」

少女の方に指を向けると、少女は首をかしげてあたり一面に生えている木々を見渡す。

「もしかして、この花とおなじ?」

霞がかるほど薄紅色をたたえた木々を指して再び少女に戻すと少女は軽くうなづく。

「困ったな。名前がわからない」

オズは花の名を知らない。困ってしまって頬を掻くと、少女が視線を落とした。

つられて少女が視線を落とした先を見ると、薄紅色の花びらで覆われた地面になにか書いてあるように見える。

微風が舞って、さらにそれがはっきりと見えた。

『さくら』

風のいたずらか、そう書いてあるようにしか見えない。

「サクラ?」

少女が頷いた。

やっぱり、少女は神話にある黒くて醜い邪悪な生き物じゃあないらしい。

少女が困っていれば名前を教えてくれるくらい、風の精霊に愛されているのだろう。

精霊は邪悪な人には寄り付かない。

少年が笑うと握り返す手に一瞬力が籠る。

城の中で一番小さいのは少年だったから、懸命に見上げてくる視線が、まるで妹が出来たみたいで嬉しかった。



少年は真っ暗な壁の隙間を潜っていた。

つないでいた手は放しているが、少女が後ろからついてきているのを振り返りながら確かめて歩く。

薄暗い壁の隙間の中でも、少女の真っ白な服はひどく目立つ。

少年にはぎりぎり肩に触れない程度の幅しかないこの壁の隙間でも、少女の方はまだゆったりとした裾や広がった袖が触れないほど余裕があるようだった。

少女の綺麗な真っ白い服が汚れなくてよかった。

少年は笑みを浮かべて前に進んだ。

(おかしいな)

