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ジェイドレゾナンス ー新星に灯る始まりの血脈・深緑の衝撃ー  作者: 未来が見えない
序章 始まりの血脈

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第二話 遊覧飛行

 ゲンとソウは、蒼穹のただ中を突き進んでいた。

 眼下にはどこまでも続く緑の絨毯、上空には綿菓子のような雲が悠然と流れている。

 だが、ソウにはその雄大なパノラマを味わう余裕など、微塵もなかった。


「ソウ、お前なぁ……なんだ? その飛び方は。見てるこっちが酔うわ!」

 ゲンが顔をしかめて吐き捨てる。

 ソウの羽ばたきは支離滅裂だった。パタパタと不格好に動かしたかと思えば、突然硬直して石のように墜落する。慌ててバサバサと産まれたての雛のように羽ばたき、急上昇する――その無様な上下運動を延々と繰り返していた。


 空中でぐらぐらと木の葉のように揺れる息子。その不安定さは、見ている者の胃をキリキリとさせる。

「仕方ないだろぉ! こっちは、はじめてなんだよッ!」

 必死に叫ぶが、風に声がかき消される。

 羽の動きはぎこちなく、気流を掴むどころか、空気に弄ばれている状態だ。それでも彼は、折れそうな心で前へ進もうともがいていた。


「これでぇ……もア、がんばってぇェェェェェアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!」


 反論しようと意識を口に向けた、その刹那。

 集中力の糸がプツリと切れた。

 ソウの体は揚力を失い、真っ逆さまに重力へと身を投げ出した。


「ったく、本当に手のかかる野郎だッ!」

 ――ばさっ! ヒュンッ!

 ゲンは一瞬で六枚の羽をV字に折り畳んだ。

 フライバエの特性を完全に掌握した無駄のない挙動。空気を切り裂く鋭い音が響き、ゲンは弾丸と化して急降下する。

 額に浮かぶ「三つの目」が、落下するソウの座標を精密にロックした。

 距離、加速度、風向き、そして落下の放物線。

 すべての情報が、異能の脳内で瞬時に演算される。


 ――ドンッ!

 空気が爆ぜた。最高効率の出力で空を蹴り、ゲンは音速に近い速度で空間を跳んだ。

 次の瞬間、ゲンの逞しい腕の中には、魂の抜けたような顔をしたソウが収まっていた。

「うわぁぁぁ……し、死ぬかと思った……」

「捕まえたぞ。……まったく、空中で喋る余裕があるなら羽を動かせ」

 ゲンは片腕でソウをがっしりと抱えたまま、再び大きく羽を広げる。


 墜落のエネルギーを滑らかな旋回へと変換し、滑空へと移行。二人の体は、見えない氷の上を滑るように優雅に空を駆けていく。

「まだ、練習が必要そうだな……」

 ため息混じりのゲンの声には、呆れと、そして息子を失わずに済んだ安堵が混ざっていた。

 ソウはぐったりと力なくゲンにしがみつき、激しい鼓動を落ち着かせようとしている。

「う、うん……」

 肩で息をするソウ。死の恐怖を味わい、かなり堪えたようだ。

 だが、やがて彼は震える顔を少しだけ上げ、父親の顔を見上げた。


「でも親父……俺、共鳴したんだぜ」

 強がりではない、どこか誇らしげな笑み。

 まだ血の気の引いた顔をしながらも、その瞳には「異能者」としての確かな自覚が宿っていた。

「約束、守ってくれよ。……その、首飾り」

 ソウが震える指で差したのは、ゲンの胸元。

 分厚い胸板の上、Tシャツの下に隠されている――ゲンが肌身離さず身につけている「それ」だ。

「ああ。……そうだな。男に二言はない」

 ゲンの声が、ふっと凪いだ。その視線は、息子の向こう側にある遠い「何か」を見つめている。

 だが、すぐに厳しい父親の顔に戻り、ソウを小突き返した。


「だが、俺が言ったのは『力を使いこなし、一人前になったら』だ。今の姿を母さんが見たら、腰を抜かして泣き出すぜ」


「えぇー……厳しいなぁ……」

 露骨に不満を漏らすソウを見て、ゲンは短く笑った。

 風がサァーっと吹き抜け、二人の間を通り抜けていく。それはまるで、過ぎ去った日々の記憶を空へと運んでいくかのようだった。

「それは、分かってるよ」

 ソウの声が、少しだけ大人びたトーンに落ちる。

「だけどさ……嬉しかったんだ。やっと俺に、共鳴してくれたって思って」

 自分が一族の端くれとして認められたような、確かな手応え。


 ゲンはその言葉を受け止め、わずかに目を細めた。

「……ああ、分かっている。なんだかんだ、お前は俺の息子だからな」

 ゲンはニヤリと不敵に笑うと、わざとらしく肩をすくめて加速の準備に入った。

「まあ、今は黙って親父の背中でも見てろ。……しがみついとけよッッ!」

「親父、今抱っこされてるから背中見えねえよ!」

「うるせぇ、情緒を解せ!」

 ゲンが笑う。その声は風に溶け、青い空へと吸い込まれていく。

 そして――。


 ――ビュンッ!!

 爆発的な加速。

 景色が線となって後ろへ流れ、ソウは悲鳴を上げる暇もなく父の胸に顔を埋めた。

 だが、恐怖を通り越した先に広がった光景に、ソウは息を呑んだ。


 深々と生い茂る、緑の大地。

 波打つように揺れる、果てしない森。

 大地を縦横無尽に引き裂く、大蛇のような巨大な河。

 雲を貫き、鋭い牙のようにそびえ立つ連峰。

 そこには、ソウが今まで知っていた「村」という小さな箱庭を塗りつぶすほどの、圧倒的な世界が広がっていた。


(……ス、スゲェ……ッ!)

 胸の奥が、震える。言葉にならない感動が、フライバエの力とともに全身を駆け巡った。

(フッ、まだまだガキだな)

 ソウの瞳に映る輝きを横目で見やり、ゲンは口角を上げる。


 だが、その笑みは長くは続かない。

(……だが、本当によく共鳴できた。何がお前を動かしたのか……)

 ゲンの視線は、再び遠い過去の残像を追う。

(なあ、リン。見てるか……?)

 腕の中の温もりを感じながら、ゲンは空のどこかにいるはずの妻へ語りかけた。


(ソウが、こんなにも元気に育ってる。……お前の分までな)


 ゲンの胸元で、首飾りが硬質な音を立てて揺れる。

 Tシャツの隙間から覗いたそれは、この中世的な紋様の世界には、およそ存在するはずのない異物。

 ――「銃弾」。

 先端が鈍く変形し、何かに着弾した生々しい痕跡を残した金属の塊。

 それが陽の光を浴びて、禍々しく、不気味に反射した。

 ソウは、未知なる世界に見惚れている。

 ゲンは、呪われた過去を噛みしめている。

 親子はそれぞれ異なる未来と過去を見つめながら、空を切り裂いていく。

 そして。

 一行は、着々と――

「巨」へと近づきつつあった。


いつもお読みいただきありがとうございます。皆さまからのブックマークや高評価が、執筆の大きな励みになっています。これからも楽しんでいただけるよう精一杯書いていきますので、引き続き応援よろしくお願いします!

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