シーン43 アウトドアよりインドア派
シーン43 アウトドアよりインドア派
そよそよと、風が流れていた。
辺りは静かで草ずれの音だけが響いている。
おそらく、ここを逃したら、アタシに安らぎは訪れない。
周囲に誰もいないのを確認し、意を決して、アタシはベルトを緩めた。
とりあえず、もう仕方ない。
この繰り返す腹痛から逃れるには、もうこれしか・・・。
主人公としてのプライドもかなぐり捨てて、下着を降ろしかけた時だった。
アタシは、草ずれの音がやけに大きくなったのに気付いた。
やだ。誰か来た?
でも・・・ん、人の足音じゃないな。
あれ・・・何。
この感じ?
アタシは何気なく振り向いた。
そして、卒倒しかけた。
アタシの背後に、アタシの事を丸のみできる程に巨大な口が開いていた。
そして、不気味に伸びる舌と、らんらんと輝く目。
こいつは・・・大蛇だ。
そして、アタシは・・・。
蛇が大の苦手なんだ~!!
「ぎゃーーーーー!!!!」
アタシはこれ以上ない大声で悲鳴を上げた。
その声が引き金になったように、大蛇はアタシに飛びかかってきた。
咄嗟にバックラーを突き出した。
蛇の大あごが、バックラーを咥え込んだ。
ミシミシッって音がして、バックラーが悲鳴を上げる。
なんて、馬鹿力。
蛇は身をよじって、バックラーを捻じりきろうとした。
アタシは耐えようとしたが、体ごと持っていかれた。
牙の間からバックラーが抜け、反動で、アタシはそのまま後ろ向けにひっくり返った。
アタシは腰からレイガンを抜こうとして、引っかかった。
ああもう、なんでいつもこうなるの。
どこに引っかかってんのよ。
で、よく見たら、さっきベルトを緩めたせいで、ホルスターが斜めになってしまっていた。
これじゃあ、サッと抜けないや。
などと納得する間もなく。
大蛇は二度目の猛攻を開始した。
アタシは、蛇の大あごを、すんでのところで躱した。
右の肩あてに牙が引っかかって、簡単に破けた。
「痛ったあ・・・」
アタシは肩を抑えながら転がった。
牙が肌に触れただろうか。もし、毒でも持ってたら、大変な事になる。
大蛇が悶えた。
あれ、どうしたんだ?
よく見ると、アタシの皮の肩あてが牙に刺さったままになって、抜けなくなっていた。
大蛇は苦しそうに体をよじって、肩あてを引き抜こうとしていた。
これは、チャンスだわ。
アタシはその隙に、レイガンを抜いた。
よし、今だ!!
と照準を合わせた先で、大蛇は憎しみすら感じさせる目でアタシを睨んだ。
肩当は歯に刺さったまま、それでも先にアタシを仕留めようと思ったに違いない。
来る!
大蛇はついに、三度目の攻撃に移った。
アタシの頭を目がけ、巨大な口が迫った。
アタシは恐怖に震えながらも、レイガンをその口中に向けて撃った。
肉の焼ける、嫌な臭い。だけど、蛇の勢いは止まらない。
食われる!