実はちょっと不安だったのだ。

来た時の感覚からいって、もうそろそろ外に出るはずなのに、ちっとも明るい光が見えない。

それになんだか冷えてきた。

春とはいえ、日が差さないところはやはり冷えるのだろう。

壁を伝って歩いていた手が不意に宙を掻いた。

「――っと、」

びっくりした。

壁の外に出たはずなのに、白く輝く城壁も、青空に突き刺さるような高い塔も母の愛する庭の木々も見えなかった。

どこか別の場所に出てしまったのかと思って呆然と立ち尽くしていると、徐々に目が慣れてきた。

傍で松明が焚かれていたから一瞬目が見えなくなったらしい。

白々とした月明かりと、点々と蠢く松明の明かりに照らしだされているのは紛れもなく見覚えのある城だった。

ほっと息を吐いたが、今度は別の意味で少年は首を傾げる。

少女を伴って壁の隙間に潜り込むまでは、確かに春の日差しが煌々と辺りを照らし出していたはずだ。

壁の隙間を潜り抜けるだけでそんなにも時間だ経ってしまったのだろうか。

少女が不安に思わないように、少年は笑った。

「ちょっと遅くなっちゃったみたいだね」

ちゃんと笑えたかどうかは分からない。嫌な感じにドキドキしていた。

昼のおやつの前だったのに、この様子だともう寝ていなければいけない時間のはずだ。

きっと勉強をさぼったことはばれただろうし、ものすごく怒られる。

少年は憂鬱にため息を吐いた。

「――そこで何をしている?」

真後ろからいきなり声が聞こえて、少年は思い切り飛び上がった。

「ぅわ!や、…えっーと」

恐る恐る振り返ると、見回りの兵が赤々と燃える松明を掲げてこちらを見ていた。

如何にも熟練兵らしい厳つい顔の太い眉が訝るように顰められて、はたと何かに気が付いたように目を丸くした。

「テルティウム!」

すぐ目の前にいるのに大音量で怒鳴られて、少年は身をすくめた。

兵士の大音量に蠢いていた松明の明かりもビクッ、と一瞬震えて一斉にこちらへ向かって集まってくる。

それからはあれよあれよという間に、怪我をしていないか調べると身包み剥されて新しい衣に着替えさせられて髪を撫でつけられてようやく、母の前に引きずり出された。




夜も更けているのに金の宝冠を被いたような金の巻き毛を結いあげた女が、ゆったりと椅子に腰かけたまま壇上から見下ろしていた。

とても七つになる子供がいるようには見えないみずみずしい美貌の女だった。

この女こそが、オズを生んだ母親であり、この国の最高女司祭にして皇帝の第三妃アレクサンドラだ。

大輪の薔薇を思わせるような美しい顔には、何の感情も見えない。

五月の深緑に似た緑色の瞳にも温かさは感じられず、オズはアレクサンドラの怒りの深さを知って身を竦めた。

オズの身支度を手伝う間中口を利かなかった乳母も、後ろに控えた乳兄弟もきっと少年を助けてはくれないだろう。

それを思うと自然と肩が下がった。

オズの心が折れたのを見て取ったのか、アレクサンドラはそれまで閉ざしていた口をついに開いた。

「今までいったいどこへ行っていたのです?勉強も夕餉も放り出して」

「申し訳ありません」

「謝罪の言葉を聞きたいがために尋ねているのではありません」

またつい、謝りそうになった口を閉じた。

「貴方が行方をくらましたおかげで貴方の後ろに控えている近衛衛士や近従、並びに家庭教師として来て頂いているクラーク伯爵を監督不行き届きにより処罰せねばなりません」

アレクサンドラの容赦ない言葉に、オズはパッと顔を上げた。

その瞬間、鋭く緑色の目が燃え上がるようにオズを射抜く。

「彼らは…!」

関係ない、と言いかけた口は言葉を紡ぐ力を失った。

「彼らには責任があります。貴方を脅威から守るという責任が。たとえそれがどんな場合であろうとも、です」

オズが何をしようと、何を思おうと、そんな事は無関係なのだと言われた。

「その上、貴方の捜索をするために今も兵士と伝令が走り回っています。この責任をどうとられるおつもりですか?」

こんなに暗くなる前に帰るつもりだったのだという言い訳は聞いてもらえそうにない。

こんなにも大事になるとは思ってもいなかった。

優しい乳母や乳兄弟のウィルまでも罰せられるなんて考えもしなかった。

考えの足りなかった自分が情けなくて、勉強が嫌だからと抜け出した過去の自分を思い切り罵倒したかった。

