第三十話 八岐大蛇
大急ぎで拠点に駆けつけたとき、その光景は朝見たときとは、見る影もなく変わってしまっていた。
かつて壊された城の代わりに、葉子が一生懸命作ってくれた、あのマンション風の拠点は、原型を全く残さずに破壊され、その場には粉々になった瓦礫の山があった。隣にあった倉庫も同様である。
その瓦礫の山の前には、二つの石像。刀を構えたまま、灰色になって全く動かなくなった、清水教諭と三浦 達紀の姿がある。
近くにある円形の湖の岸部近くには、巨大なザリガニの石像が置かれていた。調べずとも判る、あれはザリ太郎だ。これまで見てきた石化の被害者の中では、最も巨大な石像である。身体をひっくり返された状態で、身体の裏側の、胸部や腹部には、何本もの折れた突起が突き刺さっていた。
あれに似たものを以前見たこともある。前にガルゴに噛みつき、途中で牙を折ったときに、ガルゴの首に刺さっていた石眼の牙だ。
「そんな・・・・・・皆やられちゃったの? あいつに・・・・・・」
その石像の近くには、この事件の犯人がいた。破壊された拠点よりも、石化された仲間よりも、何よりもこの場で人目につくのは、確実にそれだろう。
「何なのあれ? あれも石眼なの?」
「そうなんだろうな・・・・・・進化しすぎて変わりすぎだろ・・・・・・」
それはとてつもなく巨大な石眼だった。身体の体積だけでも、以前ガルゴが戦った大石眼の三倍はある。
驚くべきは大きさだけではない。その姿形も、これまでの石眼と比べると、あまりに奇異であった。
これまで出現した石眼は、大きさはともかく、外見は普通の蛇とほとんど変わらないものだった。だが今この場にいる大石眼は全く違う。太くて長い胴体の上半身の辺りが、途中でタコの足のように、いくつにも分裂していた。
その別れた胴体の、一つ一つが、独立した蛇の胴体となっており、その先には普通の大石眼の姿がある。その蛇の首と頭は、それぞれ独立して動いており、上空にいる鷹丸達を見ている。それは複数の蛇がまとめて束ねられたような姿であった。
さっき通信にあった、葉子の八岐大蛇という表現は、実に的を射ていた。これは日本の神話に出てくる怪物の、八岐大蛇と実にそっくりである。
ただしあちらと違って、尻尾は分裂しておらず、一本だけである。首の数は八つではなく、七つであったが。
これまで延々と戦い続けてきた石眼とは、明らかに一線を画するその姿。
ならばあれは石眼とは別の存在なのかというと、そんなことはないだろう。少なくとも敵であることは間違いない。
「翔子、俺が出たら出来るだけ離れろ。多分お前じゃ、一睨みで石にされる」
鷹丸の言葉に、翔子は悔しそうな顔をしながらも、首を縦に振る。そして鷹丸がタカ丸から飛び降りたと同時に、鷹丸は即座に変身した。
ズン!と相変わらず豪勢な地響きを発てて、大地に降り立つガルゴ。
『てめえ、やってくれたな! 今まで生きてきた中で、お前ほど殺意を感じた奴はいないぜ!』
この高原で二匹の怪獣が対峙する。だがその両者の体格の開きは大きい。こうしてお互い同じ場所に立つと、この七首石眼の巨大さがはっきりと判る。まるで子供とプロレスラーが睨み合っているようだ。
「「ジャジャ~~!」」
七首石眼の七つの頭が、ガルゴに向けて一斉に大口を開けた。赤い舌と鋭い牙が、ガルゴに向けて剥き出しになる。
これまでの経験からガルゴは、七首石眼は最初に体当たりを仕掛けてきて、それで自分の身体に組み合ってから、あの石化の牙で噛みついてくると思った。
そのため敵の突進に備えて身構えたが、実際の攻撃法は、想像とはあまりに違っていた。七首石眼のそれぞれの口の奥から、赤い光が放たれた。
その光は口の中で、一つの光球の形をなし、そして蓄えられたエネルギーは、直線上の波となって、ガルゴに向かって放出された。
(何!? 熱線だと!?)
虚を突かれたガルゴは反応が遅れ、避けることも出来ずに、その七つの熱線を全て受けてしまった。
ドォオオオオオオオオオッ!
かつてのどかだった高原で、メガトン級の核兵器を越えるほどのエネルギーの、熱と衝撃が発生する。
七つの熱線を全身に喰らったガルゴは、ホースの放水でものが押し出されるように、どんどん強制的に後退させられる。踏ん張って地面についた足が、大地に大きな溝を作りながら、後ろへ後ろへと追いやられる。
そして高原の坂の辺りで、その足が宙に浮き、ガルゴの身体が吹き飛ばされる。
「グガァァアアアアアアッ!(うぁああああああああああっ!)」
ガルゴの巨体がその熱線の威力に押されて、宙に浮き上がる。だがその敵の熱線のエネルギーもそこで尽きたのか、そこで七首石眼の口から、光が途切れた。
だがその衝撃の余波は完全に消えず、ガルゴは後方に二百メートルほど飛び、やがて地面に倒れながら百数十メートルほど転がっていった。
「鷹丸!」
少し離れた空から、これを見ていた翔子が、思わずそこまで駆け寄ろうとしたが、すぐに我に返って自らを押しとどめる。
今まで無敵の強さを発揮していたガルゴが、今この場で力で押し返された。翔子はその事実に、少なからず衝撃を受けていた。
(ううっ・・・・・・クソがっ!)
