お説教はデザートの後で
スプーンで掬い上げた最後の一口には、残していた真っ赤な完熟イチゴと、もったりとしながらも甘すぎないホイップクリームが乗っている。
口に運んだその瞬間、今日という1日が良い日として完成されるはずだった。
『――サキ、またやったな! 今度のバディは3日持たなかったぞ。『二度と彼女とは組みたくない』と泣きながら辞表を出してきた!』
腕に感じたバイブレーションに嫌な予感がしつつも応答すると、上司からのボイスメッセージだった。匙の高度は維持したまま。
『糖分補給はもう済んだろう。さっさと私の部屋に来い、今すぐ!』
爆音が店内に響き渡り、ボリュームを下げる間もなくぶつり、と無機質な音を立てて通信が切れる。周囲に目を走らせると、皆、鳩が豆鉄砲を食ったように固まっていた。
「ハハハ……すみませんでしたぁ」
気まずい空気を笑ってごまかし謝った。匙の高度は維持したまま。
怒りっぽいが、上司は案外私の扱いを心得ている。部署内で友人に店の予約が取れた報告していたのが小耳に入ったのだろう。あの時はかなりはしゃいだ自覚がある。
ハンターという職業上、退勤時間が不規則になりがちで今まで期間限定メニューを何度か逃していた。そして今日、もろもろ噛み合って念願のパフェを食べられると思いきや緊急出動。迫るタイムリミットに神経を削られながら手に入れた甘いご褒美にありつけた後なら、反感もなく指示に従うと踏んだとみた。
溜息をつくと、零れ落ちた幸せを回収するように最後の一口を丁寧に味わう。
しっかり嚙み締めることができる程の大きなイチゴからは咀嚼する度にフルーツの香りが口いっぱいに広がる。底に溜まっていた様々なトッピングをクリームがしっかりと包み込み一体化させている。美味しい。
空になったグラスを名残惜し気に眺め、席を立った。
外に出ると、空はどんよりとした鉛色に変わりつつあった。そして、町中のスマホからちらほらと嫌な音が響く。
『――緊急墨災警報です。黒雨が接近中。あわてず屋内へ退避してくさい。――緊急墨災警報です。黒雨が接近中。あわてず屋内へ退避してくさい。――緊急墨災警報です。黒雨が接近中。あわてず屋内へ……』
帰宅時間ということもあり、人波が巻き戻るかのように建物の中へ吸い込まれていく。
カバンから折り畳みのビニール傘を取り出して開けば、空が静かにぐずり始めた。低レベルでも鳴るようにアラートを設定していたのならこんなものだろう。土砂降りなら問答無用で強制一斉アラートに加え町中のスピーカーが一斉に騒いでいる。
職場に向かってガラガラの道を歩き出した。
僅かに零れてきた雨が薄黒く傘を汚す。握り手に少し力を加えるとビニールがキラキラと輝き、汚れをじんわりかき消されていく。
「あんまり長くならなければいいけど……」
自嘲気味に呟いた私の悪い予想は、その数十分後、違う形で的中することになる。




