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〜翡翠の彼、瑠璃の彼女〜  作者: 狼×狐
第三章・蠢く影、新たな展開
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2・意外な側面

 すっかり人気がなくなり、閑散とした正門前の広場を見渡し、私は小さく溜息をつく。こうも人がいないと、まるで世界にたった二人取り残されたような感覚に陥る。


「さて……」


 ギルバートが振り返った。


「どうする?」

「どうする、って……あの、いいのよ? 私なら平気だし、ギルバートはギルバートのやりたいことを……」

「そうはいかない。約束を破ったらあの兄妹にぶっ飛ばされる」


 あの温和なシャーニッドさんとアイリスがそんなことするはずが____絶対ないと言えない自分が悲しい。ああ、やりかねないかもしれない。


「それに、確かに一人で学園に残っているのは俺も危ない……と、思う」

「……え?」

「学園は開放されて、警備員や教授の数も激減している……要は簡単に出入りできるんだ。あんたは女の子なんだし……用心はするに越したことはないぞ」


『女の子』なんて単語がギルバートの口から飛び出すなんて、ちょっと意外だ。それにしても、結構心配性なのかもしれない。


 ギルバートは頭を搔き、くるりと私に背を向けた。


「……ひとりの時間を満喫したいって言うなら、俺も無理は言わない」

「う、ううん、そんなことないよ。ひとりって寂しくて苦手だから……一緒にいてくれたらうれしい」


 慌ててそう言ってギルバートの横に立つと、ギルバートはほっとしたように頷いた。


「分かった。……じゃ、これからどうする?」

「私はこれから、休暇中の課題を終わらせちゃおうと思っていたんだけど」

「……休暇一日目からやるのか?」

「早く終わらせて、残りの休暇は思い切り遊びたいじゃない。ギルバートは、座学の課題とか出てる?」

「あるにはあるが……俺は最後の方にまとめて片付けるタイプだから」


 え、マメそうに見えるのに。


「____そうだな、俺もやるか。だがひとつ、頼みがある」


 何やら改まった様子のギルバートに、私は首をかしげるのだった。



★☆



 それぞれ勉強道具を取りに戻り、学園内の図書館前で落ち合うことになった。私が図書館へ行くと既に入口のところにギルバートがいた。課題をまとめた小さな鞄を持っている私とは違い、数冊の書物を持っているだけで、なんとも身軽。


 図書館の中には、学生はもちろん、司書たちもいなかった。いつもは雰囲気に呑まれて小声になりがちな図書館だけれど、今日だけは周りを気にせず普通に話すことができる。


 窓辺の机に教材を広げ、向かい合わせに腰を下ろす。


「で、頼みってなあに?」


 尋ねると、ギルバートは少々ばつが悪そうに頭を掻く。躊躇っているようなので、私は更に尋ねた。


「騎士科って、座学では何を学ぶの? 戦術とか?」

「勿論それもあるが、地理だったり歴史だったり……」

「へえ、私たちと大して変わらないのね」


 ギルバートは頷き、この国の年表が書かれた歴史書をぱらぱらとめくる。


「____俺は平民だが、剣の腕を買われて特待生になった」

「え? ええ、知ってるわ」


 突然何を話し始めたのだろう。


「特別に入学できるというだけでなく、剣技において上位をとり続けている限りは授業料が免除される」

「うん」

「だから、あまり座学の成績は重視されなかったし、剣術に打ち込みたかったから座学は俺も避けてきた

「うん……」


 ……これは、要するに?


「座学は____得意じゃない。いや、まったくできないといっても過言ではない……」


 ということを言うための言い訳か。


「え、え⁉︎ でも、筆記試験なんかじゃいつも上位に……」

「あれは事前にシャーニッドに教わっているからだ。でも、その場限りの暗記で……俺の知識になっているとは言いにくい。事実、前回の試験内容なんて綺麗に忘れた」


 意外。意外すぎる。なんでもできる人だと思っていたのに。


「休暇の課題を終盤にやるのは、シャーニッドが帰ってきてくれないとどうにもならないという訳で……いや、一応自分でやる努力はしているんだぞ? だけど……」


 必死に言い訳するさまがなんだかおかしくて、思わずくすくすと笑ってしまった。ギルバートは若干頬を紅潮させ、軽く私の方に頭を下げてきた。


「____勉強、教えてほしい」


 これが頼みごとの正体だったのか。私は微笑んで頷いた。


「いいよ。戻ってきたシャーニッドさんを驚かせちゃおうね」

「……そうだな、そうしよう」


 ギルバートも少し笑った。年上のギルバートに私が勉強を教えるなんてちょっと妙だったかもしれないけれど、侍女の試験の時練習に付き合ってもらったお返しだ。


 こうしていると……本当に、ただの勉強会だな。それが嬉しくて、私はなんだか満ち足りていた。幸せ、と言ってもいいかもしれない。



 ギルバートに勉強を教えてあげながら自分の課題をさくさくと進めていると、気付けば時間は昼になっていた。ペンを置いたギルバートは、肩が凝ったかのように軽く腕を伸ばした。


「そろそろ昼だが、休憩するか?」

「あ、そうね。食堂に……」

「自由に学園から出られるのに、それはちょっと寂しくないか」


 ギルバートの言葉に、私は驚いて顔をあげる。


「街に行こう。お昼くらい、奢るよ」



 ……今日は、色々とギルバートが意外すぎて辛いです。


 けれど、これが素の彼だと思うと、それを知ることができたのは、やっぱり嬉しかった。


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