#11 映画公開まであと ④ ~玩具の取り扱いにはご注意を~
私達が戦ったあの路地裏は、大勢の人が行き交うメインエリアから大きく外れた場所に位置していた。
当然、カメラの台数も少なくなる。
奇怪な武器を使っていたとはいえ、派手な大立ち回りをしていたわけでもない。
もっともな問いにソムリエは眼鏡をクイッと掛け直し、感嘆を隠し切れない様子で、映し出された水鉄砲の立体映像に目を向ける。
「流石はセンジ様、素晴らしい着眼点です。
お察しの通り現場にはスポイラーの死骸を除いて、何も残されていませんでした。
ですので、路地裏のわずかな防犯カメラの映像から断片的な情報を寄せ集め、あの銃の外見を多角的にスキャンを行い、カメラ以外の機器からもログを収集して割り出しました。
そこから既存の玩具データベースと照合し、内部構造を推察したのです」
画面には銃の外見から中身のネジ一本に至るまで、信じられない精度でシミュレートされていた。
「カメラ以外って?」と聞き返すと、人差し指を唇に当ててうっそりと微笑まれた。
――――――――怖い。
「そして最初の疑問に対してお答えしますと、おそらくスポイラーが黒雨を吸収しようとする習性を逆手にとったのです。
わざわざ黒雨に漂白剤を混ぜたのは、スポイラーに餌として自ら取り込んで貰おうとしたからなのでしょう。
単純に、内側から作用させた方が効果が高いと踏んでのことかと」
「習性を利用した餌!?
未精製の黒雨を混ぜたのはそのためだったのね……」
私の納得の声に彼は水を差すように「いいえ」と否定した。
画面が切り替わり、複雑なグラフと数値の羅列が表示された。
その中の一つの項目が、一際大きく主張している。
「通常の黒雨に比べて、付着していた液体の濃度の値が不自然に高くなっておりました。
水分量が幾らか減っているのです」
「水分が減っていた?」
センジが興味深そうに画面のデータを見る。
「ええ。玩具を改造した武器を使用していることを踏まえるに、恐らく事前にホビー用の強力な電池か何かを使ったのでしょう。
黒雨を電気分解することで水分を飛ばし、インク成分を濃縮。
それをタンクに詰めたのだと推察されます」
「電気分解?
水分を飛ばすだけなら、火で温めて蒸発させた方が手っ取り早いんじゃないの?」
いよいよ、おもちゃの枠を超えた力技に、思わず割り込んだ。
わざわざそんな面倒な科学実験を行う理由が分からない。
「サキ様、お忘れですか?
少量の黒雨――ステインは通常の雨や日光に晒されると消えてしまうという、存外デリケートな性質を持っていることを」
思わず「あっ……」と忘れていた知識を掘り起こした。
今度は映像化されたシリンダーをタップし、精製前の黒雨の分子モデルを拡大してみせる。
「火による加熱処理など行えば、インク成分まで飛んでしまう。
だからこそ、熱を直接加えずに水分だけを減らすため、あえて『電気分解』という手段を選んだのでしょう」
疑問が晴れたのか、センジは「まったく、よくそこまでやるな」と、そっと息を吐いた。
それはどちらに対しての発言なのか……多分どっちもだ。
「本物のインクほどの威力はなくとも、スポイラーの習性を釣るエサとしては、充分に働くということか……。
事前に可能な限り濃縮した黒雨と漂白剤を混ぜ、スポイラーに体内に取り込ませる。その後、内側から漂白……。
手間が掛かる緻密な罠ですね。
そこまでして武器が欲しかったのか?」
ここで新たな疑問が浮かんだ。
「でも、水を飛ばしたくらいで工場で作ってる本物の黒インクみたいになっちゃうものなの?」
「流石にそれは不可能です。
ハンターが扱うカートリッジ用の黒インクを生成するには、特別な加工技術が必須ですから。
あくまでも、身近で手に入る機材で頑張った素人作品といったところかと」
ソムリエは画面を指差し、検出された液体のカラーチャートを提示する。
「通常のインクの純度に比べれば、足元にも及ばないレベルで薄いものです。
ですが未精製の雨に比べると、はるかに濃く仕上がっている」
「しかし、インクに及ばずとも水分を限界まで飛ばしたのなら、その液体はただの水に比べて粘度が高くなるのは確かだろう?