でも総てが遅く、少年のぐっと握り締めた拳に涙が降る。

嗚咽は辛うじてあげなかったが、涙はあとからあとから零れて絨毯に斑の染みを作った。

「あなたには三日の謹慎を申し付けます。他者には追って沙汰を下しましょう」

そう言って、アレクサンドラはため息でもつきそうな口調で言って立ち上がった。

サラサラと衣擦れの音がしてアレクサンドラが退室していく。オズはうなだれるまま頭を下げてそれを見送った。

ふと、オズの頬に触れるものがあった。

はっと、オズはようやく少女の存在を思い出して顔を上げた。

少女は今まで誰も見とがめなかったのか、オズの傍らに膝をついて心配そうに頬に流れる涙を拭ってくれている。

「…サクラ」

「サクラ?」

思わずつぶやいたオズにアレクサンドラの眉が訝るように片方跳ね上がった。

「あの、この子の名です。塀の向こうの森で見つけて…」

「城壁の裏に森はありません」

あまりにきっぱりと言い切られてオズはびっくりしてまともに女の顔を見上げた。

上位者であるアレクサンドラの許しもなく顔を上げることが不敬であるという事は、どこかに忘れてしまっていた。

「そんなはずはありません!城壁の隙間からぼくは森へ入って、この子を連れてきたんです」

「城壁に隙間など空いていません。貴方の捜索する時に隈なく点検させました」

「っでも!」

「もし仮に貴方の通れるほどの隙間など空いていたら、城壁の意味がなくなる。そうではありませんか?」

オズは言葉に詰まった。彼女の言うとおりだと、言われて初めて気が付いた。

うつむくオズにアレクサンドラは目を細めた。

「第一、“この子”とはいったい誰を指すのですか?」




オズはあまりのことに我が耳を疑った。

「え?」

目を丸く見開いて隣を見れば、確かに少女の姿がある。

オズを心配そうに覗き込む大きくて深い真っ黒な穴みたいな目。サラサラと滝のように流れる艷やかな黒髪。

小ぶりの小さい鼻。柔らかそうな、ぷっくりと赤い唇。柔らかな甘い曲線を描く頬。

小さいオズの腕でもすっぽりと包めるくらい小さな体は真っ白な見たこともない服で覆われていて、上品な花の香りがする。

ミルク色の柔らかくて小さい手がオズの頬を流れる最後のひと雫を拭ってくれる。

その手が驚く程冷たくて、オズは思わず少女の手を取った。

少女はオズが手を握ってくれたのが嬉しいのか、微笑んだ。

「…そこに“何か”いるのですか?」

女の硬い声にオズは我に返る。

壇上のアレクサンドラを見上げれば、彼女の表情は見たこともないくらい硬いものだった。

「*******《召喚》」

呟くように短く詠唱するアレクサンドラの求めに応じて彼女の足元に白く輝く魔法陣が出現する。

魔法陣から、湖面に浮上するようにゆっくりと何かが出てくる。

背中の中ほどまであるミスリルの如く輝く髪。白い布で覆われた目元。純白の両足と両腕を拘束した法衣を身に纏った十代後半から二十代前半と思しき女だ。

頬は青白いとすら言えるほど白く、うっすらと鴇色に染まる唇が見えなければアンデッドとさえ見間違うかも知れない。

だが、それの背には誰の目にも見間違いようのない翼があった。

発光しているのかとも思えるほど眩しい純白の三対の翼。

神聖魔法最上位の召喚獣、天使。その中でも別格の存在、熾天使だった。

畏れ多いほど神々しい姿にオズは生唾を飲み込む。

熾天使からこぼれ落ちる魔力が室内を浄化して結界を形成していく。

熾天使の魔力に耐えられない者たちは結界内部から除外された。


うっすらと黄昏に輝く、果てしない雲海の中のような場所だった。

そこは上下も時間も何一つ意味を成さない空間。

アレクサンドラの熾天使の神聖結界だ。

結界を作り出した天使は鴇色の唇から薄く吐息を漏らした。

「ああ、なんて芳しい香り・・・!」

そう、呟いて天使はまるで犬のようにアレクサンドラに這い蹲って身を寄せてその匂いを嗅いでいる。

拘束具に身を包んだまま、息も荒く、頬を上気させて喜々として傅く様はまさに女王と下僕のようだ。

つま先から膝裏まで這い上がってきた天使の鼻面をアレクサンドラは眉ひとつ動かさずに蹴り上げた。

「相変わらず、か。変態が」

