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黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第四話「嘘」

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第四話「嘘」-4-

 スレイヴを挟み、ふたりのデシリアが同時に跳んだ。

 リアハイリンが正面から突っ込む。

 だが、スレイヴは軽やかにバックステップで回避した。

「逃がさない!」

 即座に反応したリアマイムが水流を放つ。

 しかし、スレイヴは空中で身を翻して躱し、そのままリアマイムへ突っ込んできた。

「……速いっ!」

 水の球を連続して放つが、スレイヴは木の葉が風に舞うかのように動くため、うまく狙いがつけられないでいた。

 あっというまに、距離がゼロになる。

 豪雨のような連打がリアマイムを襲った。

 一発目、二発目は、リアマイムもなんとか紙一重で避けた。だが三発目は、もはや腕で防ぐので精一杯。鈍い音が骨に響き、腕に激痛が走る。四発目で地面に亀裂が入り、五発目で地面が抉れた。

 リアマイムは体勢を崩してしまい、六発目でついに地に伏せてしまう。

 七、八、九……意識が遠のいていく。

 十発目は、なかった。

 間一髪で駆けつけたリアハイリンが、スレイヴの腰のあたりへ、渾身の蹴りを叩き込んでいたためだ。

 しかし、そのリアハイリンの蹴りもまた、スレイヴには届かなかった。バク転のような動きで、スレイヴはリアハイリンの蹴りを回避する。

 しかし、スレイヴの目的は回避だけではなかった。

 リアハイリンは何も分からぬまま蹴り上げられていた。

「!?」

 バク転の勢いで力強く蹴り上げられたのだ。鉄塊のような足による強烈な十発目を、背中に食らう羽目になった。

「ハイリン!」

 リアマイムは痛みを堪え、スレイヴの着地点に水柱を放つ。

 スレイヴの足を弾いたかと思った。

 しかし、スレイヴはかすかに膝を曲げ、ドリル状に回転する水流に着地し、跳ねる。

 それどころか、その不安定な足場で、踊り始めた。

「嘘でしょ」

 まるでフィギュアスケーターのように優雅な舞をしながら、スレイヴがジリジリと迫ってくる。

「……馬鹿にしないで!」

 リアマイムが天に手を掲げると、水柱が竹のようにうねり、スレイヴを上空へ弾き飛ばした。

 しかし、その反撃すらもスレイヴにとってはアトラクションのひとつに過ぎない。

 軽やかに宙高く飛び、リアマイム目掛けて一直線に滑り降りる。

「!」

 あれは受け止められない——。

 本能に従い、逃げる。

 しかし、スレイヴは身にまとうブレザーやスカートをハングライダーのように使用し、落下する軌道を変え、リアマイムを執拗に追尾する。

「……一か八か!」

 逃げるのを諦め、円形の水を召還した。電動ノコギリのごとく高速回転させて強度を高め、盾とする。

 スレイヴは振りかぶった右拳を振り下ろし、盾を殴った。

 高所からの落下によって倍増された重量の前に、固めた水は一瞬で飛沫となって弾けた。

 しかし、その一瞬が彼女を救った。

 巨大な拳が鼻先を掠めようとしたとき、スレイヴが視界から消えた。

 代わりに現れたのは、スレイヴの後頭部に踵をめり込ませたリアハイリン。

 スレイヴは顔面から地面に落ち、大量の土と芝生を撒き散らした。


「ごめん、西沢さん……痛かったよね」

 リアハイリンが力なく呟いた。

 その隙に、ふたりは数十メートルの距離を取る。

 そこへ星輝が駆け寄ってきた。

「ふたりとも、大丈夫か!」

「大丈夫。痛かったけど、一撃一撃はそれほど強くなかったから」

 リアマイムが息を整えながら答える。

 確かに、今回のスレイヴはこれまでの敵と比べて動きが早く、柔軟性のある複雑な動きをする。翻弄されてばかりだった。

 スレイヴがおぼつかない動きで立ち上がるのを見つめる。

 先ほどの頭への一撃が効いたのか、それとも演技めいたものなのか、首がちぎれかけた人形のように、だらりと垂れていた。

「……西沢さん、聞こえる?」

 スレイヴになっている時間は記憶に残らない。言葉は残らない。

 でも——気持ちは届き、靄のように残り続ける、とヒナが言っていた。

 さっきまで楽しく笑い合っていたクラスメイトだと気づいてもらえれば。

 その一心で、リアハイリンは語りかける。

「私だよ……! クラスメイトの染谷瑞季! お願いだから思い出して……!」

 スレイヴはリアハイリンの数メートル手前でぴたりと足を止めた。

 だらりと垂れていた首を元の位置へと戻す。

 そして、リアハイリン、リアマイム、そして星輝の三人を、目のない顔で見つめる。

 届いた——。

 リアハイリンは確かな手応えを感じながら、隣に立つふたりに目配せをする。

 リアマイムも、その意図を汲み取り、力強く頷き返した。

「わたしは、月音優菜だよ」

「ウチは、高梁星輝だ! ……って、まあ、変身してないから見たら分かるか」

 親しみを込めた呼びかけ。

 想いは届いたはずだ。

 そう信じていた。

「え……?」

 スレイヴが咆哮を上げる。

 黒髪が炎のように逆立ち、全身から禍々しい力が噴き出した。

 浄化ではない。

 言葉が引き金となって、闇がさらに深まったのだ。

 そして、絶叫しながら猛然と迫ってきた。

「ど、どういうこと……!? なんで……!?」

 リアマイムが瞬時に前へ出て、スレイヴが力任せに振り下ろした拳を、かろうじて水の盾で受け止めた。

 だが、

 ——もたない!

