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第二話 大怪獣現る

 数多に存在する並行世界。その一つの世界の、とある山の中でのこと。


 標高の低い山々がいくつも連なり、多くの木が生い茂る森林地帯。山と山の間に、河川が何本も伸びている。

 ここは完全な自然の森というわけではなく、全体の二割ぐらいは、木材を取るための人工林であり、いくつかの山村もあった。

 中流の河川の脇には、山を通り抜ける山道があり、そこを馬によって引かれる荷馬車が、いくつも並んで疾走している、運搬業者と思われる集団がいた。ガラガラと車輪の音が幾重を鳴らしながら、馬車の一団が山道を通っていく。

 多くの箱や樽が積まれた荷車を運転しているもの、馬車に乗車している者は、鷹丸達がいる世界とは、大分身なりが異なっていた。いやそれは向こうの世界でも見慣れた物であるのだが、普段から着る者はあまりいない。和服姿である。

 それほど高価な素材でないのか、生地の色合いは少し悪く、所々汚れている。中には用心棒のような装いで、刀を差している者もいた。この一団を見ると、まるで時代劇のワンシーンを見ているかのようだ。


 ただしあちらと違って、この者達は丁髷をしておらず、思い思いの髪型をしている。しかも髪の色は日本人と同じ黒ではない。赤・緑・紫など、それぞれ実にカラフルな毛色である。


「今のところは順調だな。このまま何も出くわさなきゃいいが・・・・・・」

「そういうこと、いきなり言うんじゃねえよ! そういうのを“ふらぐ”て言うんだと、天者(てんじゃ)様は言ってたぞ!」


 先頭の馬車の手綱を握る者達が、そんな風に不安げな会話をしていた。

 ある時期からこの世界の各地で、魔物の被害が急増するようになったのだ。以前から魔物は人間社会を困らせていたが、各々の国の軍事力で、どうにか対処できていた。

 だがそれが今は、国ですら完全に対処しきれないほど、深刻になっている。その代わりに山賊や海賊の被害は極端に減った。それは彼らが山の中で、魔物の餌になったからだと言われている。


 現在この地区は、今のところ魔物の被害は報告されていないが、遠くの都市から物を運ぶ途中の彼らは、未だに不安を消せない。


 やがて山道の遙か向こうに、山林が広がる緑色の大地とは異なる風景が見えてくる。それは美しい青色に輝く、湖の水が広がっている風景だ。

 彼らが目的としている町は、あの湖の畔にある。山道に隣り合った河川が、その湖へと流れ込み、山道は湖岸を伝って右側に反っていった。

 一団はその道を進んで、ゆっくりと隣の湖を鑑賞しようとしていた。・・・・・・だがそこに、決してのんびりした気持ちになどなれないものが立っていた。


「おい大変だ! 湖の上に何かいるぞ!」

「いちいち言われなくても判るわ! あんな馬鹿でかい奴!」

「何だありゃ!? 龍か!?」


 湖の浅瀬の方に、何者かが水に足を浸らせて立っている。


 それは人ではないようだ。というか人ではあり得ないほど、その背丈は高い。一団とその者の距離はかなりあるのだが、それは遠目からでも、はっきりとその姿が視認できる者だった。

 その者の身体は、太陽の光を遮り、湖面に大きな影を作っていた。







(・・・・・・ここはどこだ?)


 ふと気がつくと、鷹丸はどこかの水辺の上で立っていた。視界の上方には白い雲がチラホラと浮かぶ真っ青な空、下方には凸凹した緑色の大地が一帯を覆い尽くしていた。

 鷹丸は自分が自宅に帰り、夕食を食べ、風呂に入り、自室でしばしネットサーフィンをした後、ベッドに潜り込んだという、何の特徴も日常的な記憶を思い出す。

 ベッドで眠って、気がついたらここにいたのだ。自分の今の地元は結構な田舎であるが、こんな大自然に囲まれているわけではない。


(これは夢か? しかしこんな意識がはっきりした夢ってあるのか?)


 どうやら自分は水に足をつけて立っているらしい。足下から、少し冷たい感触が伝わってくる。もしかして今自分は、裸足なのだろうか? そう思い、自分の足下を見てみる。


(何だ、この足!? 俺こんなズボン持ってたか!?)


 水に踵の方まで浸かった足は妙に太く、しかも何やらザラザラした、爬虫類に鱗のような物がビッシリとついている。

 自分の足に触れてみようと手を動かすと、今の自分の手に視界が映り、これにも驚いた。自分の両掌もまた、あの変な濃い灰色の鱗が生えているのだ。

 しかもおかしいのは皮膚だけではない。それぞれ五本の指の先っぽには、まるで肉食獣のような鋭い爪が、槍のように鋭く伸びている。


(何だよ、これ!? 俺こんな手袋持ってたか!? それにこの肌の感触、上に何か被ってる風には・・・・・・あっ!?)