害虫でも見るように蔑むアレクサンドラの視線と言葉に、ダメージ一つ無いだろうに天使は嬉しそうに身悶える。

「ありがとうございます、御主人」

不気味に笑う天使とそれを見下すアレクサンドラの姿に、オズはため息をついた。

袖を引く小さな手に気づいて視線を落とすと、少女がいた。

神聖魔法の高い適性があり、尚且つアレクサンドラと天使に認められなければ存在できない結界内においてこの少女まで招かれるとは思っていなかった。

少女はオズの袖を引いて若干後ろに隠れるように身を寄せて天使とアレクサンドラを見ている。

天使の奇行に怯えているのかもしれない。

無理もない。

オズも、昨年初めて見た時には驚いてしまって口も聞けず、教会に行くたびに微妙な気持ちになった。

だが、二度目ともなると、多少耐性もつくらしい。

ただし、信仰の対象が“こんな”だなんて誰にも言えないし、荘厳な教会の大聖堂の中央付近にある熾天使の像を見るたびに微妙な気持ちになるだろうけれども。

「なるほど。それが“この子”ですか」

アレクサンドラの声に振り返れば、目を眇めて少女を睥睨していた。

「へぇ?神樹の若木か。・・・珍しいな」

天使が若干の驚きをにじませて言う。

音も気配もなくオズの目の前に現れると、少女をジロジロと観察しだした。

少女を庇って腕の中に抱き込めば、天使は笑って身を引いた。

「愛されるために生まれた種か。なるほど」

天使の呟きに疑問を思うより先に、アレクサンドラの声が聞こえる。

「“神樹”ですって?それが、何故・・・」

「御主人の息子が連れてきたんだろう」

「まさか」

アレクサンドラが溜息を吐く。

「オズワルドはまだ契約獣の召喚を行えません」

アレクサンドラの言葉に、若干の痛みを覚えてオズは俯く。

召喚魔法の魔法陣も、呪文も完璧に覚えている。

だが、一回限りの使い魔すら、今まで一度として召喚に成功したことがなかった。

「そう言われても。これは、自分の意志で出歩くことができないモノだ」

有り得ない、とアレクサンドラは首を振る。

天使は肩を竦めて苦笑気味にオズを見た。

「君が連れ出したのだから、君のものだ。僕らとは違う系統だけど、これは長ずれば“神”とすら呼ばれる種だよ。大切にしなさい」

天使の優しげな言葉に促されるようにひとつ頷いて、意味を理解して何度も首を縦に振った。

小さな少女を抱く腕に力が込もる。

召喚に、成功した?

「ぼくが・・・?」

体の芯が熱い。心臓がドクドクいって、うるさい。

「ぼくの、召喚獣・・・?」

腕の中の小さな少女。

(ぼくが呼び出した?ぼくのもの?)

そう思ったら、もう、たまらなかった。

力の限り抱きしめて、声の限りに叫んだ。

我武者羅に駆け回りたかったけれど、一時だって少女を腕から離したくなかったし、抱えて走れる程大きくもなかったからその場でじたばたした。

「ぼくの、…ぼくの。ぼくのだ!」




「喜んでるとこ悪いけど」

オズの感情の波が収まるのを待ってから、天使が声をかける。

「ソレ、そのままじゃ使い物にならないから、適当な思念を入れてあげないと」

どういう意味かわからなくて首をかしげると、天使は笑った。

「木に意思はないでしょう?“神樹”とは言ってもソレそのものだけだと知識の蓄積した力の塊でしかないからね。知識や力を引き出しやすくするためにも、意思というか、思念が必要だろう」

天使の言うことはよく理解できなかったが、アレクサンドラが仕方がないというような顔をして頷いたので、オズはそうなのだろうと飲み込んだ。

「本来なら御主人の息子に忠実な人間の魂が相応しいけれど、生きてるのから取り上げたりは・・・ダメだよね。やっぱり」

天使がちらりとアレクサンドラを振り返り、咎めるような厳しい眼差しに肩をすくめて笑う。

何やら二人の間にやり取りがあったらしいが、よくわからない。

オズに忠実な人間なんて、乳兄弟のウィルくらいしか思い浮かばないが、彼ではダメなのだろうか。

そう思っていると、天使は何やら呪文のようなものを唱えて掌の上にひとつの光を出現させた。

「この神樹を敬う国の出身。争いや暴力的な揉め事が嫌いで、知識の蓄積状況、精神的安定度、思考回路の健全性、ともに良好。頭の回転も悪くない。魂の波長は御主人の息子との相性も悪くないみたいだし、いいか」