アタシは目を瞑った。
激しい痛みを想像したが、アタシが感じたのは、空気が切り裂かれるような音と、夢にまで見てしまいそうな、恐ろしい断末魔の叫びだった。
アタシは、おそるおそる目を開け「ひっ」と小さく叫んだ。
目の前で、真横から頭部に矢を受けて絶命した大蛇が、微かにその肉体を痙攣させていた。
そのおぞましい光景に、アタシはしばし放心状態に陥った、
「ラライ、怪我はないか?」
コンラッドの声がして、三人が駆け寄ってきた。
ようやくホッとして、正気に戻ると、そのまま腰が抜けそうになった。
いつの間にか、腹痛の事は忘れてしまっていた。
先程の大蛇は、この辺に自生する普通の生き物だと、それからしばらくして、アタシはセドックに教えられた。
少し進んでから、アタシはやはり腹痛が蘇ってダウンした。
どうやら、ちょっとした食あたりだったようだ。
セドックが調合した苦い薬草は、生まれてからこれまでで、一番まずい食べ物リストにランクインするほどの味だった。
とはいえ、その効能は素晴らしく、一時間も休むと、アタシはどうにか歩けるまでには回復した。
大分時間をロスしてしまった。
申し訳なかったが、誰もアタシを責めたりはしなかった。
それから少し歩いて川べりに出たところで、日暮れになってしまった。
アタシ達は野宿をすることにして、火を燃やした。
キャンプファイヤーか。
生まれて初めての経験だ。
これが、管理されたキャンプ場で、しかも好きな人と一緒だったら、それなりに楽しいのかもしれない。だけど、アタシはさっき大蛇に襲われた記憶がフラッシュバックして、心細さが募るばかりだった。
夕食のメニューは、蛇の白焼きになった。
無論。さっきの大蛇だ。
自分を食べようとした相手を食べる。
なんだか、複雑な気持ちでいっぱいになった。
これじゃ、また明日もお腹が痛くなるかもしれない。
アタシが躊躇していると。
「これは、旨いものだ。体にもいい。村では祭りの時に食べる。ごちそうだ」
コンラッドが、綺麗に取り分けてくれた。
遠慮をしたかったが、これは好意なのだろう。
ここは、仕方が無い。
勇気を出して、少しだけかじった。
おや。
これは?
意外にも、美味しかった。
くせもないし、適度に噛み応えもある。
塩と、やや辛みのある調味料だけのシンプルな味付けだが、アタシは気付いたら一皿ぺろりと平らげていた。
まあ、この位で蛇を好きになるわけではないが、少しだけ許せる気分になった。
「この先は長いのか」
そんなアタシを横目に、エイダが口を開いた。
コンラッドが顔を上げ、セドックと一瞬視線をかわした。
「外れの村までは、1日で着く。そこから山を越えるには6日だ。その先にヤソワの地がある」
「順調にいって7日。・・・こいつの足だと、10日か」
こいつって、アタシか?
アタシはエイダをこっそりと睨んだ。
「せめて村までは早く着きたい。儂の故郷なのでな」
セドックが言った。
やや四角ばった顔に、不安そうな影が浮かんだ。
「とりあえず、尻をひっぱたいてでも、歩かせるしかないね」
「やめてくださいよ」
冗談じゃなく、本当に叩かれそうな気がした。
エイダはじろりとアタシを見て、またしてもため息をついた。
これは、本気でアタシの事をお荷物みたいに考えているな。
「村までは道もある。心配はいらない」
コンラッドはそう言って、立ち上がった。
「どうしたの?」
「見張りに立つ。夜は危ない」
「そんな、コンラッドさんも休まないと」
「セドックと交代する、心配はいらない」
エイダが、アタシに煮あがったばかりの薬草のスープを差し出した。
「お前はこれを食べて、眠れ。一番体力が無いのはお前だ、迷惑をかけたくなかったら、大人しく休むのが一番だ」
「エイダさん・・」
アタシは木皿を受け取って、仕方なしに口をつけた。
やはり、驚くほど不味かった。
色々な目にあって来たけど、本物のアウトドアシーンで眠るのは初めてだ。
布製の寝袋は、暑苦しいうえになんだか臭くって、その上生地も薄かった。
こんな生活が、これから何日も続くのかと思うと、アタシは目の前が真っ暗になる思いだった。
アウトドアなんて、キライだ。
きっと、この先普通の生活に戻れたとしても、一生アウトドアなんてしなくていい。
アタシはインドア派で十分なんだ。
そう思って、無理やり宇宙船の快適な生活を思い浮かべて、現実を逃避した。
それでも、なかなか寝付けなかった。
夜は、何事もなく過ぎた。
目を覚ますと、アタシの体はガチガチになって、あちこちが痛むようになっていた。
アタシよりずっと休んでいない筈のコンラッドやセドックは、もう支度を終えていて、アタシの準備が整うのを、文句も言わず待っていてくれた。
そこからは、楽な行程。
と、二人は言ったが、とんでもない。
アタシは半日も歩かないうちに、大分ペースも落ちて、棒切れを杖がわりに息を切らし、なんとか彼らの背中を追っていた。
なんで、二人ともあんなに身軽に歩くんだ。
セドックなんてアタシの倍以上も年上で、もう老人に近いってのにさ。
それに、エイダも、全然疲れた様子がない。
アタシは歩きながら、ふと、この状況を解決する方法を思いついた。
そういえば2日前の夜、シュミットは力が足りずに、巨大プレーンとしては実体化できず、代わりにアタシの鎧に変化した。
あの時、すごく体が軽くなったっけ・・・。
もしかして、アタシの精神と感応し、姿を変えるなら。
本当にもしかしてだけど、アタシの意志でその形状までもコントロールすることが出来るのなら。
シュミットを、アタシの歩行を補助するような形で具現化する事だってできるんじゃない。
例えば、モトクロスバイクの形とか。
これは、試してみる価値がある。
アタシは。
つい、シュミットキーを抜いた。
「えいやっ」
分かりやすい気合を入れて一閃し。
「出てきて、アルラウネ、アタシの足になって!」
叫んでみた。
シュミットキーは、目の前の空間に黒い裂け目を作った。
よし・・・これで扉は開いた、それじゃあ、出てこいシュミット!!
