第一話 故郷への帰還
日本のどこかにある地方都市・弘後市。
人口十数万人と、街としては決して小さくはないが、飛び抜けた大都会というわけでもない。だがそこも中央部分に行けば、かなりの活気のある街である。
三つのデパートが寄り添うように立っている(売上大丈夫か?と不思議に思う配置だ)。街の中央部分には弘後駅という駅がある。この都市を貫くように延びている線路の上を、悠々に走る電車は、ここで一旦止まり、外から客をこの街に送り、この街の人を外に送る。
売店・コンビニ・ファーストフード店と併合している駅は、壁がガラスで出来ている部分が多く、外からもエスカレーターで上り下りする人が見える。
売店では土産物として、この街の特産品であるリンゴの商品(リンゴパイやリンゴジュース等)がいくつも置かれている。
そんな取り立てて特徴のあるわけではない駅を通り、この街に一人の男がやってきた。
(久々の故郷か・・・・・・。感慨は・・・・・・特に沸かないな)
それは一人の少年だった。
髪は短めのショートヘアだが、あまり整えていないのかボサボサだ。目はやや横に垂れており、何となく情けない印象を受ける。身長は百五十センチぐらいと低く、丸みのある顔つきから、見た目では小学生くらいに見える。
しかしこの少年は、電車に乗るときに、高校の学生証を見せていた。つまりこの少年は、背は低いが高校生である。
今日は休日であるために、服装は私服だ。学生証に書かれている名前は、妹尾 鷹丸。
弘後市のゆるキャラと同じ名前をしたこの少年は、元々この街の生まれではあるが、数年前にある理由でこの街から離れ、親戚の家で過ごしていた。
それ以来意識的にこの街には近づかないようにしていた。ここにはよくない思い出があるために。
そんな彼が、今日になってこの街にやってきたのである。
何を思って、今日この日故郷に戻ってきたのかというと・・・・・・今月上映されている映画を見るためである。彼の地元には、映画館がない故に。
(久しぶりに来たけれど、何にも変わんないな・・・・・・と思ったら、あのカレーハウス店がないな)
この駅の直ぐ近くには、一軒のカレー専門店があった。行ったことはないが、妙に派手な看板で印象に残っている店であった。
現在それはなく、当時その店があった場所には、ラーメン屋が開かれている。正直どっちも変わらない印象を、鷹丸は感じていた
。まあそんな雀の涙ほどの量の望郷を満たしながら、鷹丸は街を歩く。タクシーを借りる必要はない。映画館は、ここから徒歩で着く場所にあるのだ。
弘後市の映画館で、彼は特に何事もなく映画の券を買い、上映時間まで館内のテレビの映画予告を見ながら時間を潰し、やがて念願の映画を見にスクリーンへと向かっていった。
彼が見ようとしている映画は、とある怪獣映画の三作目である。一作目が公開され彼が見たのは六年前で、彼がまだ怪獣に熱中していたときだった。
一作目は幼馴染みの少女と、彼女と自分の両親の二家族で映画を見に行った。
二作目は映画館に行かず、レンタルで見た。現在スクリーンの座席に乗っている客は、休日にも関わらず、十数人とかなり少ない。しかも中年の女性が結構多く、子供は二~三人ぐらいしか見当たらない。
一作目のスクリーンではどんな感じだったのか覚えてないが、少なくともここまでガラガラではなかったと思う。
映画そのものがシリーズを重ねるごとに評価が下がっていったこと。最初の上映日から二週間近く経ってからの鑑賞だったこと。そしてこの映画館でのこの映画の初上映日が、全国での初上映日よりも、二ヶ月以上送れてのものだったことが原因だと鷹丸は思った。
完全に世間に出遅れての映画鑑賞である。この映画の扱いを見ると、ここはとてつもない田舎に思えてくる。
やがて映画が始まり、鷹丸は静かに映画を鑑賞する。映画その者の評価は、可もなく不可もなくだった。
というか、二ヶ月前に全国で上映されてから、ずっと待ち続けた彼は、ネットでこの映画のネタバレを見てしまって、大まかな内容を既に知ってしまっていたのだが・・・・・・
(いいな、あの怪獣。俺もあんな風になって、世の中滅茶苦茶にしてやりてえ・・・・・・)
スクリーンの向こうで町を破壊する怪獣の姿を見て、鷹丸はそんな物騒なことを考えていた。