ポイと、ボールを放るように、天使がその光の玉を少女に投げつける。

あっという間に光は少女の胸に吸い込まれて消えた。

「さ、御主人の息子。契約を交わして、神樹の聖霊とその意思を安定させて」

天使の言葉に頷いて、抱きしめていた少女の体をちょっと離して立たせた。

ゆっくり、深呼吸する。

大丈夫。

どうやったのか覚えていないけれど、心樹の精霊である少女を召喚することはできたのだから。

暗記している契約の呪文を唱える。

「***********」

少女の体全体が淡く発光していく。

その光は徐々に強くなっていき、それに伴って今まで感じたこともないくらい、ぐんぐん魔力が手のひらから吸い取られていくのが分かる。

少女の足元に薄紅色に発光する魔法陣が展開した。

魔法の発動に打ち震えながら、オズは生唾を飲み込んで契約の口上を述べる。

「我、オズワルド・ニゲル・シルワの名において、この命果てるまで互いに協力し合うことを約し、汝に名を与え、その姿を止めん!汝―――“サクラ”」

目も開けていられないくらい強く光って、唐突に光が止んだ。

恐る恐る目を開くと、小さな少女サクラが魔法陣の痕跡の中央に倒れ臥している。

驚くべきことに、少女の髪の色が変わっていた。

艷やかな滝のように流れる漆黒だった髪は、根元は淡い新緑なのに徐々に色が抜けていき、真珠のような純白になったかと思うと、毛先の方は神樹の花の色と同じ薄紅色と三色に染まっていた。

