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第二十一章:美しき戦女神<影のヴァルキリー>

女性新キャラ登場〜!!

 呉羽(くれは)管理部長の執務室を辞してドアを開けると、また灰色の空間に出た。廊下も壁も同色の灰色。その全景を天井に埋め込まれた照明の白光が照らしている。その無機質な塗料の白でも黒でもない色は、今のオレの心の混沌と同じ色だった。

 首を巡らせ横に延びた空間を見渡す。並列した扉に役職名が書かれた表札が並んでいた。それをぼんやりと眺め、ふと思う。

 オレはこの先どの道に進むのだろう

 防衛組織ここに居ては駄目なんだろうか……

 呉羽管理部長が与えてくれたのは希望でも絶望でもなく、混沌だった。


 オレがやりたいことは、世界を平和にすること――


 その前に世界の法、秩序の乱れを正すこと


 その前に指導者になること


 その前に方向性を変えること


 その前に零号士として地球を旅すること


 その前に地球の修復作業を終えること


 その前に零号士になること


 その前に

 その前に……





 考えれば考えるほど頭が破裂しそうだった。15歳になったばかりでまだいくらでも時間はあるはずなのに、追い詰められたような激しい焦燥感に駆られる。最終地点に辿り着くまでの道程の長さに気が遠くなってくる。投げ出したい、今のままでもいいじゃないか、そんな妥協する気持ちさえ浮かんでくる。

 父はこんな風に迷うことはなかったのだろうか。計画したことを実行に移していった彼がいかに立派だったのかを改めて思い知った。

 いつからその計画を立てていたのだろう

 その強い意思はどこから沸いてきたのか

 オレは本当にあの“遠山雄二”の息子なのか

 オレは父から何を受け継いだ

 オレがしようとしているのは自分の意思ではなく、父の真似事ではないのか



 分からない





 助けてくれ――――――……





 オレは壁に頭を付けて凭れた。壁のひやりとして冷たい感覚が、中央で分けた前髪から覗く額に当たる。

遠山響(とおやま ひびき)っ!」

 その声が混沌の中にいたオレを現実に引き戻した。振り向くとエレベーターから降りて来る相楽臣(さがら しん)の姿があった。陽気に手を振りながら近付いて来る。

「どうだった。悩み、解決した?」

「……はぁ」

「そっか、良かったねっ!」

 オレは曖昧な返事をしたのに、何故か相楽臣は喜んでオレの肩に手を回した。

「さ、行こっか」

 どこへ……

 オレの冷めた視線がそう問い掛ける。

「?――」

 その時、ふと強い視線を感じた。相楽臣の背後に延びる廊下を進んできた人物からだった。

「どうしたの?」

 相楽臣が不思議そうにオレの顔を見る。

「あの人がこっちを見てるので」

「“あの人”?」

 彼はさっと首を巡らせ、自分の背後を見た。

「どの人?」

「あの女の人です」

 廊下を進んできた三人の男女の中に、資料を片手に抱えた利発そうなスーツ姿の女性がいた。それを見て相楽臣が呟く。

「ああ……“メヒョウ”か」

「メヒョウ?」

 変わったその呼び名にオレはきょとんとした。

 相楽臣が声のボリュームを下げる。

「そう、目が豹みたいな女だからメヒョウ。みたいな」

「みたいな?……」

 仄かに芳香が舞う。すぐ側まで“メヒョウ”と呼ばれた女性が接近していた。防衛組織の制服を着た男性二人と並んで歩き、オレたちの横を通り過ぎる瞬間――オレとメヒョウの視線が重なった。

 豹さながらの深く切り込んだような目を縁取る深みのあるラインや、瞼を彩る光沢のあるアイシャドウが眩く、その容貌は妖艶な豹を思わせた。その視線がオレの意識を捕える。

 初めてだった。自分が目で射抜いて相手を狼狽させることはあっても――その逆は。喰われる!? そんな感覚を覚えてしまう。まるで自分が獲物になったような気がした。夕日のように紅い髪に赤ワインに似た瞳。その艶やかさは十代の女性には出せないような濃厚な色気を漂わせていた。