どうやらあの熱線は、連続して撃てないらしい。七首石眼の攻撃が、一時中断する。その間に、ガルゴは尻尾を振りながら、どうにか立ち上がる。
全身の鱗が少し焦げて、色が濃くなった姿だ。火傷だけでなく、身体を襲った衝撃による痛みも半端ではない。少し前に味わった、車に轢かれた痛みよりは、まだマシな方だが、それでもかなりつらい。
『何だお前! そんな蛇らしくない攻撃は!? 俺の真似でもしたのか!?』
ガルゴが睨みを利かして、七首石眼にそう声を張り上げる。別に話が通じるとは思っていない。だが何となく、言ってやりたい気分だったのだ。だがここでまた、予想外の出来事が起きる。
『そうだ。貴様には石化はあまり効かないようだから、それとは別の力を得るよう、我は新たな進化をした!』
その場で発せられた、その電話越しに話しかけるような高い声は、ガルゴの声ではなかった。
中年女性のような人語で、それは七首石眼の方から発せられたのだ。
これにはガルゴも、遠くから見ていた翔子も、唖然とする。まあよく考えてみれば、石眼に知性がないだなんて、誰も言っていなかったが。
『おいおい・・・・・・お前喋れんのかよ!? 石眼ってのは、そういうもんなのか!?』
『違う。我だけが特別だ』
ご丁寧にガルゴの疑問に返答してくれる、ちょっと親切な七首石眼。
質問に答えただけでなく、二人が一番に疑問に思っていたことを、自分から話し始めた。
『我には名はない。お前らが魔王・ストラテジスト、と呼ぶ存在だ。そしてお前らが探し、殺したがっている、この世界の石化の元凶である。この石眼の肉体の中に宿って、お前らを倒すために、こうして出向いてきた』
魔王=ストラテジスト。この世界の災いの元凶であり、翔子達がこの世界に召喚された原因であり、そして今二つの世界に石化病を流行らせている、全ての元凶。
翔子達が、元の世界の帰還法と同じぐらいに探し求めていた者が、逃げも隠れもせずに、今こうして自ら彼らの前に姿を現していた。
「あれが魔王!? 何で今になって!?」
『唐突だな。黒幕ってのは、そう簡単に姿を現しちゃ駄目だろ?』
確かに唐突である。どうやらこの七首石眼は本体ではなく、内部に寄生して操っているということのようだが、それにしても今まで手下ばかり差し向けてきたのが、自分から戦いに来たのだ。
『もう隠れる必要はなくなった。今この世界で、石になっていない人間は、お前達と、今はまだ逃げ回っている天者が一人。合わせて三名だけだからな。お前らを永久に封じ、その後我は次の世界に渡る』
もうこの世界の人間は、鷹丸と翔子。そして誰だか不明の天者一人しかいない。
それが黒幕が隠れる必要が無くなった理由であり、そして二人にとっては驚愕の事実であった。
『へえ~~そうなのか? それは困ったな』
ショックで声も上げられない翔子とは対照的に、ガルゴの方は驚きなど微塵もない、冷めた反応だった。少し前から、そんな気がしていただけに。
『まあぶっちゃけ、この世界にそんな思い入れなんてなかったし、別に滅んだならそれはそれでいいがよ・・・・・・。ただ一つ聞かせてもらおうか? 何でこんなことするんだ? 別にこの世界に、恨みがあるわけじゃないだろう?』
『我の祖先の望みを叶えるため。かつて大人妖から力を頂いた者達の王は、この力を持って全ての世界を支配し、その王になることを望んだ。我はその意思を受け継ぎ、祖先の望みを叶えるまで』
人妖。以前あの召喚の精霊から聞いたこのある名前だ。だが翔子も鷹丸も、手短な説明を要求したため、その人妖の実体をよく知らない。
『何なんだ? その人妖ってのは?』
『かつて絶対たる力と、不老不死の力を求めた人間の成れの果て。お前達になりたくて、なれなかった無念に沈んだ者達とその子孫。私はその末裔であり、彼らの意思を次ぐために、同族の中で数少ない知性を手にした』
『なれなかった? 要は緑人の失敗作って事か?』
『その通りだ』
淡々と素直に質問に答える七首石眼。自身を失敗作呼ばわりされても、特に怒ったり悔しがったりする様子はなく、ただ事実のみを述べている。まあこいつにそういった感情自体、ないのかも知れないが。
『成る程な・・・・・・。確かに俺たちの力は、他人から見れば、すげえうらやましい力だろうな。犬神達なんか、それで一時監禁されてたらしいし・・・・・・。でもよ、お前の方は、そういった力には興味なさそうだよな?』
『肯定する。全ての世界の支配者となる。その祖先の願いを叶えるのが、我の絶対たる存在理由である』
『それはつまり・・・・・・お前は悪役として、いつ殺されてもいいってことだよなあ!?』
自身の目的意識を持たない、目の前の敵に、ガルゴは僅かに同情した。だからといって、救う手段も意味もある敵ではない。
今とるべき方法はただ一つ、目の前の強大な敵を倒す。実にシンプルで、鷹丸にとっても都合のいい結論に至る。
 




