その後(アレクセイ視点)
――おかしい。
最初にそう思ったのは、王城で結界の警告灯が三度目に点灯した時だった。
赤い光が、謁見の間の壁を不吉に照らす。
「またか……」
アレクセイ・スミルノフは、苛立ちを隠さず舌打ちした。
最近、王城ではこれが日常になりつつある。
結界の不安定化。
魔力循環の乱れ。
これまでなら、あり得ない事態だ。
「原因は、まだ特定できないのか」
詰問するように問いかけると、居並ぶ魔導士たちは視線を伏せた。
「……どうやら、北方が関係しているようです」
沈黙を破ったのは、年老いた魔導士だった。
「北方、シュヴァリエ公爵領において、魔力の流れが異常なほど安定しています」
その言葉に、アレクセイの眉が動く。
「安定?」
思わず、声が低くなる。
「馬鹿な。あそこは、魔力過多の土地だろう」
「ええ。ですが……今は違います」
魔導士は、苦渋に満ちた表情で続けた。
「暴走が、完全に沈静化しているのが観察されました。
原因は……エリーザ・エヴァンス殿と見て、間違いないだろうと」
一瞬、理解が追いつかなかった。
「は……?エリーザ?」
かつて、自分が婚約を破棄した女。
魔力ゼロの女。
あの――存在感すら薄かった女がか?
「ふ、ふざけるな!」
思わず吐き捨てる。
「無魔力の女が、国家結界に影響するなど――」
「・・・殿下」
別の魔導士が口を開いた。
「彼女は“無魔力”ではないようです」
胸が、嫌な音を立てて鳴る。
「なに・・・?」
「魔力を“打ち消す”特異体質。測定器が反応しなかったのは、そのためだったようです」
アレクセイの脳裏に、あの日の光景が蘇る。
大広間。
嘲笑。
――王家の恥、と。
(……馬鹿な)
いや、違う。
(俺は、知らなかっただけだ)
そうだ。
自分は、知らされていなかった。
ならば、責任は――
「殿下」
魔導士の声が、追い打ちをかける。
「もし、エリーザ殿が王都に戻られない場合、結界の崩壊は時間の問題かと」
アレクセイは、拳を握りしめた。
「・・・エリーザを呼び戻す」
それだけだ。
◇
アレクセイはその日のうちに使者を出した。
結果は――拒絶。
「……戻らない、だと?」
報告を聞いた瞬間、声が裏返った。
「何か条件があるのか?報酬か!?
金か、地位か……ええい、王子妃の座でも構わん!」
使者は、首を横に振った。
「エリーザ様は『都合のいい存在になるつもりはない』と」
その言葉が、胸に突き刺さる。
「何を言っても、その意志が変わることはありませんでした」
アレクセイは理解できなかった。
―――なぜだ?
王都に戻れば、栄誉も名誉も、すべて与えられる。王子妃の地位だって・・・
それなのに。
(……いや)
そうではない。
彼女は自分の居場所を見つけたのだ―――
◇
数日後。
王族会議。
それは糾弾の場となった。
「第一王子アレクセイ。貴殿は国家にとって極めて重要な存在を、感情と偏見で切り捨てた」
「その結果が、現在の混乱だ」
次々と突きつけられる言葉。
反論はできなかった。
全てが事実だからだ。
そして、宣告。
「よって、次期国王候補から外すこととする」
その瞬間、アレクセイははっきりと悟った。
自分は、終わったのだと。
◇
夜。
一人になった部屋で、彼は酒杯を傾けていた。
ふと、思い出す。
エリーザの顔。
控えめで、静かで。
何を言われても、耐えきった女。
(……あの時)
(なぜ、気づかなかった)
そう思った瞬間、苦笑が漏れる。
(いいや)
気づいていたのだ。
ただ、見ようとしなかっただけ。
自分の世間体ばかりを気にして、価値がないと、恥だと、決めつけた。
「……エリーザ」
名を呼んでも、返事はない。
彼女はもうアレクセイの近くにはいない。
自分の手の届かない場所で、幸せに暮らしているのだろうか。
アレクセイは、空になった杯を長い間見つめていた。




