第10話 臭いものには蓋がある!
『一条さん、聞こえますか?』
通信機から愛住の焦った声が響く。
「どうした?」
『エンダーオンしたのですが、最初の扉が……びくともしなくて、開きません!』
「わかった。一度こちらからゲートを開く。撤退だ」
――帰還した愛住と田中を交え、作戦を練る。
今回の舞台は『アビスの楽園』。少し前に爆発的なブームを巻き起こしたスマホゲームの世界だった。一条たちも途中まではプレイしていたが最初の方で止めた。致命的な「バグ」でダンジョンの小部屋から出られなくなったからだ。
「お! どうした? もう任務は終わったのか?」
そこへ、ミトンをはめたスペルトンが、鉄板を嬉しそうに掲げてやってきた。部屋中に甘いクッキーの香りが広がる。
「いや、エンダーオンはしたんだが、その先へ進む扉が開かなかったらしいんだ」
一条が言った。
「確かあのゲーム、最初のダンジョンに入るだけでも、6人のパーティーを揃えないといけない仕様があったような気がします」
愛住が思い出したように言う。
「そうなのか?なんかガチャ連発ですんなり仲間が集まったのもそういう理由か?」
一条が言った。
「けどな、スペルトンを含めても4人しかいない」
田中が指摘した。
「なるほど!よくわかった。ならば私も作戦に参加しよう!」
エプロン姿のスペルトンが胸を張るが、田中は苦笑いした。
「いや、もう二人足りないんだよ」
「問題ない。今すぐここに呼び寄せよう!」
***
スペルトンは片手を限界まで高く掲げ、もう片方の手でガラスの器を低く構えると、細い曲線を描きながら流れ落ちる紅茶。そんなお茶会に新たな眷属たちはやってきた。
「――えっ? 待って、ハルちゃんって日本人なの!?」
愛住がカップを置き、身を乗り出すようにして驚きの声を上げた。
「あー、そうです。私の肉体は、今も静岡にあります」
スラリとした少女――ハルが、クッキーをもぐもぐと咀嚼しながらあっさりと答える。
「!?」
唖然とする愛住たちを見て、スペルトンがニヤリと笑った。
「私が説明しよう! ハルは君らで言う『異世界転生者』だ。そして、こっちのイチロンは第三次元で生まれ、神々の眷属になった努力家だ。……ちなみに君たちの暮らしている地球は、今は第二次元に存在しているぞ」
「あ、どうも、イチロンです。僕んとこの神様がほんと適当で……普段は第三次元で普通に暮らしてます。たまに神様の手伝いをしてる、都合の良い男みたいな感じですよ」
魔法で日本語を巧みに操る優しそうな青い髪の青年がペコリと頭を下げた。なぜだがその動作は日本人らしい。そんな様子を見つめる一条は、スペルトンの発言にあった『今は』という言葉が引っかかっていた。
「スペルトン、ところで次元とはなんなんだ?」
一条が尋ねると、スペルトンは胸を張った。
「第一次元は創造主が住む世界だ。そこからさらに生成された世界が、その他の次元となる」
「なるほど! これはまた……まんまウチの会社にあるSF設定じゃないか?」
一条と田中はスペルトンの解説に目を輝かせ、さっそくこの世界の成り立ちや構造についてあーだこーだ論じ始めた。そこにスペルトンとイチロンまでノリノリで加わり、議論はどんどんマニアックな方向へと脱線していく。
(……完全にSFオタクたちの不毛な議論だな)
愛住はカップを手に、呆れ交じりの溜め息をついた。
だが同時に、懐かしい気持ちになった。開発室の給湯室や休憩スペースで、夜遅くまであーでもないこーでもないと議論を交わしていた、ストリーボックス社内での日常とまったく同じ空気感だったからだ。
「そう言えばハルちゃん。身体が日本にあるって……一体どういうこと?」
愛住が不思議そうに尋ねると、ハルは紅茶をズズッとすすって言った。
「えーとですね。私の元の身体は、いわゆる『植物人間』なんですよ。あっちに戻ってもベッドの上から動けないし、戻ってもしょうがないなーってことで、このまま転生者として、あっちこっちの世界で呼ばれながら暮らしています」
ハルはグイッと紅茶を飲み干した。なんてことのない顔で言いのけた。衝撃的な告白に一条と田中が絶句していると、部屋の隅に置かれていた丸っこい置物が、突如として電子音を響かせた。
『パーティーメンバーが6名揃ったことを確認しました。これよりエンダーゲートを開きます』
「うわっ!? え、あのパンダ! ぬいぐるみじゃなかったんですか!?」
思わず跳ね上がった愛住が指をさす。
その先には忙しそうに動き回るパンダがいた。
「パンは普段、我々の宇宙船を制御している。日本の国民的マスコットの見た目が、君たちにはさぞ愛くるしいだろう?」
パンは一同を一瞥すると、「早くしてください」と急かした。そして「チッ」と盛大に舌打ちをした。
エンダーゲートが閉じると、そこは絵に描いたようなゲームの世界だった。NPCが当たりを無数に徘徊している。
「よし、準備はいいか?」
そう言うスペルトンは、いつの間にか唐草模様のほっかむりをかぶり、完全に昭和の泥棒スタイルだった。ツッコミどころが多すぎて誰も触れられない。
先ほどまでびくともしなかったダンジョンの扉が、重々しい音を立てて開き始めた。一行は不気味な熱気を孕む『アビスの楽園』へと踏み込んでいった。
ハルが剣を抜いた瞬間、ゴブリンの大群が真っ二つに裂けた。イチロンがアンデッドの大群に近づくだけで、敵が塵となって消えていく。
「すげー!」
地球組の三人は、目の前のリアル無双光景に拍手をする。
「あれが!トレジャーだな!」
スペルトンが宝箱に駆け寄った瞬間、トラップが発動して奈落の底へ真っ逆さまに落ちていく。
「ちょっ、何してるんですか!」
ハルが空を飛びながら、落ちていくスペルトンをキャッチした。
「では、気を取り直して開けるぞ!」
スペルトンは、自身のオリジナル職業(光の使者・レベルMAX)を選ばず、トレジャーハンター(レベル1)を選択した。このゲームでは、唯一トレジャーハンターだけがお宝を開けることができる。
「ここだ!」
スペルトンが迷わずに叫んだ瞬間、宝箱のトラップが発動する。
――ブチュウウッ!!!
