第三十六話 本当の決戦2
『ふんぬっ! はあっ!』
だが別にそれでガルゴが倒されたわけではない。彼らは吹き飛ばされながら、身体を器用に動かし、空中で体勢を整えて、猫のように大地に着地して見せた。あの巨体からは信じられないぐらいの、機敏な動きである。
鷹丸は既に、変身したガルゴの肉体を、完全に使いこなしていた。
「皆いるか!? 死んだ奴は!?」
「気配は全員分います! こちらは重傷者はいません!」
砂と土の埃が、朝霧のように一体を覆い尽くす中、天者達のそんな声が聞こえてくる。どうやら彼も無事らしい。
そして七首達は、そんな彼らを悠長に見てなどおらず、すぐに次の攻撃に移った。八匹の七首の内の五匹が、ガルゴに向かって突撃した。
熱線の第二波を警戒していたガルゴは、近接戦に挑む彼らに、若干困惑する。
(前もそうだったけど、あの技は連続して撃てないのか!? それならそれでいい!)
ガルゴもそれに呼応して走る。そしてその場で、五対一の怪獣同士の戦いが始まった。
ちなみに残りの三匹は、両横に逸れて走り、ガルゴから少し離れた位置にいる、天者達目掛けて突き進んでいた。
幾重もの蛇の牙が、ガルゴに襲いかかる。ガルゴはそれらを尻尾で薙ぎ払い、時に大きな腕でパンチを食らわしながら、触手のように襲い来るそれらの攻撃を牽制していった。
その一方で、天者達の方に狙いをつけた七首達は……
「皆散らばらないで、なるべく一カ所に集まれ! 多分あの熱線は、しばらく出ないはずよ!」
恵真がそう叫び、他の者達もそれに従って陣形を作り出す。
三匹の七首の内の一匹は、現在ザリ太郎が交戦していた。巨大な二つの鋏を、二刀流のように振り回し、七首を牽制する。こちらで一対一の怪獣対決が始まっていた。
そして残りの二匹は、戦っているザリ太郎達を無視して、まっすぐ天者達に向かっていく。全ての七首達を、ガルゴとザリ太郎だけでは防げないのは、最初から想定済みだ。
それぞれが己の得意の武器を構える。彼らの目の前に七首達の巨体が現れ、彼らのいる地面を大きな影で覆う。
「本当に大丈夫なんでしょうね!? 何も出来ずに全滅なんてごめんよ!?」
「駄目だったらそれまでだ! ここにきて弱音言うんじゃねえよっ!」
未だに戦いを不安を抱えていた清子を、恵真が一声で一蹴する。そんな彼らを、七首達はその赤い目で見下ろしていた。
それに対し天者達は、龍人は魔力を、鬼人は気功を、葉人は植物の生命力を高める。必殺技発動の構えだ。勿論敵は、発動までの時間を、黙って待ってはくれない。
「「ジャアッ!」」
七首達の最初の攻撃は、石化眼であった。彼らの赤い目が、あの怪しい輝きを一斉に放つ。
天者達を覆う黒い影が、一瞬赤い照明に変わる。その光を、天者達全員が、目を反らすことなく正面から見返していた。
かつて天者達は、通常の大型石眼の石化眼にもやられていた。この巨大な石眼の、これだけの数の石化眼を喰らうとどうなるか?
皆一斉に石化するか、身体が硬直して動けなくなるかが、普通の筋書きであろう。だが……
「一斉に撃て!」
どういうわけか、石化眼を受けたにも関わらず、その場の誰も石化や硬直をする者がいなかったのだ。一瞬身体が震えた者がいたが、所詮その程度である。
恵真の一声と共に、七首に対する天者達の、一斉か攻撃が放たれた。
魔道杖から発せられた雷・火・風・氷の各属性の魔法攻撃。
和弓の弦から放たれた、気功を纏った矢。
大型の銃口から発射される魔法弾。
振られた刀から放たれた、青く光る気功の飛ぶ斬撃。
二十人以上の天者の、各々の遠距離攻撃を、見上げる七首達の各々の首を撃ち始めた。今の石化眼で何らかのダメージを受けた天者は一人もいなかった。
ドドドッ! ドォォオオオオン!