 更に三度目に驚かされたのは、水面に映った自分の顔だった。

 それを見た後で、鷹丸は今の自分の顔を、首を何度も曲げながら観察する。今の鷹丸の姿は、明らかに人の形をしていなかった。


 その姿は、大きなトカゲ又は恐竜が、二足歩行で立っているような姿である。下半身の後ろには、自分の胴と同じぐらいの長さの、太い尻尾が生えている。

 その尻尾にも感覚があるようで、試しに意識を集中したら、その尻尾は自分の思い通りに動かすことが出来た。決してワイヤーで上から操作しているのではない。これは完全に自分の肉体の一部だと認識できる。


 鷹丸の両手両足は、人間のものと比較すると短めだ。そのうえ太い。しかも手に至っては指がやたら大きく、そこから伸びる黒い爪もかなり大きく見える。まるで備中鍬を手につけているかのようだ。


 そして彼の体型は、先程描写したとおりに、爬虫類が二足歩行しているような姿である。ただし現在科学的に判っている恐竜のような、背筋を横に伸ばした体型ではない。

 人間と同じように、背を垂直に伸ばしているのである。これは大昔の恐竜図鑑に載っていた、大型肉食恐竜のイラストに類似している。

 そして頭は、多くの人が認識しているティラノサウルスの顔に近い。ただしあちらよりも目が少し大きく、口先が少し細く尖っているように見える。口にはワニのような鋭い刃が、ノコギリのように生えており、あきらか肉食動物だ。


 そして頭には何故かヤギのような角が生えている。テレビに見る野生のヤギほど巨大なわけでもなく、ちょこんと上に伸びる2本の角が、後頭部の両側に生えている。そしてその角の下には、鹿のような大きな耳が生えていた。

 通常爬虫類の耳に、耳たぶなどついていないのだが、随分アンバランスな姿である。


(これってガルゴじゃねえか!?)


 鷹丸が見た今の自分の姿は、少し前に自分が映画で見た、あの大怪獣の姿に瓜二つであった。


(よく見てみれば、まわりに見える山、少し視線から低く見えるな。もしかして俺の身体も、ガルゴみたく身長五十メートルぐらいあるのか? あの映画を見たせいで、こんな夢を俺は見てるのか?)


 あまりに異常な事態にも、彼は意外と冷静だった。これは夢だと思い込んでいるせいか、彼の自前の冷めた性格が原因なのか、又はその両方かは不明だが、彼は自然と今の事態を受け入れていた。


「(あ~~~あああああ、おれ鷹丸)ガ~~~ガガガガ、グガァアアア!」


 試しに声を上げてみるが、出てきた言葉は彼の放とうとした日本語ではなく、獣の唸り声のような、少し怖い鳴き声であった。どうやらこの身体の声帯は、人間の言葉を喋るようには出来ていないらしい。


(映画見たとき、怪獣になりたいとか思ってたけど、本当になっちまうとはな。・・・・・・まあ、ただの夢だけど。そんでこの夢の世界には、俺しかいないのか? 何か怪獣らしく、ぶっ壊しがいのあるようなもんは・・・・・・おっ!)


 あっさりと今の事態を受け入れた彼は、周囲を見渡したとき、遙か彼方の湖岸の方で、何か動くものを見つけた。それはあまりに遠くて、しかも小さい。人間と同じ尺度で見ても、それが何なのかよく見えないだろう。

 だが鷹丸にはそれが見えた。鷹丸の今の視力は、人間だった頃と比べものにならないぐらい発達していて、向こうの小さな物体を、まるで双眼鏡から覗き込むように、はっきりと視認することが出来た。

 彼が見たのは、湖岸にある街道を走る、十両以上の馬車の集団であった。巨大な荷車の姿も数両確認できる。それがまるでこちらから逃げようとしているかのように、大慌てで街道を走り、右手前の方へと進んでいく。


(おお~~~何か俄然やる気が湧いてきた! まてお前ら! 俺は大怪獣だぞ!)


 いつも冷めた思考しか持たない鷹丸が、何故か今回に限ってノリノリで、心が熱く燃え上がっていた。

 怪獣という超人的な存在になれたのが、よほど嬉しかったらしい。折角見つけた玩具を逃がすまいと、その馬車の一団を追うため、彼は初めてこの世界で足を動かし最初の一歩を踏み出した。


 持ち上げられて、水面から出てきた彼の足は、手と同様に完全に異形の怪獣の足であった。

 大量の水しぶきを上げ、湖面に大きな波を作り、そして最初の一歩を大地に踏み込んだときに、大地に雷のような足音が轟く。


(うわっ、何だこれ!? おそっ!?)


