第三十九話「手鏡と姿見」-7-
翌朝、瑞季が校門をくぐって昇降口へ向かうと、見慣れた人影が所在なさげに立っていた。
「佐倉さん、おはよう」
「あ……染谷さん、おはよう」
声をかけると、しずくは小さく会釈を返した。肩に提げたボストンバッグには、真色泉かえでのキーホルダーは付いていなかった。
ふたりは肩を並べて廊下を歩き始める。昨日の戦いが嘘のような穏やかな朝だった。もっとも、しずくにあのときの記憶はないのだが。
他愛のない会話が続く。そして、教室のドアが見えてきたとき、しずくが意を決したように口を開いた。
「あのね……私、ちょっとわけあって、しばらく、かえでちゃんから離れようと思ってて。……もう少し気持ちが落ち着いたら、また戻るかもしれないけど」
また戻るかもしれない。
その一言が、嬉しかった。
「うんうん。離れたくなるときもあるよね」
しずくは、ほっとしたような表情を浮かべた。そして、瑞季の顔を不安げに見上げる。
「その……染谷さん。同担じゃなくなっても、私と、仲良くしてくれる……?」
あまりにも健気な問いかけに、瑞季は思わず笑ってしまった。
「あたりまえじゃん! 私たちは、もう友達だよ。それに、佐倉さんが新しい推しを見つけたら、今度は私に布教してね!」
その言葉に、しずくの顔がぱあっと明るくなった。
「うん! ……実はね」
彼女は、とびっきりの笑顔を浮かべた。
「私、新しい推しを見つけちゃったんだ!」
「え、早っ!」
しずくはスマホを取り出し、あるVチューバーのチャンネルページを瑞季に見せた。
そこに映っていたのは、真色泉かえでとは正反対の、太陽のような笑顔がトレードマークの元気な子だった。しずくが好きだと言っていた『綺麗なお姉さん』とは、ずいぶん違う。
「この子のゲーム配信のリアクション、すっごく面白くて!」
そのVチューバーは、瑞季もチャンネル登録していた。週末のお昼に行われるRPG配信が特に人気で、瑞季もよく見ていた。
「え! この子、私も好き! 面白いよね。ツッコミどころがあるゲームとかの実況が特に面白いよね」
「そうそう! 前から気にはなってたんだけど、昨日、改めてめっちゃかわいくて面白いなって」
「分かる!」
好みなんて、いつ変わるか分からない。
昨日まで興味のなかったものに、明日には夢中になっているかもしれない。
「染谷さんは、何でも詳しいんだね。すごいなあ」
「フフフ。まあ、伊達にオタクやってないからね!」
瑞季は得意げに胸を張り、グーサインを送る。
その姿を見て、しずくはころころと笑った。
「じゃあ今度、一緒に配信見ようよ!」
「もちろん! あ、そうだ。先月、めっちゃ面白い配信があってさ!」
「え! 気になる! 教えて!」
ふたりの声が、朝の廊下に明るく響いた。
(第三十九話「手鏡と姿見」了)
第四十話「時を駆けた約束」2026/11/14 8:00投稿予定




