第二十九話 激化
洞窟の内部は、翔子が思っていたとおり、かなり広かった。洞窟の入り口から、銃数メートルの通路を歩くと、ドーム状のとても広い空間が広がっている。半径百メートルを超えるだろう。
まるで競技場のような空間だ。セメントのような特殊な石材で、壁や床・天井が塗り固められ、真ん中には大木のような太い柱が床から天井に伸びており、簡単に洞窟が崩れないよう支えられている。
内部には魔法によって作られたであろう、光の球が浮いており、それが洞窟内部を明るく照らしている。
そんな空間に、先程拓也が言っていたとおり、近隣の住民と思われる者が、実に大勢座り込んでいた。
昔あっちの世界のテレビで見た、地震被災者の映像を彷彿させる。人々は複雑そうな表情で、内部に入ってきた翔子達を見つめている。
先程石眼は全滅したと、拓也は説明したが、まだ安心しきれないのか、未だに外に出ようとする者はいない。
「この洞窟は大昔に、闇商人が使っていたらしいわ。あまり表に出せない商品を、この隠し倉庫に置いておいたそうだけど。それを私が研究所に利用させてもらったんだけど、あの蛇たちが出てきて、それどころじゃなくなってね・・・・・・」
「ああ・・・・・・俺たちゃ、随分長くこの中で監禁されてたな・・・・・・」
恨みのこもった視線を、拓也は桃井 エナに向ける。洞窟のある一点で、一行が座り込み、翔子がガルゴに関することの次第を、説明していった。
「そうかい・・・・・・ザリ太郎のことといい、天者ってのは何でもありなんだな。そんでそいつの夢の中の話しで、俺らはこいつに殺されたと?」
「悪かったよ・・・・・・あれが現実だなんて、ちっとも思わなかったんだ」
かなり気まずそうに、鷹丸が謝罪の言葉を口にする。それに拓也達は、呆れた感じで大きく息を吐いた。
「はあ・・・・・・本当はこの場でぶん殴ってやりたいとこだが・・・・・・今はもういい。お前に助けられたのは確かだし、この状況で争ってられねえし。それに・・・・・・自分の力を楽しんで、好き放題やってたのは、俺たちも同じだしな」
拓也達は意外とあっさりと、許しの言葉を出す。それにホッとしながら、今度は翔子が桃井 エナに解いてきた。
「さっき言ってた麒麟の話し、桃井さんは聞いたことない? こっちの国に、そういう伝承があったりとか?」
「悪いけれど知らないわね。麒麟の昔話ならあるけど、どれも子供用に創作された話しっぽいし・・・・・・」
心底残念そうに、翔子は息を吐いた。そして今度は拓也達に問いかける。
「拓也達はこれからどうするの? 私達の拠点に来ない?」
「あいにくそうはいかねえな。こいつらを守らなきゃいけねえし・・・・・・」
こいつらとは当然、今この洞窟にいる避難民のことである。再び残念そうな表情を見せる翔子に、今度は拓也が問いかけてきた。
「お前・・・・・・今でも元の世界に帰りたいか?」
「えっ?」
「こいつの話だと、向こうの世界も全滅してるかもしれないんじゃないか? それでもあっちの世界に帰りたいと、今でも言い続けんのかい?」
「当たり前だろ! お父さんもお母さんも、皆心配してるだろうし! 皆はその辺のこと、考えてないの!?」
「・・・・・・そうだな。もし帰る手があるなら、一旦戻って、親父達に話しを済ませてから、こっちの世界に戻るのが一番いいな・・・・・・」
拓也が口にしたのは、結局の所、故郷を捨てるという結論であった。これに翔子は、少しムッとした表情を見せる。
「そんな顔をされてもな・・・・・・俺らがどうしようが、俺らの勝手だろう?」
「そうよだよな~~こっちじゃ学校も宿題もないし、ただ化け物を殺しまくってるだけで、世間じゃ英雄扱いだしな~~~」
「その発想、ちょっと幼稚じゃね?」
武の言葉に、鷹丸が突っ込むが、三人は特にぶれない。そんなこと自身も承知の上である。
「どのみち今がこの状態じゃ、帰るも帰らないもねえだろう? 考えんのは、あの蛇共を全部殺して、そのヤキニクとか言う奴を見つけてからだろ~~」
ヤキニクではなくヤキソバなのだが、武の言葉に、翔子は特に突っ込むことなく、無言で頷いた。やがて話しをまとめた鷹丸と翔子は、洞窟を出て、タカ丸に乗って帰還していった。
「ねえ、鷹丸は帰りたくない?」
帰り道の空で、翔子はふと思い出したかのように、鷹丸にそう問いかけてきた。
「うん? まあ、難しい話だな・・・・・・。こっちの世界に生活がどんなだったのか知らないし、あっちの世界のアニメの続きも気になるし・・・・・・まあもう二度と放送されないかも知れないけどな」
鷹丸の言葉に、翔子は無言だった。どうやら納得できる答えではなかったようだ。これに鷹丸は少しの間悩んだが、ふと何かに思い至って、再び応える。
「さっき犬神が言ってたみたいに、人それぞれだからしゃあねえじゃん? どっちが正しいわけじゃないし。実の所俺・・・・・・あっちの世界から逃げたいと思ってた。正確には逃げるんじゃなくて、ぶち壊したいってさ」
「ぶち壊す?」
「本気で思ってたわけじゃねえよ。ちょっとしたガキの妄想だ。お前らがいなくなった後、あっちの世界で色々あってな・・・・・・」
鷹丸の脳裏に、かつて自分に詰め寄ってきた、クラスメイトの親族の顔を思い浮かべる。もし今の子供の現状を、あの人が知ったらどう思うだろう?