 歩いてみて判ったことがある。彼の歩行速度は、意識せず普通に歩くと、かなり遅かった。

 これは彼がとろいというわけではない。実は生物は身体が大きくなると、身体の縮尺の関係で、動きがゆっくりとしたものになる。

 蟻の視点から人間の動きを見た場合、その動きはスローモーションのようにとろく見えるだろう。もちろん歩幅が広くなっているので、実際の走行速度が遅くなっているわけではないが。

 よく映画などに出てくる怪獣や巨大ロボットの動きが、やたらとスローに描かれることがあるが、あれは科学的に正しいのである。

 今の鷹丸の身体は、最初に彼が思ったとおり、身長は人間の三十倍はある。だが個人の感覚では、等身大の人間に近い状態にあるため、まるで自分の身体がずいぶんととろくなったように感じるのである。


(身体が重いわけでもないのに、こんなにとろいなんて・・・・・・おんどりゃあ~~~)


 鷹丸は普通に歩く感覚で動くのをやめた。気合いを張り上げ、全身に力を込め、全力で走り出した。その結果、この湖の上をとてつもない速度で怪獣は走り始めた。


(おお、はえぇ! いつも走ってるよりも速く感じるぜ!)


 今の鷹丸の動作速度は、人間の動作速度に近いレベルに達していた。これを人間が同じ縮尺で走った場合でも、速いと感じるレベルである。

 もちろん足に地をつける間隔も速くなっているので、砲撃戦闘が行われているかのように轟音が連続して鳴り響き、大地が地震のように震え、湖面に無数の波が生まれて津波のように荒れる。


 この速さは何なのかというと、別に彼の身体が軽くなったり小さくなったりしたわけではない。この怪獣の肉体の身体能力が恐ろしいほど高いのだ。

 これだけの速さで走れると言うことは、彼は相当な怪力の筈。恐らく自分の体重の何倍もの重さを、楽に持ち上げることが出来るだろう。


 その驚異的な速度で、彼はあっさりと湖岸に着いた。上

 陸した彼の足が、街道の大地を踏み抜いて破壊する。そしていくつもの足音と足音を残しながら、目の前の街道の先を走る馬車の一団を追い始めた。


(本当に世界が小さい。まるでミニチュアの上を走ってるみたいだ)


 ズンズンと、軽快動く彼の足と尻尾が、街道と近くの森林の樹木を破壊しまくる。巨人の気持ちに高揚しながら、彼は瞬く間に、目当ての一団の直ぐ後ろに到着する。

 完全に追い詰められた形の一団だが、彼らにはこのまま全速力でこの街道を走る以外の選択肢がない。


 この大きな馬車では、街道を外れて森を突っ切ることは不可能だ。すぐに踏みつぶしてはつまらないので、鷹丸は走る速さをセーブし、この馬車の速度に合わせる形で、後ろから彼らの後を追った。


「(はははははっ、どこへ行こうというのだね!?)グガガガガガッ、ガガガァ!」


 まるで某天空の城の大佐のような台詞を吐きながら、追いかける一団の姿を、その飛び抜けて優れた視力で観察する。馬車には時代劇のような和服を着た人間が乗っているようだった。

 屋根の着いた馬車に乗っているものの姿は見えない。こちらを見上げながら、恐怖で泣きだしている、用心棒風の男の姿が、荷馬車の上に乗っているのが見える。

 馬の手綱を引くものは、あえてこちらを見ないようにしながら、とにかくがむしゃらに馬に鞭を振るい、手綱を引っ張り続ける。実に必死な様子であった。


(ちっちゃい奴らだな~~~。まるで人がゴミのようだぜ!)


 いつもいつも、周りから小さいと言われているのを、本心では少し気にしていた鷹丸。だが今は、全く逆の立場である。

 しかも本人は、この世界は夢だと思っているため、人を襲っているという事実に罪悪感は微塵もない。こちらのでかさに恐れている彼らに、もう一捻り欲しいと、彼は走りながら拳を振り上げた。


 ズン!


 今までの足音を越える轟音が大地に一発響いた。鷹丸の下に向かって放たれた拳が、一団の最後尾の荷馬車の、すぐ後ろの地面を殴りつけたのだ。

 巨大な怪獣の拳が、その一撃で大地に大きな穴を開ける。荷馬車は直撃はしなかったもの、衝撃で一瞬で車輪が大地から離れる。一瞬空中に浮き上がった荷馬車は、すぐに大地に着地してガタガタと揺れる。

 その拍子に、荷馬車に積んできた米俵が崩れ落ちて、大地に転がっていった。それを気にせず踏みつぶしながら、怪獣鷹丸と一団の追いかけっこが続く。


(そろそろ飽きてきたな。もう踏みつぶしちまおうか?)


 そんな風に考え出した時に、鷹丸はある注目すべきものを発見した。

 荷馬車が進む街道の向こう側に、今まで見てきた湖や山林とは異なる大地の風景が見える。それはこの巨大な湖の畔にある、一つの街であった。


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