「ハイリン! 星輝を!」

「うん!」

 リアハイリンは星輝の腕を掴み、だっこをして後方へと一気に跳躍した。

「……ご、ごめん、ウチがいなければ、もっと上手く避けられたよな……」

 星輝がリアハイリンたちの元へと駆け寄ってきたのは、沙耶に気持ちをちゃんと届けたい、という想いがあったから。

 仲間を想う優しい気持ちを責められるはずなど、あろうはずもない。

「ううん。気にしないで。……でも、今は離れていた方がいいかも」

 そう言うのが精一杯だった。

「……ごめん」

 こんなに星輝の力ない声を聞くのは初めてで、かける言葉を見出せずにいた。


 リアマイムは星輝の安全を横目で確認し、壊れかけた盾を解除して背後へ跳ねた。

 スレイヴの拳は空を切り、地面を殴る。リアマイム目掛けて次々と拳を振り下ろしては、地面を抉っていく。

「さっきより凶暴になってる!」

 避けるのに精一杯で、反撃の隙などない。

 そして、ついに振り下ろされる拳が肩に直撃。

 痛みで瞑ってしまった目を開いたとき、そこに映ったのは、両腕をハンマーのように振り上げるスレイヴ。

「危ない!」

 その声と共に、身体が揺れる。

 リアハイリンに抱きつかれたのだ。そして、彼女はリアマイムを護るためにスレイヴに背中を向けている。

 ふたりは、ぐっと、固く目を瞑る。

 ――だが、衝撃は来なかった。

「え……?」

 おそるおそる目を開ける。

 スレイヴはコマのように回転し、身体についた水滴を払い落としていた。


 釈然としないまま、ふたりは後退してスレイヴから距離を空ける。

「このスレイヴ……もしかして、さっきより怒ってるのかな」

「うん。そう思う。そんなに莉照くんのことを憎んでいるなんて……」

 いじめられている相手のことを憎むのは、当然のことだけど——。

 沙耶がそんな激情を抱いていることが意外だった。

 彼女なら「莉照が憎い」より「自分が嫌い」と思いそうだからだ。

 なのに、このスレイヴからは強烈な攻撃性しか感じられない。

 ただ、瑞季自身、沙耶との親交は深くない。彼女の本当の気持ちなど、なにひとつ理解していない可能性も、充分にあり得る。

「でも……。なんで、スレイヴの姿は莉照くんじゃなくて、女の子の姿なんだろう」

 もし、莉照のことが憎いという気持ちが、彼女の抱える最大の黒感情なのだとすれば、スレイヴの姿は、その憎しみの対象である彼をモチーフとしたものになるのではないだろうか。かつて、テレビのヒーローが存在しないと知って絶望した少年が、その憧れのヒーローの姿をしたスレイヴになったように。

「なるほど。これは面白い」

 それは、高みの見物を決め込むメルキーヴァの声。

 その一言が、リアハイリンの理性を焼き切った。

 カフェへ向かう穏やかな時間。

 ナイフによって切り刻まれた日常。

 沙耶の涙。

 ——それが、面白い?

「……ふざけるな」

 リアハイリンは一直線に走り出した。

「ハイリンっ!」

 後方からリアマイムの制止の声が聞こえる。だが、我を忘れたリアハイリンの耳には、もはや届いてはいなかった。スレイヴのごとく、彼女はただ、目の前の憎き敵へと拳を力任せに振り下ろす。

 しかし、その拳は、メルキーヴァに片手であっけなく受け止られた。

「ほう、俺に直接ケンカを売っちゃう?」

 メルキーヴァは余裕の笑みを浮かべていた。

「あんたを倒せば、スレイヴも消えて一件落着でしょ!」

「ごもっともな意見だねえ。……いいよ」

 メルキーヴァの肯定を聞いて、彼女は覚悟を決める。

 沙耶の黒感情は、あとで救えばいい——。

 瞬間、視界が反転した。軽々と投げ飛ばされたのだ。

 羽毛をイメージして着地するが、冷や汗が流れる。

 力が、違いすぎる——。

 それでもリアハイリンは、燃える瞳で敵を睨みつけた。

 メルキーヴァは楽しげに肩を竦め、外套を脱ぎ捨てる。

 現れたのは、黒光りする鎖帷子に包まれた巨体。首には奴隷のような革のチョーカー。

 オールバックの長い金髪が風になびき、病的なほど白い顔には蒼い瞳が冷酷に輝いている。

 それはまさに、戦場に降り立った魔人の姿だった。

「そのケンカ、買ってやろう」


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