「でもあっちの世界にだって、捨てたくないものはいっぱいあるんだよな。アニメ以外にも色々と。叔父さん達もいい人で、ずっと俺の面倒見てくれたしな。でもこっちの世界に来れたのも、結構良かったんだよな。お前ともこうしてまた会えたし・・・・・・」
「えっ?」
「こんなシリアスな話し、俺には決められねえよ。俺みたいな冷めた奴じゃな・・・・・・。悪いけど、これは他人任せにしてもいいよな? もしこの戦いが全部片付いて、それでもお前が帰りたいって言うなら、俺もついていくぜ」
「ちょっと待って! そんなのでいいの!?」
「いいぜ。言っちゃ何だが・・・・・・最後まで目的がぶれないお前は、俺たちの中で一番主人公ぽくて、かっこいいんじゃないか? そいつについていくのも、結構いいもんだと思うけど」
呆然とする翔子とは対照的に、鷹丸は軽く笑いながら、二人はまっすぐ拠点へと戻っていった。
拓也達と国外で出会ってから、数日が経過した。あれからこの二人はどうしたのかというと、とにかく戦いの連続であった。
葉子の占いのおかげで、石眼達の出現地はおおよそ予測できる。ただその出現地の数が半端じゃない。
鷹丸という大きな戦力を持ち、天者側の戦いは多少持ち直した。だがすぐに押され返されている。倒しても倒しても、次々と湧き出てくる石眼達の襲撃に対処しきれず、手遅れになった町村もかなりある。
今二人がいる場所も、まさにそんな状態であった。
『ようやくこれで全部か・・・・・・』
とある村の田園の上で、鷹丸が変身したガルゴが、疲れた口調でそう嘆く。
その田園はもはや完全に崩壊状態である。田の区画も植えられた苗も、全て踏みつぶされたり、土が盛り返ったりして滅茶苦茶だ。その滅茶苦茶の田園の上に、百を超える石眼達の死骸が転がっている。
とてつもないのは数だけではない。その一匹一匹の大きさは、以前拓也達が戦闘したものよりも遥かに大きい。大きさは固体によってまちまちだったが、共通して言えるのは、どれも象を飲み込めるほどの大きさだということだ。
そんなものが百以上も、この田舎の村に出現したのである。ガルゴによって、頭を踏みつぶされたり、身体を引き千切られたり、喉を噛み千切られたりした死体が、田園の上にゴロゴロと転がり、田の水を真っ赤な沼に変質させている。
二人が駆けつけたときは、この場所は既に手遅れで、村人達は全員石化していた。家屋の中で隠れていた者もだ。
ある程度レベルの高い石化眼だと、あの赤い光を直接見なくても石化してしまう。敵は倒したのに、誰も救えなかった。そんな体験を、二人は今日だけでも三回も経験している。
連戦で疲れ切ったガルゴに、タカ丸に乗った翔子が彼の頭の位置に飛んできた。
「ありがとう鷹丸。それとごめん。今日も役に立てなかったよ・・・・・・」
『何度も言わせるな。そんなの気にするな』
日が進むにつれて、初期に出現したような、普通の蛇と同じサイズの石眼は姿を現さなくなった。
出現する石眼達の、平均的なサイズはどんどん大きくなっている。以前岩樹で遭遇したのと同じような、ガルゴと同サイズの怪獣石眼も、これまでに二回遭遇している。いずれも無事に倒したが・・・・・・。
最初は翔子も、戦いに参加してきた。だが敵の力がどんどん高まるにつれて、次第に彼女にできることはなくなり、もはや足手纏いにしかならない状態である。
ガルゴの変身を解いた鷹丸が、翔子と共にタカ丸に乗り、村の状況を見ずにこの場を飛び立つ。今は被害状況を確認する余裕する、彼らにはなかった。
もうこの世界で、どれだけの人間が生き残っているのかも、全く見当もつかない。
「葉子に次を聞いてくれ。俺はまだ戦えるから・・・・・・」
「うん・・・・・・ごめん・・・・・・」
疲労のせいか、明らかに顔色が悪い鷹丸。それに翔子は、すまなそうな顔をしながらも、現在拠点にいる葉子に向けて通信を送る。だが・・・・・・
「あっ、葉子。さっき占った分は、全部倒したよ。次の出現地は・・・・・・」
『占う必要はないわよ・・・・・・今こっちに来てるから・・・・・・』
通信機の向こうから聞こえてた声は、やけに小さく、そして震えているように聞こえた。そしてその言葉の内容に、二人は顔を青くする。
「ちょっと、こっちに来てるって!?」
『八岐大蛇が出たの・・・・・・お願い助けて! 私、死にたくない!』
その泣き叫ぶような声が最後だった。その場で通信が唐突に切れる。その後、その通信機が繋がることは、二度となかった。




