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第十一話:調査隊

 宿屋で一泊したソルは、まだ陽が昇らない時間に旅の一行とともにギルド支部へと出向いた。ギルド一階のロビーには既に支部長のグレゴワールと、今回の調査隊であろう十数人の傭兵と(おぼ)しき男たちが集まっていた。皆、鎧姿に帯剣しているものの、その装備には統一感がない。


「おお、来たか来たか、早朝からすまんのう。これで面子は揃うた。では、出発の前に今回の調査について再確認しておこうかの」

「その前に確認させてくれ。こいつらがジジイの言ってた今回の助っ人か?」

「そうじゃが、何度言うたら分かる。わしのことは支部長と呼ばんか」


 グレゴワールは、自分をジジイ呼ばわりした、歳は二〇過ぎくらいだろうか、赤に近い短髪にソルと同じくらいの長躯(ちょうく)な青年の向こう(ずね)に、ついていた杖の強烈な一撃を叩き込みつつ小言を言った。


「――ッ! 痛ぇな、クソジジイ。なにしやがる」


 などと言いながら眼尻に涙を浮かべて、小躍りするように痛がっていた男であったが、あらためてソルたちを見据えると、挑発的な態度をとるのだった。


「お前らがどの程度のものか知らんが、俺は誰の指図も受けねえ。そこんとこ肝に命じておけ」


 片膝をついて向こう脛をさすりながらそんなことを言われても、説得力の欠片もないが、ソルは面白そうにその男を見下ろしていた。エルネスティーヌは、やれやれといった感じで、はなから相手にする気がないようである。


「では、あらためて今回の調査について再確認する。皆も知ってのとおり、サーバッド率いる調査隊が金鉱山に向かったのは三日前じゃ、予定では昨日の昼前に帰るなり、連絡を寄越すなりするずじゃった。しかしじゃ、今日になっても帰らんし連絡もない。まず確実に何かあったと見てよいじゃろう。サーバッドの実力は皆の知るところであろう。よって、敵はそれ相応の魔物か、統率された組織である可能性が高い。今回の目的は調査だけじゃが、確実を期するために今回の調査隊は倍の人数を揃えた。さらに、そこにおる者たちに助っ人を頼んだ。その者たちは、わしの眼にかなった助っ人ゆえ、実力は保障するが、彼らはもしもの時の保険と考え、慎重を期して事にあたるよう心掛けよ。以上じゃ」


 話し終えたグレゴワールは、痛みから立ち直って隣に立っていた青年の背中をパンと(はた)いて、挨拶するように催促した。


「え、えー、俺が今回の調査隊でリーダーを務めることになったクリスチアーノだ。ギルドには冒険者として所属している。ギルドランクはレベル六だ。調査では俺の指示に従ってくれ、以上だ」


 大勢の前で喋ることに慣れていないのだろう、クリスチアーノの挨拶はぎこちないものであったが、そのなかで初めて聞く言葉に興味を覚えたソルは、エルネスティーヌの耳に顔を近づけると、囁くように質問した。


『ギルドランクがレベル六とは何だ、強さのことか?』

『まぁ、(おおむ)ねそう考えて間違いありませんけど、正確には経験や知識なども加味されているようですわ。レベル一が駆け出しで、数字が大きいほど実力があるそうでしてよ』


 なるほどね、と、理解したソルは、レベル六がどの程度の強さかという事に興味があった訳ではない。そもそも、仮に自分が戦いの場へ出たとしても、相手が自分と同等の絶対神でさえなければ、物理的には負けることなどあり得ないし、どんなに強力な攻撃を無防備に受けたとしても、傷を負う事すら考えられないのだから。絶対神とはそういう存在なのである。よって、ソルはただ、自分がレベル六という言葉から連想したことが、当たっているかどうかに興味があっただけなのである。


 一応ソルたちは、もしもの時の助っ人として調査に同行することになっているので、呼び名を名乗るだけの簡単な自己紹介を済ませただけで、調査隊と共に金鉱山へと向けて出発したのだった。金鉱山は、ソルたちにとっては旅の行程を(さか)戻ることになるのであるが、王都エタニアの方角へ村を出て荒野まで道なりに進み、そこから今まさに陽が昇らんとしている東の方角へ、荒野の中を馬で端って約半日の距離にあるらしい。