宝箱から、勢いよく汚物が吹き上がった。
「うわああっ!?」
地球組が悲鳴を上げる中、すかさずイチロンが静かに手をかざす。吹き出た汚物は、一瞬で聖なる光となって綺麗に消え去った。
「さすがイチロン! サンキューな! さて、肝心のお宝はなんだ?」
スペルトンが期待を込めて宝箱の中を覗き込んだ。だが――中身はただのガラクタだった。
「……おい! これ、山盛りあるけどどうやって運ぶんだ?」
一条が溢れんばかりのガラクタを指さして呆れ顔で尋ねる。
「あー、インベントリが開けないみたいですね。なんかそんなバグあったような気がします」
田中が虚空をスワイプしながら、困ったように首を横に振った。
「あきらめましょう」
ハルが即答し、迷わずガラクタの山に背を向けた。
「あっちの奥に、たくさんいる」
イチロンが鼻を鳴らしながらダンジョンの奥を指差す。
そこは19階のある部屋。プレイヤーたちの間で恐れられている、有名な『バグの間』だった。
「一条さんのゲームのデータもあそこにあるんですよね? 俺もあそこでやめたんですよ」
田中が言うと、一条が苦笑交じりに頷いた。
「あの部屋に入ったら、出られなくなってな……」
一同がその不気味な部屋に足を踏み入れた瞬間、背後の扉が煙のように消え失せた。室内には、意思を持たない悪霊のようなプレイヤーデータが、彷徨っている。
「これが呪いの元凶なんだな?しかし、すごい数だな」
「初期のプレイヤー数から推測するとかなりの数がいるんじゃないですか?」
スペルトンが掲げた手から、眩い光とともにエンダーゲートが大きく開かれた。
部屋を埋め尽くし、出られなくなっていたプレイヤーたちの浮遊するデータが、光の粒子となって次々とゲートの中へと吸い込まれていく。長年閉じ込められていた彼らの呪いが解放されていく光景は、どこか神秘的ですらあった。
ダンジョンに静寂が戻り、無事に任務完了となったその時――ハルの腹の虫が「ぐぅ〜」と小さく鳴った。
「ふぅ、一仕事終えたらお腹が空いちゃいました。せっかくですから、お好み焼きがいいです!」
***
任務から戻ると一同は例の広場に集まった。
スペルトンが居酒屋の隣にサッとお好み焼き屋の空間を構築し、そのまま地球へと空間をシンクロさせた。
香ばしいソースとダシの香りが空間いっぱいに広がり、鉄板の上でジュージューと音を立てる。
「いっぱい食べてね!」
ハルのために、地球組の3人は張り切ってコテを振るった。どこかハルを気遣うような温かい空気に、イチロンもお好み焼きを気に入ったようでハフハフと食べている。
「わたしは……」
ハルは熱々のお好み焼きをふうふうと冷まし、一口飲み込んでから言葉を続けた。
「気にしてません。むしろ今を楽しんでます」
ハルが手をかざすと、鉄板のお好み焼きが、くるくると回転し始めた。
「こんな感じです」
そう言って、彼女はウインクしてみせた。
***
「ここが愛住さんの部屋ですか?」
すっかり夜も更け、イチロンが帰路についた後。ハルは愛住の部屋に一泊することになった。足元へ近づいてきた猫のまるちゃんをハルが優しく抱き上げると、窓の外には、夕日から深い夜へと溶けていく静かな海が広がっていた。
「たまに、こうして泊まりに来てもいいですか?」
「もちろん。いつでも大歓迎だよ」
二人はそのまま夜の砂浜へと歩き、波打ち際に腰を下ろした。寄せては返す波の音を聞きながら、ハルは猫のまるちゃんを優しく膝にのせ、広がる星空を見上げた。
そして、彼女は自分の『事情』を静かに語り始めた。波は静かに寄せては返し、星だけが二人を見守っていた。
その夜、愛住は本物の「勇者」を知った。




