第三十三話 全員集合
恵真と翔子が連絡を取り合ってから二日後。赤森王国内のとある森の中。
広大な山林が広がる、緑豊かな大地に、少しおかしな空気が流れ始めた。近くに人里がなく、山の獣だけが住人の土地だったが、この時は住人が一斉に入れ替わっていた。
元より住んでいた鳥獣達は、どこかへと逃げ去った。何に対して逃げたのかというと、その山林の大地を埋め尽くす、大量の白い蛇達にである。
生えそろう木々の根元の地面。木の葉に日光が遮られて、薄暗いその大地に、とても長くて太い物体が、ウネウネと蠢きながら、密集している。
それはこの地区の山林に集まった、数千の石眼達。この世界の人間の全てを石に変えて、役目を終えた彼らは、全てこの場所に集まっていたのだ。
すごいのは数だけではない。その大きさも、普通の蛇よりも遥かに大きい。最も小さい個体でも、人間の大人以上の大きさがある。中には大きすぎて、移動の際に山林の木々を薙ぎ倒している者もいた。
普通の石眼はこんなに大きくないし、これほどの群れを成さない。ストラテジストによって、急速進化・大増殖した者達だ。
その山林の上空に異変が起こった。曇り空で少しくらいこの日の空に、二点の歪みが現れ始めた。
空間が円の形で蜃気楼のようにユラユラ揺れたかと思うと、そこに謎の円が現れる。空に円形の、鍋の蓋のような赤い皿のような円形の、異質な何かが発生したのだ。
その場所の空間だけが、赤黒い空間が発生しているのが見える。その円は下向きに開いているため、地上から見上げれば、その円の中の、真っ赤な沼のような質感がよく見えるだろう。
その穴はとてつもなく大きく、直径百メートル近くある。それが二つ、石眼達が群れなす大地の上空に、突如開いたのだ。
その穴の真下にいた石眼達が、もの凄い速度で、その場かから離れる。実に慌ただしく、逃げるように、時折石眼同士の胴体が踏みあったりしながら、あっというまにその場から消えていく。
その円から、何かが這い出てきた。赤い部分が、水面のように揺らめき、そこから沼から何かが這い出るように、何かが出てくる。
それは蛇の頭であった。
石眼達と同じ、アルビノのように真っ白な鱗と、真っ赤な目を持った巨大な蛇の頭が、ヌッとその赤い下向きの沼から頭を出してきたのである。
それは頭から首へ、首から胴体へと、どんどん下へと伸びてくる。それは一匹ではなく、他に数匹、その円から出てきているのだ。
そしてある程度彼らの身体が、円から出てくると、その蛇たちの首の後ろにある物が、一気に落ちてきた。
ズウン!
赤い沼=空間の穴から、一気に下に降りてきた謎の物体。それは何本もの首を持った、八岐大蛇のような姿の巨大石眼。
そう、少し前に鷹丸達が倒した、七首石眼と、姿も大きさも全く同じモンスターが、空間の穴を飛び越えてこの世界に姿を現したのだ。
その巨大な身体が、地面に落下した衝撃で地面が揺れ、歪みの下にあった木々が、バキバキとへし折れて潰される。
そしてそれは一匹ではない。先程説明したが、最初に空間の歪みは二つあった。もう片方の歪みからも、全く同じ事象が発生していた。あの七首石眼は、この山林に二体姿を現していた。
鷹丸達がラスボスかと思っていた七首石眼が、この世界に新しく二体現れてしまった。どうやら彼らは全滅していなかったらしい。
「「ジャジャーーーーー!」」
周囲を取り囲む無数の石眼達が、降臨した二体の七首石眼に向かって、歓声のように聞こえる鳴き声を一斉に上げていた。
一方のその頃、ヤキソバの石像があった廃町にて。
二日前までは、鷹丸・翔子・タカ丸の三名しかいなかったこの町は、一気に人の数が増えていた。そしてもうすぐ更に数が増えるだろう。
ヤキソバの石像がある広場にて。そこには最初の三名の他に、齋藤 恵真・田中 清司郎・奈多 一樹・清水 定雄・剣崎 直人・若松 梅子・三浦 達紀・阿部 葉子らがいた。
彼らの大部分は、少し前まで石眼達に石化された天者達である。だが今は完全に石化が解けており、平然とした様子で、何かを待っている様子で、その広場に立ち尽くしあるいは座り込んでいる。
この場にはいないが、町の外の森の中には、ザリ太郎の巨大な姿がある。
「もうそろそろかな?」
翔子がそんな風に口ずさむ。彼らの一斉に向ける目線の先には、二十人以上もの、石像があった。
皆無造作に並べられており、その全てが、斬られたり砕かれたりして、何らかの破損をしている。
その姿は皆異なっている。
侍のような身なりと、刀を腰にした者。
神職や陰陽師のような、妖術使い風の衣装と、杖を持った物。