 朝霧が立ち込める道をしばらく走って荒野へと抜け、遥か彼方に連なる蒼々しい山々から顔を出した朝陽を、右手前方に眺めながら荒野を駆ける。時と共に前方に見える山々はその雄大さを増し、赤茶色だった大地には緑が目立ち始めた。所々にごつごつとした大岩が大地から生えており、山々に向かって緩やかな斜面になっている。陽はすでに頭上の南よりにあり、時が正午に近いことを示していた。先頭を疾走していたクリスチアンが速度を緩めて右手を挙げると、調査隊は馬足を止めた。ソルたちもそれに(なら)って馬足を止めたのだった。


「ここで一旦休憩をとる。飯は今のうちに食っておけ。終わったら馬を置いて歩きで鉱山に向かうぞ」


 調査隊から少し離れた大岩の陰で、車座になってソルたち四人は宿屋に用意してもらった昼食をとった。調査についての行動予定を詳しく聞いていないからと、早めに昼食を済ませたエルネスティーヌがクリスチアーノの元へ向かおうとしたが、「私が聞いてきます」とルシールが聞きに行ったのだった。しばらくして戻った彼女の説明によると、ここから歩いて約一刻で鉱山に着くそうである。点在している大岩に隠れながら鉱山の坑道入り口にできるだけ近づき、そこでしばらく様子を見るらしい。山から吹き下ろしの風が吹いているので、匂いで感づかれることは無いそうである。調査隊の人数が多いので目立たないように、ソルたちには少し離れたところから付いてきて欲しいとのことであった。


 ルシールの説明から半刻ほど経っただろうか、クリスチアーノは立ち上がると、傭兵たちを引き連れて行動を開始したのだった。ソルたちは、少し遅れて調査隊の後を追う。しかし、歩き始めて数分も経たないうちに、前方を行く調査隊の動きに変化が表れた。クリスチアーノが前方にある大岩に向かって走り出したかと思えば、後に続く傭兵たちもそれに(なら)って走り出した。その前方には、ひと際大きな岩が大地から小山のように突き出している。


「あの慌てぶりからすると、何かあったみたいですわね」


 エルネスティーヌにそう言われて、ソルは眼を凝らした。その眼には、血まみれになって倒れている男に、クリスチアーノがしきりに何か言っている様子が映っている。


「男が一人血まみれになって倒れているな」

「この距離でよく見えますわね。わたくしにはそこまで見えませんわ。あなたたちはどうですの?」


 そう聞かれたルシールとカーリはしばらく目を細めていたが、それぞれ異なる反応を示した。


「人が倒れているのは分かりますが、血までは見えません」

「カーリには見えるのです。男の人が血を流して倒れているのです。まだ生きてるのです」


 エルネスティーヌとルシールには見えず、カーリには見えていて、生死までわかっているようだ。やはり、距離がありすぎて人には見えないという事だろう。そうソルが考えていた時だった。クリスチアーノが立ち上がって大きく手を振っている。どうやら、来て欲しいという事らしい。


「呼んでいるようだし、行ってみるか」

「そうですわね」


 少し足早にクリスチアーノのいる大岩の下まで行ってみると、三〇過ぎだろうか、体格のいい黒髪の大男が、頭と腹のあたりから血を流して倒れていた。身に着けている皮鎧はボロボロで、顔からは血の気が引いているが、思ったより傷が深くないのか、かろうじて意識はあるようである。


「すまねぇ、お前たちの中に回復魔法を使える者はいるか? いたら、頼む。助けてやってくれ」

「カーリができるのです。これくらいなら簡単になおるのです」


 そう言ってカーリがソルを見上げた。その眼差しはどうやら、助けていいかどうか伺いを立てているようだ。ソルは微笑んで了解の意を返す。


「カーリが今から、ちゆまほうを使うのです。みんなはこの人を、あそこにはこぶのです」


 カーリが指差した場所は大岩から少し離れた、短い草が生えた場所だった。クリスチアーノは、傍にいた傭兵に手伝うように言いつけると、血まみれの大男を運んで草の上に寝かせたのだった。カーリは運ばれた大男の横に立つと、全員に少し離れるように言って、詠唱の体勢をとった。肩幅程度に足を開いて、両手を広げて天にかざす。