映画を見終わり、きっちりパンフレットを買い、鷹丸は映画館を出て駅への帰りの道を歩んでいた。
時刻は既に正午を一時間くらい過ぎている。昼食をまだ取っていない鷹丸は、コンビニでパンでも買おうかと思案しているとき、道中で思わぬ人物と出会った。
「まあ!? 鷹丸ちゃんじゃないの!?」
「えっ!?」
いきなり自分をちゃん付けで呼ぶ、妙に馴れ馴れしい中年女性。
あんた誰だ?と失礼なことを言いそうになるのを、寸でで堪え、この女性が誰か思い出そうとする。
「ええと・・・・・・・・・佐藤さん?」
「本当に久しぶりね! ここに戻ってきたの?」
「ええ、まあ・・・・・・今日だけ」
目上の人と話すのは超苦手な彼は、やや引き気味にこの女性に応える。
「・・・・・・そうよね。もうすぐあの子がいなくなった日だものね。やっと来てくれて、きっとあの子も喜ぶわ」
「別にまだ死んだと決まったわけでもないんじゃ・・・・・・」
「ええ、そうね! ごめんなさい弱気になって! そうだ、家まで送って上げるわ、そこのデパートに私の車があるから」
「はあ・・・・・・」
何か誤解されているようだが、あえて否定せず話に乗る鷹丸。
ちょうど昼飯が欲しかったところだ。丁度いいから、そっちで頂くのもいいだろう。この女性は、四年前にこの街を離れる前までは、頻繁に会っていた女性だ。
彼が小学生の頃よく一緒に遊び、四年前に突然消えた、幼馴染みの少女=佐藤 翔子の母親である。
弘後市の中央部から離れた、住宅地が多く存在している地区。多数の家屋やアパートが立ち並び、中央ほど高い建物はない。
そこのとある家に、翔子の実家がある。やや和風向きで、狭い庭に樹木や池などの、やや豪華な感じの家だ。ちなみに鷹丸の実家は、この近くのアパートにある。彼の両親は現在もそこに住んでおり、たまに電話で鷹丸と会話をしていた。
(この場合、あっちの家にも一度戻った方がいいんだろうな。何かめんどくさいけど・・・・・・)
田舎の親戚の家と比べると、かなり狭いあの家には、正直あまり愛着がないのだが、それでも最低限の礼儀は必要だろう。映画を見に弘後市に戻ってきたときには、実家の事なんて頭の片隅にもなかったのであるが。
そんなこんなで翔子の実家にお邪魔する鷹丸。家の中では翔子の家族と、当たり障りのない昔の話をしながら、彼の目論み通りに昼食を頂いた。事情はどうあれ、食費が浮くのはありがたい。
「しかし鷹丸、お前本当に何も変わらないな。ちゃんと飯を食わせてもらってるんだよな?」
「ええ大丈夫ですよ。むしろこっちより、向こうの家の方が過ごしやすいぐらいで・・・・・・」
翔子の父が指摘したのは、鷹丸の背丈や外見のことだ。
鷹丸は元々、それほど発育の悪い子供ではなかった。だがいつ頃からか、おそらく翔子がいなくなったあの時からかも知れない。彼の身体は全く大きくならず、外見も小学校高学年の頃から、全く変わっていないのだ。
鷹丸は十分な栄養を取っているし、運動もそれなりにしている。彼の両親はそんなに小柄な方ではないから遺伝でもない。これは何とも不思議な話であった。
何となく鷹丸は、食卓の向こう側の部屋に立て掛けてある写真立てを見る。
そこには数年前の自分と、現在行方不明の翔子が仲良く映っていた。鷹丸は現在と変わらないごく普通の少年の姿だ。
一方の翔子は・・・・・・何というか体つきが横に太い。俗に言う肥満体型である。
(もう少し可愛い奴だったらなあ・・・・・・。それなりにもっと記憶に残ったんだろうけど・・・・・・)
翔子の家族の前では、決して言えない本音を、彼はなるべく表に出さないように、彼らと会話を続ける。
彼女が失踪したとき、彼はそれなりにショックを受けた記憶がある。だが今はそんな感情は、ほとんど冷めてしまった。もう彼女が生きているかどうかなど、あまり興味が湧かなかった。
これは彼女だからこそ冷めているわけではないのかも知れない。彼は16歳という若さでありながら、実に達観して、世の中を冷めた目線で見ていた。
元々そんな熱い性格ではなかったのだが、四年前の事件が、彼をそんな風にしてしまったのかも知れない。
翔子を含めた、小学校のクラスメートが全員消えたあの日。
世間では、宇宙人の誘拐だとか、神隠しだとか言われている、あの事件は、彼のその後を色々と狂わせていた。