それらは二匹の七首達の、いくつかの首に、全て命中した。これほどの距離であれほどの巨体、そして最初の人睨みで勝ったと思い込んだ石眼の油断。
これらが石眼に大きな隙を与え、天者達の必殺技は見事決まった。
「ジャァアアアアアッ!」
全力の攻撃はかなり効いたようで、七首達の十四本の首は、呻きながら悲鳴を上げる。
彼らの頭は健在ではあったものの、皮膚は焼けただれていたり、斬られて出血していたりと、かなりに傷を負っている。中には目が潰れている者もいる。
天者達は再び力を溜め始める。今の必殺技を再び発動するつもりだ。七首達は呻きながらも、何とか二撃目を防ごうと動き出すが……
「一斉に拘束!」
「「おおっ!」」
まだ攻撃に参加していなかった葉人の天者達が、恵真の命令と共に今になって行動をとった。彼らの頭の葉っぱが急速に成長する。
ツタのように長い蔓植物となり、それが蛇のようにウネウネと動きながら、一気に伸びる。
頭だけではない。葉人の天者達の、両手も蔓になっていた。手の形が変形し、腕と同じ太さの、緑色の蔓となって伸びていく。まるで宇宙人のような姿だ。
しかもそれらは、伸びれば伸びるほど、どんどん樹木のように太くなっていく。
その蔓たちは、見上げる七首達の頭へと向かう。そしてその首を通り過ぎるとUターンして、七首達の頭部のすぐ近くの首に巻き付く。
それらは蛇のように蛇の首にどんどん巻き付き、一気にその首を拘束・圧迫した。
「ジャ……」
首を締め付けられる痛みに、十四本の首は苦しみ出す。今まで力を溜め続けた分、その締め付ける力はすごい。
しかも葉人達の身体は、地面に固定されていた。彼らの足から、茶色い複数本の触手が、タコのように伸びる。そしてそれらが地面に深く突き刺さり、彼らの身体を地面に堅く固定させた。
彼らの足は、植物の根に変形していたのだ。それによって自分より遥かに体重の重い相手を、その小さな身体から出る強靱な力で締め上げた。
だがその力はいつまでも保たない。必殺技発動までの時間稼ぎである。
「ジャアッ!」
拘束は思ったほど長く保たなかった。首を回しながら、自分に絡みついた蔓を、一つの頭が引き千切る。一つが拘束を破ると、他の頭も次々と蔓を引き千切っていく。
その力に、下で拘束させていた葉人の天者達が、その身体を持ち上げられ、ブランコのように空中に舞った。
だがすぐに自分の頭から生えた蔓を引っこ抜く。七首の力から逃れた代わりに、彼らは地面に飛ばされて叩きつけられていった。
「まだ溜まりきってないけど……撃てぇ!」
天者達の一斉攻撃の第二波が始まる。それによって七首達は再び怯む。だがやはり絶命にまでは至らない。
一旦動きが止まったが、すぐに体勢を整えて、天者達を睨み返した。これに天者達の間に緊張が走る。
「佐藤!?」
誰かが叫んだ。皆が見ると、七首の巨体に、意外な者が飛び乗っていた。佐藤 翔子である。
実は彼女は、先程の攻撃で、一人だけ攻撃を放っていなかった。先程の号令の後、火の魔力を溜め込んで赤色に輝く刀を持って、一匹の七首に突撃していた。
そして彼らの背に周り、駆け上り、首を橋のように渡り、一匹の七首の頭に飛び乗っていた。
「はあっ!」
翔子の赤い必殺の斬撃が、彼女の足下にある、七首の首に目掛けて振り下ろされる。
具現化した炎の魔力で、刀身が伸びた日本刀。その一撃が、さっきまで蔓で縛られていた首目掛けて、刃が放たれる。
ズバッ!
実に心地よい音がなった。翔子が飛び乗った七首の首の一つが、炎の斬撃によって、一刀の元に斬首された。
大きな蛇の頭が、その巨大な胴体から切り離されて落下する。それが地面に落ちる前に、翔子が次の行動に出ていた。蛇の首の上に乗っていた翔子が、その場で飛び跳ねる。そしてアスレチックのように、隣にいた次の蛇の頭に飛び乗ったのだ。
「もういっちょ!」
翔子の炎の必殺剣は、今ので全てのエネルギーを使い果たしてはいなかった。まだ後一発分の炎の力を宿した刀が、再び七首の首の一つに振り下ろされる。
ズバッ!
