第三十二話 無人の城にて
さて翔子達の拠点で、そのような事件が起こって数日後のこと。赤森王国王都・岩樹にて。
かつては何十万という人間で賑わっていた、この国最大の都市も、今は石像が立ち並ぶ寂しい土地だ。それは翔子が見たときと、今でも変わっていない。
街の整備はほとんど為されず、家々の庭の雑草が、少し高くなってきている。そこは中央にある王城も同じである。
以前のガルゴと戦った、あの大蛇のせいで、城の門や一部が破壊されており、少しみすぼらしくなった王城。
兵士や使用人の石像が無数に転がっているその場所で、驚いたことに動いている人間がいた。
城の内部の広間の一つ。高級そうな畳が敷かれ、綺麗な色彩の膳が置かれた部屋。この膳一つだけを置くにしては、無駄に部屋が広い。
そしてその部屋の壁には、立派な水墨画が描かれた掛け軸が、何枚も粗末もかけられている。ここはかつてこの国の王が、食事をとるために使っていた部屋だ。
王が締め出されてからは、齋藤恵真が使用していたが、当人は石になっているので、今は使う者はいない。
だがこの場に、王でも恵真でもない人物が、膳に座り込んで堂々と食事していた。
「ああ~~~駄目だな。食材が良くても、良い料理人がいねえとな」
それは黒い着物の上に、赤い羽織を纏った、一人の少年であった。
頭に二本の角が生えていることから、鬼人の天者であるらしい。彼の座る傍らの座敷には、彼の身長を遥かに超える長さの薙刀が置かれている。
膳には自分で調理したのか、黒焦げになった焼き魚と、粗末に切られた野菜を詰めた皿が置かれている。それをまるで殿様のように悠々と、箸で掴んで食べているのだ。
皆が石化した城に不法侵入し、城の食べ物を勝手に頬張るこの男。今この世界で、鷹丸と翔子以外に生き残った、三番目の人物である。
自前の料理を食べ終えると、薙刀を持って、城の中を歩き回った。当然のごとく、城の中には石像以外には誰もいない。
庭園の噴水は機能を停止させており、周りの池は少し濁り始めている。庭の木々の周りに、どこから入り込んできたのか、野良猫が我が物顔で座り込んでいた。
そんな寂れた城の中を、無言で探索する少年。だが全く以て何もない城内見学に、大分飽きてきたのか、かなり退屈そうな顔をしている。
(やれやれ・・・・・・どうにか蛇共から逃げ切ったってのによ。どこもかしこも石像だらけじゃねえか。人がいすぎるのもウザイが、全く誰もいないってのもな・・・・・・)
彼の名は田中 清司郎。六年二組のメンバーの一人である。
彼は鉄士として、各地の諸国漫遊をしていた。ただ彼はかなりの慎重派で、少しでも苦戦しそうな相手とは、決して戦わない。あの白蛇事件が各地で起きたとき、彼は危険な気配を感じて、戦場に出ることをしなかった。
他の天者が、石眼達と死闘を繰り広げている中、彼一人ひたすら石眼の出現地から逃げ回っていたのだ。そして数日前に、急に石眼達が姿を現さなくなった。
今までは気を抜くと、どこかから必ず蛇の気配が自分を追ってきたのだが、それが急に無くなったのだ。
試しに王都に来てみたが、あの危険な気配は全くない。更に試しに王城に上がってみたが、そこも同じであった。
やがて彼は政務室に辿り着いた。そこもまた、翔子が以前目撃したときと大分変化していた。
甲冑を身に纏った葉人の少女=齋藤 恵真と、忍者衣装の少年=奈多 一樹の石像はそのままに。だがあの大きな蛇の石像はなく、その石像があった付近の部屋の壁が、見事に破壊されている。
清司郎は、その恵真の石像の姿を見て、少し驚いた表情を見せた。
(あいつ齋藤じゃねえか!? あいつもやられたのか!? ・・・・・・何てこった)
彼は自分以外の天者がどうなったのか、まだ一度も確認していない。ただ天者は普通の人間だから大丈夫だろうと、根拠もなくそう思っていた。
そしてこの光景に、彼は少なからずショックを受けていた。
「は~~~、蛇なんかと戦わなくて良かったぜ」
物言えぬ姿になった恵真の姿を、清司郎はじっと見つめた。恵真の容貌はそれなりによい。童女趣味の人間になら、かなり人気が出るだろう。
まだ小学生だった当時の清司郎は、クラスメイトの女子など、別段気にしていなかったが、この年齢になるとそろそろ異性を気にするようになっていた。
「う~~~~む。・・・・・・よしっ!」
何かを決心したかのように唸る清司郎。そして彼は持っていた薙刀の柄を持ち帰る、刃の根元に近い部分の柄に手をかけて、まるで薙刀をナイフのように持つ。
そして何のつもりなのか、その刃を恵真の石像に向かって突き出した。
カンカンカン!
