8・ユリアナ
剣と剣が音高く交わり、魔術が飛び交う。炎が、水球が、疾風が、土の壁が、剣しか持たぬ騎士科の生徒たちを追い詰めていく。
剣という近接武器の使い手たちは、魔術を扱う魔導師たちに近づくことが極めて困難だ。近づかなければ斬れないのだが、少しでも近づこうものならば遠距離から飛び切りの攻撃を喰らってしまう。
――しかしながら、真の剣士はそれでも魔導師に肉薄できる。できなければただの素人だ。そう、いつだったかお兄様たちが言っていたのを私は思い出す。
魔導師の魔術詠唱を上回る速度で間合いを詰めればいい。魔導師の死角を取ればいい。回避に徹して魔力の枯渇を狙えばいい。魔術が使えるならば、同程度の威力の魔術を以って相殺すればいい。防げばいい、逆に跳ね除けてしまえばいい――。
何にせよ、魔術を使えて天才的な剣技を扱うギルバートと、そのサポートとしてこれ以上ない最高の存在であるシャーニッドさんに、死角はなかった。
★☆
本日2度目のギルバートとシャーニッドさんの試合。私とアイリスは変わらず観客席で観戦していたが……正直なところ、試合にありがちなハラハラドキドキ感はまったくなかった。ただ胸の中にあるのは、興奮して昂ぶっている心。素っ気ないけど優しいギルバートと、穏やかでちょっぴり変だなと思ってしまうシャーニッドさん。たわいのない話をいつもしているあのふたりが、実はこんなに強かった。紛れもなくこのグラン・ロマーナで最強の二人組の戦いを、こんな近くで見れるのだ。
舞台上にふたりが現れた瞬間、わっと歓声が上がった。既に生徒たちの間では『どのペアが優勝するか』という賭けが行われている。本当なら賭博はいけないことなのだが、まだ遊戯の範囲内なので教授たちも見逃しているようだ。
「頑張れー、ギルバートさん、お兄様ー!」
周りの歓声に負けないように、アイリスが声を張った。
「シャーニッドさんを真面目に応援するのね、珍しい」
「うん、だってお兄様がちゃんとしないせいで負けちゃったら、ギルバートさんに申し訳ないもの」
「あ、はは……」
対戦相手は他校の生徒。剣を手にした騎士科の生徒、そして魔導師科の生徒らしい。ギルバートとシャーニッドさんにとっては初の魔導師が相手だ。
試合開始の声が響く。
初戦でギルバートとシャーニッドは、驚くべき速さで相手を戦闘不能に持ち込んだ。それを見越して、合図とともに敵魔導師が巨大な炎をギルバートに向けて打ち出してきた。合図があるまで攻撃しないというルールを守れば、カウント中に魔術の詠唱をしてもいいのだそうだ。
ギルバートが即座に反応する。鎌鼬のような疾風の刃が振り下ろされ、飛来した炎がばっさりと両断される。その反応速度、術の組み立ての速さ、尋常ではない。
風が割った炎の切れ目から、シャーニッドさんが飛び出した。刀が唸り、術を破られ動揺している魔導師の喉元に刃が突きつけられる。はっとして駆け出そうとしたもうひとりの剣士の前には、ギルバートが立ちはだかる。剣士が渾身の力でギルバートに向けて剣を振り下ろしたが、たった一合で素気無くギルバートは相手の剣を弾き飛ばしてしまった。
『勝者! ギルバート・シャーニッドチーム!』
審判の声が高らかに響き、割れんばかりの歓声と拍手がコロシアムを包み込んだ。
「もうさー、ここまでくると反則だよねえ」
アイリスが拍手をしながら苦笑するので、私も思わず笑ってしまった。
ハラハラドキドキ感はないけれど、代わりにあるのは『神業をこの目で見れる』という興奮。きっと負けないという信頼があるからこそ、私はこうやってふたりの戦いを見ていられる。
その根底には、やはりあのふたりの固い絆と信頼があるのだから――負けるはず、ない。
「……あの」
不意に背後から声をかけられた。振り返ると、そこには他校の制服を着た女の人が。
「! ユリアナさん!」
そう、それはエリックのパートナーであり、魔道の随一の使い手と噂されるユリアナさんだった。エリックとユリアナさんの初戦では、ギルバートをも上回ると思われる詠唱速度で術をくみ上げ、相手を瞬殺していた。
ユリアナさんは目を見開いて首を傾げた。
「私のことを知っているんですか?」
「あ、えっと、さっき試合見てたので」
そう言うと、彼女は優しくにっこり微笑んだ。その肩書きや、エリックの頭をはたいて説教していた人と同一人であるなど信じられないくらい、控えめで大人しそうな笑顔だった。
「有難う御座います。試合の前、エリックが手を振っていた方……ですよね?」
「エリックとは、ちょっと面識があったので」
「やっぱりそうだったんですね! 良かった、人違いじゃなくて」
ほっとしたようなユリアナさんの笑顔には、アイリスとはまた違った意味で人を和ませる雰囲気があるように私は思った。
「お名前を伺っても?」
「私はシャノン。こちらはアイリスです」
アイリスが深々と頭を下げる。染みついた育ちのいい挨拶だ。
「エリックは一緒じゃないんですね」
「空き時間にあの人が大人しくしていられるわけがないので。時間になったら探しに行きますよ」
そう溜息をつく姿は、なんというかお世話係というか姉というか。舞台上でのやりとりで分かっていたつもりだったが、相当手を焼いているようだ。
「……お強いですね、あのふたり」
舞台から去ろうとしているギルバートとシャーニッドさんに視線を送ったユリアナさんは、ぽつりと呟いた。やっぱり意識しているのだろうか。しているだろうな、ギルバートも「このまま行けば必ず戦う」と言っていたことだし。
「エリックとユリアナさんも、強いです。戦う力があるの、羨ましい」
つい、本音がこぼれた。ユリアナさんはまた優しく笑って首を振った。
「私もエリックも未熟です。多分、ギルバートさんたちのほうがずっと強い……でも、ここまで来たのですから。対決する暁には、勝ちを取りに行きます」
そこから伝わってきたのは、静かな闘志。
……ああ。この人も、負けないという気持ちの強さはみんなと変わらないんだ。
「そうそう、ひとつお願いがあったんです」
「なんでしょう?」
首を傾げると、ユリアナさんは両掌を合わせた。
「次の試合は午後だし、グラン・ロマーナの中を見て回ろうと思ったんですけど、敷地が広くて全然建物が分からないんです。ちょっとだけお散歩に付き合っていただけないかなあ……なんて」
エリックとユリアナさんの2戦目は午後も最後の方だった。ギルバートとシャーニッドさんの試合は今日はあれで終わりで、残りは明日以降になる。
「せっかくだし、お昼も一緒に食べましょう? ね、シャノン?」
アイリスの提案に私も頷いた。だがユリアナさんは慌てて訊ねた。
「い、いいんですか?」
「勿論」
「……ありがとう!」
なんだか、すごく良い人。
私は直感的に、ユリアナさんと仲良くなれるだろうという確信を抱いていた。