何でもない町人・村人のような身なりの者など。実に様々だ。
全員に共通しているのは、皆体格が小さく、十代前半の少年少女の姿をしていることだ。彼らはただ単に、石眼の被害にあった被害者ではない。
ここにいる全員が、翔子達と同じ、一度石眼に敗北し、石化させられた天者達である。
齋藤 恵真からの連絡を受けて、翔子はすぐに崩壊した拠点に戻った。そこには石化させられ仲間達がいる。
七首石眼を倒した後、彼らをどうすればいいか悩んだ末に、そこに安置しておくことに決めたのだ。そして言われた通りに破壊したところ、まさに恵真が言ったとおりのことが起きたのだ。
「おっ!」
「始まったな」
並べられた破壊された天者達の石像に、いよいよ変化が起き始めた。大きな破損をした彼らの石の身体が、突如緑色に発光し始めたのだ。
石像全体が発光体となって、蛍の光のように、曇り空の薄暗いその場を照らし始める。この光は、天者復活の時に発生する、再生の光に酷似している。というより、それと同じものである。
緑色の光の塊となった石像達は、そのまま形を変え始めた。人の形をしていたのが、アメーバのように形を崩す。
身体が二つに割れた石像は、粘土のようにくっつき、混ざり合って一つに戻る。一旦人の形を無くした天者達。
だがすぐに第二の変形が始まり、再び人の形をなし始めた。やがてそれが完全に元と同じ人の形となると、ゆっくりとその光が消え始める。
「ひゃあっ!」
「うおおっ!?」
「来るなぁ~~~!・・・・・・て、あれ?」
その場にいた天者達が、それぞれ独自の声を上げて、蘇った。
光が完全に消えると、そこには天者達の元通りの姿があった。さっきまで壊れた石像だった彼ら。だが今は、もう完全に石化から脱却している。
石化した後に、破損したところも、今は存在していない。首をぶった切られていた者も、今は元通りに頭と胴体が繋がっている。
そして石化される直前の記憶を持っていた彼らが、一様に驚き、困惑しきっていた。
「何だこれ? どうなってんた? 蛇はどうした」
「ここどこだ? ていうか皆いる!?」
「翔子! これどうなってんの!?」
以前四所川原村で、翔子と別れた天者=長谷川 清子が、自分たちから少し離れ場所で、こちらを冷静に見ている翔子を見て、一気に詰め寄ってくる。
「清子! それに皆も! 元に戻ったんだね! 良かった・・・・・・」
「良かったって何よ!? あんただけ納得してんじゃないわよ!」
自分たちと違う場所にいて、尚且つ慌てている様子がない、翔子達数人。その姿を見た、今復活したばかりの者達が、清子同様に彼らに詰め寄ってきた。
「おいおい! 俺たちはどこにいるんだ!? 他の皆はどうした! 白蛇共はどこにいった!?」
「ちょっ、ちょっと犬神君・・・・・・」
彼らの中で、犬神拓也とその仲間達三人が、特に強い口調で説明を求めている。彼らはあの洞穴の中にいた。
そして彼らと一緒に、あの洞穴に避難していた桃井エナを含めた、全ての人々が、彼らと同様に石になっていた。結局犬神達は、彼らを守り切れずに敗北したのだ。
「・・・・・・ちょっと落ち着けよ。お前らは死んで蘇ったんだ。天者なら、生き返れるのは知ってんだろ?」
「他の奴らはどうした!? それじゃあ皆死んだのか!?」
「ていうか、あんた誰よ?」
翔子達に詰め寄ってくる彼らに、何とかどうにか落ち着かせようと話しかける鷹丸。
その言葉に更に荒れ始める犬神。そして事情を知らず、鷹丸を覚えていないが故の質問をしてくる清子。一から話し始めるのに、この後しばらくの間、時間をかけることとなった。
しばしして、翔子達の説明が一息つき、復活した直後は混乱していた面々も、ようやく落ち着き始める。
「なるほどね・・・・・・今この世界で生き残ってるのは、私達六年二組だけってことか。・・・・・・ざまあね」
「清子・・・・・・さすがにその言い方はちょっと・・・・・・」
現状彼ら理解しうるのは、今この世界の住人は、今ここにいる者で全員であるということ。そして召喚直後は、一名かけていた六年二組のメンバーが、最近になって遅れながら加入したことであった。
「それでこれからどうするんだよ? この世界で俺たちだけの世界を作っていくか?」
「楽しいか? そんな世界・・・・・・。今までみたいな旨い飯も、祭りもなくなるんだぜ」
「そもそも本当に、俺たちしか、あの方法で石化を治せないのか?」
「何なら誰か試してみるか? 俺はやらねえけど・・・・・・」
「俺だってやらねえよ。人殺しになったらたまんねえや・・・・・・」
広場の中で、六年二組の皆が、口々に話し合っている。最もの話題も、最終的には、全く判らないという結論に達するのだが。
