第5章 困ったときには④
「盗品の中には確実にあったんですよね」
「それを言われると、正直辛いんだけども……」
「じゃあ、なにか痕跡がないか調べてみましょうか」
リンが杖を構え、さっきとはまた違う呪文を詠唱した。よくわからないが、心地よい響きだ。
ふっと空気が変わったように感じたと思った瞬間、リンを中心に、風が、部屋の中を吹き抜けた。アルティのマントがわずかに広がり、そして、沈んだ。
「——はっきりしないんですけども、どうもなにか、この部屋で魔法を使われた痕跡があります」
「生活魔法じゃないの? 『灯り』とか」
魔法使いではなくとも、簡単な魔法を使える人は多い。『灯り』や『点火』は覚えるのも簡単なため、魔術師協会も使うことを禁じていない。ただ、杖を持っている人が限られるため、「誰もが使える」とは言い難いが。
「それか魔道具」
魔法の力が込められた魔道具というものがある。これを使えば、魔法が使えない一般人でも魔法のような効果が得られるので人気だ——ただし、値段が高過ぎるのが欠点だが——。
「そういうのとは、ちょっと違う感じなんですよね……うーん、なんて説明していいか……」
「説明すると長くなるやつ?」
「ああ、そう、それです。説明しましょうか?」
「あー、簡単に言うと?」
「簡単に……そうですね。なにか古い魔法を発動させた感じがするんですよね……現在使われてないような」
アルティの顔色が変わった。
「それは——それは、七賢者の書の中を見て、発動したってこと?」
「そこまではわかりません。古い魔法としか。ただ、状況から考えると、多分」
「完全に犯罪じゃないの……」
「えーと、今は七賢者の書の研究は処罰対象でしたっけ」
「所持までは、ギリセーフなんだけど、研究とか魔法の発動は完全にアウト。その、失われた魔法理論だから、ものによっては町ごと消し飛ぶって話。まあ——そこまでやばいものじゃなかったみたいでよかったけど」
そもそも、そんなやばいものじゃないから、自分一人に任されたんだろうけども。
「じゃあ、その魔法を使った人が持っていったんでしょうか」
「死んだ後に?」
「死んだのはいつでしたっけ?」
「4、5日前って言ってた」
「うーん……痕跡的には、ちょうどその頃だから、どっちとも言えないですね」
「ええと……まとめると、今七賢者の書はなくて、5日くらい前にテディは死んで、その頃に魔法が発動してる、ということね?」
二人は同時にため息をついた。これではなにもわからないのと同じだ。
「あ!」
アルティが声をだした。
「そうだ、協会の人に鑑定をお願いしてるって言ってた。セドリックって言ったかな……もしかすると、鑑定に出してるんじゃないかな、そしたら鑑定した人がなにか知ってるかも」
「鑑定してたら、まずここに戻ってきてないと思いますけどね。協会でしょう? 鑑定の時に七賢者の書が出てきたら、その場で回収されてますよ」
「うーん」
アルティは唸るしかなかった。確かに、協会が七賢者の書を見過ごすはずがない。むしろ、協会が犯人で、ここから持ち出したとでも言ってくれた方がすっきりするくらいだ。
「それに……魔法の素養がない人には七賢者の書がわからないと思うんですよね。鑑定に出すものじゃない気がするんですが」
「故買屋だから詳しかったりしない?」
「いやあ、多分ぱっと見、古い文献としか思わないと思うんですよね。七賢者の書だと判断するには、それなりの知識が要りますから」
「あ、でも、掘り出し物が最近見つかったって言ってたって——あ」
アルティは言葉を切った。嫌なことを思い出してしまった。
「なにか、思い出しました?」
もうこうなっては仕方ない。アルティは苦虫を噛み潰した顔で言った。
「これはね、本当に言わないでほしいんだけど……」
「はい」
「それがね、もともと別のところの蔵書だったんだけど、盗まれた——らしいんだよね」
「ほう」
「だからね、その……印章が押されてるの。故買屋なら、印章を見れば出所がわかる。出所がわかれば、値打ちも想像がつく。だから鑑定に出した——と思う」
「ああ……」
リンはそれ以上聞かなかった。
印章が誰のものかも、なぜ盗まれたかも。
アルティは少しだけほっとした。
印章は王家の蔵書であることを示していて、しかも持ち出し禁止であることまで書かれていた。故買屋であれば、それに価値があることくらい、容易に想像がついたであろう。
「ごめん。情報がわからなくなったから、ちょっとまとめていい?」
「どうぞ」
「えーと、その断章は盗まれて、盗賊のところからテディのところに来た。テディは掘り出し物があったと言ってた。けど、ここには七賢者の書はないし、テディは死んでる。で、死んだ頃に、なんか変な魔法使われた形跡がある」
「そうですね」
「泥棒かなあ」
「魔法を使える泥棒ならあり得るかもしれませんね」
「いると思う?」
「いてもおかしくはないと思いますが。——お仕事的に、それで諦めて大丈夫な感じです?」
「え、いや、諦めるのはちょっと……」
エルディンは許してくれる気もするが、自分が納得できない。十日間追いかけてきたのだ。ここまで来たら本当に追えなくなるまでは探したい。
リンは、こめかみを指で押さえたあと、顔を上げた。
「じゃあ、ダメ元で、鑑定しているところまで行ってみますか」
「え」
アルティはちょっと間抜けな声を出した。
「ついて来てくれるの?」
「『私が困ったときはよろしくね』って約束したじゃないですか」
「あ」
そうだ。確かに、言った。レントの宿屋で。それは、助けてもらうつもりで言ったわけではなかったのだけれども……。
ついて来てくれると大変ありがたいのだが、一方で知られたくないことまで知られてしまうかもしれないという心配もあった。
それに、変人なのか追い出されたのかはわからないが、どうもこの男と協会は折り合いが悪いようだった。進んでついて来たくないのではないかと思うのだが——
だが、正直、今回の件はアルティ一人の手に余った。
「借りは、返すね」
リンは首を少し傾げた。
「借りということはないですが……もう、勝手に置いていかないと約束してくれるなら」
「ぐ」
アルティは唸り声をあげた。置き手紙をしたことを、今はちょっと後悔している。もう会わないつもりだったのだ。楽しかったなんて、書かなければよかった。
「僕、まだお金も返してませんよ、アルティさん?」
「——わかった。わかった、ごめん。次に別れる時はちゃんと言う。勝手に消えない」
「じゃあ、しばらく一緒に組むということで、いいですか?」
「ああ……はい」
リンが笑顔で手を差し出した。きれいな指をした、白く、大きな手だ。
アルティは少し悩んでから、その手を握り返した。
一瞬の接触だった。
離したその手には、もう、傷は一つも残っていなかった。




