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TOKYO PMC  作者: ヒロセカズヒ
ニューロン
16/24

 浦和の家に着いたのは夕方だった。


 ケイが先に中を確認した。問題なし、と手で示した。


 芙由が両親と居間にいた。母親が荷物をまとめていた。父親は静かに座っていた。


 ケンが玄関から入った。


 芙由が顔を上げた。


 視線の向きが、ケンのいる方を向いた。


---


「あなたがケンさんですか」と芙由は言った。


 ケンが止まった。


「……なんで知ってる」


「わかります」と芙由は言った。「なんとなく」


 ケンが俺を見た。俺は何も言わなかった。


「そうか」とケンは言った。「俺はケンだ」


 芙由が立ち上がった。


「私、まだ人の顔がよく分かりません」と芙由は言った。「あなたとは、この事が終わったら会えないだろうと思うんです」


「……そうだな」


「だから」と芙由は言った。少し間があった。「私に顔を触らせてください」


 ケンが黙った。


 母親が荷物をまとめる手を止めた。


「触ったら、私は顔が分かるんです」と芙由は言った。


 ケンがまた黙った。


 少し間があった。


「……こんなおっさんの顔でいいなら」とケンは言った。「好きなだけ触りな」


「ありがとうございます」


---


 芙由が近づいた。


 両手をゆっくりと上げた。ケンの顔に触れた。


 額から始めた。眉、目の周り、鼻筋、頬。ゆっくりと丁寧に動いた。指が記憶しているような動きだった。


 ケンは動かなかった。


 目を閉じていた。


 俺は壁際に立っていた。何も言わなかった。言う必要がなかった。


 芙由の指が止まった。


「分かりました」と芙由は言った。「ありがとうございます、ケンさん」


 ケンが目を開けた。


「俺の方こそ」とケンは言った。声が少し低かった。「先生に、ちゃんと伝えられる気がした」


 芙由が頷いた。


---


 出発の準備が整った。


 父親が玄関でケンに頭を下げた。


「娘をよろしくお願いします」


「任せてください」とケンは言った。「先生に誓います」


 母親が芙由を抱きしめた。何も言わなかった。


 芙由が「行ってきます」と言った。


---


 車に乗った。


 前後にケンの部下の車が付いた。ケイが助手席にいた。俺は芙由の隣だった。


 芙由が窓の外を向いた。見えているのか見えていないのか、俺には分からなかった。


「佐藤さん」と芙由は言った。


「はい」


「ケンさんの顔、怖くなかったです」と芙由は言った。「でも、優しい顔でした」


 俺はグラスのフレームに触れた。


「そうですか」


「佐藤さんの顔も、いつか触らせてもらえますか」


「……構いません」と俺は言った。


「ただし悪くなさそうですね」と芙由は言った。


 車が走り始めた。


 ケンの車が後ろについた。


 横田まで、一時間だった。



―― 第16話 了 ――

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