堅い者同士がぶつかり合う音が、政務室に強く鳴り響く。清司郎は薙刀の鋒を、恵真像に向かって何度も打ち付けていた。
打っているのは、恵真の脇の鎧の部分。石工がノミを打つように、彼女の石の鎧を何度も突っついている。
「何だこりゃ? 傷一つつかねえぞ?」
だが何度突っついても、その石は全くの無傷であった。その薙刀は、清司郎の気功力を注ぎ込まれて、青く発光している。
この薙刀は、レグン族という職人の一族が鍛えた大業物だ。それに更に強大な力を持つ天者の気功力で、力を上乗せされているのだから、その力はとてつもなく強大だ。今彼がしている力具合だけでも、鉄塊を豆腐のようにスパスパ斬れるぐらいである。
だがそんな鋭い刃も、この石像に効いていない。つまりこの石化された恵真の身体は、鉄塊を遙かに凌ぐ硬さであった。
そもそも何故清司郎は、このようなことをしているのか? 別に恵真自身を傷つけようとしているわけではない。彼女の身体を、裸に引ん剥いてやろうとしているのだ。
全ての人間が消えて、独りぼっちの世界になった清司郎。そんな彼が、この現状において考えついた行動は、そんな何とも低レベルなものであった。
動けない人間の姿を見て魔が差した、程度であれば良いが。最もそんな彼の発想も、これでは実現しそうにない。
「くそがぁあああっ!」
全く事が進まず、ヤケになった清司郎は、チマチマと削るのをやめた。刀身の根元近くの柄に手をかけていたのを持ち直す。
今までは恵真の身体を傷つけないように、かなり加減して石を突いていたが、もうそんなことはしなかった。これだけ頑丈ならば、思いっきりやっても、どうせ壊れはしない。
清司郎は薙刀に込めた気功を、最大限に高める。大必殺技発動の準備だ。極めて強い気功を纏った薙刀を構え直し、清司郎は思いっきり恵真の石像を斬り付けた。
ズバッ!
その一閃を放ったときには、実に見事な音が鳴った。恵真の石像に、少しぐらいは傷をつけられたのかというと、答えはYesだ。傷をつけるどころか、石像そのものを二つに割ってしまった。
横薙ぎに放たれた一閃が、恵真の胴体を真っ二つにする。腹から別れた彼女の上半身が、一瞬宙を浮き、そしてズルリと下半身からずり落ちた。
これはどういうことかというと、清司郎は加減をしなさすぎたのだ。
「あ・・・・・・」
やっちまった感じの清司郎。足下に転がった、恵真の上半身を見て、ショックのあまりしばらく固まっていた。
(やべっ、殺しちまった!? いや、俺ら天者は死なないんだよな? こういう場合だとどうなるんだ? 元に戻ったら、やっぱり身体が割られて生き返るのか!?)
清司郎はこれをどうすべきか悩んだ。悩んで悩んで、悩み抜いた末、彼は決意する。それは自分がしたことを、知らなかった、見なかったことにして、この場から逃げ去ることであった。
その数時間後の、その日の夕方のこと。翔子と鷹丸を乗せた、巨大鳥・タカ丸が、ある街へと空から訪れていた。
そこはかつて無心病の発源地であり、翔子・鷹丸・ザリ太郎が、あの亡霊と戦った戦地となった街である。
街の中心部、あの麒麟の像がある広場に、彼らは舞い降りる。この街は他の集落と違って、石像は一つも無い。
事件が起こる前から、既に人から捨てられた街なのだから当然だ。地面に降りた鷹丸は、すぐ目の前の麒麟の石像と、その台座にある文字を見やる。
「本当だ。麒麟とヤキソバって書いてあるな」
「うん、阿部さんが言ってた、石化の災害が起こった所って、多分ここなんだと思う」
実は翔子は、葉子から話を聞く前に、麒麟・ヤキソバの名前を聞いたことがある。それがこの街である。当時は変な名前の霊獣だという感想しかなかったが、今はとてつもなく重要な情報であった。
「多分ストラテジストが、ここに亡霊を集めたのも、これが原因なんじゃないかなって気がするんだ。もしかしたら、手がかりがあったりするかも・・・・・・」
翔子の言葉はかなり自信なさげだ。まあ石化の件で、他に思い当たる場所が、ここしかなかったわけだが。
「まあ、適当に探るとするか? この街にも図書館とかあんのか?」
ビビビビビビッ!
