第8話 再稼働!
「君たちに部屋を用意しないとな」
スペルトンは、何かを思い出したように言った。
「部屋ですか? 寝泊まり用の?」
「そうだ。プライベート空間だな。一応、ここは『ストーリーエンダー』の本部ということになっている。君たちがゆっくりできるよう、『ワシツ』や、ちょっとした『キッチンスペース』もある。──ついてきてくれ」
三人はスペルトンの背中を追った。
「部屋を出てすぐ右手が、君たちの言葉でいう『トイレ』だな」
そう説明しながら進むスペルトンは、廊下の先の何もない壁に手をかざした。
壁が揺らぐと、スッとドアが現れた。
「ど、ドア!?」
「そうだ。『どこえでもドア』という文化があるのだろう?」
スペルトンがドアを開けると、そこに現れたのは──
「アパート……!?」
日本の住宅地、駅から徒歩二十分ほどの微妙な立地に、ひょっこり建っていそうな二階建てのアパートだった。
「スペルトンさん、これ……完全に日本の学生アパートですよ!」
「うむ。日本の住宅を参考にした。実用性が高い。さあ、入ってみよう」
部屋に入ると、内部は広々としていて、まだ何も置かれていなかった。
静まり返った空間に、かすかな空調音だけが響く。
地球組の三人は、建物の大きさを無視した部屋の広さに驚愕していた。
「ちょっと暗いな」
そう言うと、スペルトンは空中からホログラム画面を呼び出し、何やら操作する。
すると室内がふわっと明るくなった。
「君たち、『マイクとララ』は知っているか?」
「もちろん、建築するゲームですよね? やってましたよ!」
「このホログラムから、いろいろ設定できる。『マイクとララ』に似せたメニュー画面だ」
スペルトンの操作に合わせて、部屋の広さが縮んだり広がったり、高さが増したりする。
床が絨毯になったかと思えば、次の瞬間には畳へと変わった。
「すごい……!!!」
「こんな感じだ。エージェントも使えるが、まずはこの部屋で基本操作を覚えて、それぞれの部屋を好きにカスタムしてくれ」
スペルトンはちらりと時計を見る。
「そろそろ終業時間だな。私は夕食の準備に入る。部屋の設定が済んだら、アパートの外へ集まってくれ」
ドアへ向かったスペルトンは、ふと立ち止まり、地球組へ振り返った。
「あー……これはノミハラにあたるのかもしれない。もし君たちの気に障ることだったら謝罪する。すまなかった」
ぺこりと頭を下げると、スペルトンは部屋を出ていった。
残された三人の間に、妙な静寂が流れる。
「……さて、部屋割りを決めようか」
一条が苦笑しながら口を開いた。
「ここは俺が使うから、君たちは他の部屋を使ってくれ」
そう言うと、一条はパネルを操作し、自分の部屋をどんどん狭くしていく。
「それじゃあ、私は左側の部屋を使います」
愛住はまるちゃんを抱きながら、穏やかに言った。
「じゃあ、俺は右側だな」
田中もすぐに自分の部屋を決めた。
***
「こんなもんでいっか」
愛住は、目の前に広がる海を眺めながら満足そうにうなずいた。
そこは、まるでハワイのビーチのような楽園。
波打ち際にはガラス張りのリゾートハウスが建ち、夕日に照らされてきらめいている。
「まるちゃんの部屋もできたし、お風呂もOK」
時計を見ると、十八時前。
設計から完成まで三十分ほど。
急ぎの改造とはいえ、上出来だった。
愛住はホログラムを操作し、まるちゃんのご飯を用意する。
仕組みはよくわからないが、食べ物まで出てくるのは本当に便利だ。
「カリカリ、できたよー」
まるちゃんは尻尾をふりふりさせながら、うれしそうにご飯を食べ始めた。
カリカリという音が心地よい。
部屋を出ると、アパートのすぐ近くに赤ちょうちんの店があった。
「……え? 居酒屋!?」
半信半疑で暖簾をくぐると、店内ではすでにスペルトン、一条、田中の三人がビールを片手に盛り上がっていた。
「生ビールは却下だ。瓶ビールを注ぎ合うのが、ノミニケーションの極意だと聞いている」
スペルトンが真顔で言う。
「……じゃあ瓶でいいですよ」
田中が苦笑しながら応じる。
「俺はどっちでもいいかな」
一条はすでに頬を赤らめていた。
スペルトンは「おねえさん!」と年配の女性店員を呼び、次々と注文を入れていた。
「愛住! こっちだ!」
一条が手を挙げる。
「すごいですね……なんで居酒屋が?」
愛住は一条の隣に腰を下ろしながら、店内を見回した。
「スペルトンが用意したらしい。疑似的なんだけど、日本にある居酒屋とシンクロしてるんだって。ほら、あそこ見てみ」
周囲では、仕事帰りらしいサラリーマンや学生風の若者たちが、テーブルを囲んで笑い合っている。
「愛住、ビールは飲めるか?」
「なんでも飲めますよ! なんでも食べます!」
「そうか! それは頼もしい。私もいろいろ試してみたかったんだ。このイザカヤは、飲みログによると『日本で一番居酒屋らしい居酒屋』だそうだ。アパートの近くにあると便利だろう? 現地とシンクロさせて、それっぽく演出してみたんだ!」
「はい、お待たせしましたー。大瓶です!」
大瓶のビールが運ばれてきた。
スペルトンは手慣れた様子で三人のグラスへ注ぐ。
泡があふれないよう、絶妙な角度で。
「上手ですね……私、いつも泡だらけになっちゃって」
「仮想空間で練習した! このビールを注ぐスキルが、ノミニケーションの第一歩らしい!」
「じゃあ、飲みましょうか。乾杯!」
「乾杯!!!」
ゴチン──
四つのグラスが軽やかな音を立てた。
──ごくっ。
「おいしい……」
「うまい」
「いいね」
「初めてアルコールを摂取したが……死には程遠いようだな」
三人が固まる。
「我々の星ではこれは危険物だ!」
「飲んでるじゃないですか!!!」
「異世界文化の理解には実地検証が必要だ。習うより慣れろだろ?」
「研究熱心すぎません!?」
その夜、地球組の三人とスペルトンは、地球でも宇宙でも変わらない『日本の居酒屋』を満喫した。