「風よ風よ、いやしの風よ、つどいて回れ、めぐりていやせ」


 天に向かって広げられた両手が(かす)かに発光し、その周りをキラキラと光る粒子を伴った風が舞い始めた。やがてその光をはらんだ風の渦は、寝かされている大男を包み込んだ。数分間続いたであろうか、その幻想的な光景がおさまると、苦しそうにしていた大男の顔に赤みが差し、表情に安らぎが戻った。


「これでだいじょうぶなのです。カーリのちゆまほうは、かんぺきなのです」


 カーリは腰に手を当てて小さな胸を張り、得意げにしている。ソルはそんなカーリの頭を優しく撫でると「よくやったな、偉いぞ」と褒めていた。


「あ、ありがとう。助かったよ」


 そう言いながら上体を起こした大男は、辺りを見回してカーリを見つけると、もう一度カーリに礼を言った。どうやら、カーリが怪我を治したことを分かっているらしい。


「すまんが、水を分けてもらえないだろうか」


 カーリが治癒魔法を掛ける幻想的な様子に、目を奪われたように固まっていたクリスチアーノであったが、大男が水を要求したことで我に返り、ベルトに吊り下げていた水筒を慌てて手に取ると、大男にそれを渡した。大男は奪い取るように水筒を受け取ると、一気に水を喉へと流し込んだのだった。


「ありがとう、生き返ったよ」


 水を飲んで一息ついた黒髪の大男は、オニコポス村ギルド支部所属のサーバッドだと名乗った。グレゴワールの話に出てきた冒険者だ。グレゴワールが話していたとおり、彼は傭兵五人と金鉱山に出没するという魔物の調査に来たらしい。そして、坑道の入り口横にある詰め所に潜んで、出没するという魔物待っていたところ、五匹の魔物が現れたそうである。それは狼が魔物化したもので、傭兵と共に苦戦しながらも打ち倒したそうだ。五匹の魔物は、鉱山の現場責任者の目撃情報と一致していたので、これで仕事は済んだと帰ろうとした所へ、別の魔物が現れたそうである。


「あれは走竜が魔物化したものだった。足が速すぎて逃げられそうもなかったんで一応戦ってみたんだが、すぐに一人()られて俺もこのとおり殺されかけた。奴の攻撃は噛み付きと尻尾での打撃だが、俺以外の残り四人は一撃で吹き飛ばされたんだ。俺は奴が仕留めた傭兵を食い始めたのを見て、その隙になんとか逃げ出しが、この(ざま)だ」


 サーバットの話では走竜の魔物は体長約四mほどで、恐ろしく足が速く敏捷(びんしょう)だったそうである。確認はできなかったが吹き飛ばされた傭兵も全滅しただろうということだった。クリスチアーノはこの話しを聞いてしばらく考え込んでいたが、拳を握り締めると、意を決したように立ち上がったのだった。


「このまま調査を続行しよう。吹き飛ばされたという傭兵もまだ生きているかもしれない。このまま見捨てて帰ることはできない」


 調査を続行する。すなわち、このまま鉱山まで行き、吹き飛ばされたという傭兵たちの安否と、走竜の魔物を確認する。というのがクリスチアーノが出した結論だった。サーバットについては、今回調査隊に参加している傭兵のうちの一人が、ギルドへと馬で連れ帰ることになった。


 こうして徒歩による行進が再開されたのだが、走竜を警戒して調査隊を二隊に分け、分散して鉱山へと近づくことになった。これは、仮に走竜に強襲されても、確実にどちらかの隊が逃げ帰れるように配慮したものだった。ソルたちは、その二隊から一〇〇mほど後方を歩いている。先頭の隊は当然のようにクリスチアーノが率いているのだが、その行進速度は遅く、かなり慎重になっている事がうかがえた。


「ソル様、先頭からここまで離れて、もしもの時に間に合うのでしょうか」

「問題ない。仮に先頭のやつらが走竜とやらに急襲されたとしても、この程度の距離なら俺かカーリが一瞬で追いつき、そして蹴散らす事が可能だ」


 ソルは、さも当然のようにそう言い、カーリも当然とばかりにに頷いていた。鉱山まで残り数キロ、緩やかな勾配がついた、大岩の生える大地に映る己の影を左下に見おろしながら、ソルたち一行はゆっくりとしかし確実に歩を進めるのであった。

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