自分が何も守れていなかったショックからか、今まで黙り込んでいた拓也が、ふと何かを思い出したように、翔子に問いかけた。
「そういや翔子・・・・・・この場所に、見事に全員揃ってるけど、よくこれだけ簡単に集められたな?」
「ああ、うん。それは・・・・・・」
「私の占いで、あんたらを見つけ出したのよ。人捜しなら、この程度ちょろいものよ」
翔子の代わりに答えたのは、阿部 葉子であった。あの占いの得意な天者である。これに何故か、拓也が微妙な顔をしている。
「でも俺たちが行方不明になったときは、見つけられなかったじゃねえか? その間、俺があのクソアマにどんな目にあったか・・・・・・」
「国内だけを探索していたからね。まさか赤森から出ていたとは思わなかったわ。これは私らのうっかりね・・・・・・」
「まあいい・・・・・・その占いで、石化を解く方法は見つけられないのか? このヤキソバとか言う奴に頼る以外で・・・・・・」
拓也がそう問うが、葉子は首を横に振る。そして喋るのもめんどくさそうな、たるい口調で話し始める。
「そんな簡単に見つけられれば苦労はないわよ。大体私の占いじゃ、人や物を探すだけならできるけど、形も何も判らないものを探せなんて言われてもね・・・・・・」
「まあ・・・・・・そうだよな・・・・・・」
結局は話しは元通り。これから何をすれば良いのか、全く判らないという結論に達する。
唯一二つの世界を行き来できる力を持っていた召喚の精霊も、例の七首石眼の言うとおりならば、石化して既に向こうの世界に飛ばされている。
「別に良いんじゃないの? 元に戻さなくて・・・・・・。どうせこの世界を助ける義理なんてないし。ここで私達だけで生きていくのも、やってみれば楽しいかもよ」
「そんなわけいくか! お前はこの世界の人達を見捨てるって言うのか!?」
「ええ、そうよ」
急に冷たい言葉を発した清子。それに消沈し始めていた拓也が、一気に激昂する。だが清子はそんな彼に、動じることなく、答えてくる。
「あんたらはこの世界に、どんな思い出があるかは知らないけどね。でも私にとっては、何一つ良いところが見つからない世界よ。どこを行っても、人を余所者の化け物扱いだし。しかも戦わないことを、色々ぶつくさ文句言ってきやがるし。私らは勝手にこの世界に連れてこられたのよ? 力だって好きで貰ったわけじゃないのに、どうしてこの世界で戦うのが当然みたいに言われるわけ!?」
最初は機械のように無感情な声だったのが、最後になると静かな怒りと苛立ちの感情が感じられる、実に冷たい口調になっていた。
「そりゃそうだけどよ・・・・・・俺だって最初は色々あったけどさ・・・・・・でも最後には皆良くしてくれたし・・・・・・」
「あいつらの都合の良いように動けば、そりゃそうなるよね。私みたいに平穏を求める人に対してはどうだと思うの? あいつら役に立たない奴には、簡単に本性を見せるわよ。こんな勝手な世界をどう思おうが、私の自由でしょう?」
清子の言いたいことに関しては、この場にいる誰だって同じ境遇だ。理不尽な立場であっても、この世界を受け入れた者もいれば、そうでないものもいる。
そして皆が各々に違う考え方があったからこそ、今日までずっと皆バラバラに動いていたのだ。
「ちょっといいか?」
皆がどう口を挟めば良いのか判らず、その場が静寂に包まれようとしたその場を、勇敢にも・・・・・・というか深く考えていないような口調で声を出したのは、鷹丸であった。
これまで一人だけ、向こうの世界に残っていて、そして現時点この場にいる者で最強の力を持つ彼に、各々様々な感情を向けて、皆が一斉に視線を向く。
「この世界を救うかどうかは、俺は知らないよ。俺この間まで、この世界なんて知らなかったし・・・・・・・。でも俺たちの世界は救わなきゃいかんだろ? アニメもゲームも何もない。そんなつまらない世界で、ずっと生きるなんて、俺はゴメンだぜ?」
鷹丸のその言葉は、現状において最も現実的で、この場にいる全員が同じ意見を述べられる、絶対的な意見であった。
「まあ・・・・・・そうだな。どのみち石化を解く方法は、探し出さねばならん。もしそれが見つかって、余裕があればこの世界も助けようということで、皆は別に構わないだろう?」
今まで生徒達の言い合いを、黙って傍観していた清水教諭が、ここで一気に話しをまとめにかかる。この言葉に、特に反対を口にする者はいなかった。
世界で生きている者が、自分たち三十六人しかいない世界に、どのような生きがいがあるというのか?