再び蛇の首が切り裂かれる。次は最初の一撃のように、綺麗に切断はされなかった。
翔子の斬撃は、石眼の首の肉を、断面の半分ほどの面積を切り裂いた。一刀両断とはいかなかったが、気管は斬られ骨が損傷しており、確実に致命傷になっている。
翔子は三撃目には出なかった。敵も黙って斬られはしない。残りの五つの首が、自分の身体に乗り移っている翔子目掛けて牙を向けた。
翔子は再びジャンプする。今度は前にいる、仲間達のいる地面に目掛けてである。ダイビングジャンプのように身体を回転させながら、見事七首の攻撃から逃れ、仲間達のいる手前に着地した。
それを見て動揺していた七首達も、再び天者を睨み付ける。そのうちの一匹は、首を一つ失い、更にもう一つが機能を失って、ブラブラと首の皮に吊り下げられている。
「翔子、お前めちゃ強いな……」
「遠距離戦組は、絶えず攻撃を続けろ! 近接戦組は腹抱えて突撃するぞ!」
恵真の戦闘指揮が変わる。七首達には遠距離攻撃だけでは、中々致命的なダメージを与えられない。だが近接戦で直接斬り付ければ、確実に敵の戦闘力を削ぎ落とすダメージを与えられるのだ。
怒りが感じられる勢いで、十二の首が、牙をたてて天者達に襲い来る。指示通り魔道杖・弓・銃を持った者達が、十二の首にそれぞれ遠距離攻撃を与える。
それらは彼らの攻撃を止めることは出来ないもの、僅かに勢いを下げることはできた。それらの攻撃は、必殺ではない通常攻撃であったが、最初の受けた攻撃の傷口に命中しただけに、そこそこ効果があった。
そして十数人の近接武器を持った天者達が、攻撃の合間を通りながら、七首のそれぞれに斬りかかった。そんな彼らに、当然七首達は牙を向けてくる。
象さえもかみ殺せそうな口と牙が、天者達の小さな身体に襲い来る。
「はぁっ!」
その攻撃を、天者達は接触寸前に、飛び跳ねたり、地面に伏せたりして、次々と躱していく。彼らの小さな身体が、俊敏な動きでその巨体の攻撃を、紙一重でよけて見せたのだ。
「がはっ!」
だが全員がうまく避けられたわけでもなかった。忍者装束を着た少年=奈多 一樹と、最初にガルゴと戦ったあの熱血少年=剣崎 直人が、よけきれずに七首の口に捕まってしまった。
一人は牙にかみ砕かれ、胴体が砕けて血飛沫と共に破裂した。一人は七首の口内にすっぽり覆い尽くされる。
閉じた口の内部から「ゴリッ!」と何かが砕ける音が聞こえ、閉じられた両顎の隙間から、血が少量飛び跳ねた。
攻撃回避に成功した残りの十人が、七首達の頭にそれぞれ攻撃を加えた。先程の翔子のように、七首の巨大な身体の、首や頭にリスのように飛び乗ってみせる。
「はりゃっ!」
恵真が装備している刀で、頭の上に乗った状態から下に向けて、その頭にある右目を突き刺した。
その刀の刀身は、何やら毒々しい感じの、濃い紫色に染まっていた。それは気功や魔法を纏った武器の強化とは、明らかに違っていた。
ズシュッ!
蛇の柔らかい目に、恵真の渾身の一撃が見事突き刺さる。急所とはいえ、強靱な身体を持つ七首。必殺技でない通常攻撃では、致死的なダメージを与えられない。
だが恵真の渾身の刺突によって、刀身の三分の一ほどの長さが、眼球に食いこんだ。目が潰れて七首の頭の一つは、一瞬震えたが、すぐに反撃に映る。
首を伸ばして、頭を大きく持ち上げる。頭を振って、恵真を振り落とそうというのだろうか? だがその行動は、突然停止した。
「ジャッ、ジャ~~~!?」
七首が何故か震えだして動きを止め、悲鳴を上げ始めたのだ。これに恵真が、僅かに笑顔を向けた。
(やった! 蛇に効かなかったらどうしようかと思った! お~~し、このままもっと喰らえ、私の特性の猛毒をね!)
恵真の刺突は、七首の目を完全に貫くには至らなかった。だがあれほど食いこめば、それで十分であった。
恵真は突き刺した自分の刀から、七首の体内に向けて、毒を流入していたのだ。
恵真の人種は葉人である。葉人は自分の身体から、様々な植物の特性を発揮できる。その植物の種類は多種多様で、その中には毒性のある種もある。
恵真は自分の体内から絞り出した毒を、自分の刀に纏わせていたのである。そしてその毒を盛られて、七首の一つの頭が、身体が震えて苦しんでいる。
その毒は、一つの頭の目から頭部と後ろの首の半分ぐらいに作用し、その頭の命を削っていく。