 年齢は一回り以上上だろう。だが魅力を感じ――綺麗だと思った。何故こんなに綺麗な人がメヒョウなどと下品な呼ばれ方をするのか分からなかった。

「……」

 彼女が同行していた防衛組織の制服を着た男性と通り過ぎ、後ろ姿に変わる。タイトスカートから伸びた彼女の足は余分な肉がなく、ひき締まって見えた。

「何ぼーっとしてんの、遠山響?」

「えっ?」

 柄にもなくびくっとしてしまった。

「クスッ」

 最悪だ! 相楽臣こいつが笑ってる……

 相楽臣の小悪魔に似た微笑をする姿がそこにあった。

「遠山響」

 相楽臣の顔が探るような表情に変わる。

「……?」

 オレは内心で冷や汗を掻き、相楽臣はその動揺を読み取ったかのようにニヤリとした。

「ふふ……遠山響ってああいうのが好きなんだ?」

「はっ!?」

 オレはつい声を荒げ、顔が熱くなるのを感じた。

「はは、分っかりやすいなぁ〜」

 うるさい……!

 睨んだオレを約十センチ上の目線から見下ろす相楽臣。悔しいが、その佇いも落ち着いた態度も、身長だけではなく自分よりずっと大人に見えた。

「やめときな。メヒョウは遠山響の親ぐらい歳上なんだから」

「親っ!?」

 そんなに歳がいっているようには見えなかった。せいぜいニ十代後半ぐらいかと思っていたのに……少しショックだった。

「残念だったね」

 言葉に反して相楽臣の目からは笑みが零れていた。

 嬉しそうに言うな……!

「まぁ、元気出しな。そのうち、もっといいのが見付かるって」

「……」

 相楽臣は貝のように口を閉ざしたオレの背中に手を回し、エレベーターまで誘導した。間もなく開いたドアの奥に二人で進む。ガラス張りのエレベーターの室内で、オレは無言で腕を組みながら階を表示するパネルを眺めていた。エレベーターが起動し、静かな下降を開始する。ガラス越しに見える外の景色に、オレは視線を移した。

「メヒョウって綺麗だろ」

 唐突に相楽臣が言った。顔も向けず、独り言のようだった。

「は、はぁ」

 オレは一応返事を返す。

「彼女を何でメヒョウって言ったか教えてあげようか?」

「目が豹みたいだからじゃないんですか?」

 オレは首を傾げて問い返す。

「それはオレが適当に考えた」

「……」

「本当は、メギツネって言われてる」

「メギツネ?」

「女の人を罵って言う良くない呼び方だ」

「何故そんな呼び方をされてるんですか?」

 美人だというだけでなく、他に何か訳があるような気がしたが、やはりそうなのか気になった。

「あまり良い噂を聞かないからな。不倫とか……」

 相楽臣は言い淀む。それが知ってるのに言おうとしないだけに見え、オレは少し苛ついた。

「遠山響には、まだ分かんないだろうな」

……

 何だと!? 

 この、ほぼ無音の箱の中では、そのぼやきもはっきりと聞き取れた。ムカついたオレは相楽臣やつを睨んでやった。しかし相楽臣は気にするわけでもなく、ぼんやりと爪をいじっていた。

 やがてエレベーターが指定した階に到着し、ドアが開く。オレはそこから降りるとぶっきらぼうに尋ねた。

「結局、あの女の人は何をしてる人なんですか?」

「メヒョウのこと?」

「はい」

 そうだよ、と面倒ながらもオレは返事した。

「詳しいことは知らないけど、天体の地質調査とかをやっている科学班の人らしい」

「科学班?」

「ああ、だが科学班と言ってもいろいろ分野が分かれていて、彼女の場合、他の星を回ってその環境などを調べている。実質的には人の移住先を探すのが役目だ」

 つまり、と相楽臣がそれに続く言葉を継いだ。

「政府は“領土拡大”を考えているということだ」

「!?」

 その言葉に愕然とした。人間は地球という星を壊滅寸前に追いやり、この火星に移り住んでおきながら、次なる移住先を求め、一体どうするつもりなのか。

 この星は使い捨てなのだろうか? そうだとしたら人間はなんて身勝手な生物なんだろう……!