しかも、何も着ていない。

美しい宝冠も、純白の変わった衣装も、何も着ていなかった。

「さ・・・サクラ」

あまりのことに驚きつつ声をかけると、ふるりとサクラの睫が震えてぼんやりと目を開けた。

そしてまた、びっくりする。

真っ黒な穴みたいだっためが、萌黄色に染まっていた。

「ここは・・・?」

驚いて息を呑んでいたら、サクラがぼんやりと周囲を見渡して首を傾げた。

その仕草は初めて見つけた時と変わらなくてホッと息を吐く。

初めて聞く声は可愛らしい外見に似合う、鈴を転がしたように耳障りの良いものだった。

微笑みながら手を引くと、サクラは抵抗もなく立ち上がって戸惑うように揺れる瞳でオズを見る。

萌黄色の瞳に意志の宿った光を見つけてオズは微笑む。

契約の魔法は成功していて、精霊に意思を宿せたらしい。

「神聖結界の中だよ。はじめまして、サクラ」

天使の呼びかけにサクラが振り返る。

「さくら?」

「君の名だ。そこにいる少年が君の契約者。君は契約に従う義務が有る」

微笑んで現状を告げる天使の言葉に、サクラは戸惑ったように瞳を揺らしてオズを見て何かを諦めたように目を伏せた。



◇◇◇◇



ふ、と目を開けた。

目の前に輝く金髪と白磁の肌、カールした長い睫毛の美少女が!と思ったら、王子様だ。

目を開けたことに気がついたのか、王子様も目を開けた。

真っ青な夏空みたいな青い瞳が現れる。

『見えた?』

屈託のない笑顔に、なぜか胸が苦しくなって曖昧に頷いた。

『よかった。じゃあ、・・・』

「こっちの言葉もわかるかな?」

一旦言葉を区切って、言語を変えて言う。

それは、先程まで意味不明だった言語だが、今では母国語かと思うくらい馴染んで聞こえた。

ついさっきまで王子様の生まれてからの記憶の中を旅してきたからだろう。

「よかったですねぇ。《共有》の魔法ができましたねぇ」

糸目の神官が薄ら笑いを浮かべながら王子様の頭を撫でて褒めた。

王子様の記憶によれば、教育係にあたる人物で第三王妃である王子様の母親の信頼も厚い人物のはずなのだが・・・如何せん胡散臭いことこの上ない。


《共有》の魔法とは、契約した召喚獣と召喚士の間で視覚や聴覚といった五感を含め、果ては記憶や思考を共有することのできる魔法だ。主に偵察や諜報に使われる。


王子様のライブラリは結構役に立つ情報が満載だ。

この世界の一般常識や宮廷式礼儀作法だけでなく、魔法に関しても現在書籍化している魔法理論を含めて一通りの知識が詰まっていた。

この歳でこれだけの知識量を蓄えたのは、すごいとしか言いようがない。

上の兄弟たちと比べられて劣る己を悲観するわけでもなく努力してきたのだろう。

「《共有》は召喚術師のはじめの一歩ですからねぇ。殿下は何が見えました?」

糸目に問われて、王子様の目が輝く。

「不思議な建物と、馬もいないのに人を乗せて動く箱や、空を飛ぶ鉄の鳥を見ました」

ああ、ビル群と自動車と飛行機か。

記憶を共有するとは言っても、そこにあったはずの感情や全ての記憶を連続して追走体験できるワケではない。

コントローラーが手元にない映画のチャプターをランダムに再生されている感じだ。

だが、俺がこっちにこんな体でいる理由はわかった。

あのクソドM天使のせいだ。

あのドMは、死んだ俺の魂をその辺の小石を拾う感覚で拾ってきたらしい。

なんの説明も意思確認もなかった。

勝手に生き返らせてあげたんだからお代として一生奴隷やっとけよ、って。

どんな悪徳商法だ。

これで主の王子様がこんな甘ちゃんの良い子じゃなかったら俺は首括って死んだ可能性が高かったところだ。

だがまあ、命と引き換えにこの苦労性の王子さまに使えるのなら悪くはない取引なのだろう。

そう思いながら、自分の見た光景を神官に熱く語る王子様から目を離して、部屋を見渡して違和感を覚えた。

六畳ほどの石造りの部屋。

東の壁上部にに空いた明り取りだけのための小さな窓。

三方の壁を覆う巨大な本棚と、真ん中に申し訳程度に置かれた頑丈そうな木の机。

サクラは隣り合わせ置かれた机と揃いの椅子に腰掛けて、王子様の正面。

神官は王子様のとなりで、胡散臭い笑顔を振りまいている。

特に変わったところはないはずだが、何かが違う気がする。

首をかしげてもう一度部屋を見渡して、気づいた。

視点が違う。

驚いてサクラの体を見下ろしてみた。

小さい手は、やはり小さいが、多少大きくなった感じがする。

これなら、箸は・・・は無いだろうがフォークが持てるんじゃないか?

ちょっと嬉しい。

やっぱりメイドさんにちょくちょく口元拭かれると、うちの98の爺様思い出して要介護老人になった気がするからな・・・。

足も、大きく膨らんだドレスの裾からつま先だけじゃなく、踝まで見える。

幼児2~3歳が、4~5歳程度には大きくなったんじゃないか?

どっちにしろ幼児だが、自由度が違う。

一歩々々確かめるように歩かなくとも、4~5歳なら走ることができたはずだ。

動作確認も含めて手を握ったり広げたりしていると、糸目の神官がこちらに気がついたのか、にやけて笑いやがった。

「ああ。流石、殿下ですね。“知の精霊”がこれほど成長するほどの知識をお持ちとは」

褒めてるんだろうが、なんとなくいやらしい。

やっぱりコイツはいけ好かないとか思っていたら、王子様が俺を見て目を丸くしていた。

「サクラ・・・?いつの間にそんなに大きくなったの?」

いや、さっきまで至近距離で見てただろうが。

今更驚くって。

「僕ともう、あんまり変わらないくらいになってる」

ん。そういわれると、まあ、おどろくか?

ここはひとつ、笑ってごまかせ。

「王子・・・殿下のおかげです」

そう言ってにっこり笑ってやると、王子様が照れたようにはにかんだ。

うん、美少女チックでとっても愛らしい。

きっとこの子は男の娘ならぬ女の(息)子なんだよ。

そう決めた。

そっちの方が目に楽しいからね!

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