第一話 命の鎖
これは、遥か昔の話だという。
気候は温暖で、大地には多種多様な生き物が生息していた。草木は高く伸び、ビルのような巨木が林立し、弱肉強食――自然摂理に忠実な世界が、そこにはあったらしい。その地域に寒冷な時期は訪れず、いや、私の見立てでは星そのものが熱帯だったのではないかとさえ思う。
そしてその世界には、今では到底考えられない生命体が存在していたという。それが真実かどうかは疑わしい。だが、情報を無限に記憶し続ける生命体がいた――そんな話が、まことしやかに語り継がれている。
私は、それを信じたい。
たとえ科学で証明できなくとも、今とは異なる技術体系、いや、自然摂理そのものによって発展した世界があったのだとしても、私は信じたい。
それこそが、我々を救う鍵なのだから。
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「おい、ソウ!!」
「ソウ!!! 起きろ! 狩りに行くぞ!!」
そう叫んでいるのは、銀髪で筋肉隆々の男だった。黒いTシャツに黒のズボン、その上から黒と茶色の紋様が施されたローブを羽織っている。
(なんだよ親父……一昨日まで明日にするって言ってたじゃねえか。眠いんだよ、クソ……)
悪態をつきながらも、ソウは目を開ける。
彼は中学生くらいの年頃で、黒髪を緑と茶色の紋様が入ったターバンで後ろに流していた。服装は、黒地に茶色の紋様が入ったTシャツと黒の短パン。
「わかったよ、起きた起きた。はいはい、起きましたよー」
地面に木の板と葉を敷いただけの簡易的なベッドから、よいしょと身体を起こす。
それを仁王立ちで睨んでいるのが、ソウの親父――ゲンだった。
「おっせぇわ、たわけが!!」
「昨日言ったこと、もう忘れたのか? 今日は他の狩人と共同戦線を張って、バガールを仕留めるんだぞ!」
眉間に皺を寄せ、ゲンが詰め寄る。
「え? そうだっけ? 昨日言ったかな~。ははは」
ソウは肩をすくめ、しらばっくれる。
「はぁ……もういいわ。どうせそんなこったろうと思ったがな。ほらっ!」
ゲンの手から投げられたのは、三つ目で六枚羽のハエだった。
テニスボールほどの大きさで、すでに息絶えている。
「ひっぎゃぎゃっ! きょおおおおえええええええ!!」
ソウはそれを見た瞬間、先ほどまでの鈍さが嘘のように跳び退いた。
「何しとんじゃボケ親父ぃ!!」
鬼のような形相で怒鳴るソウに、ゲンも声を荒らげる。
「ああ!? お前が何しとんじゃボケ!!
俺がどんな思いでそのフライバエを捕まえたと思っとる!」
ゲンの身体が怒りで小刻みに震えるのも無理はない。
狩りが決まってから数日間、必死に追い回して、ようやく仕留めた獲物だったのだから。
「だってよ親父! そいつウンコ食うんだぜ!?
しかも色んな奴の! それ食うってことは、ウンコ食ってるのと同義だろ!!」
断固拒否の意思を示すソウ。
だが、ゲンは聞く耳を持たない。
拾い上げたフライバエを手に、ゲンはソウへと歩み寄る。
「待ってくれ親父! 俺が悪かった! 今回は本当に俺が――」
言い訳の途中、ゲンは容赦なくソウの口をこじ開け、フライバエを押し込んだ。
「んぐっ!? がばっ、あああっ……!」
強引に咀嚼させられ、ソウは涙目になる。
「ああ、本当に世話の焼ける奴だ。
だがな、今回は俺がいても、お前を守りきれるか分からん」
(もごもご……今、足動いたんだけど……最悪だ、クソ親父……)
飲み込んだソウを見下ろし、ゲンは真剣な顔で言った。
「ソウ。我ら一族には“宿る力”がある。
この頭の中にだ。
喰らったものは力となる。願え、宿らせろ。この身体に、湧き上がらせよ」
ゲンは一歩踏み出し、構える。
ーー宿れ、フライバエ。
すると、ゲンの身体から無数の靄が立ち昇り、肩からフライバエのような羽が二本生え、額には新たな目が浮かび上がった。
ゲンは宙へと舞い上がり、叫ぶ。
「ソウ! そのアホな脳みそでも早く形態変化しろ! 狩りに遅れるぞ!」
(うぜぇ……マジでだりぃ。でも、いつかはやらなきゃいけないとは思ってたけど……よりによってフライバエかよ)
ソウは修行で学んだ思念法を思い出す。
(脳内で対話、喰らったもののイメージ、成った姿のイメージ……だったよな)
(今まで呼応したことなんてないのに、こんな土壇場で……)
それでも、やるしかない。
ソウは脳内で、強く念じた。
(俺と共鳴しろ)
すると、声が反響し、別の声が混ざったような感覚が走る。
一瞬、視界が揺れ、すぐに元に戻った。
(……成功、か?)
休む間もなく、次の段階へ。
(フライバエのイメージ。俺と共鳴し、成った姿を――)
身体が強張り、頭の中を光が駆け巡る。
ソウは構え、宣言した。
――宿れ、フライバエ!!!
靄が立ち昇り、肩から異質な羽が生え出す。
「うおおおおお!! できたじゃねえか!!」
羽を生やしたソウを見て、ゲンはわずかに微笑み、狩場の方角を見据えた。
「ソウ、行くぞ。今日は長くなりそうだ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その狩場から、ただならぬ轟音が響き渡っていた。
赤い閃光。黒い巨槌のような脚が、大地を叩きつけている――。
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