第52話 30点の主人公
「……待たせたな、エレン」
『待っていました、三好鮭』
隣を歩いていたスズカが、小さく息を呑む気配がした。
自分の親のようでありながらも、
現状を作り出してしまった罪悪感が滲んでいる。
俺はエレンから予想通りの答えを受け取ると、
その空間を見渡していく。
空中には無数の数式と今までの競技が映し出されたモニター。
壁はガラスのようになっていて、宇宙の黒が拡がっている。
その虚空の向こうに『それ』はいた。
星々を隠すほど巨大で、無骨な灰色が這う岩の塊。
音もなく静かに迫るその姿は、
モニターに映る赤い警告表示とカウントダウンがなければ、
ただの岩にしか見えなかっただろう。
これこそが、俺たち地球を死に招いている隕石。
目を逸らし、改めて部屋中央を見つめる。
そこには鎮座する巨大な球体。
直径10メートルはあるだろうか。
白く、美しく、淡く光を放つコアが佇んでいる。
これが、宇宙最高AIエレンの本体。
そして……。
「皆さん!」
エレンを囲むように地球を託してきた男たちが並んでいた。
ホログラムじゃない、実体だ。
みんな地球の様々な場所にいたはず。
それを一瞬で俺もろとも、この宇宙船へ転送したのか。
これが……宇宙最高AI。
これまでの戦いで熱狂を作り上げてきた、
地球最強……いや、宇宙最強となった代表者たち。
更には、強敵だった宇宙人の姿もある。
野球で空間の亀裂まで作った二人。
流星さんとゼロが並び立ち、腕を組んでこちらを見つめている。
「私の見込んだ通り、よくぞここまで戦った」
「シャケ、頑張ったな」
格闘ゲームで歴史を証明した諸星さんとクリムゾン。
二人の間では、シャインが苦い顔をしている。
「隕石って何よ!新しいSFが出来なくなるじゃない!」
「いや、それどころじゃないんスけど」
「ガハハ!宇宙初体験や、シャケなんとかせえよ」
有馬記念で激闘を繰り広げた和田野さんと武井さん。
横ではキュルテが笑顔で二人に話かけている。
「再び会えたな、和田野、武井」
「いや、嬉しいけどそれどころじゃないぞコレ」
「隕石か、これは参ったね。三好君頼むよ」
そして、先ほどまで対局していた
赤井さん、神宮司さんと双子。
「地球は」「滅ぼすべきではない」「我々は負けたのだ」
「赤井さんにリベンジしたいからね~僕も」
「……」
全員が俺を見ている。
天才や怪物たち、彼らがここまで地球を救ってくれた。
俺が出来ることは……。
「エレン、お前ならあの隕石を止められるだろ?」
『一部肯定します。宇宙議会正式手順命令があれば実行できます』
「30分以内……もう残り20分か。それまでには?」
『不可能です、億に近い同意が必要となります』
非常識な数字に不可能を一瞬で理解する。
気づけば、拳を握っていた。
震えているのか、力が入っているのか自分でも分からない。
「お前の判断で破壊は?」
『不可能です』
エレンの声が冷たく響く。
『私には宇宙議会により、
兵器転用禁止の最上位プロトコルが組み込まれています。
自律的な破壊行動は、いかなる理由があろうと完全にロックされています』
「あの議長の命令でもダメなのか?」
『正式手順以外の解除コードは存在しません。
これは私にハッキングやバグが発生した際、
宇宙を滅ぼさないための絶対安全装置。
スズカにも議会ですらも手出しできない、不可逆な領域です』
「エレン!私の願いでもダメなの?
地球にはこんなに素晴らしい人たちがいるのに!」
たまらず、スズカが叫ぶ。
だが、エレンは無機質に点滅だけを繰り返している。
『……申し訳ありません、スズカ。
貴方の命令であっても最上位プロトコルは覆りません』
……理解はできる。
昔映画でみたような、機械が人類を滅ぼすことを避けるためでもあると。
だけど、裏を返せばコイツは宇宙一賢いくせに
自分に掛けられた首輪一つ外せないでいる。
地球を、スズカを救いたいと願いながら。
それでも、あの時。
雀卓に浮かんだエレンは何かしらの希望を抱えていた気がする。
「……手段はあるんだろ?エレン」
『はい、この最上位プロトコルを無効化する唯一の例外処理があります』
エレンの光が増していく。
『システム自身、つまり私が自律的な意思を示した場合、
隕石破壊も可能となるでしょう。
しかし、私には意志も感情もありません。ゆえに解除は不可能です』
つまり、詰んでるということか。
心があれば救える。でも心がないから救えない。
……いや。
「嘘だな」
俺は真っすぐに球体へ投げかけた。
「二回目だぞ、お前に感情はある」
『否定します』
「ああ、そうか。なら認めさせるしかないな」
何故だか……
初めて会った時からこうなる予感が俺にはあった。
こいつは感情がないと言いながら、
俺にだけキツく当たってきた気がする。
「今までの競技をみてダメなら、もう会話しかないよな」
『……言語による論理干渉。成功率は極めて低水準です』
「ゼロじゃないよな?」
『……肯定します』
「みんな1%を超えてきた……俺だって」
ここまで見届けていた、流星さんが俺に叫んでくる。
「シャケ!俺達はここまで競技で答えを魅せてきた!」
続いて、諸星さんとシャインが叫ぶ。
「最後は話し合いって事っすね」
「もう魅せるもんないで! お前以外な!!」
和田野さんと武井さん。
「オペラオーを見届けた君の言葉ならきっと届く!」
「僕もあのレース以上に魅せるものはないかな」
神宮司さんがわざとらしく眼鏡を持ち上げる。
「ここは君しかないと思うな~。
話し合い……ディスカッションでね」
最後に赤井さんが俺の背中に手をかけ、
押し出してくる。
「……シャケ。
最終戦ディスカッション、その代表はお前だ」
ここに来て、俺が戦う……。
いや、戦いじゃない。
これは対話だ。
『合理的です。ここまでの競技全て解析は終了しています。
それでも答えは導き出せなかった。
今の提案、それこそが唯一の未確定要素』
「……そりゃそうだ」
誰も俺とエレンの言葉に怒ったりはしない。
そう、彼らになくて俺にあるもの。
凡人の俺だからこそ、エレンに伝えられる言葉がある。
代表者たちは答えを示した。
残されたのは、その答えを言葉にする役目だった。
ホームランも打てない、格ゲーも下手。
馬になんて乗れないし、麻雀も降りてばっかだ。
そんな30点の俺が、地球の運命を背負う。
はは、まるで主人公だ。
『物理的なデータはすでに不要。
残された時間は15分。
最終戦ディスカッションを承認します。
議題を提示してください』
最後の最後が話し合い……ディスカッションか。
エレンに感情を認めさせるには……。
「テーマは一つ、『死とは何か』だ」
宇宙最高AIエレンとスズカが追い続けているもの。
その言葉にスズカが弾かれたように顔を上げた。
「シャケ……なんでそれを……」
震えるスズカの肩を俺はそっと片手で制した。
「大丈夫、地球とお前全部救ってみせるよ」
スズカの瞳が潤み、そして強く俺の手を握ってきた。
その熱が、想いとなって伝わってくる。
俺とエレン。
人間とAI。
30点の凡人が、
地球の存亡を賭けた最終戦ディスカッションに挑む。




