表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のデシリア  作者: 中條利昭
第四話「嘘」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/70

第四話「嘘」-2-

 便座に腰をかけ、沙耶は嗚咽を堪えていた。

「なんで……」

 あんなことを言われないといけないのか。

 ——私は不細工だ。大嫌い。特に、鼻の下の黒子が憎い。

 ——だからって、誰にも迷惑かけてないのに、なんでコンプレックスを嗤われなきゃいけないの?

 彼女はポケットからナイフを取り出し、鞘を外す。銀色に輝く刀身に、ぼやけた自分が写っている。

 これであいつを——。

 赤い衝動が、脳内でカッとなる。

 このまま後先考えず、頭を真っ白にしてやりたかった。

「……」

 ナイフを自分へ向ける。切っ先が、憎い黒子へと迫る。

 こんなものさえなければ——。

 だが、震える手は狙いを定められない。切っ先は喉へ、胸へ、腹へと下がり、最後は膝の上に力なく落ちた。

「……ダメだ」

 自分を傷つける勇気すら、なかった。

 ——死にたい。

 はっきりと、その四文字が脳裏に焼き付く。

 自分なんか誰も助けてくれない。

 わかりきってるから、助けも呼びたくない。

 瞼の裏に、ひとりのクラスメイトの姿が浮かぶ。その人の存在は、この学校での些細な楽しみ。でも、いつの間にか、その人はずっと遠くへ行ってしまった。

「もう、何も残ってない」

 一筋の涙が流れる。嗚咽が止まり、何も考えられなくなった。

 チャイムの音が聞こえた。ここへ逃げてきてから、どのくらい経ったのだろう。

 サボりたい。

 これだけ傷ついたんだ。今日くらい許されるはずだ。

 そんな思いが頭を巡るが、身体は勝手に涙を拭き、ナイフをしまっていた。

 立ち上がる。

 ルールに背く気力さえ、もう残っていなかった。


 五限目も六限目も、頭にはほとんど何も入ってこなかった。ノートもまともに取れてない。

 休んでいたならともかく、授業に参加していたのに誰かにノートを貸してもらえるわけがない。もし休んでいたとしても、自分から頼めるほど仲の良い人はいない。

 お昼から、ずっと、彼女の胸はドクドクと脈打っていた。しかし、幾分冷静にもなっていた。

 衝動的とはいえ、自分は明確な殺意を持ったのだと、鮮明に理解できる。

 これほど激しい殺意は初めてだった。

 なぜだろう。

 我慢の限界を超えただけかもしれない。

 あるいは——。

 ポケットの中の硬い感触。

 武器を持っているという事実が、心を狂わせているのか。

 これを渡した男は、何者なのか。

「ねえ、西沢さん」

 話しかけられて、意識が現実に引き戻される。教室の騒音が突然大きくなったように感じた。

 話しかけたのは、染谷瑞季だ。

 彼女の額と耳は、やや赤くなっている。

「放課後、時間あるかな」

「え? うん、あるけど」

「よかった。この後、優菜と星輝とケーキ食べに行こうって約束してるんだけど、その、もしよかったら、一緒に行かない?」

「え?」

「その、本当に、暇で暇で仕方ないなら、もしよかったら、みたいな……? あー、なに言ってるか自分でよく分からなくなってきた! ごめんなさいっ」

 顔を真っ赤にしてパニックになる瑞季。

 何の風の吹き回しだろう。

 そうやって疑ってしまう自分が嫌になる。

「だ、ダメかな?」

 でも、嬉しかった。

「……うん、いいよ」

 脈打つ鼓動の色が、変わった気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