よくシリンダーや銃口がイカれなかったな」
「そこが、このメーカー選びの妙味でございます」
触れられないはずのウォーターガンのホログラムを限界まで拡大させ、愛おしそうに純白の手袋を身に付けた指でツツツ――、となぞり上げた。
「――謎のガンスミスは、あの不朽の名作『ギャラクシアシリーズ』の中でも圧倒的な耐久性を誇るチャンバーと肉厚な樹脂バルブを持つ【ギャラクシア・インパルス】の本体をベースに選んだのです」
ツギハギされたパーツの解説に、SEが待ってましたと言わんばかりに強引に割り込んだ。
「ここからが拙者大歓喜の超絶ロマンポイントでござるよ!
X氏はそのドロドロの液体を強引に押し出すために、あ、え、て、別メーカーの【ストリームガンMk-Ⅱ】が持つ、強力なチャージショット機能用の給水機構を無理やり噛み合わせているのでござる!
あの特徴的な駆動音と発射前の長い溜め時間は特殊なバッテリーを使い、高粘度の粘液を限界までチャージして発射するためですからして」
「あの『ヴィィィィィィン』って音、水鉄砲の溜め機能だったわけ!?」
驚く私をよそに、SEはエバーグリーンのボサボサになった長髪をそのままに、早口で続けてまくし立てた。
オーディオスペクトラムを彷彿とさせる細やかで色鮮やかなメッシュが、キラキラと彼の心情を表現する。
「左様。スポイラー技術を応用したフュージョンダッシュバッテリーですな。独特な音ですぐ分かったでござる。任意の形に自在に変形できるスライム型で一時期話題になり申した。
しかも規格の違う複数のバッテリーを一つに纏めて使ってる、いや怖ッ!
ああそれと、ノズルを物理的に広げておりまする。
当然、負荷が馬鹿みたいにかかるから、乱発なんぞ御法度。
玩具の安全マージンを完っ璧に無視したワイルドカスタム、いつ熱暴走で爆発してもおかしくないツギハギ兵器、故に童心に刺さるチープな駆動音……。
滾る、拙者の音響魂が滾りますゾォォッ!」
「つまり無駄打ちは出来ない――と。
狙った場所に確実に当てる高い射撃能力が求められる。
丸腰のサキの加勢をするために、あの不審者はそれほどのリスクを背負ってトリガーを引いたというわけですか……」
「――ふむ」
悠然と佇む姿は歴戦の勇士の如く。
キングロードはホログラムの銃をじっと見据えていた。
「過電圧による熱暴走……か。
一体どうやってあの熱を抑え込んでいる? ありったけ撒かれた無粋なテープは……」
誰かに問いかけたものではない、未知の兵器の構造へ向けられた純粋な独白。
だが、そのつぶやきをソムリエは丁寧に拾い上げた上でからかう。
「おや?