二人が手がかりを探そうと、その街の地面を数歩歩いたときだった。翔子の持つ通信機の、光線銃のような機械音声が鳴り響いた。
これから探し物をしようとしていた翔子は、突然の呼び出しに、やや鬱陶しそうに、懐から通信機を取り出す。
「こんな時に誰なの? ・・・・・・・・・ていうか本当に誰!? この世界には私達しかいないのに!?」
途中で重大な事実に気がつき、翔子は興奮して様子で通信機を受信した。そして耳を当てると、その向こうからとても聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「はっ、はいいっ! もしもし!?」
『翔子か。無事だったんだな? 齋藤 恵真だけど、判るよな?』
その声はかつて、王都の城の中で、石眼によって石化されたはずの仲間。齋藤 恵真の声が、最後に話したときと同じように、気楽な口調で話しかけてきた。
更に数十分後の城内政務室にて。その部屋には齋藤 恵真がいた。数時間前まで、石となって永遠に時を止めていたのに、今は何事もない元気な姿で、耳元に通信機を当てて喋っている。
先程清司郎に斬られた胴体には、今は傷一つ無い。ただし彼女の鎧と下の布地が切り裂かれていて、今は半裸の状態である。
「うわ~~~私が寝てる間に、そんな怒濤の展開? 私ら置いてけぼりじゃん」
『寝てたっていうか、石になってたんだよ。齋藤さんはどうやって戻ったの?』
通信機の向こうからは翔子の声が聞こえてくる。彼女から今までのことを聞き出していた。しかし次に出た翔子の質問には、恵真は答えようがなく、困った顔をしている。
「そんなの私にも判んないわよ。何か気がついたら、元に戻ってたし。何故か高かった鎧が壊れてるし。時間が経つと戻るもんなんじゃないの?」
『そんな筈ないんだけど・・・・・・天者だと特別なのかな? 近くに奈多君もいるよね。その人はどうしてる?』
「いや、今も変わらず石のままさ。こいつがやられたのって、私が石になってから、そう時間差はないはずだろ? だったら少し待ってみて・・・・・・おや?」
倒れている一樹の石像を見ながら会話をしている途中で、恵真が何かに気がつき、眉を潜めた。
『どうしたの?』
「この城に誰かいるぞ。私以外の人の気配だ。ここに奈多以外に、天者が石になったことあるか?」
『それは判んないよ。奈多君がやられてから、すぐにここから逃げたし。城に他に天者が来たことは?』
「私が知る限りないな。ちょっと確かめてみるわ」
通信機の電源を入れたまま、それを懐にしまう。そして腰のものを抜刀し、いつでも戦い出来る姿勢で、恵真は政務室をでた。
日が沈みきりかけて、暗くなり始める時間帯の城内。恵真は城内の廊下を、いつ何が起こってもおかしくないと、警戒をしながら歩き始める。
城内の中は、未だに人気が無く、実に静かだ。そして城内のあちこちに、かつて城で働いていた者達の石像がある。現時点、恵真以外に石化から脱した者は、一人も見受けられない。
謎の気配を追って、恵真が辿り着いたのは、この城の浴場だった。かつて国王専用だった、高級木材で造られた、とても広い木の風呂である。
そしてその風呂のある所から、僅かだが熱気が溢れている。
(噴水が止まってたし、城の設備の電源が切れてるはず。誰なんだ?)
色々考えながら、その浴場の、無駄にえらく豪華な絵が描かれた扉を手にかける。そしてそれを、まるで斬り込みをかけるかのように、開け放った。
その浴場は、現在なみなみととお湯が溜まっていた。一人が入るには、無駄に広い、高級温泉旅館のような湯船には、たった一人の人間が浸かっていた。
湯船の縁に背中をかけて、風呂場で気持ちよさそうに眠っている。
「おいっ、お前誰だ!?」
そんな彼に後ろから刀を突きつけて、彼女は冷たく言い放つ。頭に鬼人の角があるから、天者なのだろうが、恵真はクラスメイト全員の顔をよく覚えていなかった。
その何とも暢気な姿に問いかけた言葉には、何となく口調に苛立ちが感じられる。
「・・・・・・んあ? おおおおっ!?」
その人物=清司郎は、その言葉に目を覚まし、怠そうに後ろを振り向くと、素っ頓狂な声を上げて、湯船から立ち上がった。
「齋藤お前戻ったのか!?」
「ああ、戻ったよ」
「マジか!? 身体が二つに割れたのに、うわぁ天者って本当に不死身なのな!」
ちなみ現在恵真は、石化の際に斬られた影響からか、鎧と上着が切り裂かれて、今も半裸状態である。
さっき裸にしてやろうと、悪戯をしていた清司郎だが、実際に見てみると、小学生の体型の裸には、思ったほど興奮しなかった。
だがそれよりも、彼は恵真にとって、かなり重大な発言をしてしまっていた。
「真っ二つ? どういう意味だよ?」
「あっ・・・・・・」
自分が口走った言葉に、彼はあまりのうっかりに、斬ったときと同様に固まってしまっていた。
まもなくして、翔子の元へ、再び恵真からの通信が届いてきた。急に話を切られて、どうしようかと二人が麒麟像の前で立ち往生していた時に、再び通信機が鳴り響く。
『翔子! 石化の呪いを解く方法が判ったよ! どうも私ら天者限定の方法みたいだけどな!』
「えっ!?」
『石になった仲間で、場所を知ってる奴は、今どこにいる? そいつらの石像を、すぐにぶっ壊せ!』
 




