第三話 蘭痴気
ソウ一行が向かう、やや前に遡る。
「ヤン! バガールの群れだ! 今日はいい日になりそうだな! こっちはもう腹が減って死にそうだ。さっさと狩猟しようぜ!」
そう叫ぶのは、狩人らしい見た目のラルクだ。
そしてラルクの前方に見えるのは、鹿のような姿で、本来の鹿より一回り大きい獣――バガール。角は捩れ、今にも岩を砕きそうな見た目をしている。そのバガールが群れを成し、大陸を横断している姿に、二人は感動していた。
「しっかし、こんだけいりゃあ、一月以上は持つな。ラルクよ、他のメンツはどうした?」
ヤンもまた似たような格好をしており、頬には火傷の跡が残っている。喋るたびにその痕が生々しく痛々しく見えるが、本人としてはどうってことないのだろう。
「え? どうしたって、知らねえよ。そういやヤン、あの親子は後で来るのが毎度のことだからいいとして、村から駆り出されたのは俺らだけじゃないはずだよな?」
本来なら十数名が、ここで落ち合う予定だった。
定刻――陽が直上に昇り、二対の巨木が交差するこの場所で、バガールを狩る約束だったのだ。
「ああ、間違いなくそうだ。仕方ねえ、俺らだけで先に頂いちまうか」
仕方ないと言ってはいるが、ご馳走を目の前にしたハイエナのような表情を、二人は顔を見合わせてニヤつかせる。
「ラルクよ、準備はできているか?」
「当たり前だ、ヤンよ」
そうして二人は構えた。
バガールの群れに対し、臆することなく眼差しを向け、力を込める。
『『――宿れ、土蟹よ!!』』
二人の身体の一部が形態変化する。
ラルクの左腕が黒く染まり、異様に大きく膨れ上がったかと思うと裂け、硬質化し、真っ黒な鋏腕へと変わった。
ヤンも同様に、右腕が真っ黒な鋏腕へと変化している。
この二人は、以前に土蟹を食し、何度も何度も食べては思考し、また食べては思考する――そうして辿り着いた、努力の賜物だった。
ライバルであり、親友だからこそ互いを高め合えた結果である。
だからこそ、村の食材調達を担う狩人となり、自分たちだけでなく村全体へ意識を向けていた。
「ヤン、出遅れるなよ!」
――シュンッ、ツツ、ズバッ、メキメキ、ジャキッ。
ラルクは一気にバガールの群れへ突進し、一体の首を鋏で掴み、そのまま捩じ切った。
バガールは一瞬の出来事に、まだ目を見開いたまま、自分の身体を見上げ、奇声を発している。
群れは危険と判断し、円を描くように距離を取った。
「次ぃ~」
ラルクが視線を走らせた時には、バガールの群れは脱兎の如く逃げ出していた。
それは集団的自衛の行動であり、簡単には次を捉えさせない――そう意思表示しているかのようだった。
「かあああ、これだから単細胞は困るんだ。お前は一番が偉いと思ってるんだろうが、晩飯一匹を村に持って帰ったところで、盛大な歓迎なんてされねえからな」
ヤンはやれやれと、変化した右腕――鋏腕を額に当て、ため息をついた。
だが、毎度のことと割り切り、すでに策を練っていた。
――追い込む。それも、選択の余地を与えないやり方で。
ヤンは事前にバガールの習性を調べていた。
集団移動の際は決まったルートを通り、先頭には群れを率いるボスがいる。
つまり、この集団は規則的に動くはずだった。
ラルクの突撃によって群れは一時的にパニックに陥り、そして冷静を取り戻した。
――その瞬間を、ヤンは見逃さなかった。
集団に追いつけていないバガールが数匹いる。
本来ならルート通りに誘導し、闇討ちを繰り返す予定だったが、この群れはまだ若く、統率が甘いようだ。
ヤンは瞬時に理解し、はぐれた一体の背後へ回り、首元を鋏で捻じ切った。
他のはぐれバガールは、まだ事態を理解できていないのか、草を食べたり、周囲をきょろきょろと見回している。
「功を奏したな。ある意味、ラルクのおかげかもな」
一方ラルクは、いまだ群れを追い回し、翻弄されていた。
最初に一体仕留めた成功体験が、後戻りを許さなくしていた。
「くそっ! このやり方でいけるはずなんだ!」
「馬鹿か、おめーは」
(ゴンッ)
「いてぇ! 何すんだよ、ヤン!」
「無駄な体力使うんじゃねえ。帰りまで残しとけ。まーたエネルギー切れで、次の朝、顔洗いながら『なんだこのカニバサミは!?』とかアホ面するの、俺は見たくねえんだよ」
「くっ……それは言うなよ、ヤンよ……。けど、お前この間、寝言でアンナのこと愛してるだの何だの、ほざいてたぞ」
「おまっ! 関係ねぇだろその話は! 鋏の話してんだこっちは!」
「あぁ? おめえがイジってくるから言ってんだろ、あほうが!」
二人が言い争っていると、バガールの群れが騒がしくなった。
先ほど逃げた方向から、再びこちらへ向かってくる。
その先から土煙が舞い、その中に二つ紅く光るものが潜んでいた。
「なあ、ヤン……あれ」
「ああ、分かってる。あれはヤバい」
(何だ、あいつは……。今まで見たことがねえ。
バガールの群れをここまで追い詰めて、しかも土煙に混じって血の匂いが濃い。
あれは……逃げなきゃ、勝てる気がしねえ)
「なぁヤン、ちょっと面白そうじゃねぇか?」
そう言って、ラルクは飛び出した。
「バカ! よせっ!!」
ヤンの叫びも虚しく、ラルクは土煙と轟音の中へ吸い込まれていった。
「くそっ……待て、ラルク!」
ヤンも後を追い、血と土煙が舞う中へ踏み込む。
そこに佇んでいたのは、異様な生物だった。
足元には、無数のバガールの死体。
群れのボスと思しき一回り大きな個体も、息絶えている。
それどころか、潰され、圧殺されたようだった。
正面を凝視すると、梟のような顔、虫のような胴体、猿のように毛に覆われた腕。
下半身はケンタウロスのようで、胴は馬、前脚は鳥のように鋭く、後脚は象のように太く黒い。
そして――
ケンタウロスの胴から、血の滴る長い臓物が垂れ下がっていた。
――クチャ、クチャ。
怪物は器用に腕を使い、臓物を口へ運び、見せつけるように咀嚼している。
さらに目を疑ったのは、その臓物の先端に繋がっていたのが、人の頭だったことだ。
(そ、そんな……嘘だろ……おい……。
アンナ……嘘だろ……なんで……)
アンナ、そして共に駆り出された狩人たち――
皆がこの怪物に殺されたのだと悟り、二人は立ち尽くすしかなかった。
怪物は食事に飽きたのか、梟の頭をくるりと反転させ、顔を傾けて二人を凝視する。
「ラルクよ……お前は逃げろ。あいつは俺が、ぶっ殺す!!」
常に冷静なヤンも、この時ばかりは思考が追いつかなかった。
愛する人を殺され、さらに食われた怒りが、理性を押し流す。
それでも友を思い、言葉を残した――
だが次の瞬間、ヤンは本能のまま怪物へと突っ走っていた。
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