「まあ・・・・・・そうだわな」
「俺も同意。これってこっちの世界の問題だけじゃないし」
「うん・・・・・・清子もそれでいいよね」
「・・・・・・いいわよ。勝手にすれば」
「でも実際問題で、どうやれば石化を解く方法を見つけられるのござる?」
最後の一樹の言葉で、また話しは最初の問題に戻る。清子の主張で話が逸れていたが、そもそもの一番の問題はそれであった。
「そりゃ向こうの世界に行って、石化したヤキソバを見つけるしかないんじゃね? それでぶっ壊して、元に戻せばいいし」
その場の沈黙を破ったのは、またしても鷹丸であった。相変わらず緊張感のない口調である。
「どうやって元の世界に戻るんだよ? ていうか、麒麟てえのは俺たちみたいに戻るのか?」
「あの変なオレンジボールは簡単に出来てたぞ。案外調べてみれば出来るんじゃね? それに石化の戻し方は大丈夫だぞ」
「ああ、お前らが復活するまでの間に、この街の資料を調べたからな」
鷹丸の言葉を引き継いだのは、恵真であった。他の最初に戻った面々も、既に話しを知っていて頷いている。
「この街に伝わっている話だと、どうやらヤキソバも緑人らしいな。私らと同じように、死んでも生き返れるんだ。それなら同じ条件で生き返れるだろ?」
「緑人? そいつは麒麟だろ? 緑人てのは、人間でなくてもなれるのか?」
「ザリ太郎がいるのに、今さら何言ってんのさ?」
この街に残されていた、民間伝承や図書館の資料だと、何とその麒麟もまた、天者達と同じく緑人だというのだ。
正確には半緑人というもので、渡辺 紺という上位の緑人から、血を分け与えられて力を与えられたのだという。
「元の世界の帰り方も、私は何となくだけど、見つかる気がするんだ。今までは赤森の中しか調べてなかったけど、今度からは他所の国のことも調べてみようと思う」
「国境問題とかどうするんだよ?」
「そんなの誰も気にしないよ。私達以外は、皆石になってるんだし」
「ああ、それもそうか」
今まで最後まで元の世界の帰還法を探していた翔子の言葉に、最初は絶望的な雰囲気だった皆に、少しずつ希望がわき始めた。
自分たちはまだ、この世界の一部しか知らなかったことを、うっかり忘れかけていたのだ。
「お~~~し、やることは決まったな! よしっ! 皆で探そうぜ! 俺も別の国に渡ってみなかったしな」
相変わらず明るく熱い口調で、剣崎 直人がそう叫ぶ。これがきっかけで、皆が口々にどこを探すかを言い合い始めた。
これまでは色々政治的な事情で、外国に出れなかったのだが、今は自由にこの世界を渡れるのだ。皆外国がどんなところなのか、全く興味がなかったわけではないのだ。
「あい阿部、何か探しがいある国とかないのか? 運勢的にさ」
「また私に聞くわけ? まあいいわ。試しにやってみるから」
そう言って葉子が、その場に胡座で座り込んだ。そして目を閉じて、瞑想のようなポーズで黙り込む。
何をしているのかというと、占いをしているのだ。葉子の占いは、一般にイメージされるような、水晶玉やカードなどの道具は一切使わない。
何も使わず、意識を集中させて、この世界の運命の流れを読み取るのだ。見た目は地味だが、これでも彼女の占いの力は絶大だ。葉子の行動に、皆の視線が一様に葉子に集まる。
「よ~~~し、頑張れ阿部!」
「気が散るから黙って! 皆もあまり目を向けないで、視線が嫌で集中できない!」
熱い応援を口にしようとした直人が、そう一蹴されて、ぐったりと落ち込む。他の者達も、身体を時計針のように回転させて、葉子に背を向けて視線を外した。
それからしばらくして、時間にして二、三分ほどだろうか? それほど時間がかからずして、葉子は両目と口を開いた。
「あのさ・・・・・・」
「おおっ、見つかったか!?」
「剣崎は少しウザイから黙ってて。運勢の良いところはまだ見つからないわ。でも・・・・・・」
何か含むような言い方に、皆が不思議そうな顔をしながら、向けた背を戻して、彼女に目を向ける。
「最悪の運勢の国はすぐに見つかったわ。この赤森王国よ。あの白蛇怪獣どもが、わんさか湧いてきて、こっちに向かってきてるわよ。現在進行形でね・・・・・・」