「だが、彼女はそれを望んでいないらしい」

「え?」

「彼女は移住先を探すことより、地球を回復させ、そこを再び人間の居住場所に戻したいと考えていて、密かに計画を進めているなんて話もある……」

「?」

 間が開いた。早く言え! とオレは目で訴えかける。

 相楽臣は不敵な笑みを浮かべてそれを言った。

「地球地下都市計画とか」

「地下都市……計画?」

 地球の地下にはさまざまな空間、施設が存在するとは聞いたことがあったが、これ以上そんなことをしたら余計あの星の傷が深くなるだけではないのか。地球を傷付けて欲しくないオレは、その計画を希望として捉えることができなかった。

「心配するな。それはあくまでも噂だから」

「はぁ」

「あっちに行こう」

 通行人を気にかけ、相楽臣が今いる所からずれた位置にオレを招く。

「彼女は政府の考えに疑問を持つ人間の一人だ」

 相楽臣が詰め寄って静かにそう言った。驚いたオレがその表情を窺うと、彼は真剣な表情をしていた。

「このコロニーと仮説地区の隔壁を無くし、新たに社会を再形成させようと思案している――らしい。そのためにあの美貌を……」

 相楽臣は何か裏の事情を知っているようだった。だが“その事情”に関しては聞かないことにした。その憐憫の色が混ざった表情を見て、聞けるはずもなかった。

 相楽臣はその間に生じた間を埋めるように、髪を掻き上げた。水色の髪が後ろに撫で付けられたあと、さらさらと脇に流れていく。

「彼女のように考える人間が増えたら、この世の中も平和になるのかもしれないな」

 彼は独り言のようにそう言い、オレに柔和な微笑を向けた。が、その笑みはどこか哀しげで皮肉にも見えた。

「だが、彼女は平和主義者であると同時に強かな女でもある。政府を相手に闘う女戦士と言っていいだろう。弱者にとっては救世主だ。だが――“あのやり方”は残酷だ」

 まるで知っているかのような言い方だった。オレはすかさず促した。

「どんなやり方なんですか?」

「大きなものを得るために、小さな犠牲を惜しまない。――それが彼女のやり方だ」

「……」

 その言葉にぞっとした。メヒョウ(彼女)が望む“平和”が善と悪が紙一重なような気がした。だが、それを単純に非難するという片付け方はできない。この火星せかいに始まってしまった人間同士のいさかいは、もはや話し合いだけでは解決できそうにないからだ。

「初めてオレと組んで、テロの掃討に向かった時のこと覚えてる?」

 相楽臣にそう尋ねられて、オレの頭にふとその日の記憶が蘇った。

「あの時の相手は仮設地区出身の零号士だった。……おかしいと思わないか?

 仮設地区の人間は個人認証番号(ID)を持たない。だからこのコロニーには入れないし、パイロット養成施設にも入れない。なのに零号士だった。零号機に乗り」

 確かにおかしいが……

「何故なんですか?」

 オレは考えるより先に問い返した。

 相楽臣の口が動く。

「裏で細工した奴がいるってことさ」

「細工?」

 相楽臣は不敵な笑みを浮かべ、オレは訝しげに眉を潜めた。

「“メヒョウ”の仕業かもしれない」

「メヒョウの?」

「ああ、憶測だがな……」

 その話が鍵となった。

「もしかして!」 

 オレは無意識に頭の中で考えていたことを口に出していた。

「どうかした?」

 相楽臣のその声は意識の前を通過する。オレの脳内で、思考と記憶が忙しく蠢きだした。そしてある一つの疑問が解けそうな気がした。



 彼女は、オレのことを知っているのかもしれない……



 それはさっきの視線の理由わけだった。




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