ポリシーに反するといった漂白銃を、随分と熱心に観察していらっしゃいますね。
てっきり、魔法の呪文で都合よく冷却されていると妄想していたかと思いましたよ、キングロード?」
「王は戦士として、あの佇まいに宿る格好の良さを観察しているだけだ。
無機質な実用性だけを追い求め、誰が見ても一目で分かるような圧倒的な魅力を添えることも出来ん、貴様の貧相な近代カスタムと一緒にされては困る」
「相変わらず賑やかな方ですね。
分かりやすさ、ですか……。
では、ファンタジーに生きる方にでも分かるように説明して差し上げましょう」
鼻を鳴らしたキングロードに対し、ソムリエはクスクスと上品に笑った。
そんな笑顔に反する絶対零度の眼を彼に向けながら「SE、画面を拡大してください」と頼んだ。
クローズアップされた銃の本体には、黒い布テープがガチガチに巻き付けられている。
その隙間から細長い紐状のパーツが見え隠れしていた。
チラッチラッと脈打つ光が血管のように這い、怪しく光る。
「この箇所こそ、スミスの発想力に最も脱帽したポイントでございます。
大手の調理家電メーカーとして有名な『グラン・シェフ』から発売された子供向けのお料理玩具――――くるくるフローズンメイカーの内臓型小型冷却装置を、本体の外側に巻き付けて熱を抑えているのですよ」
「アイスクリームのおもちゃ!? 嘘でしょ!?」
もはや、開いた口が塞がらない。
化け物を真っ白にして悲鳴を上げせた凶悪な魔改造銃のパーツに、まさか子供のアイスクリームメーカーのパーツが混ざっているなんて。
道理で子供が喜びそうな――――エレクトリカルパレード仕様に光っていたわけだ。
「一般家電の冷却システムとしてはどうしても見劣りしますが、子供が扱うレベルの品質としては、かなり高いかと」
「剝き出しの状態だと冷気でまともにホールドできなくなる。
布製のダクトテープを巻きつけることで、冷却装置の固定と握る為のグリップ、ついでに過剰な圧力に少しでも耐えられるようにするための補強を同時に果たしているというわけですか」
おもちゃに対して懐疑的だったセンジさんがいつの間に子供みたいに前のめりになっていた。
センジさんがぽつぽつ呟いているとSEが突然、椅子から立ち上がり、緑の線画で描かれたキャラクターが白衣で踊る。
「そうなのでござるよ、センジ氏!
ハンダ付けはガタガタ、ネジの長さすらあっていない。X氏はこれまで碌に専用工具なんて握ったことがない完全な素人。
が、しかし配線の取り回しやテープの巻き方といった一部の加工技術が、組み立ての工程ごとにどんどん上手くなっている箇所が多々ありまする」
「……経験が乏しいだけで、器用な人間という事か」
キングロードの瞳は、頑張った子供の工作を眺めるように静かに頷いた。
画面が切り変わり、あの不審者の映像が映し出される。
フードとマスクの隙間から覗く、あの珍しい黒目と黒髪がはっきりと捉えられていた。
「この人物に関する映像も、少なかったがこれだけは綺麗に撮れている。
だが戸籍及び彩色体の登録データ、もちろんPALLETの雇用記録にもこの特徴に合致する人物はいない」
「……フン。
仕上げは粗削りだが、構えた時の見栄えは悪くねえ。
浪漫ってやつだ……。
おい、そこの検証が終わったら次の新兵器プロジェクトの予算をさっさと出しておけ。
男は黙って変形合体だろ!」
奥のデスクで別の大型兵器の図面を忙しそうに引いていた。
この部の総合統括を担う【監督】が横目で画面を見やり、他のスタッフにそれだけ言い残してすぐに別の作業に掛かる。
そんなロマ研の熱量に当てられたのか、私は自分の胸が少しずつ熱くなるのを感じた。
誰もが猛進していたハンターの常識を、漂白剤とおもちゃでひっくり返し、さらにあの物怖じしない凄腕の支援。
(黒髪に、黒い目……。あの色彩、私とは別の意味での無色――――)
完全に空席になった私の隣のポジション。
「ねえ、センジ」
弾かれたように顔を上げ、彼の袖を引っ張った。
「あの黒い子、私のバディとしてスカウトするのってアリだと思わない?」
ご一読ありがとうございました。
少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思って下さったらページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価やブックマークで応援していただけると、執筆のモチベーションになります!