と、待ってみたが。
一瞬光がこぼれ始め、小さな黄金色の手甲になったかと思うと、すぐに、消えた。
「あれ、消えちゃった」
アタシはがっかりして呟いた。
「おい、ラライ、今何をした!」
血相を変えて、エイダが駆けてきた。
「なにって、ちょっとシュミットを使ってみようかなって・・・」
「バカ者!!」
「へぶぅ!!」
アタシはエイダの脳天チョップを食らった。
あまりにもノーガードで喰らって、舌を噛んだ。
「お前な、シュミットは遊び道具じゃないんだ。下手に使用して暴走でもさせたら、どんなことになるか分かってるのか! レッサータイプでも星の一つぐらいは消し飛ばすぞ」
「そんな事言ったって~。それに、出ても来ませんでしたよ~」
「連続で呼び出したんだ、具現化できるだけのエネルギーが足りてないに決まってる。そういう意味じゃ、アタシの〈イナンナ〉と似たような状態なんだ」
「そういうものなの?」
「お前、何にも知らないで、それで本当に契約者か」
彼女は怒りを通り越して、もはや完全にあきれ顔になった。
それにしても。
また新しいワードが聞こえたぞ。
レッサータイプ?
それって、何なんだ?
「ラライ、エイダ!!」
遠くで、コンラッドの呼ぶ声がした。
なんだか、様子が変だ。
アタシとエイダは彼の元に走った。
森の木々がまばらになり、赤い日差しが強くなった。
膝した位まで伸びた、柔らかな緑の丘が広がって、その先に木の柵が見えた。
あれは、目的の村か?
アタシは、思ったよりも早い到着に歓喜した。
が、すぐに、何かがおかしい事に気付いた。
柵の下に、無数の黒い生き物が蠢き、柵を這い上がろうとしていた。
黒く丸い胴体に、毛の生えた長い四肢。
その手の先にはかぎ爪があって、胴の真ん中には牙の生えた口がぽっかりと開いていた。
なんだ、あんな生き物、見たことが無い。
柵の上には、村の自警団と思われる男達が並んで、一斉に弓を打っていた。
今のところ、無事か。
それに、何とか撃退出来ているようだ・・・。
「なんだ、あれ・・・」
エイダが呟くのが聞こえた。
彼女の指が、弓矢で射られながら地面に落ちていく、黒い生き物の屍を指さした。
アタシは、その醜悪さに、思わず口元を抑えた。
地面に落ちて息絶えたと見えた怪物たちの体が、次々に融着を始め、そう・・・連結を開始した。
茫然と見つめる間に、それらは何百の手足を持った一匹の長いムカデのような姿になった。
ムカデは、村の柵を物凄い勢いで駆け上り、迎え撃とうとした弓兵を一瞬で丸呑みにしてしまった。
弓兵たちが、隊を乱した。
「いかんッ!!」
セドックが駆けだした。
「危ない、セドック! 逸るな!」
コンラッドが叫んだ。
だが、彼の声など耳に入らないかのように、セドックは一目散にムカデの化け物へと槍を構え、突進した。




